Thesis
「失われた10年」。バブル崩壊後の日本経済を表す言葉だが、「10年」は完全に過去のものとなったのか。方向転換はかなったのか。日本経済を政策立案の本山、大蔵省から見てきた国際局アジア通貨室長の岸本周平氏に話を聞いた。
岡田 日本経済は回復基調にあると言われています。これは本当でしょうか。
岸本 まず、何をもって経済が回復している、調子がいいと言うかという問題がありますが、もはやこれまでの時代のように努力せずに会社が繁栄するということはありません。ですから同業者が10社あって9社が儲かる時代を「景気がいい」、5社倒産するのを「景気が悪い」としていた従来の判断をやめ、努力したものしか生き残れない、そういう時代になっていることを認める。その上でどうかと言えば、良くなってきているのではないでしょうか。
GDPの成長率にしても、日本の経済成長率を国際機関は2000年度約1%、2001年度2%位と見ています。これは高いか、低いか。確かに1は2より低いですが、日本のGDPは500兆円あります。それが1%伸びれば、経済のパイは相当拡大する。私は1~2%で十分だろうと思います。
岡田 今、最も大きな日本経済の問題点は何だとお考えですか。
岸本 私が考えるのは、日本経済が「二重経済」になっていることです。「二重経済」というのは、高度成長期には、大企業と中小企業の賃金格差や労働条件の違いといった構造的なものを指していましたが、今では、規制があるマーケット・産業と、規制のない自由競争の行われているマーケット・産業とに二極分化された状況を指しています。
岡田 規制があるマーケットの方が、規制のないマーケットよりはるかに多そうですが、規制のないマーケットとは具体的にどのようなマーケットですか。
岸本 基本的には製造業。家電や自動車などです。一方、規制のある方は、通信・運輸・電力等々の製造業が物をつくる際に利用せざるを得ないベースの部分です。ここが規制されているから日本の製造コストは非常に高い。
岡田 通信や運輸というのは、極めて重要なファンダメンタルズです。それが、規制があるというのは重大な問題です。どういう形になるのがよいのでしょう。
岸本 少なくとも経済分野においては、規制は限りなくゼロに近付くべきだと思います。ただし、食品の衛生や安全、環境など非経済的な分野についての規制は、逆に日本は少ないくらいですので、ある程度必要だと思います。
岡田 経済という分野に限って自由主義賛成ということですね。その場合、市場経済の自律性は問題になりませんか。
岸本 ただ、限りなくゼロがいいとは言いましたが、まったく何もなくていいと言っているわけではありません。独占禁止法や公正取引委員会の役割はあります。完全に自由市場に任せて上手くいくとは思いません。最低限の政府の機能は必要です。また、自由競争には必ず敗者が出ます。彼らにセーフティネットを用意する必要もあります。私の言う市場経済とは、こういうことを前提としたものです。
岡田 政策決定過程の問題点について話してください。
岸本 私が今の日本の政策に致命的に欠けていると思うのは、政策のお客様、政策の対象は誰かという意識です。この政策を受ける人々を私は「クライアント」とよぶのですが、このクライアントは誰か、という意識が政策をつくる側に欠如していて、世のため人のためといった抽象的な概念にすり替わっている。それで「一体クライアントは誰ですか?」と聞くと、おそらくほとんどの役人は「国民」と答えるでしょう。しかし、政策のターゲットとはそういう抽象的なものではないはずです。政策ごとに明確に対象とすべきクライアントがあるわけで、それを正確に捉えて、その人たちのことを考えて政策を打つ。そのための議論をマスコミも含めてやる。
例えば「介護保険のクライアントは誰か」、「それは介護を受ける人だ」、というふうに徹底的に議論していくと、いくら気の毒でも介護する人に現金を配るという政策は論理的には出てこない。それは、介護を受ける人のサービス向上につながるかどうか分かりませんから。
もう一つ、保育対策を例に挙げますと、保育対策のクライアントは誰でしょう。働くお母さんですか、子供ですか。保育のために予算を使うというのであれば、クライアントはまず子供です。そう考えると、24時間保育はいいけれど、24時間預けられる子供は幸せか、働く母親に負担がかかりすぎていないか、お父さんは育児をしているか、というところから議論しなければいけない。そういう議論を役所はもちろん国民レベルですべきです。
岡田 話は変わりますが、どんな社会が望ましいとお考えですか。
岸本 非常に難しい質問ですね。ただ、モデルを求める時代はもう終わっていて、私たち日本人が独自のものを作って、それを提示していく時代になっているとは思います。そして、それは経済の成長の度合い、あるいは社会の成熟の度合いに応じて、何か普遍的な共通の物差しとなって現れると思います。歴史的に見て、社会が豊かになればだいたいみんな民主主義になっていきます。それは多分、豊かになると、独裁者が勝手に政治を決めることを、国民がどうも嫌だと思うようになるからでしょう。このモデルは普遍的だろうと思います。
それで、日本は今どういうポジションかというと、完全に民主主義の国で、自由経済です。しかし、その中で日本独自の終身雇用制度とか、株式の持ち合い制度とか、系列グループ主義というようなことをやってきた。でも、実はこれらの中には米国起源のものも多いのです。今それらは、日本経済が成熟した結果、かつ国際競争を戦わざるを得ない結果として、すべて崩れつつある。そうするとモデルとするものはもはやない。私たちが作っていくしかない。
そこで、日本経済を維持・発展させていくための鍵は自由競争だと思います。できるだけ自由に競争させる。ただし、最低限の条件をつけて、審判がいた上での自由競争とする。そして生命・安全に関わること、環境問題に関わることは規制する。その横でソーシャルセーフティネットをきちんとやる。一方、競争して頑張った人にはご褒美をあげる。これは、日本がこれまで築いてきた平等な社会が根底にあるから言えるのですが、日本はもう少し個人の努力に応じた「不平等な」社会になってもいいように思います。そういうことを基礎に、米国型でもヨーロッパ型でもない、日本的なモデルを創り上げる。日本には1億2,000万人という大きなマーケットがあり、世界で最も速く高齢化が進んでいるという、ある意味で時代の先端をいっているのですから、それは必要だし、また可能だと思います。
岡田 ありがとうございました。
<岸本周平氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1980年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。
主税局、主計局を経て、95年から3年間米国プリンストン大学で教鞭をとる。現在、大蔵省国際局アジア通貨室長兼、埼玉大学客員教授。
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Kunihiko Okada
第1期
おかだ・くにひこ
オカダ・アソシエイツ代表