Thesis
私は「誰もが安心して暮らしはたらける、『おたがいさま社会』」を目指し、地元横浜を拠点として地域型福祉(高齢者・子育て支援の集いの場)と就労支援をテーマにボランティアの現場で活動をしています。その中で、福祉的就労と一般就労の狭間への支援を図る「ユニバーサル就労」の取り組みに注目して、その重要性を報告します。
私は4月より実践課程へと進み地元横浜を拠点として、地域型福祉(高齢者・子育て支援の集いの場)と就労支援をテーマにボランティアの現場で活動をしている。そのうち、障がいのある方の就労支援においては、各地の就労移行支援事業所や企業で実習や訪問を行ってきた。
実習や訪問先で、障がいを持つ方々と対話した際に気をつけたことは、自らが先回りせず利用者の方一人一人のペースに沿って話を伺うことである。作業などにあたる際にも、それぞれの行動のペースがある。しかしそうした個性をありのまま受け止め、せかすことなくサポートをすることで、彼らは集中して作業に取り組むことができる。ある方に話を聞くと「作業は楽しい。私の仕事なのでちゃんと取り組みたい」と語っていた。筆者にとって、その笑顔はまぶしく、日々の充実感を感じるものであった。このように、様々な福祉サービスを受けながら就労することを福祉的就労と呼ぶ。
また研修を通して、一般就労の現場でも就労と向き合う機会があった。基礎課程では冷蔵庫工場の製造ラインでの実習を経験した。作業は複雑ではないものの継続的な集中力と、繊細な動き、確かな経験が求められるものであった。ある作業担当者が「ここには知っている人もいるし、自分なりにできることが仕事になっている。それに何より経済的にも自分が生活する分には十分」と話していたのが印象的であった。この方は以前、接客業も経験したが、思ったようなはたらき方ができなかったという。
これらの福祉的就労(障がい者雇用等)と一般就労に従事している方々にとって共通する就労の重要な意義とは何か。それは、社会に参画することでのやりがい、職場でのつながり、そして就労の対価として報酬を得ることでの自尊心の確立にあるのではないか。
しかしながら、状況によってはこうした就労に安定して従事するためには、一定の支援や配慮が必要な人がいる。コミュニケーションの不安や、ひきこもりによる長期のブランク、健康状態など、事情は様々なのである。
こうした福祉的就労の対象でもなく、すぐに一般就労ではたらくことが難しく、制度の狭間で困難を抱えている人がいる現状がある。
例えば、従業員5人以上の事業所ではたらく発達障がい者は2018年度で3.9万人[i]と推定されているものの、児童のデータではあるが、発達障がいの可能性のある児童の割合は全体の6.5%にのぼると推定されている[ii]。精緻に人数を把握することはできないが、いわゆる「グレーゾーン」といえる層が相当数いることは想像に難くない。彼らに対して就労に関する適切な支援をしていけば、各自が特性に見合った仕事と出会い、よりよい就労が可能となるのではないだろうか。
私はこうした課題を踏まえ、「ユニバーサル就労」支援の取り組みに注目した。
「ユニバーサル就労」とは社会福祉法人生活クラブが提唱した言葉で、「障がいがあったり、生活困窮状態にあるなど、さまざまな理由ではたらきたいのにはたらきづらいすべての人がはたらけるような仕組みをつくると同時に、誰にとってもはたらきやすく、はたらきがいのある職場環境を目指していく取り組み[iii]」のことである。狭義では一般就労と福祉的就労の間をうめる中間就労の取り組みである。
NPO法人ユニバーサル就労ネットワークちばでは、さまざまな就労に対する不安や悩みを抱えた人に、相談、計画づくり、就労体験を行い、2006年から現在まで100人以上が就労した[iv]。中間就労は無償から有償、雇用契約の有無と利用者のペースに合わせてステップを踏むことができる。支援の担当者は「ステップアップだけではなく、時にはステップダウンができることが大事」と強調する。現在は一般就労でも、はたらきづらさをかかえている場合は中間就労に戻ってきてもいい。そんな環境が大切だという。
また、受け入れ企業側に対しては業務分解を依頼する。業務を細かく分解し、“見える化”することで、就労希望者に依頼する仕事内容を洗い出すことができる。受け入れ企業の中には「このおかげでほかの業務の効率性も向上した」という声も上がった。
こうした取り組みを自治体全体で推進するのが、静岡県富士市である。
富士市は2017年に全国で初めて「富士市ユニバーサル就労の推進に関する条例」を制定した。条例では、市の責務に加え、市民、事業者、事業団体にもユニバーサル就労への理解と推進の協力を求めている[v]。その成果として、地元商工会議所と協力の上、今では130社以上が協力企業となっている。実は富士市では、労働力人口の減少に悩まされており、ユニバーサル就労への取り組みを「労働力人口の発掘」とポジティブにとらえなおした。福祉政策は往々にして、経済振興とトレードオフの関係にあるとみなされがちだが、富士市では、福祉政策の枠を超えたオール市民体制での地域おこしの独自事業として推進されている。それでも新規の協力企業を増やすため、日々自治体の担当者が一軒一軒足を運び、就労受け入れや業務分解の依頼をして回っているという。
(ワンストップ窓口の富士市ユニバーサル就労支援センター、奥は富士市社会福祉協議会:撮影 筆者)
また、実際の支援にあたっては、ユニバーサル就労支援センターが窓口となっている。
センターが位置するのは市の福祉総合施設である富士市フィランセ一階入り口の正面で、隣には社会福祉協議会、ハローワークの窓口があり、ハード面・ソフト面でもワンストップ支援にむけた体制作りが進められている。ここでは、はたらきづらさの要因が多様化していく中で、支援にあたる担当者も高いスキルが求められるという。
このように、ユニバーサル就労への取り組みは福祉事業者や自治体の現場での様々な工夫によって支えられているのが現状である。今後はこの施策を横展開していく中で、より広く支援がいきわたることが肝要であろう。
こうした中間就労の取り組みをモデルとして、2015年に就労訓練事業が生活困窮者自立支援事業の任意事業の一環として開始され、全国に展開されている[vi]。当事業は、すぐに一般企業等ではたらくことが難しい人を対象に、訓練として、就労体験や、支援付きの雇用を提供するものである。しかしながら、認定訓練事業所の数の伸び悩みに加え、支援対象を特定し、事業の詳細を指定することで、制度が使いにくくなったり支援が届きにくくなっている側面がある。筆者は、これこそが複雑な現実に向き合えば向き合うほど、課題や対象を明確に特定できなくなる福祉という分野の難しさであると考える。本来は、困窮やはたらきづらさの要因を一つに特定化することは難しく、包括的な支援が求められる。しかし、行政として事業化するには対象をある程度特定化し、支援メニューを定める必要が出てくる。これは、現在もう一つのテーマとして活動している地域型福祉(高齢者・子育て世代の集いの場)でも同様であり、福祉の縦割り課題といってもいいかもしれない。今年度前期の研修では、引き続き現場の視点から活動をしながらこの問いと向き合っていきたいと思う。
Thesis
Hajime Sohno
第41期
そうの・はじめ
Mission
ユニバーサルな社会保障制度の探究