Thesis
2014年4月、日本の武器輸出政策が大きく転換した。この転換を受けて、今後日本は、同盟国である米国とどのような連携が可能になるであろうか?本稿では、今回の政策転換に至った経緯を簡潔に整理しつつ、近い将来起こり得る、日米防衛装備・技術協力の新しい形を、主に産業間連携という視点から紹介する。
2014年4月、半世紀にわたり続いてきた日本の武器輸出政策が、閣議決定という政治決断を伴って大きく転換した。これまで、事実上武器の輸出を禁止してきた「武器輸出三原則等」に替り、条件付ながら輸出を可能とする「防衛装備移転三原則」が決定されたのである。
本稿では、今回の政策転換に至る経緯を簡潔に紹介した上で、近い将来起こり得る、日米防衛装備・技術協力の新しい形を、主に産業間連携という視点から紹介する。
2013年12月、日本政府は史上初となる「国家安全保障戦略」(National Security Strategy。以下、NSS)を閣議決定した。NSSでは、国家安全保障政策を策定する上での新しい考え方として、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」(以下、積極的平和主義)という概念が示された。日本政府は、この新しい概念に基づき、自らの国益を守り、抑止力を強化し、そして、アジア・太平洋地域における安全保障環境の改善に寄与する姿勢を鮮明にした。NSSにおける2つの重要な要素は、「我が国の能力・役割の強化・拡大」と「日米同盟の強化」である。NSSは、日米防衛装備・技術協力をその2つの要素を達成するための一つの手段と位置付けている。また同時に、国家安全保障の基盤として、日本の防衛生産・技術基盤を育成・強化することにも言及している[1]。
しかしながら、NSSが政府によって決定された後も、防衛装備・技術協力を推進することや防衛生産・技術基盤を育成・強化することを妨げるとある方針が日本に存在した。それが、半世紀にわたり事実上武器の輸出を禁止してきた、いわゆる「武器輸出三原則等」(以下、旧三原則)である。
旧原則は、1967年に示された「武器輸出三原則」と1976年に示された「等」の2つ部分によって構成される。前者は、佐藤政権時に示され、「共産圏諸国向けの場合」、「国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合」、そして、「国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合」の三条件[2]に合致する場合、武器の輸出を禁止するという方針を示す。これらの文言からも明らかなように、これらの原則は、本来、ある条件に合致した場合に武器を輸出することを禁止することを示したものであって、決して武器の輸出そのものを禁止したのではなかった。しかし、三木政権時に示された後者は、「三原則対象地域以外の地域について」も「武器の輸出を慎む」[3]ものとし、以後、「慎む」という言葉が拡大解釈され、かつ抑制的に運用された。その結果、日本から武器を輸出することが事実上できなくなった。これにより、日本の防衛産業界は“鎖国”状態となり、技術の供給元も市場も国内に限定されることになったのである。これにより、日本は海外の防衛技術に接する機会を失い、装備品の価格も上昇することになった。日本の防衛関連企業が関与できる市場が国内に限定されるということは、それらが持つ市場は、防衛予算に依存することを意味する。その為、特に、1990年代以降の、防衛予算の削減に伴い[4]、少なからぬ日本の防衛関連企業が倒産または撤退した[5]。
厳格に運用されてきた旧三原則は、しばしば同盟国や友好国との共同開発等の試みを阻害してきた。これにより、日本は次世代の装備品の開発や相互運用性を強化する機会を失ってきた。最近の事例としては、2010年に試みられた次世代防空武器システムの国際共同開発に日本が参加できなかったことが挙げられる[6]。この結果、日本は、特に弾道ミサイル防衛及び対空戦という海上自衛隊にとって最も重要な任務に関わる極めて重要な武器システムに関する防衛技術の開発に関与する好機を失ったのである。
そうした状況の中、日本は現在、中国の軍備拡張や北朝鮮による弾道ミサイルの能力向上の試みなど、国家安全保障上の深刻な課題に直面している。このため、日本は防衛力を強化し、そして、同盟国や友好国との関係強化を強化するする必要が生じている。
これらの理由から、効率的かつ効果的に防衛力を強化し、また防衛力の基盤をになう産業基盤を育成・強化するために、安倍政権は2014年4月、旧三原則に替り、新たに「防衛装備移転三原則」(以下、新三原則)を閣議決定したのである。新三原則の大きな特徴は、防衛装備を海外に輸出できる条件を明確にしたことと、防衛装備品の対米輸出が事実上解禁されたことである。
日本政府は、新三原則を閣議決定すると同時に、日本の国家安全保障会議は「防衛装備移転三原則の運用指針」(以下、運用指針)[7]を決定している。運用指針では、輸出可能とされる11類型が具体的に示されている。我が国としては、この類型の範囲内で米国を始めとする他国との連携が可能となる。
運用指針で示された11類型の案件うち、以下に示す2類型は、最も実現可能性が高いと考えられる。
(1)共同開発・生産
1つ目の類型は、「共同開発・生産」[8]に基づく日米防衛装備・技術協力(以下、日米協力)である。なお、このケースは、以下の2つの条件を満たす必要がある。第1に、日本企業が共同開発や共同生産において、部分的であっても重要な役割を担うこと。第2に、十分な市場があること。日本、米国、そしで日米双方にとっての「安全保障上の協力国」(以下、協力国)に広く使用されていること。一つの例は、SM-3BlockIIA次期弾道ミサイル迎撃ミサイルである。SM-3は、2018年には実戦配備される予定である。次期水陸両用車や地上配備型または艦載型防空レーダーは、次なる案件になりうる。ちなみに、この類型においては、日本国内の防衛市場が小規模であることと、部分的に極めて秘匿性の高い米国製のものが含まれることから、日本企業が共同開発・生産した装備品そのもののライセンスを取得することは考えにくい。よって、日米協力の在り方としては、日本企業は米国企業に対して構成品や部品のみを供給し、米国企業がそれを組み立てた上で日本や日米双方にとっての協力国に完成品を供給する形態が考えられる。(図1、参照)
(図1)
(2)ライセンス生産品等の提供
2つ目の類型は、「米国からのライセンス生産品に係る部品や役務の提供」[9]に基づいた日米協力である。この類型は、以下の2つの条件に合致する必要がある。第1に、十分な市場があること。装備品は、日米、そして日米双方の安全保障面での協力関係がある国である。第2に、該当する装備品の米国における生産が既に停止または削減されている場合。これにより、日本企業は米国企業の既存の権益を害することなく、市場を拡大することができる。一つの例は、2014年7月に、日本の国家安全保障会議によって承認された、日本最大の防衛関連企業である三菱重工業が、PAC-2地対空ミサイルの高性能センサーを米国のレイセオン社に供給する枠組みである。レイセオン社は、米国で組立を行い、日米双方にとって安全保障上の協力国となるカタールへ完成品を供給する予定である。日本企業は、既に多くのライセンスを米国企業から取得している。例えば、戦闘機やヘリコプターの機体や構成品、地対空ミサイルの部品、艦載用ミサイル発射装置、艦艇や航空機のエンジンなどである。新三原則によって防衛装備品の対米輸出は事実上解禁されており、日本企業が米国企業に構成品や部品を供給できる準備は整っている。それらはもちろん、一定の条件を満たせば、米国で組み立てた上で、協力国へ供給することも可能である。(図2、参照)
(図2)
防衛移転三原則は、日米が防衛装備・技術協力に関して、連携しうる分野を明らかにしている。しかし、その一方で、日本側が乗り越えるべき問題も多く残されている。例えば、日本人の多くは未だに武器輸出に抵抗感を持っており、武器輸出三原則等が見直される直前の2013年3月に共同通信によって行われた世論調査では、66パーセントの回答者が、旧三原則の緩和に反対している[10]。また、日本の省庁は、省庁横断的な調整枠組を未だに有していない[11]。日本政府は、諸外国と防衛装備・技術協力を進めることの意義と重要性を積極的に国民に周知していく努力が必要である。また、協力を着実に進展させる姿勢と体制を、行政側が整えることも必要である。
日本と米国は、防衛装備・技術協力を加速させることで、相互運用性を向上できると共に、米軍と自衛隊で共有する装備品の開発や維持などに関するコストを抑制することができる。このことは、日米同盟を強化することにつながる。また、防衛装備・技術協力を深化させることにより、日米の間では、これまで以上に人と情報が行き交うことになり、更には、日米両国の新たな産業協力が生まれる。このことは、単に同盟という軍事面における関係を強化するだけではなく、経済面における関係をも強めることになる。今回閣議決定された防衛装備移転三原則は、まさに、日米関係そのものを強化する上で追い風になると言える。
【注】
[1] 内閣官房、「国家安全保障戦略について」、(2014.8.20アクセス)
[2] 外務省、「武器輸出三原則等」、(2014.8.20アクセス)
[3] 同上
[4] 2013年11月25日に発表された、みずほ銀行の調査によれば、1990年から2013年の間に、防衛予算は38%、額にして4000億円減少した。
[5] 2012年6月に発表された防衛省の調査によれば、2003年以降、防衛関連企業102社が倒産または撤退している。
[6] 「日米イージス共同開発を断念 10年度、武器禁輸抵触と」、47NEWS、2014年3月9日付。(2014.9.1アクセス)
[7] 外務省、「防衛装備移転三原則の運用指針」、(2014.8.20アクセス)
[8] ibid., 1.
[9] ibid., 1.
[10] 「武器輸出緩和に66%が反対」、共同通信社、2013年3月3日付。
[11] 例えば、外務省には、米国・国務省のBureau of Political-Military Affairs の様な、防衛装備品の海外移転を所管している部署はない。また、外務省、経済産業省、防衛省の間には、防衛装備品の海外移転について協議する公式かつ安定的な枠組みはない。
本論考は、2014年10月14日付で、米国のシンクタンクである戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies: CSIS)から発表された英文の論考 “Japan Chair Platform: Japan’s New Arms Export Principles: Strengthening U.S.-Japan Relations” を和訳し、一部加筆・修正したものです。本研究にあたっては、日本財団国際フェローシッププログラムの助成を頂いておりますが、論考の中で示された見解は、日本財団のそれを代表するものではありません。
Thesis
Taisuke Hirose
第32期
ひろせ・たいすけ
三菱電機 社員