Thesis
この勝利は「風」のおかげだけなのだろうか。
2003年11月9日の総選挙で、準備期間わずか5ヶ月の三日月大造氏が、激戦の滋賀3区を制した。三日月氏にはお金も地盤もない。それでも勝ち抜くことができたのは民主党公認という看板を背負っていたことに大きな要因がある。このような現象を「風頼み」と言われるが、今回の勝利は決してそれだけではない。私は、三日月氏の選挙戦へ挑む姿勢に勝因があったと信じている。
今月のレポートでは、先月に引き続き総選挙実習の感想と、三日月氏がなぜ勝利したのかを、彼のユニークな選挙活動と選挙への姿勢を中心にお伝えしたい。
2003年5月末、三日月大造氏は、来たるべく総選挙へ立候補する決意を固め、松下政経塾を早期修了した。蓄えがたくさんあるわけでもない。ましてや昨年生まれたばかりの娘を含め3人の子供を養いながらの全くのゼロからのスタートであった。頼みの綱は、彼が8年勤めたJR西日本から友人、先輩、後輩と、立候補を後押ししていただいた政党、政治家の方々であった。というのも、彼の選挙区は、出身地の滋賀県大津市でなく、隣接している草津市を中心とした滋賀3区である。いわゆる「落下傘候補」であった。
この滋賀3区は、今回の総選挙から新たに設けられた選挙区である。平成12年の国勢調査によると、滋賀県は平成7年から12年までの5年間で、人口増加率が4.3%増(全国1位)となった。また、自然増加率が1.9%増(全国5位)、社会増加率が2.4%増(全国1位)と、出生数、県外からの転入による増加が大きい地域である。その結果、選挙区割りを見直すことになり、新たな選挙区ができた。この選挙区は、人口増加の著しい滋賀県の中でもとりわけその増加数、増加率ともに高い地域である。特に、草津市では5年間で人口が13622人、13.4%増え、増加数、増加率ともに県内トップである。
このような選挙区で、立候補前、選挙戦を通して三日月氏は、特定の候補、政党に属していない、いわゆる無党派層をターゲットとしてきた。その中身として、地域と関わりの薄い県外出身者、大阪、京都の企業に勤めるサラリーマン、特定の政治家とは関係の薄い若年層に照準をあわせた。なかでも、三日月氏と同世代の30代前後の層にアプローチを試みた。この世代は子育て環境にあるものが多く、特に、人口増加地域で共通する育児・教育問題を身近な問題としている。
彼は、立候補表明から間もなく、選挙区内の6つのJRの駅前で政策レポートを配りながら政策を訴えてきた。また、選挙区内の各世帯へ政党支部の政策レポートを頒布するなどして、知名度と政策を浸透させることに努めてきた。当然のことかもしれないが、推薦をいただいた労働組合、団体への挨拶回りをするなど、支持者に対する活動をこつこつと続けていた。
選挙戦に入っても基本的にこの戦術をとりつづけた。選挙戦本番となると、彼は街宣カーに乗って、選挙区内をくまなく走りまわった。走行中でも、通行人や、街宣カーに向かって手を振る人を見つけると、車をすばやく降り、握手を求めた。また、駅前、スーパー前、団地の中で短時間の演説をこなすなどして、道行く人に声を枯らしながら政策を訴えていた。彼は、選挙戦に挑むにあたり「徹底的に浮動票を狙っていく」と話していたが、まさにそれを実践する活動となった。
しかしながら、これらの活動は三日月氏独特のものではなく、都市型選挙では三日月氏と同様な活動をしている人も多い。では、何が三日月氏の特徴といえるのだろうか。
私は、彼がこの地域の課題である育児・教育問題の解決を一貫して訴え続けたことにあると思う。三日月氏は、選挙前、選挙戦を通し、一貫して育児問題について発言している。彼自身、3人の子供をもつ父親から、育児の問題は単なる政策的なものではなく、生活者としての実感がこもった問題である。個人の政策ビラの一番目に育児問題を取り上げており、彼の問題への関心度がよくわかる。彼が、育児問題を解決したいというメッセージを絶えず発信しつづけたことには大きな意味がある。わが国には様々な問題があり、それを解決していくのが政治の仕事であるならば、政治家には全ての問題に精通することが求められる。ただ、政治家の役割はそれだけではない。政治家の役割とは、どの問題に優先順位をつけて取り組むかということである。このときの、優先順位のつけかたこそが、政治家の「時代を見る目」であり問題意識なのである。政治家に求められるのは、この問題意識であり、その有無が支持を集めるか否かにつながってくるといえよう。そういう点では、三日月氏には確かにそれがあった。
さらに、訴えたい層の人々がいる場所へうまく飛び込み、アピールしたことも彼を特徴づける活動の一つであった。育児問題について最も関心を持つ層とは、つまり、子育て世代の母親である。そうした層をターゲットとした活動として、例えば、保育園、幼稚園前で動物の着ぐるみと一緒に立ち、園児の関心を引きつけることで、その母親への接近を試みた。ペンギンや猿の大きな着ぐるみを見た子供たちは大騒ぎで、必然的に母親も近寄ってくることになるのだ。このような、子供たちの興味を引き付けることで母親の関心を引く露骨なパフォーマンスに一歩距離を置く人もいたのだが、私は、このようなパフォーマンスはとてもいいアイデアだと思う。実際、これにより候補者の姿を目にした人も多かったであろう。とにかく新人候補者は、いかに人目をひきつけて、自分の顔と名前を売るかということは大事なことである。松下幸之助塾主も人目を引きつけるためには、街頭で皿回しでもしてみればどうか、と述べていたこともある。
三日月氏の勝因として、育児・教育問題への一貫したメッセージとパフォーマンス、この二つがうまく機能したのだと私は考えている。このことは私の全くの主観で、データに基づくものではないが、こうした活動がただ顔と名前を売るだけの行為でなく、何かを伝えたいという姿勢には必ず誰かが共感するものだということを、私自身、信じている。
このように、大きな効果をあげた三日月氏の活動であるが、一方で、うまくいったとは言い難い面もあった。まず、準備期間も短かったせいか、現場の生の声を聞くことができなかったことは大きな課題といえよう。彼自身の主張を伝えるに止まり、育児や教育の問題を抱えている人々を連帯して、具体的な政策を提言するところにまでは到らなかった。政治家となった今、パフォーマンスとメッセージだけでなく、実現可能性も問われることであろう。地域での育児問題への取り組みこそ、次の選挙に向けた重要な課題の一つである。
今回の選挙、マニフェスト選挙、政権交代が叫ばれたものの投票率は低下した。有権者の投票の意識が問われているがそれだけであろうか。日本政治にビジョンや夢がないことはいうまでもないが、現在の選挙戦の中に、明確なメッセージとパフォーマンスが欠けていることも低投票率につながっているのではないだろうか。この状況を打破するためには、政治家の明確なメッセージと問題解決に取り組む姿勢、そしてそのために訴えかけるターゲットへのパフォーマンスが必要だと私は考える。三日月氏は、そうした活動を続け、自らの信念として有権者に届けたことで、人々に認められ、当選に到ったのである。
もちろん、それだけでは有権者の信頼は得られない。政治家としての自らのメッセージをパフォーマンスによって有権者に訴えることに成功した三日月氏に今後問われるのは、これまでのような一方的なメッセージとパフォーマンスのみでなく、現場の生の声を聞き、それを政策の俎上にのせることだ。それが出来て初めて、有権者からの信頼を勝ち得ることになるだろう。
今回の選挙、私は三日月氏の選挙への姿勢に、今後の日本の選挙のあるべき姿を見出したように思える。政治家にメッセージがあれば、そしてそれを届ける工夫とパフォーマンスがあれば、政治に信頼が生まれるものだと信じたいものだ。
Thesis
Tadashi Uesato
第23期
うえさと・ただし
沖縄県那覇市議/無所属