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本論考は、筆者が、令和6(2024)年5月下旬から12月中旬までの約7ヶ月間、松下政経塾基礎課程Ⅱの研修として取り組んだ経営実践研修における学びをまとめたものである。筆者は本研修の実習先として、新潟市中央区にある清酒の造り酒屋、今代司酒造株式会社(以下、今代司酒造)を希望し、幸いにもお引き受けいただいた。
なお、本論考には「國」、すなわち「国」の旧字体が頻出する。「國酒」たる清酒から学んだ思想や哲学については、それが「國」酒と繋がっていることを示すために「國」の字を用いるが、それ以外の一般語句については常用漢字の「国」を用いる。
今代司酒造とは、新潟市中央区に構える造り酒屋である。創業は明和4(1767)年、但馬屋十左ェ門氏が酒の卸業や旅館業、飲食業を商いにしていたことに発する。今日の今代司酒造は、明治初期に山本家六代目の隆太郎氏が新潟市東堀12番地にて酒の仲買や卸売業をしていたことに始まる。明治30(1897)年代初頭、桶買いするよりもよいと理由もあったのか酒を自家製造するべく、越後・新発田藩の米蔵があり地盤の良い沼垂の地に酒蔵を立て、本格的に酒造りを始めた。
昭和26(1951)年10月、山本酒造場から今代司酒造株式会社に組織変更されたが、この社名は当時の代表銘柄の一つに「今代一(いまよいち)」というものがあり、その後「今の代を司る」という意味で名付けられたものであるとされる[1]。
平成23(2011)年には、後継者に恵まれなかったこともありNSGグループ(新潟市中央区古町、創業者池田弘氏(現・取締役会長))の和僑商店が増資する形でNSGグループが事業継承した。現在は岡田龍氏が代表取締役社長を務め、従業員数(パート含む)は約30名である。
筆者は、5月下旬から9月まで、酒の瓶詰め・製品化の工程や甘酒の仕込みと仕舞い作業、その倉庫内での出荷といった製造、小売店におけるフェアや問屋展示会といった営業、中期経営計画の作成や借入といった経営の場面(オブザーバー参加であるが)、売店における接客業務というように社内で幅広く研修をさせていただいた。
筆者がとある議員事務所に籍を置かせていだたいていたころ、この言葉をよく耳にした。「一国一城の主」である。それは知事や市町村長に対して使われる時もあれば、地域に根差した中小企業の社長さんに対して使われることもあった。とにかくそれは、独立した領分を自らの意志と責任において取り仕切る方に対して、ある種の敬意をもって使われたものであったと筆者は認識している。それでは果たしてその「主」は「国」をどのように統治、組織運営すればよいのだろうか。
筆者は、ソフトクリームを巻くことがあまり得意ではない。売店業務に入ってから二週間ほど練習したが、うまく巻けるときもあれば火焔土器のような作品を生み出す日もあった。
今代司酒造は酒蔵と併設する形で直売店があり、そこでは清酒や甘酒などの自社製品の他に酒粕や梅酒など今代司酒造の副産物を用いた商品も扱っている。売店業務は接客やレジ打ちはもちろんであるが、品だしや蔵倉庫からの補充、梱包・発送作業、酒蔵見学案内やテイスティングの準備、前述のソフトクリームの提供など多岐にわたるものである。
人間誰しも、「自分でやった方が早い」と感じ、そのように行動する場面があると思う。これは全く悪いというものではなく、そのやろうとしている事柄の最終形態が明確に捉えられていて、自らで全範囲を把握しきれる量で、必要とされる時間も自らがコントロール可能あるいは世間が待ってくれる範囲のものであれば分業するよりも早期に、そして確実に(齟齬なく)成果を得られるものであるからである。しかし、その条件が一つでも充足できない場合は、情報と目標を共有するといったようにたとえ初期段階で時間を要したとしても、複数人で取り組む、すなわち「人に任せる」という手法が効果的になるのであろう。特に嗜好が常に変動しうるようなものを扱い、お客様を相手とするものであればこそ、明確なゴールや答えは手探りで探り続ける努力が求められるし、それが独りよがりなものになっては遅かれ早かれ嗜好や世間から離れて行き一定の永続性が担保されない。また相手とする/したい数や範囲が大きくなればなるほど、どんなに要領の良い人であっても限界を迎えることとなる。それを一人でできる適性範囲に収めるか、あるいは目標や志の達成に必要であれば提供側のボリュームを拡大することが必要不可欠となるのである。当り前のことであろうが、より大きなことを成し遂げるためには、より多くの人材が必要で、その人材の得意不得意を見極めて適正な配置と分業、指示が求められることとなる。まさに
「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.」
ということであろう。
筆者はソフトクリームを巻きながら、この当たり前ではあるがなかなか実践が容易ではない組織運営の必要性について学んだのである。
塾主は、『実践経営哲学』を「まず経営理念を確立すること」から始めている[2]。筆者も今年度経営、特に組織がどのように動くのかを観る中で感じたのは、あらゆる面において経営理念を確立し、それを浸透させることが重要であるということである。
経営実践研修中に筆者自身が感じることはなかったが、話として聞いたこととして昔は酒造りや杜氏が指揮を執る世界においては、「理不尽」とされることが多かったそうである。しかし杜氏は神様のような存在であり、酒造りに関して口を挟むことはあってはならないことだったそうだ。しかし、これは杜氏が最終的なゴールを示していないために受け手が「理不尽」と感じている、すなわち当時の主観的には理不尽でも、大局的には筋が通っているというのが本当のところなのではなかろうか。どのような酒を、どのような人に呑んでもらうために造るのかを示すことは、なぜ今そのような作業や手法を採ることが求められるのかということに説得力を持たせることができる。逆にいえば、経営理念ないし、ゴールが見えなければ途中の手段や方法といった一箇所一箇所において人がついてこないという状態に陥るのである。
塾主は、「まず経営理念を確立すること」に加えて、「錦の御旗をもつ」ということも説いている[3]。まさに錦の御旗のような経営理念の確立が必要であると筆者は感じる経営実践研修であった。
中学生の英語の時間、眠い目を擦りながら「5W1H」ということを教わった。久しぶりに思い返して調べてみると、管見の限りで最大のものは上記7W3Hであり、これは「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(だれが)」「to Whom(だれに)」 「with Whom(だれと)」「What(なにを)」「Why(なぜ)」のWと、「How(どのように)」「How much (いくらで)」「How many(どのくらい)」のHを指すそうで、「情報を正確に伝えるために必要な要素」と言われているようである[4]。
そしてこれらのWとHは、言語を学ぶ機会だけでなくビジネスでも何かを明らかにするときに使う人もいるそうである。WとH合わせて10個を、明確にする。そして、一人親方でない限り、これらを組織内で共有し、一致を採るのは困難だろう。
筆者は7割おまけしてもらって次の「3W」だけは設定し、一致を採れたらと思う。
筆者がこだわりたいのは、「until When(いつまで)」「Who’s responsible for(誰が責任を取るか/誰が権限者か)」「for Whom(誰の為に/誰に体の正面を向けて)」の3つである(だいぶ上記のWから改変を加えたが…)。
はじめの「until When(いつまで)」だが、筆者はすべての考えとプロジェクトは共有するのであれば時限を明確にする必要があると考えている。メンバーでこれが一致していなければ、理想主義者と現実主義者の乖離が拡大し、チームが瓦解するのではなかろうか。プロジェクトの時限で一致を見ることは、そのプロジェクトの見え方(それが夢と終わるか、成し遂げるための活動に踏みこめるか)に影響を与え、延いては士気・モチベーションに繋がる重要な問題となるのである。
次に、「Who’s responsible for(誰が責任を取るか/誰が権限者か)」であるが、誰が権限とその反面の責任を負うかを明確にすることである。サークル活動を除き、事業には成果が求められるものと筆者は考える。すなわち、自己の喜びだけではなく、組織としての結果と次事業へのサイクルがなければ一過性のものに終わってしまう。これは、当該組織内に権限を持ち、行使し、結果に対してプラスあるいはマイナスの責任を取る者を設定することを意味し、これが無いのであればなあなあの関係になってしまう。正当な手続きを経て権力者となったものは、謙遜することも遠慮する事も無く自らが与えられた権力を存分に用いることが本来あるべき姿ではなかろうか。遠慮は「無責任の体系」[5]を惹起する。権限は、範囲を越えることも、使い過ぎないことも憎むべきことなのである。
最後に、「for Whom(誰の為に/誰に体の正面を向けて)」という、最終的な受け手を想定することである。チーム・組織内で一体誰の為に当該プロジェクトや事業を行っているかを明らかにしなければ、一つ一つの行動にベクトルのずれが生じてくる。身近な事業や部内の目標においても、それが向いている方向が顧客なのか、利益の最大化なのか、株主なのか、はたまた自己のためなのか、一致を採ることが必要ではなかろうか。これを組織において一致をみなければ、最初は良くても次第に霧の中に突入し、方位磁石を落っことし(あるいは最初から手にしていなかったか)、進むべき方向が判らなくなってしまうと筆者は考える。
本論考は、筆者が経営実践研修から学んだことがらのうち、万人が楽しめるノンアルコール飲料である。酒は百薬の長というが、アルコール分を飛ばした本論考が、毒にも薬にもならぬものではないことを祈りながら、より深いことはお酒を酌み交わしながらお話しできればと思い、ここで筆を擱くこととする。
[1] 今代司酒造株式会社 蔵元 山本吉太郎「造り酒屋の長男に生まれて」(未公刊資料)。
[2] 松下幸之助『実践経営哲学 経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』(2014年、PHP研究所)、pp.22-28。
[3] 松下幸之助.com「錦の御旗をもつ――経営観・経営理念〈11〉」
(参照日:令和6年10月29日)
https://konosuke-matsushita.com/keywords/management/no11.php
[4] 家島明彦「「研究」再考(4) ~研究の7W3H~」(日本キャリア教育学会、2022年11月)
(参照日:令和6年12月3日)
https://jssce.jp/wp-content/uploads/series_202211.pdf
[5] 政治学者の丸山眞男氏が、先の戦争の開戦へと突入した戦前の我が国の政治を指して用いた用語。丸山眞男「軍国支配者の精神形態」『増補版 現代政治の思想と行動』(未來社、1964年、初出は1949年)、p.129。級 上冊』)
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Takuma Ochiai
第44期生
おちあい・たくま
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日本海ベルトの確立を通じた持続可能な日本列島の構築