松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

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2003年4月

塾生レポート

マニフェストが日本の政治を変える
上里直司/卒塾生

 
 2003年4月の統一地方選挙は、マニフェストを前面に打ち出した選挙戦の幕開けとなった。マニフェストとは政策綱領などと訳されるが、選挙公約集といえばイメージがつかめるだろう。選挙公約は、当然ながらこれまでも各政党、各候補者が発表してきた。しかし、どの選挙公約もあいまいであり、具体的な政策を提示できず、「ウィッシュリスト(お願いごとの羅列)」にすぎない代物であった。今回の選挙でも、まだウィッシュリストの域をでていないものも多かったのも事実である。それでも具体的数値目標を掲げ、有権者に訴えた点は評価されるし、政治への信頼を勝ち取る重要な布石が打たれたものと信じたい。

 また、このマニフェストを、改革派知事と称される知事が、国政選挙に先立ち発表したことも、地方から日本政治が変わってゆくことを暗示しているようだ。

 マニフェストは候補者が有権者と交わす契約である。契約を確実に履行することが、政治への信頼を醸成するために必要だ。マニフェストが、今回の選挙だけで浸透したとは言いきれないが、今後日本の政治を変えるきっかけとなることだろう。

 今回のレポートでは地方自治体の首長に絞って、そのマニフェストについて述べてみたい。

マニフェストへの関心度

「政策で政治を変えてゆく努力や運動がないと民主主義は確立していかない。」

 そう語るのは、北川正恭前三重県知事である。彼は今年1月末に行われたシンポジウムで、立候補予定の改革派知事に対してマニフェストを掲げ選挙を戦うことを勧めた。それに呼応するかのように、「神奈川力宣言」という名のマニフェストを発表し、神奈川県知事選挙に打って出たのが、松下政経塾3期生の松沢成文氏だ。松沢氏は3期目の衆議院議員を辞職し、「地方から日本を変える」という思いで立候補した。

 今回、私はこの松沢氏の選挙事務所で研修させていただいた。

 松沢氏のマニフェストは、他の候補者同様インターネット上で公表されている。それだけでなく、選挙事務所、街頭演説会にて1部100円で販売した。このマニフェストが街頭でよく売れたのは予想外の出来事であった。政党のマニフェストを有料で販売することが定着しているイギリスに於いて、2001年の総選挙時のイギリス労働党のマニフェストが2.5£(約480円)であるのと比べるとまだまだ安い金額だが、街頭で配る政策ビラをなかなか受け取ってもらえないことを考えると、スポーツ新聞や夕刊紙と同額のお金を出してマニフェストを買う人がいることに驚いた。しかし、この選挙では、道行く人が、近寄ってきて「マニフェストありますか」とたずねてくるのだ。

 選挙毎に投票率が低下し、政治への無関心層が増えているといわれるが、関心ある層も確かにいるのだ。候補者がマニフェストを掲げ、政治をよくしていけば、従来の関心層だけでなく、無関心層を注目させる可能性を秘めている。

マニフェストが政治に緊張感を与える

 マニフェストは、候補者と有権者との契約書である。これまで、選挙公約はあいまいなスローガンが多かったので、有権者の判断材料としての信頼度は低かった。その結果、政策以外で判断を求める傾向が強くならざるを得なかった。しかし、マニフェストには数値目標や期限などが具体的に盛り込まれているため、政策の達成の度合いが有権者にもはっきりと見える。

 このような政策は、候補者の政策実現への意気込みや現実的な解決策を持つ現れであり、そのため有権者にとってはその政治家の仕事振りに期待したいという信頼感につながっていく。こうして有権者の期待と厳しい目にさらされると、政治家は、政策を実行しなければ落選してしまうという緊張感をもって仕事に臨むであろう。次の選挙で再選を目指すとき、しがらみや利権よりも有権者との約束のほうが大切だという意識が生まれるであろう。その点でも今回、松沢氏は、政策が実行されなかった場合は落選させてもかまわないと主張しており、その行動に私は期待している。

 マニフェストが投票の判断材料となる マニフェストは地方自治体の首長の実行力を図る重要な材料である。近年、「首長が変われば地域が変わる」という意識が住民の中にも芽生えてきた。介護保険や教育など、地域独自の判断が住民の利益・不利益に直結しており、そのため、自ずと首長の判断に注目が集まる。従って、選挙に際しては、そのような問題に関して候補者がどのような判断をしているのか、「どの首長を選べば生活にプラスになるのか、マイナスとなるのか」ということが注目されるようになってきた。

 また、地方の税収減により、行政サービスも優先順位を決めて実行しなければならない。これまでのような「あれも、これも」型の政治ではなく、「あれか、これか」型の政治になっている。その時に、どの政策に優先順位を決めるか、どの程度のサービス内容にするかをマニフェストに描かれるべきである。

 以上が、マニフェストに期待される役割である。このような利点がある一方、マニフェストが抱える問題、不安材料も存在する。次に、そのことについて述べてみたい。

マニフェストの限界

 マニフェストには、首長独自の権限では実現できないことも含まれている。その中でも特に財源の問題をどうするか、ということは大きな問題である。松沢氏のマニフェストにも、一番目の政策は「国から都道府県へ5.5兆円の税財源の移譲を勝ち取り、県税収の1400億円増収を図る」とある。地方自治体の財源の問題に対して、片山善博鳥取県知事は、イギリス型のマニフェストに一定の理解を示しながらも、「(都道府県は)財源を自分で自由にできないという制約があるため、(マニフェストは)中途半端なものにしかならない」(カッコ内は筆者)と述べている。税財源の移譲という根本的な問題を国政で変えなければ、このマニフェストにも限界があるということだろう。

 また、長野県、徳島県のように議会で不信任案をつきつけられると、マニフェストに掲げた政策実現は難しい。どんなにすばらしいマニフェストを作成し、有権者も受け入れたとしても、議会で承認されなければ実行できない。首長と議会の関係をきちんと整理されなければ、このマニフェストにも限界が生じるという問題が指摘されている。

マニフェストは現職、政党優位

 また、マニフェスト作成には、現職や政党が優位になると考えられる。なぜなら具体的な数値目標、計画をたてるため、事前に情報を収集し、分析する組織が必要であるからだ。県知事選挙での対抗馬であったある女性候補は、「マニフェストを作成できるのは、県庁内での情報に精通していないと作成できない。よって政党や大きな組織の支援をうけた候補者しか作れない」と訴えていた。松沢氏のマニフェストを見ても、随分細かな部分にまで政策のメスが入っている。この作成に国会議員であった松沢氏と彼を囲む大学教授らの政策ブレーンが関わっているからだ。情報は公開されているものが ほとんどであるが、ある種のプロでなければ、なかなか入手できないし、作成することも困難であろう。今後、誰もがマニフェスト作りにとりかかれるようにするには、自治体による徹底的な情報公開が必要不可欠である。

マニフェストの進捗状況を報告できるか

 マニフェスト、選挙公約は選挙が終わると目に触れることはない。そうなると、当然、公約の進捗状況をチェックすることも難しくなってくる。この点を考慮し、橋本大二郎高知県知事は公約を整理し進捗状況をホームページで発表しているが、残念ながら、このように公約の進捗状況を発表している政治家は非常に少ない。着実に実行していれば、それでいいとも言えるが、有権者に対する公約である以上、進捗状況をある一定の間隔で報告する必要がある。

 また、計画変更が生じた場合は、有権者の前で説明しなければならない。松沢氏もマニフェストで示した政策の変更を求められると、その理由と経過をきちんと説明し、あらたな目標や対応を提案することを約束しているが、残念ながら具体的にどのように説明するかが述べられていない。マニフェストを真に有効にするためには、作成することに対して心血を注ぐと同時に、当選後、実現過程をいかに説明できるかという点も重視するべきである。

 最後になるが、「約束を守る」この単純明快なことが、この社会では、ともすれば忘れられがちである。特に政治の場では甚だしい。

 マニフェストは有権者への約束である。約束を守ることが、政治への信頼を醸成するために必要なことであるし、ひいては日本の民主主義を確立する一歩となる。今後、マニフェストは日本の政治に大きな影響を与えると私は考えるが、そのためにも神奈川県知事となった松沢氏を初め、マニフェストを掲げた全ての政治家が「約束を守る」ことを期待している。

2003年4月 執筆
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