Activity Archives
本稿では、下半期に行った多文化共生に関わる研修やヒアリングから得た学びについて、所感をまとめる。特にビジョンレポートで述べた通り、事実上移民政策を「採らない」日本において、本来国家的な政策として位置づけられるべき移民政策が国内の労働力不足にあえぐ企業主導で行われており、政府が実質的にこれを追認している現状は看過できない。その理由として、このような企業主導で移民政策が実践されることの利点と問題点を改めて整理し、今後採るべき方策についての現段階での仮説をまとめ、研究実践活動報告とする。
改めて「移民政策を採らない」日本が、人材不足に喘ぐ企業の要望に応える形で主導する「外国人労働者の受け入れ」(実質的な移民政策)を考える。まず、ここでいう企業主導の移民政策とは、2024年に改正された入管法や、育成就労制度を用いた労働者の受け入れに限らず、既存の在留資格について企業の働きかけにより法の適用範囲を拡大することにより、実質的な運用として受け入れられる外国人労働者の数を増やすといった取り組みも含んでいる。以下では、広く外国人労働者の受け入れに関する施策を移民政策として論を進める。
これらの移民政策が、企業主導で進められることの利点について改めて整理すると、やはり企業のニーズに即した柔軟な制度設計が可能になることにより、労働力不足の解消や経済成長を促進できるといった点が挙げられる。企業の声に即した制度運用により、人材の獲得・定着へのハードルを下げることができ、いわゆる高度人材の流入による技術移転やグローバル化、イノベーションの促進も期待されている。さらに、建設業や介護業界など、労働力が急募されている特定の業界や地域においては、即戦力としての外国人労働者の受け入れがより効果的だと考えられる。
一方で、社会全体に対する問題点としては、企業が即戦力としての人材確保を優先するあまり、国策としての移民の長期的な定住支援や社会統合の仕組みが整わないことが挙げられる。日本語教育や文化的適応支援が不足すると、移民が地域社会に溶け込めず、社会的な分断が生じるリスクがある。さらに、政府の十分な説明のないまま移民が増えることで、国民の治安維持や社会保障における国民の負担が増大する可能性などの懸念が顕在化すると考えられる。移民の社会的統合を政府が支援すればするほど、移民の社会的達成と社会への適応が促進されることも分かっているが、政府による丁寧な説明がなされ、国民が移民の増加が社会に与える影響を十分に考慮した上で最適な社会保障の仕組みが整備されなければ、国民がイメージだけで移民問題を捉えることで差別を助長し、国家を分断する危険性を孕んでいる。
企業側の問題点としては、人権問題として先の技能実習生制度で問題になったように、外国人労働者が低賃金や劣悪な労働環境で働かされるケースが考えられる。これらに加え、一部の業界では低賃金労働を前提としたビジネスモデルが維持されることで、労働市場全体の改善や生産性向上の妨げになる可能性がある。現行のような企業独自の働きかけによる法解釈の拡大が続けば、将来的には、業界ごとの利害に偏った制度が作られ、公平で一貫した移民政策が難しくなることも予想され、一貫性のない制度設計になりかねない。
企業主導での移民政策は、労働力不足の解消や経済成長に寄与する一方で、短期的な利益追求に偏ると労働環境の悪化や社会統合の問題を引き起こす可能性がある。やはり政府と企業が協力したうえで、移民政策の是非を国民に問い、透明性の高い制度設計や社会的受け入れの仕組みを整えることが重要となる。
多文化共生に関わる国内の先進事例や、好事例をヒアリングする中で、やはり現状の移民政策の最大の課題は、政府が実質的な外国人労働者の受け入れを「移民政策」として正式に認めず、責任の所在が不明確な点にあると考えるに至った。どの自治体でも多文化共生の重要性は認識しつつも、外国人労働者が国内のどの都道府県でも平等な支援が受けられるわけではなく、力の入れ方も自治体によって異なる。現状では思いのある首長やリーダーとなる職員の有無に左右されており、企業や民間団体との連携も任意で行われている現状だ。
既に外国人材無しでは経営が立ち行かない現状に加え、自社でコストをかけ育成した人材を手放したくないことからも、企業が彼らの日本への定住を望むことは自然であり、一般に多様な人材登用が経営に好影響を与えるともいわれている。
一方で、定住やその後の家族帯同を見越した生活・教育の支援や、宗教への社会的対応、彼らが地域に溶け込めるかといった社会統合の課題は企業の責任範疇になく、あくまでも行政側の対処すべき課題だと考えられており、自治体と民間企業の間に認識のすり合わせが必要な状況である。たとえ企業の多文化共生施策の先に定住があったとしても、現段階で個々の外国人労働者の将来の雇用形態や居住地域等を政府が指定することは不可能である。外国人材の都市部への集中傾向は今後も続くだろうし、地方への人口分散や社会的インフラの維持といった国内の課題には、現行の施策は直接的には関与しない。つまり、民間企業と自治体側双方が、「可能な範囲で」協力し、多文化共生を推進するという、あくまでも任意の多文化共生が今の日本社会を支えているといっても過言ではない。
そして、これらの施策の理念的基盤として、社会全体の指針を示し、下支えすべき国策としての移民政策の不在が、日本におけるあらゆる多文化共生施策の実践をある種宙ぶらりんのまま据え置いているのであり、外国人材に頼った経済活動と共生を両立する社会を構築するための最も重要な基盤ともいえる、国民の真のグローバル化を妨げている。
外国人労働者を、一時的に労働力不足を補ってくれる「お客様」として迎えるのではなく「新たな隣人」として共に生きていくためには、日本人側の外国人や、異文化に対する心理的ハードルを下げ、多文化共生の根本にある人権意識、すなわち国や文化は違えど対等な人間としてつながりを構築する経験をしなければならない。その経験を通して体得する「多文化共生」こそが、変容していく新たな日本社会において他者への信頼感を醸成し、安定した市民生活を維持する基盤となるのではないだろうか。国民の生活とはどこか遠いところで、透明なまま移民政策が実行されているという現状では、国民はその経験をする必要に迫られない。「お客様」と関わり、「お隣さん」になるという体験をしなくとも生きていけるのだ。
しかし、本当にそれでよいのだろうか。少子高齢化による労働力不足は、変化しなければ私たちの今の「普通の暮らし」が維持できなくなるということを意味している。採算の取れない地域から企業が撤退し、社会的なサービスの質が低下する。地域のお祭りや伝統文化を継承する人がいなくなる。生活に不可欠なインフラの維持が困難になる。
外国人材は、決して日本の社会課題への処方箋ではなく、共生という新たな社会課題を生むであろうことは、直視しなければならない現実である。日本のおかれた現状と、既に多くの外国人が日本に住んでいるという事実からも、企業ではなく国民の選択として、日本の移民政策を考えていきたい。
Activity Archives
Kisa Shimizu
第43期生
しみず・きさ
Mission
誰もが自尊心をもち、生き生きと幸福を追求できる社会の実現