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社会的連帯を担うフランスの文化政策

1 はじめに

 昨今の日本では、子どもから高齢者まであらゆる世代に共通する課題として、「孤独」や「孤立」が挙げられる。人口減少・少子高齢化が進む中で、地縁・血縁・社縁が衰退し、従来は家族や企業の終身雇用を基盤として機能していた社会的セーフティネットも、十分に機能しなくなりつつある。こうした状況を受け、厚生労働省は「地域共生社会」の実現を掲げ、地域における人々のつながりを醸成しようとする施策を推進している[1]。この課題を解決するためには、教育、就労、社会保障など、さまざまな側面からのアプローチが必要であるが、本レポートでは「文化」政策に焦点を当て、その可能性について論じたい。
 筆者がこの視点に着目するきっかけとなったのは、2024年11月15日から2025年1月4日までの期間、本塾の長期海外研修の一環で訪問したフランスでの経験である。フランス文化といえば、多くの人はルーブル美術館やノートルダム大聖堂、エッフェル塔といった観光資源を思い浮かべるだろう。しかし、フランスにおける文化の役割は単なる観光資源にとどまらず、社会的統合や社会的包摂を促進し、社会的排除を解決する「社会的連帯」の手段としても機能していることを実感した。ここでいう「連帯」とは、<下から>の中間集団自治(職域ごとの「リスク」共有)と、<上から>の限定的な国家管理(公教育、公衆衛生、中間集団間の調整)を組み合わせることで、個人の自発性と社会統合を両立させようとする秩序原理である[2]。フランスでは、文化政策を通じてこの「連帯」を形成し、社会的孤立を防ぐ取り組みが積極的に進められてきた。
 本レポートでは、フランス文化省の設立以来の文化政策の発展を振り返るとともに、筆者が長期海外研修中に訪れた、社会的連帯の実現に向けた具体的な文化政策の事例を紹介する。

2 文化省設立以後のフランスの文化政策の変遷

 フランスの文化政策は1959年に国民教育省から独立する形で文化省が設立されたことで始まったとされる。初代文化大臣になったアンドレ・マルローは、文化政策の目的を教育・啓蒙的なものから国民全体が文化芸術に接する機会の向上へと大きく転換[3]した。その一例が,フランス各地における「文化会館(Maison de la Culture)」の設置という取組[4]である。第四次国家計画(1962-1965)では、「文化の保護・創造・普及」が初めて国家計画の目的に取り入れられ、文化施設の全国的配置が実行された[5]
 1970年代に入り、芸術文化は個人の人格形成に重要な役割を果たすという考え方に基づいて、文化の問題を広く社会全体の生活の質や都市環境の改善と結びつけて扱い、国民の芸術文化活動の実践を振興する「文化開発」(développement culturel)が文化政策の基本方針とされた[6]。1968年に5月危機が発生し、「差異」、「多様性」、「能動性」、「社会変革」といった社会的価値と芸術文化とを結びつける言説を政策提言の場に浮上させた[7]ことにより、文化は包括的に定義されるようになり、文化政策の対象が広がり、それまでの主な対象である伝統的な高級文化に加え、市場で取引されるような文化産業が含まれるようになった。第六次国家計画(1971-75)の文化政策は、国土整備、都市計画、農村空間、観光などの政策と結びつけて実行するものとして構想された。1975年には、国家と地方公共団体が共同実施する文化事業を、3年から5年の期間を定めて契約化する制度である文化憲章(Chartes culturelles)が創設され、中央政府と地方公共団体が協力して文化政策を実行する枠組みが構想された。また文化省は、1977年までに州レベルの省出先機関である文化省州文化局(directions régionales des affaires culturelles、略称 DRAC)を全州に設置した[8]
 1981年に社会党政権が成立すると、ミッテラン大統領の強力な支援を得た文化政策は政府の重点項目となった。文化省予算は、以前の倍近くにまで増加し、文化大臣に就任したジャック・ラングの在任中に文化省設立以来の目標であった国家予算の1%レベルが達成された。先述の「文化憲章」を踏襲し、具体的な文化事業につき、文化省と地方公共団体間の協力内容を定め、地方公共団体を実行主体とする「文化開発協定」(conventions de développement culturel)が、ラング文化大臣在任期間中に合計約1,700件成立し、 文化政策における地方分権は、国と地方公共団体の間に「パートナー」としての協力関係を築く「契約化政策」によって急速に進展した[9]
 1992年に発表された調査報告『国土の文化的整備』は、文化政策を国土整備事業の中に位置づけることを目的とした文化省と都市省の依頼により実施されたものである。文化への公的投資は、経済発展の重要な要素でもある人間の創造力と行動力を育てるための長期戦略として実施すべきだと指摘され、国の政策の上でも地域開発整備における不可分な要素として認識されることとなった。また、社会的連帯の再構築や社会的排除との闘いにおける文化の重要性を強調し、地域イメージや知名度の向上よりもこれらを優先すべきだとして、都市郊外や農村部地域における文化的環境整備への着手を促した[10]

表1. フランスの文化政策の主な変遷(筆者作成)

3 社会的連帯を促す地域の文化施策

 1990年代以降、社会的連帯を達成する一つの手段として地域に密着した形で文化施策が推進されてきた。移民が比較的多いとされるパリ19区に拠点を置き活動する「ESPACE 19 ASSOCIATION」[11]が運営する「ESPACE 19 Cambrai」がその一つだ。この施設では、移民向けの言語サポート、移民の社会参画、家族支援、青少年の居場所支援、高齢者支援、アウトリーチ活動など地域住民の交流や相互扶助を促すため様々な事業を実施している[12]。スタッフには言語療法士、ソーシャルワーカー、アニマトゥール(フランスの社会教育・生涯学習において一般市民の指導・補佐を務める職業およびボランティア[13])の専門家が配置され、また移民である当事者がボランティアとして活動を支えているのが特徴的であった。運営資金は、政府の補助金と寄付によって成り立っている。このように地域の文化施策は、観光振興や中心部の都市開発事業の文脈ではなく、人々の日常生活に密着して展開されていることが分かった。

4 おわりに

 日本においては、社会的連帯を促進するために、特に厚生労働省がさまざまな取り組みを行ってきたという背景がある。しかし、今後さらに人口減少が進む中で、労働力の確保のために移民を受け入れざるを得ない時代が到来することが予想される中で、重要な役割を果たすのが「文化施策」であると私は考える。ヨーロッパ諸国と比べて移民の受け入れが少ない日本においては、文化施策が社会的連帯の形成に寄与するというイメージがあまり浸透していないかもしれない。しかし、文化を分野横断的に捉え、それを地域社会への統合や連帯の促進に活用することで、移民のみならず、さまざまな立場の人々が共生できる社会の実現につながるのではないだろうか。

[1] 厚生労働省(2025年2月6日現在)「地域共生社会のポータルサイト」
(https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/)

[2] 田中拓道(2006年)『貧困と共和国―社会的連帯の誕生』人文書院

[3] 文部科学省(2025年2月6日現在)「平成18年版 文部科学白書 第3節 諸外国の文化行政」
(https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200601/001/002/010.htm)

[4] 同上

[5] 財団法人自治体国際化協会 パリ事務所(2011年3月28日)「フランスの文化政策」p7

[6] 同上 p8

[7] 久井英輔(1999)「1970年代フランスにおける文化政策理念の動向―概観とその政治的・社会的位置―」. 生涯学習・社会教育学研究 第24号. 1-10頁. 東京大学

[8] 財団法人自治体国際化協会 パリ事務所(2011年3月28日)「フランスの文化政策」.p9

[9] 同上. P9,10

[10] 同上. P10

[11] ESPACE 19 ASSOCIATION HP(2025年2月6日現在)
(https://espace19.org)

[12] ESPACE 19 Cambraiで勤務する言語療法士に対して、2024年12月30日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

[13] ジャヌヴィエーヴ・ブジョル著 ジャン=マリー・ミニヨン著 岩橋恵子監訳 (2007年)『アニマトゥール フランスの社会教育・生涯学習の担い手たち』明石書店

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