論考

Thesis

中国西部大開発と日本の経験

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松下政経塾

2001/8/29

中国の西部大開発は、史上未曾有の大規模開発事業である。これを成功させるにはどうすればよいのか。私は、日本の全国総合開発の状況を調査し、開発の初期においては国家が主導する、開発の裏付けとなる法を早急に整備する、そして全国総合開発計画を制定すべきである、という結論に到達した。

中国西部大開発とは何か

 2000年より、中国の西部大開発が本格的にスタートした。対象地域は、12省・市・自治区にわたり全国総面積の70%超、人口3億5500万人(全人口の28.5%)という、これまでにない大規模な開発計画である(※1)(図1)。

▲図1

 この大開発の最終目標は、中国の経済建設の重点を東部地方から西部地方へとシフトさせることであり、それによって以下の点が改善されると考えられている。

(1) 国内の地域格差の縮小(1998年現在、東部と西部の経済格差は2倍以上に拡大している)
(2) 少数民族問題の緩和(経済発展により、西部に集中する少数民族との融和を図る)
(3) 内需拡大(西部の発展による新たな需要の創造とデフレの防止)
(4) 生態環境の改善と保全(西部の砂漠化の進展や土壌のアルカリ化、汚染などの抑制)
(5) 産業構造の調整(全国規模での産業構造の再編成を図る)

 しかし、西部の自然と経済的な基礎条件を考えたとき、この大開発が様々な困難に遭遇することは想像に難くない。既にいくつか問題に直面している。次の4点である。

(1) 環境問題:開発と環境保全の両立
(2) 資金問題:開発にかかる莫大な資金の調達
(3) 人材問題:開発を指揮する人材、開発従事者、地域経済を振興できる人材の確保
(4) コスト問題:西部は環境・地理的条件が厳しく人口密度が低いため、建設された社会インフラの利用率が低く、効率が悪い

日本の経験と教訓からの示唆

 このような問題点を克服して大開発を成功させるために、私は日本の全国総合開発計画を先行事例として調査してきた。その結果、次の五つのポイントが中国の西部大開発の鍵を握ると判断した。 第一に、大開発の初期段階においては、開発は中央政府のコントロール下で行う。開発の規模と、国土の均衡的発展という政治的な目的を考慮すると国家的な取り組みでなければ実現できない。現在、各地方政府は大開発の機会を利用して、地元への利益・プロジェクト・資金を誘導するために互いに争っている。これは、日本が1950年代~60年代に特定地域総合開発計画と新産都市計画を推進した際に、各地域が対象地に選ばれようと激しい競争を繰り広げた状況に酷似している。このように、地方政府に大開発を委ねると、国土の均衡的な発展が損なわれる可能性がある。
 第二に、中央政府は、西部大開発を行う根拠と実施方法を裏付ける法律を制定する。また、大開発に伴う開発費の乱用・汚職を防ぎ、資金と人材の効率的な利用を図るための法律も必要である。中央政府の「西部開発弁公室」(注2)は、多数の優遇政策を制定し、国家事業として10大プロジェクト(注3)を進めている。しかし、西部大開発に関する法律、開発計画は未だに整備されていないのが実状である。
 第三に、西部大開発および全国総合開発計画の制定を早急に行う。開発の方法としては、限られた資金・人材の効果的な利用を考慮すると「拠点開発方式」を取ることが現実的である。特に、西部の地方中枢都市や地方拠点都市を優先的に開発する。
 第四に、高速鉄道・高速道路・航空など、現代的交通網・通信網を優先的に建設する。ただし、公共投資の肥大化や硬直化には注意しなければならない。また、適切な時期に開発の主体を地方自治体に移管する。これは、日本の国土開発から得た重要な教訓である。
 第五に、開発の全過程で環境の保全に配慮する。1970年代まで、日本は経済成長至上路線を取ったために、その後深刻な公害問題が発生した。持続可能な経済発展をするために環境への配慮は不可欠である。
 最後に、西部大開発は、巨額の資金・人材・各種の技術を要する。これを国内だけで調達しようとするのではなく、日本の協力を得ることも考慮すべきである。そうなれば、西部大開発は中日両国間の経済協力に広々とした前途を開き、両国の関係をさらに深めることだろう。

 

(注1)『中国統計年鑑(1999年版)』中国統計出版社
(注2)西部開発弁公室は中国国務院西部地方開発指導グループの事務局で、西部大開発の戦略、開発計画、開発にかかる問題への政策立案など全般を統括している。
(注3)10大プロジェクトは、西部地方の状況に基づいてインフラ整備・環境保全を目的としており、日本の新全総の際の大規模プロジェクト開発に類似している。