松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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2004年3月

塾生レポート

就業体験を通した人材育成
上里直司/卒塾生

 

はじめに

 松下政経塾での個別活動が始まって早くも1年が経った。塾では、実社会での体験を通して物事の本質を学びとる現地現場主義を教育方針としている。私は個別活動で、外国人労働実習や保育実習などの現場を体験し、自らのテーマの仮説を裏付ける経験を得てきたが、それ以上に、現場での切実な現状を目の当たりにし、この社会や政治のありかたを考えるいい経験となった。政治家を志す上で必要とされるのは、このような現場での問題意識をいかに掘り起し、理念としてしっかり自らのものとして身につけることだと痛感している。

 ただ、現地現場主義は政経塾の専売特許ではない。また、政治家のみに必要なことでもない。現地現場での経験はいいかえると一種の就業体験といってもいい。それは社会に責任を持つ全ての人に必要な経験といってもいいのではなかろうか。その経験から得られる幅広い視野と経験を身に着けた人間を、社会は必要としているはずだ。

 したがって、このような人間を育てることに社会は真剣に取り組まなければならない。もちろん教育機関がそういった役割を担うということは、教育本来の役割であり、それはいつの時代にも変わらない。
 しかし、教育というものは何も学校の中だけで行われるものではない。
 たとえば就業前に労働の現場を体験する学生の職場体験は、学業だけでは得られないものを身につけ、人間を成長させる役割を担うものである。そうした経験をすることで、自分の生き方を考えることはその人の成長にとって重要なことである。このことは、もっと注目されてもよいのではないだろうか。

 全ての就業体験の調査ではないが、インターンシップ調査(文部科学省平成15年3月調査)によると、平成14年度のインターン経験の大学生は、30222人となり、前年比4250人増となった。また、インターン経験のある大学生は年々増加傾向にあるが、この背景には、参加する側にとっては、職業選択の前提となることや、行きたい企業とのマッチングという意識があるからであろう。この増加傾向は今後も続くと思われる。また、それ以外の教育機関、小・中・高でも実施されることが望ましい。どのような背景であれ、就業体験から得られる何かは個人の貴重な経験で終わることなく、社会に良い影響を与えていくことが期待される。

 また、就業体験が有意義となるのは、何も学生のみに言えることではない。勤務している人や経営者にとっても、就業体験は教育の機会として有益なのではないだろうか。

 現在でも教員や公務員の中で、他業種で勤務することを制度の中でとりいれているところがある。例えば、沖縄県庁では東京に本社のある広告代理店や商社などへ1年~2年程度の企業研修を行っている。一方、企業側にとっても大手企業の中には、他の企業や業種での研修のみならず公務での研修を進めているところもある。松下政経塾でも、私の同期に、佐賀県庁から一年間特別研修生として塾に研修にきたものがいるが、これも一種の就業体験といえるのかもしれない。このような就業体験を経た者の感想に、現在の職務では味わえない経験をし、幅広い視野が得られたと答えるものが多い。
 勤務している人や経営者の中にはその会社でしか通用しない知識や技術しか持ち得ない場合が多い。しかし、離職、転職の機会が増えるに伴い、幅広い視野や経験を持った人材はますます貴重となるであろう。それだけでなく、自らの人生を再び考え直すことができるようになれば、地域のこと、社会のことを見直すこととなり、より多くの人が社会に参加できるきっかけとなる。全国各地でコミュニティーの崩壊が指摘される中、地域の中で人が育まれる循環ができれば、地域再生の一助になるのではないだろうか。

問題点

 就業体験は、上記のように望ましい点が多いのだが、その実施に当たっては企業側に問題があるといってもいい。中でも、学生や働いている人を受け入れる企業の問題と、働いている人を送り出す企業の問題がある。
 受け入れ企業側の問題としては、社内に実習生を抱える余裕がないということである。とりわけ日本の企業の90%以上を占める中小企業にとって実習生を受け入れ彼らに仕事を指導したり、実習の面倒をみたりする人材がいないのが現状である。昨年、外国人労働者とともに実習した中小企業でも、経営者に地域の学校から就業体験の申し出があっても受け入れる余裕がない、といっていた。
 また送り出す側にとっても余裕のない現状がある。就業体験へ送り出すことで労働力が削がれてしまえば、当然送り出し企業の負担も重くなる。このことから考えても容易に実施へと踏み出せないことが分かる。また、勤務しているものにとっても、何の成果が得られるかわからない研修に赴くのも不安であろうし、何よりも自分の所得を減らしてでもそのような教育を受ける者は少ないであろう。
 しかし、このような問題点があるものの、就業体験の価値を認めていけば、今後、その機会は益々増えていくかと思われる。同時に、就業体験へと向かおうとする人へ何らかの支援があれば、前述した問題の多くが解決され、より多くの人々が就業体験へと向かうのではないかと思われる。

目指すべく人間を作るために

 上段で問題点としてあげた、「企業側の余裕のなさ」は、金銭的、人的な理由によるものである。それを解消するための方策をいくつか提示する。

 まず、金銭的な面からすると、現在の教育訓練給付制度を柔軟に運用できるようにすることで大きく解消されるのではないだろうか。
 現在の教育訓練給付制度は給付指定される訓練・講座などは厚生労働大臣指定のものに限られる。また、指定されている講座は資格取得目的のものや、机の上で身につける学習が多い。この制度のおかげで、社内教育だけでなく自ら進んで自己啓発を行うものの金銭面の負担は軽減されている。しかし、この制度をよりよくするためには、市町村、県など、地域の実情を把握する自治体の指定する講座を加えてみてはどうだろうか。その際、机の上の学習のみならず、当該自治体が指定した企業や団体での就業体験を含めるようにしてみてはどうだろうか。このような就業体験を含めることで幅広い視野や経験を身につけられるよう改正すべきであろう。これらの経験を得るためには、わずか2、3日程度の職場訪問程度のものではなく、1ヶ月間くらいの期間が妥当だと思われる。

 また、企業で実習生を受け入れる余裕、つまり人的な余裕がないならば、実習生を受け入れる仕事の就業体験をも導入してはどうだろうか。これがあれば企業側の問題点を解消できるし、何よりも参加するものにとっても意欲的、かつ効果的になっていくであろう。
 このような勤務経験のある人たちや経営者の体験実習をぜひ進めたいと私は考える。こうしたことからも、社会を変えていくという視点が全ての人に身につけばいい。

 もし、多くの人々が、自分の職場を離れて研修をする機会を持てるとするならば、その経験はその人個人にとって、人生の大きな蓄積となるばかりか、社会にとって、幅広い知識と経験を身につけた人間の存在は貴重なものとなるだろう。
 この社会に生きる人々が全て恵まれた環境の中で就業体験を得ることができるかというと、非常に難しいところである。ただ、世の中全体が、その価値を認め合うことができるのであれば、厳しいと思われる現実を打破する道も開けるであろう。私はそれを信じ活動していきたい。

2004年3月 執筆
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