論考

Thesis

貧困の連鎖を断ち切る‘生き抜く力’~日本財団×ベネッセ共同プロジェクト みのお拠点の挑戦~

 二〇一六年五月、日本財団とベネッセによる「子どもの貧困対策プロジェクト」が始動した。(図1)このプロジェクトは、貧困の連鎖を断ち切るための有効な解決策を探るものである。日本財団は、小学校低学年の子どもを対象とした学童保育を全国で一〇〇か所設置する計画である。その施設では、子ども達に対して学習支援や生活習慣形成への支援、夕食の提供などの包括的な支援をおこなう。この中の一つである大阪府箕面市の施設を、特定非営利活動法人トイボックスが運営する。私は独立事業者としてトイボックスと契約し、大阪府箕面市に設置された施設の現場責任者となった。このプロジェクトは、日本財団がプロジェクトのコーディネートと資金提供をおこない、ベネッセが教育コンテンツを提供する。そして、各拠点の運営団体が現場の子ども達に包括的な支援をおこなう。

 本レポートでは、まず本プロジェクトの背景にある子どもの貧困問題、特に貧困の連鎖の現状を説明する。そして、私が貧困の連鎖を断ち切る力と考えている‘生き抜く力’について述べる。さらに、その育み方について箕面での取り組みを踏まえて述べていく。

図1 日本財団×ベネッセ共同記者会見の様子

(出所) 日本財団「子どもの貧困対策プロジェクト」発表会見

左:㈱ベネッセ社長 福原賢一、右:日本財団会長 笹川陽平

1. 貧困の連鎖とは何か

 子どもの貧困ということばを聞いたことがあるだろうか。子どもの貧困とは、生活をすることに精一杯で教育などにお金をかけることができない家庭で暮らす子どもの状態を指す。そして、子どもの貧困率(注1)とは、そのような家庭環境に置かれている十七歳以下の子どもの割合を示し、この値の近年の推移を図2に示す。

図2 子どもの貧困率の推移

(出所)厚生労働省(2017)「国民生活基礎調査」

 図2から分かるように、過去最悪の数値であった前回の二〇一二年と比べ子どもの貧困率は2.4%下がり、二〇一五年には13.9%となっている。具体的に金額で表した場合、この貧困率に該当する親一人子二人の家庭では、年収が約二〇七万円、月額が約十七万円程度で生活をしている。親子三人がこの金額で生活することは不可能ではない。しかし、決して生活に余裕があるわけではなく、子どもの教育などにお金を回すことは難しい。現在の日本において、このような家庭で育つ子どもが13.9%、つまり約七人に一人いるのである。

 昨今メディアなどで子どもの貧困が扱われることが多くなった。子どもの貧困問題の社会的認知は徐々に進んでいる。それでもなお、諸外国と比べれば、日本における子どもの貧困は深刻ではない、と思っている人が多いのではないだろうか。そこで、OECD加盟国の中での日本の子どもの貧困率を見てみたい。

表1 OECD諸国の子どもの貧困率

(出所)内閣府(2014)「子ども・若者白書」

 表1から分かるように、日本の子どもの貧困率はOECD諸国の平均より高い数値である。そして深刻なのが、ひとり親家庭の貧困である。

表2 OECD諸国のひとり親の子どもの貧困率

(出所)内閣府(2014)「子ども・若者白書」

 表2から分かるように、OECD諸国の中でひとり親の子どもの貧困率は最下位である。つまり、諸外国と比較しても、日本における子どもの貧困問題は看過できないレベルに到達していると言える。

 そして日本の貧困問題の中でも、私が特に深刻であると考えているのは貧困の連鎖である。貧困の連鎖とは、低所得世帯の子ども達が将来低所得者になる可能性が高く、貧困から抜け出すことができないことを指す。子どもを取り巻く環境は、子どもの学歴に影響する。そして、学歴と収入の結びつきは強い。このように貧困が連鎖してしまうのである。

図3 世帯収入と学力の相関

(出所)お茶の水女子大学(2014)「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究」

 図3からは、世帯収入と学力との間に相関関係があることが分かる。学力はそのまま学歴に反映される可能性が非常に高い。表3は、生活保護・児童養護施設・ひとり親世帯別の進学率・就職率・中退率を全世帯平均と比較したものである。大学等進学率をみると、全世帯平均とその他の世帯の差は歴然である。

図4 学歴・性・年齢階級別賃金

(出所)厚生労働省(2016)「賃金構造基本統計調査」

 図4は男女ごとの学歴別の賃金を示したものである。男女において大学・大学院卒と高専・短大卒、高校卒の間には大きな開きがあり、特に大学・大学院卒と高校卒では、五十~五十四歳の時点において男性で約二〇〇万円、女性で約一七〇万円の差がある。これらの図から分かるように、家庭の経済格差が子どもの学力格差を生み、子どもの将来の所得格差を生んでいる。貧困の連鎖が生じていると推測される。

 生まれた環境が子ども達の将来に強く影響を与えている状況を変えることができないのであろうか。次章では、貧困の連鎖を断ち切る方策について海外の事例を見ていく。

2.貧困の連鎖を断ち切る方策~海外事例を参考に~

 子どもの貧困対策の効果を測定した研究として有名であるのが、ペリー就学前計画である。これは、アメリカミシガン州の幼稚園でおこなわれたプロジェクトである。対象者は、低所得者層のアフリカ系アメリカ人の三~四歳の子ども一二三人である。効果を比較検証するために、この半数が幼児教育プログラムを受け、残りの半数の子ども達はこのプログラムを受けていない。処置群の子ども達は、知的、社会的な発達を重視した質の高い教育プログラムを平日の週五日、毎日二.五時間、二年間受けた。このプロジェクトは現在に至るまで追跡調査がなされている。そして、二〇〇五年には四〇歳の時点でのデータの分析結果が公表された。その公表結果から、高校卒業者の割合、雇用者比率、年間所得二万ドル以上の割合などの項目で処置群の方が対照群よりも割合が高かった。また、生活保護受給比率や五回以上の逮捕歴がある割合は、処置群の方が対照群よりも低かった。なぜこのような効果が表れたのであろうか。ノーベル経済学賞受賞者であるシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らは、幼児期の教育プログラムがどういった経路でその後の人生に影響を与えているのかを精緻に分析している。その結果、学力を指す認知能力の影響は非常に小さく、学力以外の力である非認知能力をはじめとしたその他の要因が大きな影響を与えたとヘックマン教授は述べている。

 また、もう一つ子どもの貧困対策の効果を測定した有名な研究がある。それをアベセダリアンプロジェクトという。こちらは、アメリカのノースカロライナ大学のフランク・ポーター・グランハム子ども発達研究所によって実施されたものである。新生児を対象に、毎日8時間のプログラムを五年間おこなう。子ども達の四人に三人は両親と暮らしていない子ども達で、多くの家庭が無収入であった。このプロジェクトの三十歳時点での調査結果としては、大学修了者の割合は処置群が23%であるのに対して、対照群は6%である。また、フルタイム就業者の割合は処置群が75%、対照群は53%である。生活保護を一定期間受給していた人の割合は処置群が4%、対照群は20%となった。このプロジェクトでも、ペリー就学前計画と似たような結果が得られたのである。

 これらの海外事例から、貧困の連鎖を断ち切る方策を考える上での示唆について考えていきたい。ヘックマン教授は、就学前や小学校の低学年などできるだけ早い段階で教育投資をおこなうことが、その投資によって将来の所得等の見返りを得る可能性が高いことを述べている。そして、貧困の連鎖を断ち切るためには、認知能力よりも意欲や社会性などの非認知能力を育むことが重要であることを指摘している。もっとも、これらの取り組みは海外の研究結果であるために、そのまま日本で効果があるかはわからない。また、学力以外の力である非認知能力が重要とは言ってもその力は広範である。私達は、貧困の連鎖を断ち切るためにどのような力が必要なのかを考察し、根拠に基づいて仮説を立てていかなければならない。そして、その力を育成するためのプログラムを作成する必要がある。さらに重要なことは、貧困層の子ども達にできるだけ早い段階からそれらのプログラムを提供し、その効果を検証することである。定期的に子ども達の非認知能力を測定する必要がある。そして、効果検証の結果に基づいて、プログラムを改善していくことが求められている。これまでのように、エビデンスにもとづかない議論から生まれた教育施策を子ども達に実施し、その施策の効果を検証することなく施策を変更することはあってはならないのである。

 海外事例からは、子どもの貧困対策の効果が教育、雇用、社会保障、犯罪など様々な分野に波及することが分かっている。そして、その費用対効果も高いことが示されている。それらを参考にしながら、日本においても貧困の連鎖を断ち切る方策を立て、実施し、効果検証をしていかなければならない。

3.貧困の連鎖を断ち切る‘生き抜く力’~みのお拠点独自の取り組み~

 日本財団は海外事例を参考に貧困の連鎖を断ち切る施策の効果検証を目的として、全国で一〇〇か所子どもの貧困対策プロジェクトを実施する。その中の一つであるみのお拠点では、貧困の連鎖を断ち切る力として‘生き抜く力’を提案している。この章では、生き抜く力について詳述する。

 生き抜く力とは、挑戦する意欲を持ち、自ら考えて判断を繰り返し、状況をふり返りつつ、力を合わせてやり抜く力である。この中から、(1)やってみる、(2)えらぶ、(3)ふりかえる、(4)力を合わせる、(5)やりぬく、の5つの要素に着目し、生き抜く力を育んでいく。この力の具体的育み方については次章で述べる。本章では、なぜこの5つの要素を育む必要があるのかを考えていく。

 まず(1)やってみる、について述べる。低所得者層の子ども達は、何かを学ぼうとする意欲が低い傾向にある。なぜならば、このような子ども達は、家庭の事情により物事に挑戦できない可能性が高いからである。そして、挑戦できない状況が続く場合、子ども達は物事に取り組んでみようという意欲そのものをなくしてしまう。二〇〇二年に東京大学教授であった刈谷剛彦教授も著者「階層化日本と教育危機-不平等再生産から意欲格差社会へ‐」の中で「子どもの学力、学習意欲の調査結果と保護者の階層をクロス集計の結果、保護者の文化的階層が低いグループほど、学力や学習意欲が低い」と指摘している。

 つまり、家庭環境が子どもの意欲格差を生んでいるということである。しかし、何かを学ぶ意欲はすべての活動の源である。そのために、意欲の格差は将来のあらゆる格差を生む危険性がある。貧困の連鎖を断ち切るためには、まずこの意欲格差を是正しなければならない。そのために、まず何よりもやってみよう、やってみたいという子ども達の意欲を育んでいかなければならないと私は考えている。

 次に、(5)やりぬくについて述べる。先ほど、(1)やってみるが重要である旨を述べたが、一度やってみようと思っても途中で投げ出せば、成功体験を得ることはできない。できた!という小さな成功体験が、次の挑戦の意欲を生むと私は考えている。小さな成功体験を積み重ねるためには、どんな簡単なことでも最後までやり通さなければならない。次なる挑戦に対して(1)やってみようという気持ちになるためには、一回一回の挑戦を最後まで(5)やりぬくことが重要である。ペンシルバニア大学のアンジェラ・ダックワース教授も、「Grit(やり抜く力)こそが人生を切り抜けていくために必要である」と述べている。

 また、これら5つの力は、AIの技術が進んだ近未来においても、人間が人生を生きていく力となり得る。今後AIは人間の仕事の大部分を代替していくと予想されている。しかし、そのような中、AIに仕事を奪われず、最後まで人間が担うと言われている役割がある。それは、(A)物事を総合的に見立てて問いを立てる、(B)進むべき方向やゴールを定める、(C)メンバーを奮起させ組織を牽引する、という役割である。(注2)これからの社会を生きていく子ども達にとって、このような能力を磨くことが時代の要請ではないだろうか。(A)と(B)の力を発揮する前提として、これまで経験したことのない未知の事柄に対して、果敢に挑戦する意思が求められる。これは生き抜く力の(1)やってみる、に対応している。また、(B)で定めた方向性やゴールを達成するためには、様々な困難に挫けず、最後までやり抜くことが求められる。これは(5)やりぬく、に対応している。チャレンジしている最中には、数多くの適切な判断が迫られ、また、これまでの過程を冷静に分析することも求められ、それぞれ(2)えらぶ、(3)ふりかえる、に対応している。そして、(C)メンバーを奮起させ組織を牽引するという点は、(4)力を合わせる、に対応している。これら(1)~(5)は、AIが台頭する未来において、貧困層の子ども達だけでなく、すべての子ども達が備えておくべき力であると言える。

 ここまで生き抜く力の5つの要素の必要性について述べてきた。ではどのようにこれらの力を育んでいくのか。次章で生き抜く力を育む具体的取り組みについて述べていく。

4.生き抜く力の育み方~みのお拠点独自の取り組み~

 これまで述べてきた生き抜く力の育む方法として、私は大きく二通り考えている。一つは、(1)やってみる、(2)えらぶ、(3)ふりかえる、(4)力を合わせる、(5)やりぬくの項目ごとに育む方法である。そして、もう一つは、この五つを総合的に育んでいくものである。

 この項目ごとの育み方について(2)えらぶを例に説明する。私達は子ども達に選択の機会を豊富に提供する。例えば、私達の拠点では、子ども達がモノを大事に扱う習慣をつけるために、マイ茶碗とマイコップを使用する。子ども達は十五~二十種類の茶碗とコップが掲載された写真付きのリストの中から、自らの好きなものを選ぶ。また、クリスマス会などのイベントにおいて、私達は子ども達に何らかの発表の機会を設ける計画であり、子ども達自ら発表内容を決める。このような取り組みを通して、(2)えらぶ力を育んでいく。

 次に、(1)~(5)の力を総合的に育む方法について述べる。具体的方法は三つある。一つ目は、豊富な機会提供を通して、(1)やってみるを中心に生き抜く力を育むものである。これは、子ども達に多様な世界があることを知ってもらうための取り組みである。二つ目は、多様な世界を知る中で、子ども達がさらに探求したいと思えるテーマを自ら学んでいく、いわゆるプロジェクト型学習である。そして、三つ目は、このプロジェクト型学習を友達などと複数人でおこなう共同プロジェクト型学習である。

 まず、一つ目の豊富な機会提供に関して述べる。私達の拠点では、わくわくたいむという時間を設けている。これは、スタッフの好きなものや特技を活かして、子ども達に多様な世界を体感してもらう時間である。みのおスタッフは、元ミュージシャンで音楽に秀でている人や、元M-1出場者で漫才が好きな人、ベトナムでの勤務経験からベトナムをこよなく愛する人など、それぞれ好きなものを持っている。好きなことをしている時、その楽しんでいる様子は周りによく伝わる。わくわくする気持ちは人を感化するのである。

 様々な経験を通して、人は自分にとっての得意と不得意を学んでいく。この取り組みの目的は、子ども達が自分の好きなものを見つけることである。子ども達が何かに夢中になる力は計り知れない。大人には区別できない妖怪のキャラクターを、子どもは簡単に覚えてしまう。そして、子どもが興味ある物事に取り組んでいる時、思い通りに進まないことがあっても、子ども達は嫌がらない傾向にある。むしろ、子ども達はそこに一種の楽しみを見出すのである。そして、そのような楽しみながらの挑戦は、物事を最後までやり抜く可能性が高い。このような、できた!の積み重ねはさらなる挑戦の意欲を生むのである。

 これまでおこなってきたわくわくたいむの一例を以下に挙げる。

「わくわく福笑い」「一眼レフ体験」「打楽器ってなんだ?」「わくわく漫才」「フォンダンショコラづくり」「スウェーデンのXmasパーティ」「ロールキャベツづくり」

 わくわくたいむのジャンルは、音楽、カメラ、漫才、お菓子作り、ベトナム体験と言ったように、多種多様である。そのため、「今日のわくわくたいむは何~?」が、子ども達の口癖になっている。もちろん、大人が力を込めてわくわくたいむを企画しても、子ども達に響かない時もある。また、強制参加ではなく任意参加の形式をとっているため、参加の可否については子どもの気持ちを優先している。それにも関わらず、子ども達は「今日のわくわくたいむはなに~?」と毎日問いかけてくる。

図4 わくわく福笑い

図5 わくわくロールキャベツづくり

図6 打楽器って何だ?

図7 一眼レフ体験

 ここで一例として「一眼レフ体験」を簡単に紹介する。これは、子ども達に写真の世界の楽しさを感じてもらうために、カメラ好きなスタッフが企画したわくわくたいむである。この企画は毎回扱うテーマが異なり、例えば、明度がテーマの場合、明るさを調節しながら写真を撮影する。そして、子ども達が撮影した写真をプロジェクターで見ながら、明度の違いによる写真の違いを感じてもらう。この企画は彩度編、構図編などと複数回のシリーズものである。最終的には子ども達が写真を撮るときに、様々な点を考慮しながら写真撮影ができることを目標にしている。一眼レフを手に取ってみようという気持ちを育み((1)やってみる)、明るさをどうするか、構図をどうするかなどと、子ども達は選択を迫られる((2)えらぶ)。子ども達が撮影した写真をプロジェクターで確認しながら((3)ふりかえる)、友達と協力し((4)力を合わせる)、頭に描いている理想の写真を撮るまで続ける((5)やりぬく)。このような機会提供を通して、生き抜く力を育んでいく。

 次に、子ども達の物事を探求したい思いを重視したプロジェクト型学習についてである。様々なプロジェクト型学習を企画しているが、実際に実施した取り組みを中心にここでは述べていきたい。

図6 プロジェクト成果発表会のチラシ

 図6から分かるように、二〇一八年の三月十五日に保護者を招いた催し物を企画した。「お母さんを喜ばそう」をコンセプトに、日ごろの感謝の思いを伝えるために子ども達が各自プロジェクトに取り組む。例えば、小学校五年生の女の子(ひとみちゃん(仮))は、母親の大好きなドリカムのLOVE LOVE LOVEをギターで弾くという挑戦をおこなった。チャレンジを決めた当初、ひとみちゃんはギターに触れたことがなく、ゼロからのスタートであった。しかし、ギターの得意なスタッフが彼女のメンターとなり、彼女を見守りながら適切な助言をおこなってきた。彼女も毎日ギターの練習を重ね、日に日に上達していく。そして、彼女のギター練習の姿に感化した子ども達が、楽曲に合わせてマラカスやタンバリンを鳴らすようになる。本番まで紆余曲折ありながらも、彼女は3か月間の間、ギターにのめり込んだ。そして、保護者の前で堂々とギターで1曲披露するまでに上達した。

図7 ギター演奏当日の様子

 今まで未経験のギターに挑戦しようという気持ちが(1)やってみるにあたる。そして、本番当日に発表するということが(5)やりぬく力を育む。また、他の楽器を演奏する仲間と(4)力を合わせ、3か月間の間に様々な選択をおこない((2)えらぶ)、プロジェクトを適切に(3)振り返りながら、発表当日を迎えた。

 また、今後の取り組みとして、各々の子ども達が探求したいプロジェクトを自主的におこなう仕組みを考えていく。例えば、「鳥はどうして空を飛ぶことができるの?」「アメンボはどうして水の上を歩けるの?」という単純な疑問から取り組みを始めてもよい。テーマの疑問点とその解答の仮説を設定し、仮説を検証していく。そのテーマに精通している地域のシニアの方や理系の学生、または現地スタッフがメンターとなる。もちろん、スタッフが子ども達の活動に対していつも適切にサポートできるとは限らない。しかし、かえってその方が子ども達に良い効果をもたらす場合もあるのではないだろうか。なぜなら、子ども達が大人に頼りすぎず、自ら進んで探究し、子どもの自立心が育まれるからである。このプロジェクトを通じて、子ども達は関心があることについてもっと知りたい、もっと探究してみようと思い((1)やってみる)、そして、プロジェクトを進める中での様々な選択肢の中から選択することで(2)えらぶ力を養い、定期的にこれまでの活動を(3)ふりかえる。みのお拠点での仲間やスタッフと(4)力を合わせて、ゴールに向かって邁進し最終的に(5)やりぬく。この取り組みから五つの要素を向上させ、子ども達の生き抜く力を育成していく。

 最後に、共同プロジェクト型学習について述べる。これは、子ども達が友達とチームを組んで複数人でおこなうプロジェクト型学習である。チームでプロジェクトを進めることは、個人の場合と比較して容易ではないだろう。方針や考え方などをめぐり、チームのメンバー間で意見が対立することも多い。また、意見の対立が感情面の対立を生むこともある。しかし、チームでのプロジェクト型学習は(4)力を合わせる、をより育むことができる。また、プロジェクトを進める中での様々な選択も一筋縄ではいかない。メンバー同士コミュニケーションを図りながら、合意形成を図っていかなければならない。この点においても(2)えらぶの力をより育むことができる。このような様々な点を考慮しても、共同プロジェクトは個人プロジェクトと異なり、最後まで(5)やりぬくことが難しいと言える。そのために、生き抜く力を育む方法として共同プロジェクト型学習は最も効果的なものであると私は考えている。

 以上のように、豊富な機会提供、プロジェクト型学習、共同プロジェクト型学習の3つの方法を組み合わせながら、私達は子ども達の生き抜く力を育んでいく。

5.日本財団のプロジェクト方針~全拠点共通の取り組み~

 これまで三章、四章ではみのお拠点独自の取り組みについて詳述してきた。ここでは、全拠点に共通する日本財団のプロジェクト方針について述べる。そして、最後に私の箕面の現場での覚悟を述べ、本レポートを締めくくりたい。

 日本財団は約五十億円かけて全国一〇〇か所に子ども達の居場所を設置する予定である。その施設の主な機能としては三つある。一つ目は具体的なサービスとして力を入れている生活習慣の形成支援についてである。具体的には、バランスのとれた食事(夕ご飯)の提供、歯磨き習慣の形成、清潔な衣服の着用、所有物の整理整頓、あいさつ、手洗いなどである。本プロジェクトでは、平日の一四時~二十時にかけて子どもの居場所を提供し、キッチン、シャワールーム、洗濯機を完備している。このような環境のもと、子ども達の適切な生活習慣の形成を支援していく。

 二つ目は地域との連携である。特に、子ども達のいる場所に出向いてサービス利用を促すアウトリーチ活動と、拠点で対応困難なケースは専門家や専門機関と連携し、支援につなげるブリッジング活動について、日本財団は力を入れる方針である。この背景には、対象家庭にサービスを届けることが難しい現状がある。そこで、貧困の連鎖に陥る可能性の高い子どもをもつご家庭に対して積極的にアプローチをおこなっていく。

 三つ目は、効果検証である。本プロジェクトの目的は、貧困の連鎖を断ち切るための有効施策の特定である。定期的に子どもの認知能力・非認知能力を測定する。その測定結果から取り組みの効果を検証していく。それぞれの取り組みの効果が把握できれば、子どもの貧困問題対策への提言につながる。さらに、この効果は学童保育や幼児教育、小学校教育の在り方にも影響を与える可能性がある。

 以上のように、日本財団はこの三つの方針に基づいて、今後も全国に施設を展開していく計画である。私達の拠点もこの三点に注力しつつ、みのお拠点独自の取り組みを織り交ぜていきたいと考えている。

 最後に本プロジェクトにかける思いを述べて、本レポートを締めくくりたい。みのお拠点は二〇一七年十月にオープンしたばかりであり、まだまだこれからやるべきことは多い。ここまで大きな問題はおこっていないものの、今後、さまざまな予期せぬトラブルや課題に悩まされるかもしれない。物事がなかなか進まないことも多いだろう。そのような中、私達みのおスタッフの希望となるものは何であろうか。それは、‘生き抜く力’こそが貧困の連鎖を断ち切る力になると信じていることである。この信念が日々の活動を前に進める原動力である。

 今から四年前、私は松下政経塾の門を叩いた。当時の思いは、「家庭環境に関係なく、一人ひとりの子ども達の持ち味を活かせる社会を創りたい」というものであった。この思いは、卒塾を迎えた今、ますます強くなっている。すべての子ども達の笑顔のために、力を尽くしたい。

【注】

注1 子どもの貧困率とは、相対的貧困状態にある十七歳以下の子どもの割合を指す。相対的貧困率とは、国民の可処分所得の中央値の半分の値に満たない暮らしを強いられている状態を指す。

注2 総務省(2016)『人工知能(AI)の普及に求められる人材と必要な能力』では、人工知能(AI)の活用が一般化する時代に求められる能力として、特に重要だと考えるものは何かを有識者に対して尋ねたところ、「業務遂行能力」や「基礎的素養」よりも、「チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力などの人間的資質」や「企画発想力や創造性」を挙げる人が多かった。

【参考文献】

[1]阿部彩(2008)『子どもの貧困‐日本の不公平を考える』岩波新書

[2]阿部彩(2014)『子どもの貧困Ⅱ‐解決策を考える』岩波新書

[3]アンジェラ・ダックワース(2016)『GRIT やり抜く力』ダイヤモンド社

[4]ウォルター・ミシェル(2015)『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』早川書房

[5]苅谷剛彦(2001)『階層化日本と教育危機 不平等再生産から意欲格差社会へ』有信堂

[6]ジェームズ・J・ヘックマン(2015)『幼児教育の経済学』東洋経済新報社

[7]中室牧子(2015)『学力の経済学』ディスカバートゥエンティワン

[8]日本財団 子どもの貧困対策チーム(2016)『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす会的損失40兆円の衝撃』文春新書

[9]ポールタフ(2017)『私達は子どもに何ができるのか 非認知能力を育み、格差に挑む』英治出版

[10]ムーギー・キム ミセス・パンプキンン(2016)『一流の育て方』ダイヤモンド社

[11]ロバート・D・パットナム(2017)『われらの子ども 米国による機会格差の拡大』創元社

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山本将の論考

Thesis

Susumu Yamamoto

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第35期

山本 将

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