松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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労働
2004年7月

塾生レポート

雇用フォーラムの問題意識
上里直司/卒塾生

失業率の改善は沖縄県における最重要課題の一つである。そのため雇用の場の創出は必要な取り組みであるが、それと同時に雇用のミスマッチを解消していくことも重要である。県内の雇用のミスマッチを解消するため、企業側の役割についてこのフォーラムで考えていきたい。今回の月例レポートでは、雇用フォーラムへの問題意識を述べていきたい。

 
雇用フォーラムについての問題意識

 沖縄県が抱える大きなテーマ、それは雇用の場の創出である。沖縄県の失業率は全国平均の1.5倍強、全国ワースト1となっている。沖縄県は、復帰後、雇用創出に向けて様々な取り組みを行ってきたが、高失業率の現状を見ると成功したとは言いがたい。

 「雇用の場の創出」は言うまでもなく重要な問題ではあるが、それで全ての問題を解決するわけではないこともまた、現状から見えてくる。つまり、雇用の場があるにもかかわらず、そこに働く人が来ないという「雇用のミスマッチ」が生じているのだ。ある求人誌の調査担当者の話によると、毎月、新規求人は5,000人ほどあるが、その数が埋まっていく訳ではないということだ。例えば鳴り物入りで進められたコールセンター、また、介護保険導入後、急速に伸びた介護関連職などは、求人数が多く雇用の場を提供する絶好の場となっているのだが、一方でその離職率は高く、そこで何が問題となっているのか、追求する必要性を感じる典型的な例である。

 雇用の場の創出、このことは雇用対策の大きな課題であることに変わりないが、実は、足下には拾いきれていない雇用の場が広がっていることにまず気付くべきであろう。失業者が多くいる、求人がある、しかし求人の枠は埋まらない。その理由を十分に考えなければ、実のある雇用対策はできないのは明らかである。とりわけ沖縄の高い失業率を支えているのが若年者層であるから、この点に注目しながら話を進めていきたい。

 先に述べたように、若年者層の失業率の高さは顕著である。しかも、求人があるにもかかわらず職につこうとしない、あるいは短期間で離職する人が多くいる。県では、若年層の失業率を下げるため、キャリアセンターやジョブカフェなどを設置し、若年者の職業意識を高める努力をしている。こうした地道なサポート体制をつくることは必要なことではある。

 しかし、一方で、若者の職業意識が変われば全ての問題が解決するのだろうか、という疑問がある。すなわち、問題を解決するためには、就業者の問題と雇用側の問題(事業内容および労働環境)、両方に目を向けた問題の追求と対策が必要なのである。したがって、ここでは(1)就業者の労働意識、(2)雇用対策として掲げられている事業の内容、(3)労働環境の3点を切り口に、それぞれ抱える問題をおさえることで、この問題を多角的に検討する。

(1)就業者の意識に働きかけることの困難さ

 失業率を下げるための有効な手段として、職業意識への働きかけが必要であることはいうまでもない。全国的にも若年者専用のハローワーク、ジョブカフェなどで、職業意識を促すような取り組みがなされている。若者の集う場として、情報交換の場として活用されることを期待した取り組みである。

 しかし、そもそも、人の職業意識へ働きかけ、それを高めるといったことが、ハローワークやジョブカフェに通うだけで、それほど簡単になせるものであろうか。現在、フリーターの問題、仕事もしていなければ、学業にもついていない存在が顕在化する中で、そのことを解決するには若者個人の就労観の変化を促すだけでは限界がある。雇用の場である企業や、生活の場である家庭、そして学びの場である学校、いずれの場で職業意識や、社会観を身につける工夫や努力が必要なのである。

 職業意識への働きかけを真正面から捉えるには、まずは広く教育的視点をもって検討されるべきであり、行政の役割で最も重要なのは、その教育機会の確保をすることである。現在でも高校、大学でのインターンシップ事業は盛んであるが、低年齢期においても年令に応じた取り組みが必要となってくる可能性はある。ここで問題となるのが、取り組むべき教師の側の時間的余裕と質、そして活動の裏づけとなる予算である。本質的な部分からの変革は簡単にできることではないかもしれないが、このことにいかに取り組むかによって、若者の職業意識の形成が期待できるだけでなく、あるいは教育の場での雇用創出にもつながるかもしれない。

(2) 雇用対策としての事業

 失業者の増加は、確かにできるだけ早急に解決すべき問題である。しかし、「雇用対策」と銘打てば何でもよいのか、という疑問が沸き起こる事業内容が多いことも、また、確かである。

 例えば、雇用対策としての公共事業。ニューディール政策以来の伝統的手法であり、沖縄県の雇用対策としても中心的に取り入れられてきた。その結果が、公共事業に過度に依存する構造的な問題、そして何より大きな問題となっているのが、自然破壊、自然景観の消滅である。

 自然の破壊は、「人類の生存が持続可能な地球」を根底から揺るがす大問題であり、また、農林水産業や観光産業の資本を損なう問題でもある。雇用の観点からみても、近未来の沖縄に限定したとして、沖縄の自然の美しさを損なうことは、即ち、沖縄における将来の雇用創出機会を自ら奪っている可能性があり、その影響は決して小さいものではない。

 つまり、公共事業の名の下に行われる雇用対策は、一過性のものにすぎず、将来に渡って安定的な雇用を保証するものではないのである。それどころか、将来の雇用を奪う可能性があるということを、今真剣に考えなければ、近い未来、取り返しのつかないことになることは誰の目にも明白である。

 雇用をいかに増やすか、その雇用を安定させるために何が必要かを、安直な公共事業依存から抜け出して、考え直す必要があろう。

(3)労働環境

1)中小企業について

 企業における勤労者待遇の問題となると、急に「(たとえ不十分な待遇であっても)がんばっている中小企業にそこまで責任を負わせるのは酷である」といった消極的な声を聞く。確かに、ぜい弱な産業基盤、県経済の構造的弱さ、不景気といったマイナス要因を持ちながらも、何とか地域経済を支えているのは、地域の中小企業なのである。精一杯の働きをしている彼等を支援こそすれ、責めることはできない。

 しかし、それだけの理由で、中小企業の経営・雇用の改善に対して何の関与もしない、という態度は許されるものであろうか?日本においては、働く人の約90%が中小企業に勤めている。沖縄においては、それが実に98%という数字に上がるのである。このことから、中小企業の雇用のあり方を考えることは、日本全体、沖縄全体の雇用の問題につながることが分かる。そこにある問題は何なのか、その解決のために政治に何ができるのかを考えることは雇用問題の必須事項であろう。

2)中小企業で働く人々は

 私が雇用にこだわるのは、ほとんどの人々が賃金労働者として生活する現在、働き方が即ち生活のあり方を規定する大きな要因となっているからである。

 働き方は、目の前の生活に直結するだけでなく、将来の生活にも結びついている。年金をはじめとする社会保障の問題、家族の問題など、勤務者自身の人生、そしてその子ども達への影響も大きい。

 子どもを保育園や幼稚園に預けて働く親にとって、その働き方は子どもに直接、大きな影響を与えるものであるため、仕事と家庭との関係に多様性を認めない職場で働く人々にとっては、日々数々の問題、悩みを抱えながらの労働となっていることが予測される。

 果たして、労働者の権利を尊重し、家庭や個々の事情の多様性に配慮した働き方を認めることは可能であろうか?このことが今、中小企業に問われているのだ。行政にとっては、中小企業の抱えるそうした課題をサポートする取り組みを強化することが、最も現実的な雇用対策支援であると私は考える。

 現在、連合沖縄と経営者協会が共同で立ち上げた沖縄労使就職支援機構では、主要なテーマを「沖縄型ワークシェアリングの導入」としている。「ワークシェアリング」は、平成14年に政府、経営者、労働者の代表で政労使合意が行われ、導入が進められた。当時の急激な景気の落ち込みの中、いかに労働者を減らさず、職を確保していくかという緊急型のワークシェアリングに焦点あてていた。今は、微かではあるが景気回復の兆しがあり、よって緊急型のワークシェアリングへの薄らいでいるように思える。

 ただ、このワークシェアリングの導入は緊急型のみならず、多様な働き方をどのように受け入れていく手段とされるためにもっと注目されてもいいと私は考えている。現在行われている議論の多くが、多様な働き方に注目し、どのような形で仕事を分担していくか、そのことによって雇用を創出するということに力点が置かれている。

 働く意志、能力があるにもかかわらず、それを許さない環境の中でやむなく仕事を辞めていく人が多くいる。この問題をいかにしっかりと受け止めるかということが、かけ声だけの雇用創出ではない、地に足のついた足元からの雇用を生み出すための鍵だと私は考える。

3)教育と労働

 沖縄の平均所得の低さは全国第一位。そして、中小企業で働く夫婦共働き世帯が多いことが特徴である。それを支えてきた大家族による生活は、この沖縄でも崩れつつある。若い世帯が勤務先の関係で都心に移り住むことで、核家族化が著しく進んでいるのだ。にもかかわらず、行政による子育て支援はいまだに大家族による支援に頼ることを考えているような悠長なものであり、対策の遅れは明らかである。そのしわ寄せを受けるのは、子ども達である。

 私は、若年者雇用の問題も、つまるところは解決の糸口は家庭にあると思っている。自分でしっかりと考え、未来をどう生きるかの理想を持ち、現実に足を踏ん張って道を切り開く、そうした若者を望むならば、幼児期からの子育て支援をおざなりにしていては、いくら若年者の意識改革のためのジョブカフェなどに力と金を注ぎ込んだとしても決して根本的には解決されないだろう。子どもは、まずは親の姿を見て社会を学ぶ。労働観なるものの基礎は、既に幼児期から育まれているものである。そこから、単に雇用対策というだけでなく、より大きく「人間の成長する力を支える」という観点からも、子どもの保育・教育環境の整備と親の労働環境の整備は切り離せるものではない。人々の生活をサポートする行政の役割として、この保育・教育、そして労働に関するサービスの充実、法の整備が必要と言えるだろう。

 景気の低迷に伴い、労働者の酷使、すなわち労働者の「使い捨て」が目につく。労働者の使い捨ては、その家族の使い捨てに直結する。人間を使い捨てにする社会が、良い社会と言えるだろうか?そうした社会に未来はあるだろうか?私は、「人間を生かす社会」こそが、良い企業(雇用の場)を育み、良い労働者を生み出し、よい生活環境を形成し、さらに良い労働者・生活者を再生産することにつながるということを強く主張したい。
2004年7月 執筆
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