論考

Thesis

外国人労働者とともに生きる中小企業 前編

都心からほど近い、都内のある地域。ここは、人種のるつぼといわれているニューヨークでもないし、ロンドンでもないが、アフリカ系、南アジア系外国人が行き交う姿を目にする。彼らはこの地域に密集している中小、零細企業の工場で働いているのである。

 日本の、大中小を問わず、工場では、外国人を単純労働者として求めているといわれている。また、この地域のように実際、多くの外国人が工場で働いている。

 しかし、出入国管理法では、外国人が、工場での単純労働を目的として入国することを認めていない。入国が認められているのは、専門的技術・技能を生かした労働、学術調査、そして興行などの目的に限ってである。工場での単純労働者を受け入れないのは、日本の国是といってもよいだろう。

 とはいえ、一定の条件を満たした工場での研修・技能実習目的には入国を認めている。しかしながら研修・技能実習といえども実際にはお金を稼ぐことが主な目的となっている。また、1990年の入管法改正では、日系人に限り単純労働者として入国することを認めたため、多くの日系人が工場で働いている。日本は、実質的には単純労働者として外国人を受け入れており、もはや政府の方針は破綻しかかっている。現状と制度のずれがあるのは明らかであり、いずれにしても現状、制度の両方のありかたを再検討しなければならないであろう。

研修の目的と研修先

 7月の約2週間、私は、外国人労働者の受け入れの現状と制度のありかたを考えるため、とある工場で外国人とともに働いた。

 外国人が工場で働くのは、自国の賃金に比べ高い報酬を得られるためで、そのことと低賃金でまかなえる労働者を求める企業経営者の両者の利害が一致した結果だと私は考えていた。しかし、外国人の工場で単純労働に従事することは、法的に認められていないがために、労働者が“ヤミ”で働かざるをえない弱い立場になってしまい、人権を無視した労働環境におかれることになりかねない。実際、外国人研修制度を利用した企業にはそういう実例も多く見られる。このため、低賃金で働く外国人の労働環境は「タコ部屋」、「奴隷労働」といったようないかに苛酷なものかと想像していた。

 今回研修したA社は、社長以下従業員9名のうち、3人の外国人が働いている。3人のうち2人がアフリカ東部のB国出身、もう1人は南アジアのC国出身である。彼らは、工場で単純作業をしているが、研修・技能実習制度を利用しているわけではない。いわゆる「不法就労」であり、「不法滞在」である。

 外国人労働者がどのような意識で働いているのか、また、彼らを受け入れる側の企業の実態を2回に渡ってレポートしたい。

外国人労働者の環境

仕事場の様子

 A社は、現社長の先代が創業し、業歴は50年以上にもなる。業種は飼料業で、と畜場から送られてきた原料から、絞りかすと油を製造し、ペットフードの原材料の一部としてペットフードメーカーに供給している。創業からしばらくは、ラード(料理用油)のみを製造していたが、動物性油の摂取を控えるようになった日本人の食習慣の変化と、大企業にシェアを奪われたことで、業種の変換をよぎなくされた、ということだ。

 研修初日、朝8時すぎにA社を訪れた。工場内では従業員がすでに働いており、機械も動いていた。事務所で社長と少し話しをしたあと早速工場内で作業に入った。

 おおまかな作業の流れを説明すると、まず、と畜場から運ばれた原料を細かくする機械にいれる。


粉々となった原料がベルトコンベアーに運ばれ三台の搾油機に送られてゆく。

この機械では、熱気で原料を加熱させて絞りこみ、絞りかすと油が分離させて出す。

それぞれがペットフードの原材料の一部となっていくのだ。絞りかすは、スコップでコンテナに積みこまれ、さらに別の機械にかけられる。ここで、絞りかすはさらに細かく粉砕され、パウダー状になったものを大きな袋に詰め込まれる。油は一箇所に集められ、若干精製されてゆく。

 工場内に入るとすぐに、作業の厳しさを肌で感じた。まず、工場内には肉のにおいが充満している。何にたとえていいかわからないが、ファーストフード店で、ハンバーガーの焼ける「あのにおい」を10倍くらい強めたにおいのようだ。研修を続けるうちに段々慣れてきたが、入ったばかりはにおいで頭がくらくらしていた。また、工場内では、砂塵ならぬ、こまかい砂状の肉粉が舞っている。作業をしていると、油分を含んだ肉粉で顔中べとべとになる。顔中油まみれのべとべと感は心地いいものではなかった。また、工場内は熱気がこもっている。原料を加熱処理する機械から発せられるが、機械のそばにいると汗がぽたぽたと落ちてきた。

 このような環境のなか、朝8時前から働き、お昼の1時間の休憩をはさみ、午後5時まで働くのである。ずっと立ちっぱなしで、力作業の連続である。私の作業は、絞りかすをスコップでコンテナに積むのであったが、一日中同じ作業をしたため、初日の研修が終わると、へとへとで腰や腕の筋肉痛があちこちでてきた。

 一日目の研修が終わると、今の日本人はこういう工場ではとても働けないことを感じた。特に若い日本人は、よほどこの仕事が気に入るか、よほど他の仕事につけない限り、働けないものだと思った。しかし、日本人にやり手のいないきつい労働を、経済格差があるからといって安易に、外国人に担わすことはいいことなのだろうか、と疑問に思った。

彼らの働きぶり

 今回の私の作業を主に指導し、手伝ってくれたのは、南アジアのC国出身のアリ(48)であった。アリは来日3年目で、A社に入って2年目になるという。彼は、この会社のすべての作業をこなせると自信たっぷりに話してくれた。アリに限らず、来日し、A社に入って7、8年目となる、アフリカ東部のB国中部出身のジェームス(35)とパトリック(30)もすべての作業に精通しているようだ。彼らは、他の日本人従業員同様、一人二役も三役もこなしている。彼らの働きぶりには本当に頭が下がる。厳しい環境で働くことのみならず、重いものを率先して担ぎ、真面目に働いている。勤勉さは日本人の性質といわれてきたが、そのことは彼らにも当てはまる。

 私は、作業をしながら、また昼食時などに彼らの話しを聞いてみた。

外国人労働者と話しをした感想

 彼らと話す前にびっくりしたのは、アフリカ人が日本の工場で働いているということだ。おかげで生まれて初めてアフリカ人の友人ができた。彼らの出身国と日本との関係はそれほど深くないと思うが、それでも働き口があれば、アフリカから日本にやってくるのだ。もちろん、彼らは日本で働く親戚や友人などを頼ってやってくるのであるのだが、モノや金が世界を駆け巡ることは理解していたが、人が同じように移動するのには正直言って驚いた。

賃金の格差

 彼らの日給は7000円である。この給料は日本人従業員とほぼ同額だそうだ。日本人従業員同様、定時の5時をすぎると残業代も支給される。その給料が高いのか、安いのかということはわからないが、三人とも、母国での賃金より、はるかに高いと話していた。彼らの話によると、日本で得ている収入は、本国の国家公務員の月給の約4~5倍ほどの開きがあるようだ。4~5倍と聞くと、遠方から来日し、厳しい作業をしている割りには、収入の開きが少ないものだと感じた。しかし、よく考えてみると、日本に置き換えても、年収500万円の4倍、5倍は2000万、2500万となり、かなりの高収入となる。日本人でも、4倍、5倍の収入を得られるなら、海を渡って働くようになるであろう。ただ、日本の賃金は世界でもトップクラスなので、そのような国や地域は世界には存在しないのである。

表1 一人あたりの国民所得-日本とB国とC国-
国名1人当たりの
国民所得(USドル)
日本33550
アフリカ東部B国250
南アジアC国360
〈出所〉世界銀行東京事務所 HPWorld Development Indicators database, World Bank, July 2003より作成

送金目的

 彼らは、いずれも残してきた家族への送金目的のため、働いている。3人のうち、ジェームスの話が印象に残っている。彼は本国に残した9名の家族のために働いている。父母、妻、3人の子どもに加え、兄と兄の子ども2人を養っているという。彼の毎月の送金額は4万円前後である。なかでも彼は、子どもの教育にお金をかけているようだ。彼の3人の子どもは、私立の授業料の高い学校に通わせている。「立派な教育を受けることが貧困からの脱出である」ことを信じており、そのため彼は日本で働いている。子どもの写真を私に見せ、子どものことを話す誇らしげな彼の面持ちは、世界中どこにいっても変わらないものだと思った。

意外と高学歴

 3人のうち、ジェームスを除き2人とも大学を卒業している。アリは大学卒業後、本国の新聞社に勤務しており、海外経験もかなりあるとのことだった。また驚いたのは、パトリックが母国の国立大学卒業後、すぐに来日し、A社にて働いているということだ。国に一つしかない国立の大学を卒業することは、その国ではエリートなのであろう。実際、彼の同級生は、上級国家公務員や外資系の企業で働いているとのことであった。それでも、彼は日本での単純労働の道を選んだのは、4倍、5倍にもなる収入のためだそうだ。

外国人労働者の抱える問題

強制送還

 そんな彼らに、日本に来て何が問題なのかをたずねてみた。いろいろ問題があったが、一番には、「強制送還が怖い」ということだ。彼らが街を歩き、警察官に呼び止められると、パスポートの提示を求められる。警察官がパスポートを見れば一目瞭然と、不法滞在が判明するから、強制送還されてしまう。そうなると家族への送金ができず、また日本への再入国の道も閉ざされてしまう。A社の工場の2階で生活しているジェームスもパトリックも、強制送還されないように、なるべく自室でプライベートタイムをすごしているとのことだ。不法滞在しているから仕方がないことであるが、強制送還に怯えながら生活することに同情した。

滞在の長期化に伴う家族との溝

 彼らが日本にやってきて、本国の4、5倍以上のお金を稼ぐことは、彼らの生活にとってもいいことずくめという訳でもない。彼らは来日7、8年と、滞在が長期化している。子どもの教育のために日本で働いているというジェームスは、長期にわたって家族と会えないため、いざ家族のもとに帰ったとき、子どもとの関係がどうなるか不安に思っているという。そのせいか、連絡を密にとるために持っている携帯電話からの通話料は4万円前後になるという。この金額は収入の3分の1程度となる。経済格差によって生じる歪みが、ジェームスとその家族との溝にもつがっている。

人材の流失

 国の高等教育を受けたものが、国外に流出していくのは、国家にとっても大きな痛手となる。パトリックのよう高度な技術や知識をたとえ身につけたとしても、より多くの収入を求めて、日本での単純労働に甘んじる結果となっている。国家が自国の発展と繁栄を担う人材を育成するために投資をしてきたが、その彼らが海外に出て、それも単純労働に従事しているとするならば、いったい何のための、誰のための投資であったのだろうか。また、誰が母国の発展と繁栄を担うのだろうか。高等教育を受けたものの中には、自国の発展に汗を流すものもいるが、生活のため他国で働く道を選択せざるをえない状況になったときに、感情的に彼らを責めることはできないだろう。

 彼らと話すなかで、日本と彼らの出身国との経済格差があまりにも大きいことを実感した。その結果、アフリカや南アジアからも人が移動する現状を目の当たりにした。結局のところ、大きな経済格差が存在する限り、より高い収入を得ようとして、人々は移動する道を選ぶのではないだろうか。よりよい生活をするため、家族を養うための彼らの必死さは、国境を超え日本にやってくる。たとえ彼らの入国規制を強化したとしても、受け入れる場所さえあれば、彼らを完全に排除することはできないものだと感じた。

 次回は、外国人を受け入れる企業の実態をレポートしたい。

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上里直司の論考

Thesis

Tadashi Uesato

上里直司

第23期

上里 直司

うえさと・ただし

沖縄県那覇市議/無所属

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