論考

Thesis

マニフェストは届いたか

「マニフェスト選挙」と後世に称されるであろう、今回の総選挙。マニフェスト(政権公約)を各政党が堂々と掲げて戦ったことは、今後の国政選挙が政策中心に競い合われる気運を感じさせてくれた。このマニフェスト、メディアでも多く取り上げられ、有権者の関心を引き寄せたと思われる。そのせいか、駅前やスーパー前での街頭演説会では、マニフェストを求めてくる人もかなりいた。しかし、街頭以外でこのマニフェストの実物を手にした人は少なかったであろう。マニフェスト頒布の制度的な限界があるからだ。より多くの人にマニフェストを届けるためには、頒布方法のさらなる工夫が必要になるだろう。また、中身の充実や他の政党との比較や解説など、マニフェストの内容も課題として残っている。

 この2つの課題のうち、今回のレポートでは、秋空のもとで街頭でのマニフェスト配りをしながら感じた、マニフェストの頒布についての課題に特化して述べてみたい。

街頭でのマニフェスト配り

 今回の選挙、私は、松下政経塾の同期で滋賀3区から立候補した三日月大造事務所で研修させていただいた。この選挙研修のなかでも、印象的だったのはマニフェスト配りであった。なぜなら、具体的で期限のついた政策集であるマニフェストに対して市民がどのような反応をみせるか、ということに私自身が興味を持っていたからだ。このマニフェストは、今回の総選挙が押し迫った10月16日に、公職選挙法の一部が改正され、選挙期間中に頒布できるようになった。今年4月の神奈川県知事選挙で、マニフェストを100円で販売していたことを以前にレポートしたが、わが国の選挙史上、マニフェスト(法律ではパンフレットまたは書籍)を無料で配れるようになったのは初めてのことである。無料か有料か、という議論はこれからも必要であるが、無料で頒布することで多くの人の目に触れることとなったのは間違いない。また、マスコミなどで、各政党の政策比較や、マニフェストの特集を組んだ結果、有権者がマニフェストそのものへの興味と関心を寄せたことは事実であろう。街頭でマニフェスト配りをしていると、「マニフェストください」と声をかけてくる人がかなりいた。しかし、普段街頭でビラ配りをすると、それを求めて立ち寄る人の数は皆無に等しい。自分自身もビラ配りをしている横を通りすぎるとき、ビラを差し出されれば取るが、自分自身から求めようと思ったことはない。こうした経験からも、マニフェストを求める人がいることはかなり関心が高いことを示唆していると思われる。また、選挙事務所においても、一日に5人ほどがマニフェストを求めてやってきた。実際に受け取ったかどうかを別にして、電話でマニフェストを手にしたいという人が連絡してくるなど、総じてマニフェストへの関心は高かったように思える。

「マニフェスト」頒布の限界

 このように、マニフェストへの関心は高かったのだが、実際マニフェストの実物を手にした人は少なかったのではないだろうか。三日月事務所が配ったマニフェストは約1万部。これは滋賀3区の有権者数224456人(2003年9月2日現在)のうち200人に1人しか受け取っていないことになる。もちろん、民主党のホームページでマニフェストを見た人や、誰かが受け取ったマニフェストをまわし読みをした人は数えていない。ただ、「マニフェスト選挙」と称された今回の選挙で、滋賀3区でマニフェストの実物を手にした人は非常に限られていたということは事実であろう。

 マニフェストが多くの人の手に届かなかったのは、マニフェストの頒布方法に制度的な制約があるからだ。マニフェストが配れるのは、街頭演説を含めて候補者、政党の演説会と候補者、政党事務所と限られている。それ以外の場所での頒布は法律では許されていない。候補者であっても演説会場以外では配れないし、各家庭のポストへ入れることもできない。今のところ有権者がマニフェストを手に入れるためには、演説会場や選挙事務所に足を運ぶ以外は、開催されている街頭演説会に偶然立ち会う以外にはその機会はない。そうすると、有権者側の一方的な熱意によるものと、偶然でしかマニフェストを手に入れる手段はないということになる。一方、政党や候補者がマニフェストを有権者に届けるためにできることは、より多くの街頭演説や個人演説会を開催し、そこでマニフェストを配っていく、といったことに限られてくる。

「マニフェスト」を届けるには

 それではマニフェストを「あれば読む」という有権者の手もとへ届けるには、どのような工夫が必要か。それを探るために、まずは現行制度の中で何ができるか、ということを考える必要がある。その上で、現行の制度を変え、選挙事務所や街頭演説以外でも配布する方法を見出したい。

 基本的なことであるが、まず、マニフェストがどこで配っていることを伝える必要がある。今回のマニフェストへの問い合わせの多くが、「どこに行けば入手できるか」ということだった。こうした基本的な事すら周知されていないことに問題を感じた。これからどのような方法でマニフェストが配られることになろうとも、配布先を明示することは最低限必要な事といえよう。これは現行制度内でもできることである。

 次に、マニフェストをより多くの人に届けるためには、あらゆる場所で気軽に入手できることを目標に、頒布機会を拡大する必要がある。そこで問題となるのが先に述べたような現行制度の制約である。この制約を取り払えば飛躍的に頒布機会が拡大すると考えられる。例えば、コンビニ、スーパーの店頭、市役所、郵便局など、人が多く集まるような場所でマニフェストを頒布できれば、確実により多くの人の目に触れ、多くの人が手に取ることになるだろう。人が集まりそうな場所を想定したが、当然これ以外も考えられるだろう。いずれにせよ、場所が増えれば人を置いて配ることは難しいかもしれないので、マニフェストを他の広報紙と並べて置くなどにして、自由にとってもらうというやり方はどうだろうか。

 最後に、マニフェストの全戸配布への解禁の必要性も訴えたい。全ての有権者が駅やコンビニ、商店、郵便局に近接して住んでいるとは限らない。彼らがマニフェストを手に入れるには、なかなか難しいであろう。そのためにも、全戸への配布を可能にし、全ての人が目にできるような環境を整える必要があるのではないだろうか。

最後に

 国政選挙が各政党の政策中心に競い合われることは望ましい。そうなると、マニフェストを掲げて政策を有権者に問いかけることが選挙の中心的な活動となる。すると、マニフェストの中身を充実させることはもちろん必要であるが、それをいかにして届けるかということも重要なファクターであり、工夫を凝らすことで、政治に対するより多くの人の関心を引き寄せることにもなるだろう。多くの人にマニフェストを届ける努力、工夫を可能にするためにも、現行の法律を改正する必要がある。このことについては、選挙前に、麻生総務大臣が、「今回の選挙をやってみた結果、修正やら、もっとやってくれるようにするなり何なり、いろいろ考えたりする」、と述べていることから、改正に期待がもてる。

 今回の選挙でのマニフェストの受け取り方を見ると、有権者の現在の政治への意識がよく現れている。すなわち、積極的に動くほどではないが、「あれば読む」、という層が多くいるのではなかろうか。一方で、マニフェストの配り方を見ると、政党や候補者の現在の有権者への意識がよく現れている。つまり、積極的に動いているが、「あれば読む」、という層をつかみきれていない。

 秋空がひろがる街頭で、私に「マニフェスト下さい」、と声をかけるような人が、地域にはまだたくさんいるであろう。マニフェストが話題となっているテレビの前で、「実物のマニフェストがあれば読む」という人も数多くいるだろう。大切なのは彼らに「いかに届けるか」、ということである。

 みなさんの手もとにはマニフェストは届いただろうか。この届け方の工夫こそが、政治家と有権者の思いを重ねる場を生み出していく。私も、政治のありかた、政策について思いを馳せると同時に、その思いをどのように伝えていくかということを課題として考えていきたい。

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上里直司の論考

Thesis

Tadashi Uesato

上里直司

第23期

上里 直司

うえさと・ただし

沖縄県那覇市議/無所属

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