研修活動塾生による、現在までの研修活動を一部ご紹介いたします。

2017年 9月

研修活動3・4年目 実践活動報告~日本財団×ベネッセ 子どもの貧困対策プロジェクト 現場責任者としての挑戦(1)~

山本将/松下政経塾第35期生

実践活動報告~日本財団×ベネッセ 子どもの貧困対策プロジェクト 現場責任者としての挑戦(1)~[1] 実践活動報告~日本財団×ベネッセ 子どもの貧困対策プロジェクト 現場責任者としての挑戦(1)~[1]
 日本財団と㈱ベネッセホールディングスは、子どもの貧困対策として共同プロジェクトに取り組んでいる。このプロジェクトは、家庭でもなく学校でもない第三の居場所を全国各地につくる計画であり、私は関西で初となる大阪府箕面市での現場責任者に就任した。今回の実践活動レポートでは、本プロジェクトの概要について説明する。
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 2016年5月、日本財団とベネッセによる「子どもの貧困対策プロジェクト」についての記者会見が行われた。(図1)子どもの貧困問題の解決に向けて、日本財団がプロジェクト全体のコーディネートとサービスの全体設計、さらに拠点設置に必要な50億円の資金提供を行う。ベネッセは、これまで培ってきた教育ノウハウをもとにコンテンツの提供等を行う。この度、私は本プロジェクトの1つの拠点である大阪府箕面市の現場責任者に就任し、2017年10月2日から本格的にスタートする。
 
1.プロジェクトの概要~子どもたちに安心できる居場所を~
 
 今回のプロジェクトの趣旨は、子どもの貧困問題解決に向けて施設での取り組みの効果検証をおこない、有効な施策を特定し、政策提言につなげるというものである。主に就学前から小学校低学年の子どもを対象に、「家でも学校でもない第三の居場所」となる拠点を全国各地に100か所設置し、子ども達の将来の自立を促すための取り組みをおこなう。そして、慶應義塾大学の中室牧子準教授が本プロジェクトの効果測定を行い、有効施策を特定する。
 では、そもそもなぜ第三の居場所が子ども達に必要なのであろうか。日本財団は、この理由として「関係性の貧困」を挙げている。親が貧しい場合に、子どもが被る不利益は金銭的な側面だけではない。親の公私での人間関係など、様々な関係性の影響を子どもも被るのである。例えば、ひとり親家庭の場合、親は仕事と家事に追われ、趣味や遊びなどでの人と交流する時間が限られてしまう。そのため、親が周囲と繋がっていない状況に陥り、孤立する。そして親の孤立は、子どもが低年齢である場合、子どもの孤立に直結してしまう。
 一方学校現場では、親身になって子どものために動く学校の先生でも、日々の雑務に追われ、一人一人の子ども達とじっくり向き合う時間は多くない。そのために、学校が家庭のような居場所の役割を担うのは難しい実状がある。
 子ども達に安心できる居場所をつくりたい、そして関係性の貧困を解消したい、そのような思いから子どもの第三の居場所プロジェクトは始まった。
 
2.現場から学んだ居場所づくりの重要性
  
 私は、子どもへの支援活動を続けているために、居場所の重要性を痛感している。そのため、日本財団の考えに共感する部分が多い。私の活動については以前のレポートで述べているため、ここでの詳述は割愛するが(2016年12月 実践活動報告~子どもの貧困の現場から学んだ、居場所づくりの重要性~ http://www.mskj.or.jp/katsudou/?contribute_year=2016#113)、日本には、居心地の良い家庭を持つことができていない子ども達が多く存在している。親が離婚と結婚を繰り返し、新しい親や兄弟姉妹と暮らすことを強いられる子どもや、親の虐待におびえる子ども達にとって家は必ずしもホッとできる場所ではない。
 学校に遅刻する子ども達でも、第三の居場所には時間通りに姿を見せる。帰り間際には「帰りたくない」と、ぐずる子ども達もいる。孤独な子ども達にとっては、何よりもまず絶対的な安心できる居場所が必要である。自分の居場所があるということは、本人の精神的な安定だけでなく、物事に取り組む意欲など様々な面に影響を与える。人にとって居場所とは、それほど重要なものである。
 
3.スタッフに求められる姿勢
 
 では、子ども達に安心できる居場所をつくる上で、私達スタッフに何が求められるのであろうか。答えがない問いではあるものの、私達は”寄り添う”姿勢を大事にしていきたいと考えている。先ほど述べたように、子ども達は様々な事情を抱えている。家でも学校でもホッと一息つける居場所がない子が多い。まずは、子ども達に寄り添い、話を聞いて頷いてあげる。得意なことや自慢できることを「すごいね」と認める。苦手なものにチャレンジするときには、見守り、そっと声をかけてあげる。このように、子ども達の気持ちに寄り添い、共に豊かな関係性を紡いでゆくことが、安心できる居場所に求められているのではないだろうか。一人ひとりの子供たちが心からホッとできる居場所づくりに力を尽くしていきたい。
 
4.今後の展望
 
 もちろん、安心できる居場所づくりの他にも、今後取り組んでいきたい様々な構想がある。より良い生活習慣や学習習慣の定着、五感を通じて感じる体験イベントの開催、これからの時代を生きていくための生き抜く力の育成などである。これらの取り組みについては、時期を適切に見極めながら、随時取り組んでいく計画である。引き続き、追ってレポートで報告していく。

2017年 6月

研修活動3・4年目 実践活動報告~フォーラム開催「これからの子育てのかたち~‘孤育て’から‘安心できる子育て’へ~」

山本将/松下政経塾第35期生

実践活動報告~フォーラム開催「これからの子育てのかたち~‘孤育て’から‘安心できる子育て’へ~」[1] 実践活動報告~フォーラム開催「これからの子育てのかたち~‘孤育て’から‘安心できる子育て’へ~」[1] 実践活動報告~フォーラム開催「これからの子育てのかたち~‘孤育て’から‘安心できる子育て’へ~」[1]
今回の実践活動報告では、2017年7月1日(土)の14時~16時において、大阪府茨木市で主催しました子育てフォーラムについてご報告します。
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1.フォーラム開催の経緯
 
 子どもの健全な発育のためには、特に乳幼児期の家庭環境やその支援が重要であると考え、実践活動を行っています。子育て支援は多様であり、国が進めている家庭教育支援や、大阪府の社会福祉協議会が進めている保育園・保育士の育児指導相談員、地域包括支援員(通称スマイルサポーター制度)などがあります。
 このような取り組みの背景の1つに ‘孤育て’という問題があります。孤育てとは、パートナーや親族、地域から子育ての協力を得ることができず、片方の親に子育ての負担がかかっている状態です。孤育ては育児不安や育児ストレスを抱えやすく、最悪の場合には虐待につながるとも言われています。
 社会の変化の中で子育てが孤育てに変わり、その支援が急務であることを踏まえ、「すべての世代で子育てを支える社会」について市民の皆様と考えるフォーラムを開催しました。
 
2.フォーラム内容
 
 フォーラムは二部構成で、1部では「子どものために大人ができること~父親・母親・保育園の役割」の講演をおこない、2部では「保育園・学校が支える子育てのかたち」として、茨木市の保育園の三角園長先生と小学校の為乗校長先生を交えてパネルディスカッションをおこないました。
 講演で孤育ての現状を説明した後、孤育てを防ぐ家庭内での工夫についてお話しました。主に、男女の脳の働きの違いと夫婦のコミュニケーションについて、保育園のスマイルサポーター制度の現状とこれからの役割についてお話しました。 
 2部では、保育園の三角園長先生から、保育園が保育士不足や待機児童問題を抱えながら、スマイルサポーター制度を運用するご苦労についてお話頂きました。アンケート結果からも、現場での奮闘と課題について理解することができたと、多くのコメントを頂きました。また、小学校の為乗校長先生には、小学校が子育てを支える取り組みと保幼小連携についてお話頂き、特に、保幼小連携が子育て支援や子どもの学力・生活面にとって重要であることを、会場の皆さんと共有することができました。当日は多くの方にご来場いただき、活発な質疑応答がおこなわれ、これからの子育てのかたちを会場の皆様と一緒に考えることができました。
 
3.フォーラムを終えて
 
 今回のフォーラムを開催するにあたって、よく頂いたご意見があります。それは「子どもがいないのに、子育てのことを語るの?」というものでした。では、子どもがいない人は子育てについて考えない方が社会にとって良いのでしょうか。
 例えば、高校生や大学生が、街中で困っている妊婦にさっと手を差し伸べる行動や、道をベビーカーにさっと譲る行動には、どこか温かさを感じます。また、未婚の20代・30代の男性が、新幹線の中で泣き叫ぶ赤ちゃんに対して、優しく微笑み返すのは、素敵な振る舞いであると私は思います。子育ての有無に関わらず、みんなが子どもを温かく見守る社会は素晴らしいのではないでしょうか。
 また最近の保育園の建設反対問題を見ても、子育て・子どもに対する社会の寛大さが失われつつある気がします。横浜市の保育園建設反対の事例では、ある母親は実際に次のように発言しました。「私は三人の子どもを育てていて、三人とも保育園に預けています。そのために保育園の重要性は分かっています。ですが、とにかく私の家の近くに保育園を作らないで下さい。」
 この例は、子育て経験がある方でも、すべての子育て世代・すべての子どもに対して温かく支える社会にあまり関心がないことを示しています。もちろん、自分の子どもというのは特別な存在だと思います。ただ、広い視点に立てば、すべての子ども達はこれからの日本を担う、社会の宝物です。温かくすべての子ども達を見守り、すべての家庭が安心して子育てできる環境をつくる。
 そのためには、子育てをしていない人も、している人も、ひと段落ついた人も、すべての世代で、子育てについて考えることは重要だと思います。今回のフォーラムを通して、この思いがより強くなりました。引き続き、活動に取り組んでまいります。

2017年 5月

研修活動3・4年目 実践活動報告(1) 真の地方創生とは何か~常識を疑うことから始めよう~

小林達矢/松下政経塾第36期生

実践活動報告(1) 真の地方創生とは何か~常識を疑うことから始めよう~[1] 実践活動報告(1) 真の地方創生とは何か~常識を疑うことから始めよう~[1] 実践活動報告(1) 真の地方創生とは何か~常識を疑うことから始めよう~[1]
地方消滅が叫ばれ始めて数年が経ったが、本当に地方は消滅してしまうのだろうか。福岡県津屋崎訪問を通じて、常識を疑うことを学んできた。真の地方創生とはいかなるものか報告したい。
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訪問するきっかけ
 
 私は長野県長野市出身で、まちの衰退や若年層の流出に問題意識を持っている。人口減少すれば、経済が縮小し、財政運営も困難になる。だから歯止めをかけたい。よく“地方創生”で言われるようなことを思っていた。
 しかし本当に地方は疲弊しているのだろうか。また疲弊しているとしても、日本全体で人口減少すれば、人の引っ張り合いになってしまうのではないか。松下政経塾に入塾してから、このように自らの志を省みる機会が多々あった。
 その1つが、津屋崎ブランチ代表の山口さんとの出会いであった。山口さんは、もともと東京でゼネコンに勤めながらまちづくりに携わっていた。しかし東京にいて地方のまちづくりを行なっていても、地域の人の顔が見えなく、何のためのまちづくりを行っているのか悩んでいた。そこで山口さんは実際に地方に住んでまちづくりをしたいと思い立ち、10年前から福岡県津屋崎に移住して、まちづくりを行っている。
 私は、実際に地域に住んでまちづくりを行うようになった山口さんの思いに惹かれ、津屋崎を訪問することとなった。
 
津屋崎ブランチとは
 
 津屋崎は隣の福間町と2005年と合併し、現在は福津市の一部になっている。福津市の中心は福間町の福間駅周辺で、現在は高層マンションが並び、福岡市のベットタウンとして人口が増加している。その一方昔ながらの営みが残る津屋崎は西鉄の廃線により、地域衰退が進んでいる。この状況を打開するために福津市は、移住交流政策を山口さんに依頼し、津屋崎ブランチを創設した。

 津屋崎ブランチが目指すまちの姿は、「新しい働き方、暮らし方、人とのつながり方」を作ることである。ここでいう「新しい」は、都会の若者からみて新しいという意味であり、日本に元々あった「本物」を取り戻すということを意味している。山口さんは、津屋崎には都会に住んでいる人々が失いかけているものが、開発から取り残されているがゆえに残っているので、それを受け取り、受け継ぎたいという。
 津屋崎の良さを受け継ぐために津屋崎ブランチでは様々な取り組みを行っている。1つ目が、子育て世代にターゲットを置いた移住者支援事業である。なぜ子育て世代かというと、20代の単身者は、自分にとって住みたいと思う場所を選ぼうとして、津屋崎よりもいいと思った場所があればそちらへいってしまう。それに対して子育て世代は、子どものために本当に住みたいところを探す。そこで、本当にこの地域を選んでもらえるように、数組限定の移住体験ツアーを行った。移住体験ツアーの特徴としては、ワールドカフェという話し合いの手法をアレンジして、町民と対話する機会を設けているところだ。例えば、「春夏秋冬どういう暮らしをしているのか」町民に教えてもらい、ここに住むとこういう人たちと暮らしていけるんだとイメージしてもらっている。対話の重要性に関しては、追って詳しく述べる。その結果ツアー参加者は、100%移住してもらい、定着率も100%になった。ターゲティングに加え、津屋崎での暮らし方・人との繋がり方を感じてもらうことが、移住定住を促進していることがわかった。
 2つ目が古民家活用である。移住交流を促進するには、居住するスペースが必要である。しかし町の人々から古民家を貸してもらうこともなかなか難しい。まずは、家主の気持ちを移住者にも理解してもらうことが必要だ。移住者が自治会に入らなければ家主の面子をつぶすこともあり得る。この家の、そして地域の歴史をいかに引き継ぐことができるのかが重要になってくる。また家主の金銭的な負担軽減も1つのテーマである。例えば、家賃前払い方式や、改修費の半分を近所の人々が出資しあう「ものがかり銀行」など信頼の中でしか成り立たない仕組みも利用して、古民家活用を進めているところが特徴的である。
 3点目がプチ起業塾だ。1つの仕事ならば、5万、10万しか稼げないが、3、4つ組み合わる複業という新しい働き方を取り入れることができれば、生活は成り立つ。津屋崎のプチ起業塾では、自分の趣味や好きなことでプチ稼ぎしつつ地域に貢献したいという30~40代をターゲットにして起業支援が行われている。近年では起業支援も甲斐あって「Café and Gallary 古小路」という日替わりカフェをはじめ、次々と津屋崎に店がオープンしている。このような新しい働き方が出来れば、生活を犠牲にすることなく、地域や家族を大切にする暮らしが実現できるようになってくる。また仕事上の利害関係以外でも付き合う関係を持つことができるのではないか。
 津屋崎ブランチのこのような取組によって200名を超える人々が津屋崎に越してきている。そしてその移住者は、地域にある資源を生かし、また地域に住む人々の交流を重視し、いままで津屋崎で失われつつあったものを取り戻すことに寄与している。そういった風情ある町並みにどこか心が落ち着く。何のために、人を呼び込むのか、またまちにとって大切なものとは何かを考える良いきっかけになった。
 
若者と移住者、そして住民との対話の場づくり
 
 ただ山口さんは、移住者と地元住民との対話がなければ、移住・交流は進まなかったと考えている。山口さん自身も最初移住して来てから、地元住民との信頼関係を構築するには、5・6年かかったという。特に、最初の2・3年は地元のお祭りに参加したり、地元の若者衆にお酒を持っていき、ひたすら対話を求めに行ったそうだ。こうした努力が町民の心を開いたとお話を伺っていて感じた。
 こうした町民と対話を取り入れたものが、上記でも説明した移住支援事業である。私はそこにこそ移住交流促進のコツがあるのではないかと思う。
 現在、対話の場づくりとして意味の学校というものを津屋崎で開催しており、地元の方はもちろんのこと、移住者や小学生や高校生・大学生が集まってくる。
 それではそもそも対話とはなにか。山口さんが対話と対比していたのは、討論だ。塾でも討論を行なったりするし、私もどちらかというと討論をしてしまう。しかし討論では、自分の考える範疇からでることがなく、自分では思いつかないことは見えてこないという。
 では山口さんが目指す対話をするには何が必要か。 意味の学校では、断定しないことを重んじている。確かに討論していると、その根拠は何ですかと理屈で話をしてしまい、自ら気づかなかった視点を見逃してしまっているのではないかと感じることができた。
 断定しないことに関連して特徴的だったルールは、年上の人が年下の人の話を尊重するということだ。私が参加した意味の学校では、質疑応答も若者が優先的にできるような環境づくりが施されていた。ここに津屋崎に人々が集う理由がわかった。
 もう1つユニークなルールがある。それは、沈黙を歓迎するということだ。よく話し合いをする時は、黙り込んではいけないと考えがちである。山口さんは、沈黙が起きている時は、新しい概念に触れ言語化しようとしている、とても大切なひと時であるという。慣れないと沈黙していいのかなと思いがちだったが、少し経つとそれが心地よくなり、自分が考えている本心を話せるようになった。
 対話は、人々との対立を生じさせない。若者だろうが、移住者だろうが地域に溶け込むことができる仕組みではないかと感じた。
 
地方創生の常識を疑え
 
 山口さんにまちを再生するにあたって求められる見方・考え方を説明していただいた。従来の「地方創生」は、東京視点で競争を促してきたという。例えば、どれだけ便利か、どれだけマーケットが大きいか。こうした1つの軸で計られるとどうしても、人口規模の大きさに依存してしまう。また1つだけの指標に頼っていると、ランキング付けされやすくなり、これも商売の道具にされてしまう恐れがあるらしい。
それにも関わらず便利さに依存した住民は、強者に資金も物も情報も奪われていることを認識していない。気づいたときには、これまであった地域の営みは崩壊し、人とのつながりがなくなる。やがては誰も住まないまちになってしまうかもしれない。
 山口さんはこれからの「地方創生」に求められるものは、「協力」「共有」「自立」であるという。「協力」は、競争とは逆の意味である。これまでは、競争に勝ったもの勝ちの社会であったが、そうではなくお互いのいいところを認め合うことの重要性を述べていた。例えば、福間駅周辺は利便性が高いが、津屋崎には人情と昔ながらの暮らしの営みがある。お互い良いところを認め合い、交流を活発化させれば双方向にプラスであろう。またその際は、そこにある資源をお互い「共有」し合うことが重要になってくる。決して独り占めしたりしてはならない。またその際は、過度に他に依存せず「自立」を保つことも重要になってくるだろう。このような発想は経済指標1つに頼っては、決して出てこない視点である。総合的な指標でまちの価値を図り、共存共栄の社会を築いていく重要性を知ることが出来た。
 
 今となっては、津屋崎には子育て世代を中心に200人もの人々が移住し、意味の学校などイベントがあると、若者も含め多くの人々が津屋崎に集うようになってきている。しかしここまでで来るのには、山口さんと地元の方々との対話がなければ成り立たなかったのではないか。移住交流政策が全国どの市町村でも行われるようになったが、この事例から1つ学ぶものがあるのかもしれない。次回は、私の出身である長野県ではどのような移住交流が行われているのか紹介したい。
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