論考

Thesis

「鳴かないホトトギス」に鳴きかけること

「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」 松下幸之助塾主は、ホトトギスは鳴くものである、という固まった価値観から逃れて鳴かないホトトギスをあるがままに受け止めて「それもまたよし」と考えた。それぞれの人がそれぞれの背負った現実のなかで、違った価値観をもつ人間が共生していく道はあるのだろうか。 異なる価値背景のケニアで生活するなか送る人間観レポート第二弾。

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」(織田信長)
「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」(豊臣秀吉)
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」(徳川家康)

 自分の思い通りにならないことに対して、それぞれの人間はそれぞれの対処法を試みる。思い通りにならないものに真正面から徹底的に抵抗したり、柔らかく外堀から懐柔したり、のんびりと相手の気持ちが変わるまで待ったり、各人の個性、周りの状況によって対応の仕方は実に様々である。上記に示した各戦国武将の性格を表現した歌も、鳴かないホトトギスをいかに鳴かせるかという視点から実に的確に表されているように思われる。

 ただ、ここでは「ホトトギスは鳴くものである」という前提の下で価値観が形成されている。松下幸之助塾主がある人から、あなたはどれにあたるかと聞かれたときに 「鳴かぬなら それもまたよし ホトトギス」 と答えたという。

 第一弾人間観レポートにおいて述べたように、この幸之助塾主の言葉は私が松下政経塾入塾を決断させる意味でも非常に大きなインパクトを与えている。ここには、物事をまずはあるがままに受け止めて、自分自身の価値観のみで「良い」「悪い」の判断評価を下さない姿勢、「それはそれでひとつの意味があるのではないか」という寛容な姿勢を見ることができる。幸之助塾主は、自分とは違った価値観で生きているホトトギスを殺したり、無理やり鳴かせたり、勝手に鳴くまで待ったりしているのは人間側からの一方的で傲慢な価値観でしかないと、感じたのではないだろうか。

 本来、鳴くも鳴かぬも自由であるはずのホトトギスに対して、「それもまたよし」と素直にあるがままを受け入れた幸之助塾主は松下政経塾に対してどのように考えていたのであろうか。私は、幸之助塾主は政経塾生には鳴いてほしかったのではないかと考える。そして、鳴かないホトトギスの存在とその価値をしっかりと認識し、理解しながら鳴くことのできるホトトギスになることを望んでいたのではないかと思われる。幸之助塾主は「人類の繁栄幸福と世界の平和に貢献」するという目的地を明確にし、それに対して私心を捨ててでも取り組んでいくことのできる人材を政経塾生として育てようとし、松下政経塾を設立した。それは、社会に対して「鳴くことのできるホトトギス」を育てようといえるだろう。

 その一方で、鳴くことが果たして正しいのか、鳴かないことを選択するという生き方もあるのではないかという常に葛藤と他の価値観への寛容性をもつことをも政経塾生に求めていたのではないかと思われる。決して鳴くことを志向する政経塾生や私達の同志だけがこの社会に住んでいるわけではないし、ある目的地に向かって鳴くことを志向する私たち政経塾生が決して「正しい」わけではないし、高みに置かれる存在であるわけではない。あるホトトギスは小さな鳴き声かもしれない、またあるホトトギスは多くの人に届くような大きな声で鳴いているかもしれない、だみ声のホトトギスもいれば、美しい透き通った声を出すホトトギスもいるだろう。聞く側もだみ声が好きなものもいれば、ホトトギスなんて鳴かないほうがいいと思うものもいるであろう。それらの多様性に囲まれた当たり前の人間社会というものを理解したうえで、狭い「価値観」に溺れてしまわない「価値観」を滋養していくなかで、小さな声かもしれない、だみ声かもしれない、ある人には不快感を与えるかもしれない、それでも「鳴き声をだす」ことが幸之助塾主の考える政経塾生の使命ではないかと思われるのである。

 私は今、ケニアのスバ地域という住民のHIV罹患率42%というかなり特殊な地域で研修を行うなかこの文章を書いている。ケニアに来て約1ヶ月になるが、ここでは理屈では変えることのできない人の「価値観」というものを強く感じる。HIVを防ぐための最大の方法は「Change Behavior(行動規範を変える)」させることである、などと簡単にいう人もいるが、地域の歴史的背景、土地的条件に基づいた伝統、文化、慣習が染み付いた行動規範を簡単に変えられるものではないし、変えることが必ずしも望ましいとも思わない。この地域では、伝統的に「Wife Inheritance(妻の相続)」という慣習があり、夫を亡くした妻はその夫の兄弟に新妻として引き取られる。もちろん、その夫の兄弟に妻がいても、関係なく引き取られていく。夫に兄弟がいない場合には、そのコミュニティーで養う余裕がある人のところに引き取られていく。多くの若年死した夫の死因はHIV/AIDSであるため、妻もほとんどがHIV感染している。そして、引き取られた新妻が新しい夫に感染を広げ、新しい夫は元妻に、というように、地域の慣習がHIVを広げる大きな要因となっている。この慣習は、外側の人間からしてみると女性が物のように取引されており、HIV拡大の温床にもなっているので変えなければならない「悪しき慣習」であるといわれているのだが、現地の人にしてみれば、一人では生きていけない女性を家族やコミュニティーで相互扶助する伝統的な「美しき慣習」なのである。実際に、新しい夫に引き取られなかった女性は、体を売って生計を立てざるを得なくなり、また、その子供は捨てられて孤児になってしまうことが多いのである。もちろん、私たちの価値で判断すれば、どちらにしても悪循環の悲惨な状況であることには変わりはない。しかし、現地の人々にとってはそれが当たり前の「価値観」のなかでの生活であり、私たちにはなかなか聞くことのできない「はかなくも美しい鳴き声」を出しているといえるのではないだろうか。「鳴かないホトトギス」を見たときには、幸之助塾主のように「それもまたよし」と素直にそのまま受け入れるとともに、自分たちには聞くことの出来ない鳴き声で鳴いているのかもしれないと思いを寄せられるようにしたいものである。

 このような「鳴かないホトトギス」に対しての思いを持ちながら、上述したように私は松下政経塾生として「鳴くことのできるホトトギス」であらねばならないと考えている。このアフリカに来て感じるのは、私たちの視点からの「鳴かないホトトギス」「鳴けないホトトギス」に出会い、「それもまたよし」と強く感じる一方で、自分自身がその場所で日本人として「鳴かねばならない」「鳴くことが出来る」と改めて感じることも多いのである。「グローバリゼーション」とか「人権の普遍性」とか響きのいい言葉であらゆる分野におけるすべての価値観を総まとめにしてしまうのではなく、それぞれの問題となっている部分で個別具体的に考え、それぞれの国や地域、民族に応じた日本外交のあり方を模索していくことが自分自身の鳴き方であると考えている。HIV1つをとって考えても、これは日本を含めた地球規模での課題であり、主権国家間の相互協力なかで解決していかねばならない問題であることには間違いない。ただ、その解決のなかで「普遍性」という一律の価値観で解決策を考えるよりも、各地域に根付いた文化、慣習に寄り添えるような地域行政・地域住民の価値観を活かしたマクロ的支援政策のあり方を考えていくほうが効果的である。具体的には、住民が中心となって運営する「ライフサポートセンター」を各地域レベルで日本を含めた世界各地に設立していくということを考えている。これまで日本の途上地域への支援活動は、有償・無償資金援助を通じた日本ベースの価値観に基づいたプロジェクト支援であり、特定分野への支援に関してもJIKAを通じた短期の専門家派遣や実績をあげているNGOへの資金援助などが中心となっている。今後はそうではなく、現地のニーズを最も把握し、現地の価値観を活かして運用できるCBO(Community Based Organization)を住民ベースで育て、それをいかにNGOや行政とリンクさせていくかを考えている。具体的な活動の中身に関しては趣旨がずれるので次回の個別レポートで述べるが、ここで言いたいのは「鳴かないホトトギス」に対して「それもまたよし」と捉えるのは、決して互いに理解し得ないことからの逃避であってはいけないのであって、「鳴かないホトトギス」の心に迫り、互いに共存できる環境を創るために自分たちから「鳴きかけてみる」ことが必要ではないかということであり、私自身そのような生き方をするつもりである。

 「鳴かないホトトギス」に鳴きかけることは、相手にとって実は迷惑なことなのかもしれない。ただ、小さな島国に育ったホトトギスは、「鳴いてばかりいるホトトギス」とも「鳴かないホトトギス」とも互いに受け入れあうなかで、共存できる環境を創っていかなければ自分たちも生きることができなくなってしまう。この狭くなった地球の中で、自分たちとは関係ないことはなくなりつつある。自分たちがいつか「鳴き声」を忘れたときに、「鳴かないホトトギス」になったときに、それでも自分たちを理解してくれ、素敵な歌声を聞かせてくれるホトトギスは現れるのだろうか。いま、どのように鳴くべきなのか、鳴かないホトトギスとどのように接していくべきなのか、「それもまたよし」の先をしっかりと考える時期ではないのだろうか。

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