論考

Thesis

外国人受け入れのための土壌作り

はじめに

 先日、神戸の中華街、南京町の少しはずれにある神戸華僑歴史博物館を訪れた。この博物館では、国際貿易都市神戸の発展に大きな役割を果たした華僑の歴史を、記録写真、文献、書画といった数多くの展示物で紹介している。小雨降る月曜の昼下がりであったからか、館内は私以外誰もいなかった。係りの人に展示室の電気を点けてもらい、入ろうとすると「落地生根(らくちせいこん)」という書が私を迎えてくれた。

「落地生根」とは、「一粒の種が地に落ち、芽を出し、根をはやし、枝を張り、やがては大樹となる」という意味だ。この言葉は、まさに華僑の生き方そのものであり、また遠く故郷を離れて日本で生きていく決意でもある。今や華僑社会は「大樹」となり、神戸の発展という果実を生み出した。その結果は彼らの努力の賜物に他ならない。

 一方で、華僑の発展は、彼らを受け入れた神戸の町や、住民、経済人たちの存在を抜きにしては語れない。彼らが異国の地に辿りつき、根を生やし、芽を出すことができたのは、彼らを受け入れる土壌があったからではないだろうか。

 神戸での華僑社会の発展のように、今後の移民政策においても、外国人を受け入れるための土壌作りが必要ではないだろうか。

外国人の受け入れにどう向き合うか

 少子高齢化社会に突入した日本社会の産業や社会の担い手として、外国人を受け入れるかどうか、という議論が交わされている。その議論の前に、すでに受け入れている外国人市民と日本人市民が共生していくために、何が必要なのかをきちんと整理しなければならない。中でもとりわけ、定住を希望する人々を地域社会でどのように受け入れていくか、ということは、大きな課題ではないだろうか。このレポートでは、地域における外国人受け入れに何が必要なのかを考えてみる。

 今回、地域社会における外国人受け入れの取組みの調査のため、静岡県浜松市を訪れた。浜松市は、自動車、楽器製造業などを有する、日本有数の産業技術都市である。そこに所在する企業が外国人労働者を受け入れているため、人口に占める外国人の割合は高い。市の人口598,162人の3.71%にあたる22,219人の外国人市民が生活している(2003年4月1日現在)。とりわけ、ニューカマーと呼ばれる南米日系人を中心とする外国人住民が多数生活しているのが特徴である。

 この様な特徴を持つ浜松市は、外国人受け入れに関する施策や提言を積極的に行っている。2001年、浜松市は、「世界都市化ビジョン」を発表した。このビジョンの中では、「外国人市民と日本人市民が真に共生できる地域社会作り」を明確に掲げている。また、同年には、ニューカマーが多数居住している13都市間で、「外国人集住都市会議」を設立した。この会議は、外国人住民に係わる施策や取組みに関する情報交換や、国・県及び関係機関への提言活動が目的である。同年10月には「外国人集住都市公開首長会議」を開催し、「浜松宣言及び提言」を採択した。

 今回は、市の外国人政策の中心的役割を担っている国際交流係と国際交流協会の職員に現状と問題点、特に、外国人の受け入れに関して最重要課題は何なのかを尋ねた。担当者の私見であるという、前提であったが、共通して「外国人子弟の教育」が最も重要であると答えられた。

なぜ外国人子弟の教育が問題なのか

 外国人子弟の教育について現在最も懸念されているのは、彼等が教育の機会を逃すことにより、社会の底辺層として定着し、社会の階層化が進むことである。日本の学校の進度や教科の理解ができず、不就学となるケースが見られる。外国人の学齢期の子どもたちが日本での教育の機会を失えば、日本社会の枠からはじけだされる恐れがある。特に日本語の読み書きする能力が得られなければ、日本社会で生きていくのは難しい。そうなると、定職に就く機会を得られず、低賃金を受け取らざるをえない。彼らが日本社会で受け入れられなくなってきたとき、彼らの一部が犯罪に手を染める可能性も高くなる。

 また、教育の問題は、日本だけでなく、出身国の社会でも底辺層として定着する可能性もある。浜松市の国際交流協会の相談員が、「日本語能力の問題によって日本社会で受け入れられなかった子供たちが、母語が通用する出身国で受け入れられるとは限らない」、と話してくれたことは印象的だった。つまり、日本滞在時に母国の教育を受けていないため、帰国してもその社会に適応するのが難しいのだ。不就学の外国人労働者の子どもたちは、まさに漂流の民となる可能性が高く、日本でも出身国でも貧困の再生産となってしまうのである。

問題を解決するためには

 このような悪循環を生み出さないために外国人子弟の教育のために、行政ができる支援は何だろうか。

 端的にいうと、学習の場の提供と人的支援である。

 浜松市の取組みを紹介してみる。

  • カナリーニョ教室の開設
    外国人の子どもの実情にあわせた多様な教育機会を提供するため、外国人の子どもの学習を支援する教室として、日本語及びポルトガル語のバイリンガルで、基本教科を子どもの教育水準に合わせて指導するカナリーニョ教室を3教室開設する。
  • 外国人の子どもたちへの日本語ボランティア支援
    小中学校の空き教室などを利用し、外国人の子どもを対象にした市民ボランティアが行う日本語教室(3教室)を支援する。
 このほか、定住する外国人に講演会および研修会を開催し、日本語の能力をたかめ、ボランティア要員として育成する施策も今年度から始めている。

解決を阻む点

 しかしながら問題解決を阻む点もいくつか考えられる。その中でも私が考える最も大きな問題は、地方公共団体の財政負担である。外国人子弟の教育は社会の階層化を防ぐためにも必要なことであるが、目下の厳しい財政事情で、そのことを重点的に行えるのだろうか。ただでさえ、30人学級の実現がされず、日本人の教育現場に人的投資が必要であると叫ばれている中で、どれだけ実現できるのかは不明である。また、このような状況の中で、市民に理解が得られるのかどうかも疑問である。

 外国人を受け入れる際の他の問題にも共通して言えることであるが、「諸問題を抱える日本人をそっちのけにして、外国人だけ優遇するのはおかしい」という批判にさらされることは予想される。

さいごに

 少子高齢化社会を迎える中、外国人労働者の受け入れについて、議論が高まりつつある。しかし、現在の外国人受け入れ関する議論は、受け入れ後の果実のみを手に入れようとしているように思える。果実を得るためには、果実を生み出す草木を育てなければならない。そのためにも、しっかりとした土壌を作る必要がある。

 今、日本各地で様々な地域から「落地」している。一粒の種が大樹となるためにも、「落地」した場所がコンクリートの地面であってはならない。日本の各地域の中で、外国人受け入れの議論が深まり、土壌が作られることを期待したい。

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上里直司の論考

Thesis

Tadashi Uesato

上里直司

第23期

上里 直司

うえさと・ただし

沖縄県那覇市議/無所属

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