松下政経塾 The Matsushita Institute of
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2002年4月

塾生レポート

農業の多面的価値の保存と地域通貨
原田大/卒塾生

 
「食」と、その基盤である農業に関する関心がいろいろな面から脚光を浴びている。まず第一に、「食の安全・信頼性」への不安がある。これは、遺伝子組み換え食品の流入、BSE(狂牛病)の発生、大手メーカーによる食品表示の偽装など一連の事件により大きく取り上げられた。第二に、食料安全保障への疑問がある。2000年度の穀物自給率は28%であり(*1)、食料を輸入に頼っている状況の心もとなさが指摘されている。第三に「世界水問題」から見た日本の食料輸入への批判である。食糧生産には水が当然必要なので、食糧輸入は形を変えた水の輸入と捉えることができるのだ。「水」をめぐる紛争が国際問題となる中、大量の食糧輸入=水輸入をこれまでと同じように続けることは難しくなるであろう。第四に中国産の安い農産品の輸入による、国内農業の崩壊への危機感がある。中国産のねぎ等農産物3品に対するセーフガードは記憶に新しい。国内農業の崩壊は、単に農業の問題だけではなく、農地が保全してきた国土環境の劣化にもつながっていく。

 こうした問題に対する解答としては、「国内で、消費者に顔の見える安全な食料品を生産する」ということになろう。食糧生産そのものと、農村の持つ多面的機能を国内で保つということである。もっとも、現在の経済システムではこのような国内農業が成り立たないため、問題が起こっているのであるが。この問題に対する一つの対応として、国内の農家の大規模化が進められている。しかし、農業の大規模化は解決策のようで解決策ではない。なぜなら、そもそも地元産の食料品を消費することをやめ、大規模農場で作った安い食料品を求めていった結果、国内農業の空洞化が起こったのである。機械化・大規模化を推し進め、大規模化に適した土地を求めて都市の外へ、外へと出て行けば、行き着く先が国内である必要は全くなくなる。よって、本質的に問題を解決しようと思えば、「地産地消」、すなわち地元で取れたものを地元で消費すること、さらに有機無農薬栽培などによる高品質化となろう。

 ここで、「地産地消」といっても、東京などの大都市の場合、全部を周辺から賄うのは無理である。また、近くにある程度以上の市場がない中山間地域の場合、自給自足はできても現金収入への道は限られてしまう。そこで、生産地と消費地を直接結ぶ必要が出てくる。最近は、いわゆる「産地直送」という形で、生産地と消費地が直接結ばれるケースがある。しかしこれも、生産品を高級ブランド化できないと、なかなか成り立たない。また、高級ブランド化した嗜好品の生産と、農村の環境保全は必ずしも結びつかない。

 農村の持つ多面的機能を評価しようとする試みは、農水省を中心に行われてきた。農村には農産物の生産という機能のほかに、水源の涵養、洪水の防止、土壌の保全、大気の浄化、レクリエーション空間の提供など、様々な機能が認められている。これらの機能の経済的価値を試算すると、4兆1000億円から11兆8700億円になる(*2)。この、少なくとも4兆円以上に上ると試算されている経済効果を農村は生み出しているにも関わらず、その農村を維持するための資金は農家が自己負担するような状況である。もっとも、ここに国や地方自治体からの補助金・助成金が交付されているケースもある。例えば、千葉県松戸市では、水田の持つ遊水機能保全に対して、13.6万円/10aの助成が行われている。

 近年の環境意識の高まりとともに、こうした多面的機能を持つ農村を守るために何か行動したいという気持ちを持つ都市住民もいるはずである。そんな気持ちと農村の保全を直接取り持つ手段として、一種の「地域通貨」的なものの利用が考えられる。

 一つの例として、福島県只見町で活動している、「たもかく」の例がある。「たもかく」というのは只見町木材加工協同組合の略だそうだが、ここでは、古本と森の交換プロジェクトを実施している。その際、ある程度の広さになるまでは森林との「交換券」が発行されるのだが、この「交換券」で地元の旅館に宿泊できたり、木工品と交換できるそうである(*3)。いわば、「森本位通貨」とでも言えるだろうか。

 この方式のよいところは、都市の人も現地の人も、主体的に関わっているということである。政府機関を介在して、都市の人から税金として徴収し、農村の人に補助金として資金を移転する場合、都市の側では農村の多面的機能の保全に直接関わっている感覚はないし、補助金をもらう側でももらえるものはもらっておくという程度の認識になりかねない。直接的な「つながる」感覚というものは、非常に重要であろう。

「たもかく」の場合は林業であったが、農業の場合、より利点がある。まず、農業では作付けの際に種苗代、肥料代といった元手がいる。これを都市の人に先行投資してもらって、将来収穫物という形で届けるのである。農家としては経営が安定するであろうし、都市の住民は「顔の見える」作物を手にすることができる。ただ、一般家庭の場合、例えばジャガイモを10箱送られても困るということもあるので、作物を受け取る権利を証券化して、小口にすることが考えられる。この証券化された小口の「地域通貨」を都市住民が農村を訪れた際に使えるようにするなどの展開も考えられる。ちなみに、農林水産省農業総合研究所の試算によれば、農業の多面的機能のうち、都市住民訪問という保健休養・やすらぎ機能の経済価値が約3分の1を占める(*4)。

 いわゆる「地域通貨」と呼ばれるような、こうした新しいお金は、意思の込められたお金である。円やドルといった、通常の通貨が持つ利便性はある程度損なわれてしまうが、それを超えた使い方ができる。例えば贈り物として現金を選ぶのに抵抗がある人でも、ビール券、図書券といったものなら贈りやすい。それはお酒が好きな相手の気持ち、あるいは知的好奇心が強い相手の気持ちを思う心が込められるからである。同じように、農村保全に役立つような意思の込められた新しいお金にも、新たな可能性がある。

*1 平成12年度食料需給表 http://www.maff.go.jp/jukyuhyou.html
*2 4兆1000億円は、平成8年野村総研試算。評価対象の変化に対する支払意思額や受け入れ補償額を尋ねる、CVM法による。11兆8700億円は平成3年三菱総研試算。評価対象の存在が地代や賃金に与える影響をもとに計算する、ヘドニック法による。
*3 たもかくウェブサイト http://www.tamokaku.com/index.html
*4 平成10年農林水産省農業総合研究所試算で、約6兆9000億円の多面的価値のうち約2兆3000億円を占める。農村の提供する機能を市場で取引されている同等の財の価格と比較する、代替法による。

2002年4月 執筆
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