論考

Thesis

「日本新生」~震災復興の先にある新しい国のかたち~

東日本大震災の復興が進みつつある。東北地方には産業衰退、少子高齢化、過疎化、環境エネルギー問題など、日本が抱えている課題が集約されている。つまり、震災復興は、これからの日本の「新しい国のかたち」をつくることでもある。本稿では、松下幸之助塾主の考える「国のかたち」を考察した上で、その答えに迫りたい。

1 はじめに

 2011年3月11日。東日本大震災は、大津波と原発事故を併発したかつてない大災害をもたらした。生活・産業の両面でその被害は甚大かつ広範囲にわたり、現在もなお多くの被災者の生活正常化は達成されていない。とりわけ生活基盤として重要な雇用面では、広範囲にわたって産業基盤が毀損された。

 震災による惨状は、もちろん恐ろしい限りだが、これらの地域に忍び寄っていた構造的問題をさらに悪化させた。東北地方は、震災以前から人口構成、社会、環境、経済上の問題を抱えていた。復興の取り組みがこうした問題の解決に役立つよう、総合的で長期的な戦略が必要である。地域産業の停滞による震災復興後の労働生産性の低下、地方高齢化率の上昇による農業、漁業、林業の就労人口の減少、社会保障費の増加、若者の地方離れによる絆の低下などである。これらはすべて、日本が抱えている課題そのものであるといえる。

 つまり、被災地を復興させ、東北地方を再生させることは、これからの日本のあり方を決めること、すなわち「新しい国のかたち」をつくることにつながるのではないか。

 被災地、産業界、政府で未曽有の苦難を新しい国づくりにつなげる試みが動き出す中、被災地の復興とともに考える日本の「新しい国のかたち」はいかなるものであるべきか。松下幸之助塾主の考える「国のかたち」を考察することで、その答えに迫りたい。

2 松下幸之助塾主の考える「国のかたち」

 松下塾主は、単なる企業経営にとどまらず、国家経営という観点から日本のあるべき姿について考え、危機感を持ち、「新国土創成論」「無税国家構想」といった提言活動を行った。

 「無税国家論」とは、国家予算の単年度制を廃止し、経営努力によって予算の余剰を生みだし、それを積み立て運用することで、その収益で国家を運営するというものである。松下塾主は、「租税は国家運営の財政的基礎をなすものであり、国民は納税の義務を完全に果たさなければならない」という前提を踏まえた上で、納税は国民の義務であるが故に、「為政者は国費の合理化に意を用い、低率の税金でも国庫の収入が増大する道を工夫しなければ」ならないと述べている。

 また、「新国土創成論」で松下塾主は、200年間にわたって理想の日本国土を創成しようという提言を行っている。「諸悪の根源は国土の狭さにある」としたこの提言は、日本の国土の約70%を占める山岳森林地帯のうち、20%を開発整備するとともに、山岳森林地帯をならした分の土砂で海を埋め立てることで、計15万平方キロメートルの有効可住国土を新たに生み出し、現在の有効可住国土を倍増させ、住みよい理想的な国土にしていこうという壮大な計画である。

 国土の狭さが国民生活の向上にとって大きな阻害要因となっているということと、国家の大計が必要であるという考えから、「新国土創成」を新たな国家目標とし、国家事業として実現していくべきであると唱えたのである。

 この「無税国家論」と「新国土創成論」によって松下塾主が伝えたかったことは何だろうか。松下塾主は、「無税国家論」においては、税のあり方を世に問いかけることにより「人間の本性」を考慮に入れた国づくりの必要性を、そして、「新国土創成論」においては、人間と自然を活用し、バランスのとれた国土を生み、国家の大計を築くことが、物心の調和のとれた真に好ましい社会につながるという思いを伝えたかったのではないだろうか。

 さらに、松下塾主の特徴的な主張が「道州制」である。1968年及び1969年の『PHP』誌“あたらしい日本・日本の繁栄譜”の中で、「廃県置州論」を展開し、さらに1970年には「置州簡県論」を主張した。中央集権的な色彩の強い政治制度を改め、県の機能を簡素化して州をつくり、それに独立国的な性格を与えようという主張である。そうした地方の自主性を大幅に認めれば、地方全体の政治の生産性が向上し、国民活動も活発になり、結果、国全体としても大きなプラスになるだろうというものである。

 当初は手狭になった都道府県を束ねて大きくすることが道州制のもっとも根幹的な考え方であると松下塾主自身も考えていたふしがあった。しかし、考えをつめていくと、実は一番の問題は、経済成長を遂げた日本が、中央集権化の進んだ図体の大きな国になってしまったことだと思い当たったのである。肥大化した中央政府が日本の社会を硬直化させて、地域の個性を埋没化させてしまっており、これを解決するには、国の機能を大胆に分ける必要がある。このことに気づいた以上、しっかりと世の中に伝えねばならないというのが、松下塾主の思いであったのだろう。この自主性を重んじる考えは、松下塾主の人間に対する見方、人間の心に対する洞察から生まれたものであり、塾主の経営理念の中心を成すものであった。

 それでは、松下塾主が説くこれからの「国のかたち」の理念を踏まえて、これからの日本はどのような「新しい国のかたち」を描くことができるのだろうか。まずは、日本の抱える構造的課題を考察してみたい。

3 震災で露呈した日本の構造的課題

 「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」。政府の震災復興構想会議は2011年6月にまとめた提言の中でこう訴え、「大震災からの復興と日本再生の同時進行」を打ち出した。

 日本が直面している課題は震災からの復興だけではない。震災の前から日本経済は大きな苦難のさなかにあった。長引くデフレと低成長、財政の悪化、少子高齢化など、数多くの構造問題に直面していた。被災地を単に元通りにするという発想だけではなく、震災という危機を好機ととらえ、日本再生へと導いていく発想が必要である。

 まず構造的課題の一点目は、日本経済が直面する難題である。戦後日本は、円高が急激に進んだ1980年代以降、空洞化危機の歴史だった。製造業の海外生産比率をみると、1980年代後半には2%台だったが、1998年度に10%を突破。2010年度は18%に高まった。日本の国際競争力は低下を続けている。IMD(経営開発国際研究所)の国際競争力ランキングによると、日本は1990年代には首位を争っていたが、2011年は26位に低迷。中国や韓国にも抜かれた。アジア新興国が急成長を続けるのとは対照的だ。

 さらに、バブル経済の崩壊から「失われた20年」の間、国家財政は国内総生産(GDP)の2倍を超すまで借金を積み重ね、健全化の取り組みは待ったなしの状態となっている。本格的な人口減少社会の到来で、このままでは経済規模はますます縮むだろう。震災復興をテコに、日本の産業構造の転換を急ぎ、新たな経済成長の基盤をつくらなければならない。

 二点目は、膨れあがる社会保障費の問題である。5年に一度の国勢調査で、日本の人口は2010年に初めて減少した。加速度的に少子高齢化が進む中、内閣府の経済財政白書では、「高齢者1人当たりの支出を効率化する努力が求められる」とされている。

 また、東北地方では、深刻な医師不足や医師の偏在により適切な医療を受けることが困難な地域を抱えていることに加え、第三次救急医療機関に60分で到達できない市町村が3割存在しており、その多くが沿岸部など高規格道路が整備されていない地域の市町村となっているため、等しい救急医療サービスの享受に向け、アクセス時間の短縮に向けた取組みが必要な課題とされていた。

 このように少子高齢化の進展と財政基盤の悪化という厳しい制約の中で、社会保障費の増加をどのように抑え、そして医療機関等の施設整備をどのように進めていくかは、東北地方において喫緊の課題であるとともに、日本における構造的課題でもある。

 三点目は、「絆」の喪失の問題である。東北地方をはじめとする日本の地方都市では、少子高齢化が進む中で、人口の首都圏への社会移動の傾向が強く人口減少に拍車がかかっている状態は否めない。従って、若者が地元に定着できる就業環境の構築ができず、東京への一極集中、農家の後継者の首都圏・都市部への流出も止まらず、農村コミュニティの崩壊を引き起こしている。また、出生数の減少も著しい。農村独自の歴史的遺産や文化の消失も進む。経済効率を優先した公共事業の推進により、画一的な風景が地方都市に広がっているのが現状だ。

 四点目は、「国と地方」の統治機構の問題である。戦後の強力な中央集権体制のもとでの全国画一的な行政運営は、経済を中心に日本の発展に大きく寄与した。しかし、少子高齢化の進展、人口減少、経済成長の鈍化と財政難、住民の価値の多様化など、これまでに経験したことのない多様な課題に直面している現在、中央集権体制による画一的な行政の利点は薄れ、今や制度疲労による弊害の方が大きくなった。

 そのよう中、近年では、第一次分権改革といわれる2000年の「地方分権一括法」の施行以降、数々の地方分権改革が行われ、その結果、国と自治体の役割分担は明確になった。機関委任事務の大多数も自治体の事務とされ、これらの事務に対し条例制定が可能になるなど自治体の権限は拡大した。“地方政府”としての裁量権の拡大が図られたという意味で、「団体自治」の強化は一定の評価があったといえる。

 しかし、東日本大震災の復興過程において、地方分権の理念がゆらぎつつある。原則的に、復興の主体は地域であり、地域が抱える中長期的な課題を踏まえ、住民の意向を反映させながら、地域が主体的に復興を成し遂げていくべきである。しかし、被災自治体は財政的に非常に厳しく、自前でできることは限られているのが現実である。また、様々な国の制度や規制がある中で、復興において新たなまちづくりを実現するには国の同意を得なければならないことも多い。国がどこまでやり、自治体はどこまで主体的に動くべきなのか。震災復興という現実の中で、「国と地方」の統治機構の問題が改めて浮き彫りになっている。

4 「新しい国のかたち」の基本理念とは

 それでは、松下塾主が説く「国のかたち」の理念と日本の構造的課題を踏まえて、これからの日本はどのような「新しい国のかたち」を描くことができるのだろうか。私の考える「新しい国のかたち」の3つの基本理念を掲げたい。

 第一の基本理念は、まずは人間の本質に基づき、人間の欲を素直に認め、それを適切に満たす国づくりを行っていくことである。松下塾主は、「人間の欲望というものは、決して悪の根源ではなく、人間の生命力の現われであると思う。たとえて言えば船を動かす蒸気力のようなものであろう。だからこれを悪としてその絶滅をはかろうとすると、船を止めてしまうのと同じく、人間の生命をも断ってしまわねばならぬことになる。つまり欲望それ自体は善でも悪でもなく、生そのものであり、力だといってよい。だからその欲望をいかに善に用いるかということこそ大事だと思う。」と述べている。

 「国民」も一人ひとりの「人間」の集合体である。どんなに優れた政策や制度を構築したとしても、それが「人間の本質」を無視したものであれば、いずれ歪みが出て機能しなくなるだろう。震災復興からの新しい国づくりを行うに当たっては、税制度、社会保障制度、産業政策、セーフティーネット、環境エネルギー政策、国と地方の統治機構など、政治・行政・社会制度の枠組みを再構築する必要がある。その際に一人ひとりの「人間」を大切にし、人間の本質に基づいた制度設計を行う必要があるだろう。

 第二の基本理念は、自然、文化、歴史、人、企業、地域など、日本が持つ資源の全てを最大限に活かす国づくりを行っていくことである。松下塾主は、「天地自然の理に基づく万物の活用」という考え方を説いている。つまり、天地自然の理に背くことなく、人間に与えられた「万物の王者」としての責任を果たすべく万物を活用し、繁栄・発展をしていくような国家のあり方を常に模索しなければならないということを教えてくれている。日本には世界に誇れる様々な資源がある。それらが持つ特性を活かし活用できるのは人間だけに与えられた権能であり、責任でもある。

 しかし、現在、万物を活かす国づくりからは程遠いのが現状である。日本人の持つ能力や意欲をさらに活かすことは可能である。企業などの民間活力をさらに引き出し経済を活性化させることもできる。また、中央集権制度を改め地方分権をより進めれば、地域の持つ資源を最大限に活用した特性あるまちづくりが実現するだろう。震災復興からの新しい国づくりを行うに当たっては、「日本が持つ資源の全てを最大限に活かす」という視点を持ち、各種法制度などの環境整備を行っていくべきだろう。

 第三の基本理念は、物心の調和が取れた国づくりを行っていくことである。松下塾主は、調和の本質として、万物は宇宙の秩序に従って調和を保っており、人間もまた、この秩序に順応することによって、調和の生活を生み出すことができると述べている。調和は決して妥協やなれあいではなく、真理に順応することであり、その天分に生きることである。調和は、これを単に知るだけでなく、お互いに生活に生かすことによって、そこに繁栄、平和、幸福が約束されるのであると主張している。

 経済成長の鈍化と財政難、少子高齢化、過疎化と農村文化の消滅、都市化と環境エネルギー問題など、日本が抱える構造的課題は相互に絡み合い、そのための解決策はときには矛盾してしまう。しかし、これらは決して相反するものでなく、互いに調和し活かし合うことによって解決が可能だと考える。これからの日本の新生には、経済成長とともに、社会が安定し、国民が安心し将来に希望を持てる環境をつくることが必要である。さらに、これまでの日本の歴史や伝統文化・精神性、そして豊かな自然環境も大切にしなければならない。震災復興からの新しい国づくりを行うに当たっては、宇宙の秩序に従い物心の調和が取れた国づくり行うという視点に立って、複雑で一見相反する構造的課題を紐解き、その解決策を考えていくことが必要だろう。

5 「新しい国のかたち」の実現に向けて

 松下塾主は、次のように述べている。

 「生成発展とは、日に新たにということであります。古きものが滅び、新しきものが生まれるということであります。これは自然の理法であって、生あるものが死にいたるのも、生成発展の姿であります。これは万物流転の原則であり、進化の道程であります。お互いに日に新たでなければなりません。絶えざる創意と工夫とによって、これを生成発展の道に生かしていくとき、そこに限りない繁栄、平和、幸福が生まれてまいります」。

 松下塾主は、このように万物は自然の理法に従って常に生成発展していくものであり、やり方さえ正しければ何事も必ずうまくいくという考え方を持っていた。今の日本にも、繁栄の道、発展の道は必ずある。この国難のときだからこそ、慌てず、うろたえず、どんな危機や困難に遭っても腹をすえる覚悟が必要だ。私は、覚悟を持って誠心誠意立ち向かえば、私は日本に未来は必ずあると信じている。

 この国難の時代を日本の新たな飛躍の時と見据え、「日本新生」に向け、成すべきことを着実になしていくことが、いま何より大切なのではないだろうか。私も次世代を担う日本のリーダーとなり「新生日本」を実現すべく、自ら考える「新しい国のかたち」の基本理念をさらに探究するとともに、今後はその実現のための政策を考えていきたい。

参考文献

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』 PHP研究所 1994年
松下幸之助『PHPのことば』 PHP研究所 1975年
松下幸之助『新国土創成論』 PHP研究所 1976年
松下政経塾『松下幸之助が考えた国のかたち』 松下政経塾 2010年
松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年
松下幸之助『日本と日本人について』 PHP研究所 1982年

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片山清宏の論考

Thesis

Kiyohiro Katayama

片山清宏

第31期

片山 清宏

かたやま・きよひろ

一般社団法人 日本ブルーフラッグ協会 代表理事 / 慶應義塾大学SFC研究所上席所員

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