松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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人間観
2004年4月

塾生レポート

リーダーに必要なもの 一灯を提げて
上里直司/卒塾生

 明治の元勲と言われる西郷隆盛が座右の書としていたのが、言志四録である。幕末期の儒者の佐藤一斎の著は、今も政治家の行動指針となっている。リーダーにとって今、何が必要とされているのだろうか。リーダーの思想の実践を通して本編で述べてみたい。

 

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして國家の大業は成し得られるなり」(西郷南州遺訓)

 4月の入塾式で、25期生の安田壮平氏の決意表明では西郷隆盛のこの言葉を引用されていた。安田氏は鹿児島県出身で、幕末回転の偉業を成し遂げた郷里の大先輩、西郷隆盛に比肩する人物たらんとする意気込みを披露してくれた。私は、安田氏の決意に感銘を受けながらも、今なおその言葉に重みを感じさせる西郷隆盛のリーダーとしての資質を考えてみた。

 西郷隆盛は維新の立役者であり、その功績は幕末維新史でも傑出しているといえよう。幕末期には様々なタイプの志士が湧出したが、彼はその人間性で多くの人間を引き寄せ、動かし、時代を変えていった。彼の卓越した人間力は歴史上のものではなく、日本人がリーダーを考える上で示唆を受けるものも多く、またその魅力は今なお多くの日本人をひきつけてやまない。

 リーダーの資質とは一体何だろう。一言でいうと、人をひきつける「何か」があるということである。その「何か」の定義は難しいが、これも簡単に言ってみれば、行動に私心を失くすことである。もうひとつ付け加えるとすると、そのことを行動に移せることである。

 当然、西郷にはリーダーの資質が備わっている。私が西郷を見習いたい点は、私心をなくすために、心の灯火となるような行動指針を持ちえたことである。彼は幕末の偉業を成し遂げた後も、常に「かくありたい」と灯火を持ち続けた。明治3年に述べられた冒頭の言葉は、西郷が、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ」人物でありたいという覚悟が現れている。明治6年の征韓論争で敗北後、全ての官位を投げ出し、下野し、その後の西南戦争へと導かれた思想の一端をこの言葉から垣間見られる。幕府を瓦解させる原動力となった彼の思想への純化は、維新後の複雑の政治の中で発揮しえなかったが、それでも私は、彼のような「かくありたい」という灯火を心に持つ姿勢に共鳴している。

 さて、その西郷が行動指針の一つとしていた書物がある。それが、「言志四録」である。西郷が西南戦争さなか唯一持ち歩いていたのがこの書物である。西郷は、4篇、千ヶ条あまりある「言志四録」から百ヶ条を抜き出し、自己の座右に置いた。おそらく心に刻みこむように読んでいただけでなく、心を奮い立たせたり自己観照に用いたりしたのであろう。

佐藤一斎と言志四録

 言志四録を著したのは江戸後期の儒者、佐藤一斎である。1772年、美濃の巌邑藩の藩政を執った家にて生まれる。21歳の時、願いによって士籍を脱し、諸国で見聞を広めたのち、儒学の道で身を立てる決意をした。幕府大学守林家の塾長を経て、55歳で巌邑藩の老臣となる。その後、70歳にして昌平黌(昌平坂学問所)の儒官となり、1859年、享年88歳にて官舎で亡くなるまで、儒学への追求はやむことがなかったという。

 言志四録は、佐藤一斎が林家の塾長となって、塾生に教えていた42歳から晩年の40年にわたって、4篇の文を書き綴ったものである。この言志四録、西郷隆盛のみならず、幕末の志士に多く読まれたようだ。彼の門下生に幕末の志士に大きな影響を与えた佐久間象山、横井小楠の存在があったからだと思われるが、それだけでなくこの文章に書き綴られた言葉がまさに志を発奮させ行動を促しているから幕末の志士が好んだのでないだろうか。この書は、現代においても政治家、経営者の行動指針となっているようで、今なお生き続けているといえよう。もちろん私の行動指針ともなっており、私が座右の銘としている言葉を紹介したい。

「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め」

 この文章は西郷の手抄言志四録にも挿入されている。訳文の要らないほどのシンプルさであるが、あえて意味を付け加えると、

「暗い夜道を歩く時、一張の提灯をさげて行くならば、如何に暗くとも心配しなくてよい。ただその一つの提灯を頼りにして進むだけでよい。」

という意味である。どんな人間であれ前の見えない道を歩む時、不安に感じるものである。そんなとき、心の中に一つ灯火(ともしび)があると非常に心強い。また、灯火は暗闇において、自分の歩むべき道を照らしてくれるのに役立つものだ。

 リーダーにとって、特にその灯火は必要なものであろう。人より一歩前に出でて進むことも多い中、心の支えとして、向かうべきところを照らすとしての灯火は欠くことのできないもののように思える。そういう灯火を持ち得るところにリーダーの素質が磨かれるのではないだろうか。

 西郷隆盛は、当時の一級の人物より影響を受けた。また二度の島流しなど艱難辛苦を経験した。それでもなお、西南戦争の戦火の中、言志四録に灯火を求めていることは感慨深いものがある。

宗教や哲学

 日本以外のリーダーは、しばしば各々の宗教や聖職者の言葉を引用している。このことはリーダーにとって、宗教が心の支えであることを示すと同時に、自分がリーダーとしてどのように政治を運営していくか、いいかえればいかなる社会を作っていくかという方向性を示しているのである。つまり、自分がいかなる信念に基づいて行動しているか、もしくは「かくありたい」と思っているかを多くの国民に示していることにもなっている。国民にとって、尊敬できるリーダーとは、単なる課題解決者ではなく、宗教や哲学の実践者なのである。

 日本でも同様のことはいえるのではないだろうか。国民の多くから西郷が今も尊敬を集めているのは、彼がこのような思想・哲学の実践者だったからであろう。

松下政経塾生にとっての灯火

 さて、前述したとおり私も西郷と同様に言志四録を愛読している。だからといって、西郷隆盛のようになれるとは考えてもいないが、言志四録は自分の精神的支柱であり、行動指針となっている。また、それに加えて自分の灯火となっているのは、塾の五誓である。内容については塾のHPをご覧いただけるとわかるのであるが、非常に簡潔でありながら、行動を奮起させる文章である。また、「かくありたい」と目標とすべき言葉でもある。在塾時に毎日の朝会にて唱和する五誓は、常に自分のあるべき姿が何なのかを考えさせてくれる。塾の先輩方からも五誓が今でも行動指針となっているということを多く聞く。捉え方は様々であるが、私にとって五誓は、志を抱いて暗夜を歩む時の灯火である。

 西郷隆盛にとっての言志四録、政経塾生にとっての五誓。双方単純に比較することはできないが、ただ志を実現する際の携行の書を持つという点では同じことである。リーダーの資質として、志を持って思想を実践することにある。どんなすばらしい言葉を知っていてもそれを実践できなければ何の意味もない。世俗の中に身をおき、いかに思想を実践するか、リーダーに問われているのではなかろうか。

2004年4月 執筆
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