論考

Thesis

北朝鮮崩壊論は本当か

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1997/1/29

この報告は、96年に入塾したアソシエイトの共同研究の一環としてまとめたものである。 研究そのものは、朝鮮半島全体を対象にした広範囲に及ぶものであるが、本稿では「韓国 政府の統一政策の妥当性」に焦点を絞り述べる。

◆対北朝鮮政策における韓国の失敗

 94年7月8日の金日成の死によって、韓国政府とマスコミは、北朝鮮を操縦士をなくした飛行機とみなし、「北朝鮮の急激な崩壊論」を唱えた。そして同年8月15日の光復節記念式辞で、金泳三大統領は「体制競争は終わった」と公式に発表し、自由民主主義体制に基づく統一の当為性を主張した。吸収統一論である。
 しかし、97年を迎えたいまも北朝鮮は厳然と在り、韓国の対決政策が不適切なことが明らかとなった。ではどこが間違っていたのか。

 第一は、金日成の死亡に対して、弔問使節を送るか否かをめぐる議論の中で、韓国政府続きやマスコミがあまりに金日成を侮辱したことである。当時、韓国は、既に北朝鮮の崩壊論に対する幻想を抱いており、そのために強硬な対決・崩壊政策を採った。これはクリントン米大統領や中国政府が弔電を送り、金正日を権力の実態として認めた現実的な態度とは 全く対照的だった。

 第二に食糧支援を巡って北朝鮮との間に摩擦を引き起こしたことである。金日成の死後 、半年が過ぎても崩壊の兆しが見えないと、95年初め頃から韓国のマスコミは金泳三政権の対北朝鮮政策を強く批判し始めた。
そこで政府は失敗を挽回するために北朝鮮の食糧事情を助けるとして、15万トンの米を援助する宥和策を取った。しかし、この決定は大統領とその側近の独断的な性格が強く、関係諸部門との連絡がうまくいかず、写真撮影や国旗 掲揚問題を巡り北朝鮮とぶつかった。ここで交渉は行き詰まった。

 第三は、95年7月、8月の水害をきっかけとするものである。この頃、韓国では、マスコミが吸収統一論を煽っていたにも関わらず、政府の崩壊論は後退し始め、北朝鮮との対話や交流を再開しようという空気が漂い始めていた。
 ところがこの水害が韓国政府を再び崩壊論に傾かせた。北朝鮮からの食糧援助要請に、韓国は南北の直接対話という先行条件を 突き付け、それを北朝鮮は援助要請拒否と受け止めた。予想では北朝鮮は96年春までに崩 壊するはずだった。

◆食い違う周辺諸国

 さらに、韓国の北朝鮮対決政策は周辺諸国の思惑とも噛み合わなかった。冷戦後の国際社会はもはやイデオロギー的な要因で関係諸国の政策を一致させることはできず、日、米 、中、ロの周辺諸国に共通しているのは、北朝鮮の崩壊によって生じる東北アジア地域の不安定化を防止したいという一点であった。
 そのためこの問題で中心的な役割を果たしているアメリカは、北朝鮮に対する政策を封じ込めから漸進的介入政策に転換している。94年11月の米・朝の基本合意は、選挙を控えた一時的な戦略というよりも、アメリカの対アジア戦略の基本方針の変更と見るべきである。クリントンの再選により、アメリカの対北朝鮮政策はさらにソフト・ランディング論へ進むとみられる。

 中国の場合には、東北アジア地域の安定は経済成長を続けるための必須条件であり、北朝鮮の崩壊で隣に保守的な資本主義の統一国家が成立することに非常な脅威を感じざるを得ない。それゆえ、核問題をめぐる米・朝の対立の際には国連で北朝鮮に対する制裁決議案を拒否することを表明し、食糧援助も続けている。
 94年半島が戦争寸前までいったときには、中国は北朝鮮の崔光人民軍総参謀長(当時)を緊急招待し、中・朝の同盟関係を示しただけではなく、8月下旬に遼東半島で大規模な上陸作戦を実施し、北朝鮮の崩壊を座視しないという態度を示した。

 一方、軍備武装が遅れている日本は、隣に核兵器を有する強力な統一国家が成立することを恐れている。また北朝鮮との間に存続している歴史問題を解決するために、国交回復の動きを見せてはいるが、それほど積極的な形とはなっていない。国交回復については、 北朝鮮のほうが経済再生のために必要な財源を戦後補償で賄おうとより積極的である。
 ロシアは、韓国との修好の代価として30億ドルの経済援助を受けたが、それ以降経済協 力は進展しておらず、再び朝鮮半島への影響力を探り始めている。最近、ロシアは韓国側 の提示した四者会談に不満を表し、ロシアと日本を加えた六者会談の開催を主張している。

◆政権、体制、民族のレベルでの解決を

このように周辺諸国の利害は、韓国の対決政策と相容れない。また、対決政策を追求することのメリットは何であり、どのような見通しが開けるのかということついての具体的 、かつ明確な提示が欠けており、対決政策は北朝鮮の反改革・反開放勢力を勢いづけるばかりである。
 吸収統一論が対北朝鮮政策の基本路線となったのは、政権、体制、民族の問題を同一視 、あるいは混同したことによる。政権や体制的な優位がそのまま民族的な次元にまで繋がると考えたのである。
確かに、経済発展や民主主義の発展という面で、韓国は圧倒的優位を占めている。しかし、社会主義と資本主義の体制的な対立を資本主義の完全な勝利として片づけるのはまだ早い。中国もベトナムも存在している。さらに、民族の正統性についていえば北朝鮮が劣るということは全くない。

 以上、韓国の対決政策は、既に他国となったものを吸収統一で単純に民族共同体に建設できると期待する点で余りに楽観的すぎる。深まった民族内部の異質性や、体制的・政権 的対立を克服するには、長期的な努力と限りない忍耐力が必要である。


(イー・グアンホ  1962年ソウル生まれ。ソウル大学卒業。現在、上智大学大学院で博士論文を執筆中。)

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