論考

Thesis

「地域主権社会」の実現を目指して(2)~「実践活動」と「湘南都市構想」~

私の故郷は「湘南」。幼少期から湘南海岸は一番身近な遊び場だった。もっと海の魅力を活かしたまちづくりができないのか。私は、自らの志「地域主権社会の実現」のために「湘南の海を活かしたまちづくり」を切り口として掲げたい。残り1年半の松下政経塾での実践活動について自分なりの考えを述べる。

1 はじめに

 私が自治体職員として働いていた1999年から2010年までの約10年間は、第一期地方分権改革の成果が出て地方分権改革が急速に進んだ時代であった。第二期地方分権改革でも、国からの地方への権限移譲、法令による義務づけや関与の廃止、より一層の税源移譲などが進展し、「中央から地方へ」というこの潮流は、自治体の“地方政府”としての裁量権の拡大が図られたという意味で、一定の成果があったと言える。

 しかし、その一方で、中央集権的な行財政制度がいまだに多く残っており、自治体や住民の側にも国に依存する体質が依然としてある。結果として、自覚と責任感を持って地域経営を行う人材がまだ十分に育たず、地域ニーズに合った効率的・効果的な地域経営ができていないのが現状である。真の「地域主権社会」の実現を目指すために残された問題は多い。

 私は、自治体の現場に身を置く中で、これらの問題に強い危機感を持つようになり、どうすれば解決できるのか、苦悩しながら考え続けてきた。その結果、これらの問題は、政治・行政・住民を取り巻く構造的で根深いものであり、一自治体職員の力で解決するには限界があると感じるようになっていった。もちろん自治体職員としてできることはある。しかし、「政治」の役割の重要性を痛感せざるを得なくなったのである。そして、行政職員としての専門性を持つ自分が「政治家」という立場から自ら行動していけば、自らの志を実現することができるのではないか。それが自分に与えられた使命ではないか、そう考えるに至った。私は自治体を退職し、「地域主権社会の実現~地域のリーダーシップで日本を変える~」を志とし、松下政経塾の門をたたいた。

 入塾後は、松下幸之助塾主の理念研究を続けた。そして、「地域主権社会」を実現していくためには、国・自治体・住民それぞれが、お互いに依存することなく自立し責任感をもって与えられた使命を果たすことが、最も重要な基本理念になると考えるようになった。もちろん地方分権改革において権限や税源移譲などの制度的な改革は重要である。しかし、最も重要なのは、国・自治体・住民の「自立」であり、その「意識」である。それがあって初めて国と地方は「対等」となり「協調」が可能になるのではないだろうか。

 私は、今後この理念をもとに、本当の意味で全国のそれぞれの地域の潜在力が十分に発揮され、地域の個性が輝き住民一人ひとりが幸せに暮らせるような「地域主権社会」を実現していく決意である。塾生としての残り1年半の実践活動では、その具体的な方策の一つとして、「湘南」から地域主権のまちづくりを実践していきたい。

2 「湘南」の現状と私の想い

 私の生まれ故郷は、神奈川県藤沢市である。藤沢市が含まれる神奈川県三浦半島の中央西部海岸から箱根にかけた沿岸地域は「湘南」と呼ばれている。明治時代に大磯、鎌倉、葉山地区が東京近郊の海浜保養別荘地と目され、文人や政財界の要人など特権階級の富裕層によって別荘が建てられたこともあって、「湘南」は一種の地域ブランド名として著名となっていった。

 湘南地域は、20㎞にわたる海岸や相模川など豊かな自然環境を有し、富士山や箱根連山を遠望できる温暖な気候の地である。産業面においては、輸送機械や電気などを中心とする製造業、駅周辺等に集積が進む商業、湘南海岸や江の島などに集まる人々を対象とした観光産業、さらには都市農業や沿岸漁業など多肢にわたる。また、鉄道、道路等の交通基盤も整備され、大学などの高度な研究・教育機関も多数立地。地域全体で多彩な生活空間・都市基盤がバランスよく確保され、約100万人の人口を有する豊かなで活力ある地域に発展してきた。

 一方で、湘南地域には課題も多い。少子高齢化の急速な進展と人口増加率の低下。大規模な工場の撤退も相次ぎ、従業者数と事業所数は1996年をピークに減少傾向に転じた。観光地としての繁栄の陰で、交通渋滞や治安の悪化、環境問題などの都市問題も深刻である。さらに、こうした様々な課題に対して、必ずしも地元自治体が広域で対応できていないのが現状である。

 私はこの湘南の地に生まれ育った。海辺の近くで幼少期を過ごした私にとって、海は一番身近な遊び場だった。高校時代からはウィンドサーフィンを始め、大学時代は競技スポーツとしてサーフィンに打ち込んだ。海という大自然のエネルギーを直接感じ、海と一体化できるのがサーフィンの一番の魅力だ。海は私に自然の偉大さを教えてくれた。海という自然を通して、精神力や体力が養われ、また、自然の脅威、気象知識、地元の歴史文化、郷土愛、海のローカルルールなど、多くのことを学んでいった。そして、私はこの美しい湘南の海を未来に残したいと強く願うようになり、環境問題への関心を高めていったのである。

 私が考える理想の「地域主権社会」とは、地域の潜在力が十分に発揮され、地域の個性が輝き住民一人ひとりが幸せに暮らせるような社会である。湘南には「海」という資源がある。湘南の魅力あふれる地域資源を最大限に活かしたまちづくりを自ら実践していくことで「地域主権社会」の一歩を踏み出すことができるのではないか。

3 「環境政策」を切り口に「地域主権社会」を考える

 日本の経済・社会環境の変化に伴い自治体を取り巻く政策環境は大きく変わってきた。その一つが「環境問題」である。これまでの公害問題、自然保護、廃棄物処理等は自治体において個別の問題であった。しかし、今や「環境問題」は自治体のあらゆる分野に関連し、「環境政策」は自治体のまちづくりの中心の一つとなってきたといえる。

 例えば、自然の保全、CO2等の温室効果ガス削減、自然エネルギーへの転換、環境に優しい交通、環境教育、環境技術革新による産業政策、廃棄物処理・リサイクル等の循環型社会政策、環境に配慮した住宅、省エネ・省資源型のライフスタイルへの転換など、「環境政策」は様々な政策分野を横断しているのである。

 私は、これまでの10数年に及ぶ行政経験と、海を通して向き合ってきた環境に対する問題意識を活かして、「環境政策」を切り口に湘南で「地域主権社会」に向けた実践を行っていきたいと考えている。

 松下幸之助塾主は、著書『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』の中で、21世紀の我が国における理想的な地域の在り方として、次のように述べている。

 「(中略)それぞれの地方の特色が生かされてきたということがいえます。(中略)ですから、郷土の自然や先祖から続いてきた伝統の文化といったものにも愛着を感じ、それらを大切にし、生かしつつ、その地方の特色に応じた産業、 文化の興隆、近代化をはかっていく姿になったのです」

 松下塾主は、21世紀の理想的な「国のかたち」として、従来の画一性の強い中央集権的な姿から、積極的に地方分権を進め、各地域の伝統・文化・歴史等の特色に応じ、産業力や文化力を向上させていくことができるような姿へ変えていく必要があると主張している。

 それでは、湘南地域の最も大きな特色は何か。それは「海」である。「海」は、自然環境資源であると同時に、観光資源、産業資源、教育資源、文化資源等、多面的な価値を持つ。こうした価値を最大限に活かしたまちづくりを実践していくことこそ、21世紀の理想とする「国のかたち」、すなわち地域主権のまちづくりであると考えるのである。

 また、「環境政策」は、一自治体だけではその効果が限定されてしまうため、広域行政区域で実践すべき政策分野である。私は、「環境政策」という視点で湘南地域の自治体が広域で政策連携していくことは、新しい自治体行政の在り方を国や全国の自治体に提示していくことでもあると考えている。これは、「海」という共通の資源を持ち、文化的・歴史的に一体感がある湘南地域だからできることである。

 そうした想いから、私は、今後「湘南の海を活かしたまちづくり」を切り口として「地域主権社会」の実現を目指していきたい。では、残り1年半の松下政経塾での実践活動で、具体的にどんな取組ができるだろうか。

4 今後の実践活動 ~海岸の国際環境基準の認証取得を目指して~

 私は、今後の実践活動において、「湘南の海を活かしたまちづくり」の具体的取組として、海岸の国際認証基準「ブルーフラッグ」の取得を目標の一つとして掲げたい。

 「ブルーフラッグ」とは、FEE(Foundation for Environmental Education:国際環境基金)により行われている海岸の国際的な環境認証基準である。FEEとは、世界61カ国に加盟組織のある世界最大規模の環境NGOの一つであり、安全、衛生・清潔、美観、環境保全などの一定基準をクリアしたビーチは、FEEから認証を与えられ、その証明である「ブルーフラッグ」を掲げることができる。1987年にヨーロッパ10カ国で開始され、その高いステータスと来訪客の誘引力により現在、44カ国約3650のビーチが認証されている。日本にはまだ認証事例はない。

 「ブルーフラッグ」運動は単なる海岸美化活動ではない。沿岸地域には、水質保全、衛生管理、観光、商業、漁業、マリンスポーツ、環境教育、河川、津波対策、景観保全、交通渋滞、騒音・治安問題など多くの課題が集約されている。現在、各課題に対して行政が個別に解決に取り組んでいるものの、関係団体それぞれの、時には利益相反となる行動に対して一体的な地域政策を図ることは困難であるというのが現状である。

 このような複雑な問題を地域から自発的に解決していていこうという試みが「ブルーフラッグ」運動である。地域が「ブルーフラッグ」認証取得という一つの大きな目標を掲げることによって、行政を含め各種団体がお互いに連携するきっかけとなり、地域が一体となったまちづくりを実現していくことができると考えている。

 「ブルーフラッグ」の基準をクリアするのは大変難しい。しかし、だからこそ地域の自発的で一体的な活動が不可欠であり、地域発での認証取得を目指す意義は大きいと感じている。まずは、地元の藤沢市内のビーチでの取得を目指したい。さらには、湘南地域に広げ、湘南の魅力を最大限に活かした広域的な海のまちづくりを実践していく考えである。

 湘南独自の地域政策を実現していく過程では、国による法規制も明らかになるだろう。国に対して法制度の改正や具体的な権限移譲を要求していくことにも大きな意味がある。そして、こうした過程により、行政や地域に自立的なまちづくりへの自覚と責任感が醸成されるだろうと私は考えている。

 このように、「ブルーフラッグ」運動は、自治体のあるべき環境政策を考え、湘南での政策連携の可能性を探る機会となり、ひいては国の法制度や権限移譲を進めるとともに、地域の自立的経営の自覚と責任感を醸成することにつながるだろう。理想の地域主権社会の実現の第一歩になれるよう達成への方策を模索していきたい。

5 湘南から「地域主権社会」の実現を ~『湘南都市構想』~

 松下塾主は、国家の大計が必要であるという考えから、著書『新国土創成論』を発表した。「新国土創成」を新たな国家目標とし、200年間にわたって理想の日本国土を創成することを国家事業として実現していくべきであると唱えたのである。

 私は、松下塾主の唱える『新国土創成論』に基づき、将来のあるべき湘南の都市ビジョンとして『湘南都市構想』を掲げたい。私が考える『湘南都市構想』とは、恵み豊かな自然環境を保全・発展させるとともに、経済成長と地域活性化を実現させ、それらを通じて住民一人ひとりが幸せを実感できる生活を享受し、将来世代にも継承することができる持続可能な都市のことである。

 今後は、「湘南の海を活かしたまちづくり」を切り口に、まずはこの『湘南都市構想』の理念を探究するとともに実現計画を策定する。さらに、この構想を実現するための一つの具体的な取組として、海岸の国際認証基準「ブルーフラッグ」の取得を目指す活動を実践していきたい。

 この理想の『湘南都市構想』をまずは故郷・湘南で実現していくのことが私の使命である。これがひいては地域主権社会の実現につながっていくものと信じている。

参考文献

松下幸之助『新国土創成論』 PHP研究所 1976年
松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』 PHP研究所 1994年

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片山清宏の論考

Thesis

Kiyohiro Katayama

片山清宏

第31期

片山 清宏

かたやま・きよひろ

一般社団法人 日本ブルーフラッグ協会 代表理事 / 慶應義塾大学SFC研究所上席所員

Mission

地域主権社会の実現-地域のリーダーシップで日本を変える-

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