論考

Thesis

草の根の現場からみるHIV/AIDSに対する効果的な処方箋とは

全世界で約4000万人のHIV感染者/AIDS患者が存在する。近年、近隣アジア諸国において爆発的に増加しているHIV/AIDSの問題に大して日本は無関心でいられるのだろうか。HIV罹患率41%の地域のなかで、HIV/AIDSプロジェクトを行う中で見えてきたHIV/AIDS対策のあり方について具体的に提言を行う。

序章

 現在、ケニア西部のスバ県において、日本のNPO団体と地元の教職員団体との共同の下でHIV/AIDSのプロジェクトを進めている。スバ県においては、2003年度のHIV罹患率が41%(2003年度スバ県立ヘルスセンター資料による)であり、ケニアの中ではもちろん世界のなかでも最も罹患率の高い地域のひとつとなっている。ケニアにおいては、ここ数年のHIV罹患率・死亡率の劇的な増加を受け、HIV/AIDSは国家の基盤を揺るがす問題としてとらえられ、国家エイズ委員会(NACC)を設置し、各地方にも州レベル、県レベル、コミュニティーレベルにエイズ委員会を設置して各行政範囲ごとの役割分担を行っている。確かに、実際には地方にいけばいくほど行政の手が届かない地域が散見され、必要な薬品や検査キットが不十分であったり、医療従事者が絶対的に不足しているなど、必ずしも理念どおりの結果が生み出されているとはいいがたい状況ではある。ただ、国家レベルにおけるHIV/AIDSに対する「政策と戦略」に関しては、明らかに日本が学ぶべき部分が多く、「コンドーム戦略」「ボランティアカウンセリング戦略」「母子感染戦略」「PLWHA(People Living With HIV/AIDS、HIV/AIDSと共に生きる人々)戦略」などが各部署に細かく分担され、長期的な視点からの精緻なヴィジョンが描かれている。

 2003年12月の段階で世界に約4000万人のHIV感染者・AIDS患者(以下、HIV感染者及びエイズ患者を指して「PLWHA(HIV/AIDSとともに生きる人々)」という言葉を用いる)がおり、年間約500万人が新規に感染し、約350万人が死亡している。PLWHAの95%以上が途上国で生きる人々であり、エイズ死の約99%が途上国で発生している。特に、サブサハラ・アフリカでの感染拡大が著しく、PLWHAの約70%がこの地域に集中している。

 現在においては、HIV罹患率が1%を切る日本はこの問題に関して無関心でいられるのであろうか。20年前には、アフリカのどの国においてもHIV罹患率は0%であった。それが、人間にとって必要不可欠な性的接触を媒介にして、ほんの数年の間に国家の人口構造を変えてしまうほどのインパクトを起こしたのがこのHIV/AIDSなのである。

 私は、「地球規模での課題に対する外交政策」というテーマのもとで活動をおこなっているが、HIV/AIDSを含めた「地球規模での課題」は現在の国家にとっては、ほんの1%に過ぎないような微々たる問題であってもその1%への取り組み方いかんによって、その国の将来の基軸を揺るがしかねない問題となると考えている。HIVを含めた感染症問題、環境問題、難民問題、内戦・テロへの取り組みなど国境を越えた「地球規模での課題」に対しては、現在における価値観のみで利益衡量することはできないのである。

 エイズ動向委員会によると日本における2003年度における新規のHIV感染者は640人、エイズ患者は336人と過去最高の数値を示している。特に、エイズ患者の若年化が顕著であり、次世代への大きな影響が考えられる。また、HIV感染の無症候期で検査を受けていない数を考慮すると、実際の感染者はもっと多いことが予想される。HIV感染者数の実態を正確に把握することは難しいが、厚生省「HIV 感染症の疫学」班(班長木原正博教授)報告によれば、1998年末の時点で約8,000 人、2003 年末で16,000 人という推測がなされている。このような日本の状態とこれまでの他国におけるHIV罹患率上昇の経緯、そして隣国で日本との人的交流の活発な中国における急激なPLWHA人口の上昇を考慮にいれると、HIV/AIDSの問題が決して遠い将来におきる他人事ではないことが感じ取れるのではないだろうか。

 以下においては、現在行っているNPOの活動を通じて見えてきた草の根の視点からのHIV/AIDS対策の必要性とその意義を述べると共に、マクロ的な視点からの政策的提言を行っていく。

第1章  HIV/AIDSの特徴に合わせた多面的な対策の必要性

 HIV/AIDS対策を効果的に行うためには、HIV/AIDSの特徴的な性質を理解し、対応していく必要がある。HIV/AIDSの特異的な特徴としては以下の4つにまとめられる。

  1. 主に性行為を通じて感染する性感染症であり、HIV/AIDSを含んだ精液・膣分泌液・血液などの媒介により感染する。
  2. 感染後5年以上の潜伏期をもつことがほとんどであり、それまでは著名な身体症状が現れるわけではないため、検査をしなければHIVへの感染を認識することができない。
  3. 感染を通じて徐々に免疫系が破壊され、様々な日和見感染症を通じて、一定期間の経過により死につながる疾病である。
  4. 現在のところ、治療法としては暫定的にHIVの増殖を抑える抗レトロウイルス療法(Anti-Retroviral Therapy :ART)のみが確立された有効な方法であり、根治療法やワクチンなどはいまだ開発されていない。

 HIV/AIDSはこのような特徴を持つがために、単一の「決め手」となる解決策をとることができない。そのため、対策としてはこのHIV/AIDSの特徴に対応する多種多様な対策を包括的に行うことで始めて有効に機能することができるのである。

第2章具体的なHIV/AIDSに対する施策提言

 以下においては、上記に述べたHIV/AIDSの特徴のもとでの具体的なHIV/AIDS対策に不可欠な項目を詳細に考察していく。現在、私達が行っているNPOにおける活動も以下の項目がベースとなっている。また、それらの活動には、マクロ的な視点から政府および地方自治体からのバックアップが必要となってくる。草の根的な活動のなかから見えてきたHIV/AIDSに対する具体的な施策に関して事例を提示しながら提言を行う。

(1)予防・啓発活動

 HIV/AIDSに対するいまだ根治の絶対的治療法が見つかっていない以上、予防・啓発活動を通じて新規感染を増やさないことが非常に重要となってくる。エイズの主要感染源の一つである性交渉に関しては、コンドームの使用など「セイファー・セックス(感染可能性の低いセックス)」の促進により感染拡大の可能性を大きく低下させることができる。ただ、単にコンドームを供給したり、感染経路に関する知識を普及するだけではHIV/AIDSに対する人々の行動を変化させることは困難である。人々の行動を変える(Change Behavior)ためには、その人々の住む地域やコミュニティーに入り、その文化、宗教観、歴史的背景や生活状況をしっかりと踏まえた上での対応を行い、HIV/AIDS拡大につながる要因へ多角的かつ柔軟にアプローチしていくことが必要となる。

 ケニアにおいても、プロジェクトを進めていく上でHIV/AIDS感染拡大の要因となっている地域の様々な特異的な背景に遭遇した。夫が死んだ妻を夫の兄弟または地域の有力者が引き取るという「ワイフ・インヘリタンス(妻の相続)」という制度<下記注参照>、キリスト教の強い影響のもとで医療施設のカウンセリングでコンドーム使用が推奨できず、説明用のポスターや冊子から「コンドーム」の部分が切り取られていたこと、離島において中学校がないために小学校卒業後に多くの十代前半の少女達が売春により生活をたてているという生活環境、など日本の価値尺度では測れない社会的背景を正面から受け止めてそのなかで可能なHIV/AIDS対する予防・啓発活動を効果的におこなっていくということが重要になる。

 ウガンダにおいては、数年前にはHIV罹患率40%を超える世界のなかで最悪のHIVの感染状況であったが、全般的マスメディアを通じた啓発活動と地域にまでHIV/AIDSセンターを細かく設置するなど政府主導の予防対策が効果的に機能し、短い期間で10%以下の罹患率にまで下げることに成功している。

注:「ワイフ・インヘリタンス(妻の相続)」に関して

 ワイフ・インヘリタンスは、ケニア西部に居住するルオ民族固有の慣習であり、配偶者を亡くした妻が配偶者の兄弟または地域の有力者に引き取られるという制度である。配偶者が若年死する原因のほとんどがAIDSに起因するものであるため、引き取られた女性もHIV感染している可能性が高い。さらに、引き取る余裕のある男性側は他にも配偶者を亡くした女性を妻として数多く引き取っているために、この制度を通じてHIVが拡散しやすくなっている。日本人的な価値観からすると、HIV感染拡大につながる「悪しき慣習」となりかねないが、現地の人々にとってみると、一人では生活できない未亡人を親戚や地域でサポートする民族固有の「美しき慣習」であるといえる。この慣習一つとってみても、HIV/AIDSに関する「Change Behavior(行動規範を変えること)」の難しさが現れている。

(2)母子感染対策

 HIV感染した妊産婦から子供に移る「母子感染」は、HIV/AIDSを次の世代にまで引き継ぐという意味において対策が不可欠な非常に重要な問題であり、妊産婦罹患率は国家のHIV/AIDSの状況を見るうえで大切な指標となる。

 母子感染対策としては、抗レトロウイルス薬(Anti-Retro Virus Drug :ARV)を妊産婦に服用させることでウイルス量を下げ、子供への感染可能性を低下させる「母子感染予防(Prevention of Mother To Child Transmission :PMTCT)」が行われている。出産後の母乳による感染を防ぐための粉ミルクの支給も母子感染予防プログラムとして重要なものとなる。ただ、従来のPMTCTにおいては、子供への感染を予防する一方で母親への治療が不完全になるとの指摘があり、子供が生き残っても、母親が早期死亡することで孤児になる子供の問題が残った。そこで、このPMTCTの概念を発展させて、HIV感染が判明した妊婦に妊娠・出産以降も継続的にARVを提供し、母親のエイズ死と子供の孤児化を防ぐ「MTCT+」というプログラムがスタートしている。

 ただ、私たちNPOも直面している問題であるが、母親と子供に対する長期的サポートの困難さ(粉ミルク管理など家庭内部のマネージメントまですることの困難さ)や高価なARVの長期的かつ大量確保の困難さなどからきっちりとした成果をあげるためには、行政・NGO・コミュニティー・家庭における相互の連携が非常に重要となる。

(3)VCT(Voluntary Counseling and Testing)の実施

 VCTとは、近年途上国を中心に行われている、自発的なHIV検査と事前・事後のカウンセリングをセットにしたプロセスのことである。日本においても、保健所やいくつかの医療機関で行われているが、トレーニングを受けた専門家が行うわけではなく、また非常に限定された場所でしか行われていないため、今後VCTカウンセラー育成を含めて政策的対応が必要となるといえる。

 前記したように、HIVは感染してから5年以上の潜伏無症候期があるため、この期間は検査をしなければHIV感染の有無を判断することができない。感染者が治療を含め、今後の人生に対しての準備を行うためにも、また感染の広がりを抑制するという意味においても検査は非常に重要な意味を持つ。

 ただ、従来はHIV/AIDSについての基礎知識や陽性と判明した際の心構えへの準備などの検査前における情報伝達はおろか、検査後の精神的フォローアップも不十分であった。そのような状態においては、差別や偏見が強まり、さらには、それを原因としてHIV検査を避ける傾向が助長され、社会やコミュニティーのHIVへの関わりが後ろ向きになってしまいかねない。

 このような弊害を避けるために、検査というプロセスを事前・事後のカウンセリングと合体させ、守秘義務を徹底して、さらには予防やケア・サポートと連携させてHIVへの前向きな循環を創っていこうとするのがVCTの理念の根幹にあるといえる。現在、日本においては保健所においてHIVの無料検査を行っているが、事前・事後のカウンセリングが徹底しているとは決して言えず、またカウンセリングのための専門家の育成も行われていない。

 ケニアにおいては、2002年に「VCT政策と戦略」を政府の方針として発表し、各地で1ヶ月の研修で資格が取得可能なVCTカウンセラーの養成を推進している。私たちNPOにおけるプロジェクトの最初の段階としては、地域にVCTカウンセラーを養成し、彼らがその地域においてのHIV検査のみならず、住民の健康福祉の管理に対して指導力を発揮できるようにすることからスタートした。

 日本はHIV感染が広がる前段階において、各地方自治体にVCTの施設の設置を促進すると共に、VCTカウンセラーの育成を行うことに取り組んでいく必要があるといえる。

(4)ケア・サポートの充実

 検査でHIV感染が判明したり、エイズを発症したPLWHAにとってケア・サポートの充実は必要不可欠である。HIV/AIDSに対する根治療法がない致死性の病気の告知が人に与える衝撃は非常に大きい。これを乗り越えるためには、この病気に対する適切な情報とともに心理的なサポートが必要となる。また、差別や偏見に対しての心の傷に対処するサポートも重要である。さらには、AIDS発症後には、日和見感染症などにより通常の生活が困難になることもあるため、生活をする上での補助や身体的なケア・サポートも必要となってくる。

 昨年訪れた南アフリカにおいては、PLWHA同士が互いに支えあうピア・サポートのグループを組織化しており、そのなかで互いに扶助をしあいながら生きがいを見つけたり、同じ痛みを分かちあいながら前向きに生きていく姿をみることができた。ケニアにおいても、エイズで夫を亡くした未亡人が(多くが自らもHIV感染者である)がグループを創り、お金を出し合って自分たちのグループからカウンセラーを育成し、自分たちの経験を生かしたVCTを行うというような前向きなケア・サポートのあり方を見ることができた。

(5)効果的な治療

 エイズを発症すると免疫機能の低下により、様々な日和見感染症に感染し、それが直接的に死につながることがほとんどである。この日和見感染症に対して治療を行い、苦痛を和らげることはエイズ患者にとって非常に重要であるといえる。

 しかし、個別の日和見感染症が治癒してもエイズによる免疫機構の破壊は進行するため、日和見感染症の十分な管理に加えて、HIVの増殖を抑制し、ウイルス量を下げて免疫力を回復する抗レトロウイルス療法(ART)を行うことが望ましい。現在、ARTは治療薬(ARV)の価格が高いうえに服用方法が複雑で、特殊な検査機器も必要とされるため、途上国において普及させることが決して容易ではない。ケニアにおいても、政府がエイズ患者に対してARVの無料提供を行っているが(厳密には処方料金日本円にして約700円が必要となるが)、実際にはARTに必要なCD4カウンター(免疫状態の指標を測る医療機器)がなかったり、ARTが行える医療スタッフがいなかったりで、多くの地域で必要な患者に対してARTが行うことができていない。

 今後、適切な服薬によって治療が効果をあげるためには、PLWHAに対する認識(治療リタラシー)の向上、検査・医療・医薬品の流通インフラの整備、適切なARTを提供できる医師及び医療従事者の人材育成などが不可欠である。このような分野に関しては日本が先行している専門分野であり、且つ援助ターゲットが明確である支援であり、日本が国際社会のなかでしっかりとした目に見えた貢献ができる分野のひとつであるといえる。

 また、こうした治療やケア・サポートを安定的に進めていくためには、国家の社会保障・社会福祉制度の充実が必要であるといえる。日本においては、一般的社会保障制度は途上国に比べると非常に充実しているが、HIV/AIDSに関しては、医師及び医療従事者の90%以上がPLWHAを担当したことがなく、また専門の医療機関も少ないという現状がある。また、国民に対してHIV/AIDSに関する相談、診察、治療に関する情報の提供が不十分であるといえる。HIV/AIDSへの対応を国家の危機管理ととらえた上での、HIV/AIDSに対応した社会保障・社会福祉制度を整備していく必要がある。

(6)エイズ死による社会的インパクトの軽減

 HIV/AIDSが社会に対して大きな影響力を与える一つの要因が、特に10代後半から40代という生産年齢世代であり、また子供の養育など世代の再生産を担う人々に直撃する疾患であるということがある。これらの世代がダメージを受けることで大きな社会的インパクトが生まれるのである。

 典型的な問題は、エイズ遺児(エイズにより片親または両親を失った児童)である。途上国においてエイズ遺児の多くは、親戚や地域の有力者に引き取られるが、引き取り手も乏しく、また引き取った家族が生活破綻に追い込まれることも少なくない。孤児院などの施設の設置も必要ではあるが、そこで住む孤児に対するスティグマが現れてくることも否めず、家庭における支援を基盤にすることが望ましい。

 具体的には、引き取り手の家族への所得向上プログラムの実施やエイズ遺児に対する教育機会の提供などを通じて親のエイズ死による影響をできる限り少なくする必要がある。

 社会的インパクトは、エイズ遺児の問題に限らず、農民や工業労働者が死んだり、働けなくなることで国家としての基盤となる産業が機能しなくなるという事態も起こっている。実際にアフリカのある国においては、HIV/AIDSの影響により年間10%近くの国民総生産の損失があるという報告もある。HIV/AIDSに対する対応は、基軸産業の保護というマクロ的な視点からもインパクトを軽減させていく方策を採っていかねばならない。

(7)差別・偏見の解消

 PLWHAに対する差別・偏見は精神的・身体的なダメージになるとともに、上記に述べてきた(1)~(6)のすべての対策を妨げ、その効果を不十分にしてしまう作用を持つ。HIV/AIDS感染が判明することで、差別・偏見が生まれるような社会ならば、敢えて検査を受けようとするインセンティブが減少してしまううえに、ケア・サポートや治療を受けることも困難になってしまう。

 差別や偏見は、間違った情報の流入や知識の欠如に起因することが多い。実際に、HIVが蔓延している地域の住民に話をすると、「汚れた人間だけが取り付かれる病気である」とか「処女とセックスをすればその汚れが取り払える」など根拠のないHIV/AIDSに関する情報や知識が広がっており、疾患に対するきっちりと理解がなされていないことが多い。

 ケニアにおいては、小学校から学校の授業でHIV/AIDS教育のための教科書を用いて差別・偏見をなくすため、そして拡散をふせぐための指導を行っている。ただ、すべての学校にそれを行える教材や指導できる教師がいるわけではないので、私たちNPOはそれをサポートしようと試みている。

 日本においては、HIV/AIDSが性と結びつけられるために、学校教育の現場におけるHIV/AIDS教育は避けられる傾向にあるが、現在HIV/AIDSの低年齢化が進んでいるとともに、差別・偏見解消へのアプローチという視点からも教育現場におけるHIV/AIDS指導を取り入れていくべきであると考える。

終章

 HIV/AIDSに対する対策は、それぞれを調整なくばらばらに展開すればいいというものではない。ある対策が別の対策の展開の妨げとなることも大いにありうるのである。例えば、「予防・啓発活動」としてHIV/AIDSの恐怖を強烈に印象付けるようなメッセージを発した場合に、HIV拡散抑制効果が現れる一方で、HIV/AIDSに対する恐怖心を不必要に煽り立てたり、差別・偏見の助長につながるなど、他の対策に対してマイナスの効果を生み出すこともありうる。また一方で、うまく調整することである対策が別の対策の効果を促進することもありうる。ケア・サポートと差別偏見の解消を押しすすめ、HIV感染による社会的リスクを軽減させることができれば、人々が検査を受けやすくなり、検査機会の拡大につながることになる。

 2001年の「国連エイズ特別総会」においては、HIV/AIDS対策における「国家の政治的コミットメント」の重要性が提起され、多種多様なHIV/AIDS対策を調整し、包括的なものとしてデザインしていく政府機関の機能の必要性が強調された。それを受けて、多くの国では包括的なHIV/AIDS対策を行うための「国家エイズ委員会」などの組織が大統領や首相の直属機関として設置され、そこにおいては政府機関に加えてPLWHAの組織やNGO代表などが協調してHIV/AIDS対策の包括的なコーディネート機能を果たしている。

 日本においては、危機意識の欠如によりいまだ立法面・行政面におけるHIV/AIDS対策が遅れている。近年のインド・中国を中心とする他のアジア諸国におけるHIV/AIDSの爆発的な増加をみると、日本にその波が押し寄せるのはそう遠い未来のことではない。HIV/AIDS対策は、決してマイノリティーに対する社会保障政策としてとらえるのではなく、国家の存亡に関わる重要な危機管理問題として多角的な視点から様々な分野にアプローチして早急に国家としての対応を行っていかねばならない問題なのである。

以上
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山中光茂の論考

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Mitsushige Yamanaka

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第24期

山中 光茂

やまなか・みつしげ

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「地球規模での課題」に対する日本の外交政策

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