論考

Thesis

子ども“だけ”では済まされない問題―虐待・子育てをめぐる孤独の課題

 近年、児童虐待の件数は増加の一途をたどっています。子どもの発育を見守る環境を、家庭に留まらず、地域、社会全体で作っていくことが求められています。本稿では、私が昨年から参加している茅ケ崎の子どもの居場所づくりなどを例にとり、虐待・子育てをめぐる孤独の課題について考えます。

1.増加の一途をたどる児童虐待

 近年、児童虐待の件数が増加の一途をたどっている。実際に、児童相談所が対応した虐待相談件数は、2021年度で20万件を超え、10年前の約5倍に上っている[1]。さらに2020年、警察が「虐待の疑い」として児童相談所に通告した18歳未満のこどもは10万6,960人[2]で、過去最多となった。コロナ禍の生活変化による精神的不安が、状況の深刻さに拍車をかけていると考えられるだろう。虐待のうち約半数は言葉による脅し、無視、兄弟間での差別、子供の目の前で家族に対して行われる暴力などの心理的虐待が占めている[3]。したがって実態が家庭の外から見えにくいのが、支援を一層困難にしている要因でもある。だからこそ、虐待にいたる前に、誰かに子育てに関する相談ができる環境が大切になる。それが、子育て世帯を「一人にしない」支援である。
 厚生労働省では現状を受け、児童相談所虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」の活用を呼びかけている。近隣家庭が虐待のサインを感じた場合や、保護者本人も子育てに関する不安を、匿名で無料相談をすることができる。
 こうした取り組みや支援に関する活動として「オレンジリボン運動」が全国に広がっている。これは、認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワークが展開している草の根運動で、企業団体を巻き込んだ啓発活動や情報発信で、見守りのネットワークを作っている[4]。私たち松下政経塾の塾生も一昨年より、塾内サークルとしてオレンジリボン部を立ち上げ、様々な機会に啓発活動をしている。しかしながら、虐待をめぐる現状や、「189」の認知はまだまだ進んでいないという実感を持たざるを得ない。
 一方、行政の制度としてこうした具体的な支援ニーズが顕在化していない子育て世代の日常的な窓口支援を行うのが、子育て世代包括支援センター[5]である。2017年度より市町村への設置が努力義務化。母子保健分野と子育て支援分野を包括的に支援する地域拠点としての役割を期待されている。必須業務は①妊産婦乳幼児の実情把握②相談情報提供・保健指導③支援プラン策定④保健医療・福祉機関との連絡調整。原則全ての妊産婦、乳幼児とその保護者を対象とした子育て相談業務や、状況によっては保健・福祉の支援部署につなぐ役割を担うことで、ワンストップの支援を目指している。このように、少しずつではあるが制度の整備は進んでいる。
 しかし、重ねて強調するが、虐待の本質はその潜在性にある。時には、子ども自らが虐待を受けているということを認知していない、あるいは認知することを望まないケースも少なくない。また、虐待当事者である親もまた孤独な子育て=孤育ての状況に陥っている、など事情は単純ではない。

「昨日、今日あったような人に、私のほんとの悩みなんか言えるわけないじゃん」

 私の知り合いで定期検診などで保健所に通う子育てママから聞いた本音である。行政の支援はどうしても非日常性が高く、母子との信頼関係を築くのは簡単なことではない。
だからこそ「一人にしない」支援づくりは、行政のみならず、社会全体での取り組みが鍵を握っている。とりわけ、地域における日常的なつながりを紡ぐことが当事者家族の命綱となることもある。

2.草の根から取り組む地域の子どもの居場所支援

 一般社団法人リトルハブホーム[6]は茅ケ崎で子育て支援・虐待防止に取り組む団体であり、私も昨年から活動に参加している。家庭で様々な背景をもつ子どもにとっては、何か困りごとがあっても安心して話せる大人や気軽に立ち寄れる居場所がないことが課題となっている。そこで「おむすび勉強会」と題して食事つき学習支援を定期的に実施し、家族と学校とは異なる関係づくりを行っている。こうした活動の目的は必ずしも、直接的に勉強を教えることや、食事を提供することだけではない。日常的な信頼関係を築くことで、子どもにとってちょっとした悩みを話せる居場所となる。その結果として、子どものちょっとした変化にも気が付く見守りが可能となる。
 また、近年、子ども食堂の普及とともに、子どもの貧困が社会問題として認知されてきた。しかし、当然のことながら子どもは一人で貧困になることはない。親をはじめとした家庭の貧困こそがその根本要因である。当法人では「みんなの食堂」と題して子どもだけではなく、その家庭も含めて食事支援の対象としている。

(撮影:筆者、一般社団法人リトルハブホームが運営する「みんなの家」内観、2022年10月2日)

 こうした活動全体をつらぬく運営方針は個別の社会テーマに対し、地域の住民と当事者意識を共有しながら一緒に解決にむけて取り組むことである。ボランティアの多くが、この活動をきっかけとして日常生活で意識することがなかったテーマに取り組みたいと考え始めた地域の住民である。それとは逆に、地域コミュニティよりも個別の社会テーマへの関心から活動に参加する方もいる。団体で活動をしていく中では現実的な課題も多い。ヒト・モノ・カネのほか活動アイデアや自治会の文化や慣習もその一つである。これら課題に対して地域の住民が自分でも何かできるのではないか、と自らの「役割」を実感することで、解決策にたどり着く可能性が開けてくる。こうした取り組みの積み重ねが、家庭の課題を「わがまちごと」としてとらえ、地域、自治体で子育てを見守る環境を作ることにつながることが狙いである。

3.虐待は続く。おとなの虐待被害者

 虐待は時間軸を考えても、子どもだけの課題ではない。幼少期の虐待の記憶やトラウマに長年苦しむオトナ=虐待サバイバーの方々も悩みを抱えている。西かほり氏は、虐待被当事者としてこうした問題の社会的認知を高めることを目的に、「助け未来21」という団体を立ち上げた[7]。自身の幼少期の経験などを語る講演や、同じように悩みを抱える当事者とのお話会などを開催している。西氏が虐待の記憶に苦しむようになったのは、大人になってから。スーパーの買い物中のちょっとしたきっかけから過去の虐待の記憶がよみがえり、日常的に苦しむようになったという。西氏は「このように大人になった現在も虐待に苦しんでいる人々がいるという事実に関心を持ってほしい」と話す。行政の支援もあくまで虐待は子どもの課題と認知されているため担当課も子ども関連部署であり、虐待サバイバーにスポットがあてられることは限られている。西氏は「私の子どものときに、地域で気軽に通える場や家族とは異なる関係性があったら違った人生があったかもしれない」と話す。

おわりに 虐待=子ども“だけ”の問題ではない。

 以上のように、虐待の問題は単純に子どもの問題「だけ」ではない。親の孤育て、家庭全体の家計不安、その家庭を見守る地域のつながりの希薄さ、届きにくい行政の支援、虐待サバイバーなど多くの課題が複雑に絡み合っている。つまるところ、虐待の課題は日本の社会が苦しい立場にある人々にどのようなまなざしをむけ、どう向き合っているかの写し鏡だと言って過言ではない。私には関係ない、と一見思われる課題は実は自分の身近なところに潜んでいるのかもしれない。こうした「わがごと」感覚を小さなコミュニティで顔の見える関係からつくっていくこと。それが地道だが、いま私ができることだと考えている。
本稿で取り上げることはできなかったが、こうした子どもと新しい家族のカタチで過ごす里親をめぐる課題も切り離すことはできない。今後も研修を通して理解を深めるとともに、小さな一歩から取り組んでいきたい。

注)

[1]厚生労働省『令和3年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数』、p1、https://www.mhlw.go.jp/content/001040752.pdf、(2023年2月28日閲覧)

[2]朝日新聞『児童虐待の通告、初の10万人超 摘発も最多2131件』、2021年2月4日

[3]厚生労働省、p4、(2023年2月28日閲覧)

[4]NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク『子ども虐待防止 オレンジリボン運動』 https://www.orangeribbon.jp/ 、(2023年2月28日閲覧)

[5]厚生労働省『子育て世代包括支援センター業務ガイドライン 平成29年8月』、 https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11908000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Boshihokenka/senta-gaidorain.pdf、(2023年3月22日閲覧)

[6]一般社団法人リトルハブホームHP、https://lit.link/littlehubhome、(2023年3月22日閲覧)

[7]タウンニュース茅ケ崎版『虐待の“傷”話し合える場』、2021年11月19日

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