論考

Thesis

海外援助に現地NGOの活用を

今日、途上国におけるNGOの活動は、直接的な社会サービスだけでなく、その社会システム全体の改善にまで広がってきている。フィリピンのNGOを例に、それをめぐる日本の海外援助のあり方について提言する。

警察官もNGOに習いにくる?

 「あ、どうも。マリオと申します。セブシティーの警察官です」。
 警察官?と、正直少し面食らった。あるフィリピンのNGOが主催した汚職追放の教育プログラムに参加していた時のことである。隣の男性がやけに熱心に聞き入っているので話し掛けたら、なんと警察官だった。地元の警察官、マリオ・クルスさん(29)は「毎回署長の命令で参加することになっています。こういう進んだ場所で勉強しておかないとね」と修了証書を手に誇らしげに語ってくれた。
 日本では想像しにくい光景だが、ここフィリピンでは警察官が、民間のNGOの主催する汚職や正しい選挙とは何かを学ぶ研修に参加している。こうしたNGO主催の研修に参加するのはなにも警察に限ったことではない。地域行政のリーダーたちも「BATMANプロジェクト」などのNGO主催の研修に参加している。
 これはこの国の歴史によるところが大きい。フィリピンでは86年までマルコス政権による独裁体制が続き、取り巻きによる政府の私物化が行われてきた。そのため今でも行政がきちんと機能しないことが多く、国民の政府に対する不信感は根深い。その一方で、NGOは選挙とデモを通して86年革命をリードし、マルコス独裁に終止符を打ったと高く評価されている。以来、フィリピンの憲法にはNGOの地位が明記されるようになった。
 このように、途上国におけるNGOの役割は日本では想像できないほど大きなことがある。さらに加えて、昨今、NGOは開発援助の担い手としても注目され始めている。本レポートではフィリピンの現地の人々によるNGOの現状と、それをめぐる諸外国の海外援助のあり方、さらには日本の海外援助について検討したい。

USAID(アメリカ合衆国国際開発庁)プログラムフレームワークの図
表・民主化支援

NGOが法律を作る

 フィリピンで、ここ10年くらいの間に特に力をつけてきたのが、「オルタナティブ・ロー・グループ」と呼ばれる、若手弁護士を中心とするNGOの集まりである。彼等は各地のコミュニティーの組織化と、そこへの法的支援を行っている。そうしたNGOの1つに「カイサハン(KAISAHAN)」がある。カイサハンは生活苦にあえぐ農民を支援するため、1990年に設立された。フィリピンでは植民地時代からのプランテーションの名残りで、一部の大地主が国土のほとんどを所有していた。そのため大多数の農民は土地なしの小作農として苦しい生活を強いられてきた。こうした状況を改善するため、カイサハンのメンバーは農村へ出向き、互助活動を盛んにするようコミュニティーを組織化している。その一方では、大土地所有制自体を変えるため、他のNGOと協力して農地改革の立法活動に関ってきた。現在施行されている「カープ(CARP)」農地改革プログラムは、大地主は最大3ヘクタールまで小作農に土地を分配することを定めているが、これも86年革命以降、無数の現地NGOが立法活動を行ってきた成果である。

 カイサハンは現在、行政だけでは農民に十分に伝えきれない農地改革の内容を農村へ直接出向いて説明したり、その申請を手伝ったりしている。また法律ができたからといって、行政が十分に機能していないこの国では必ず全て施行されるとは限らない。実際、かなりの数の大地主は農地改革法が施行されても従わなかった。カイサハンはこうした大地主に対して、小農のコミュニティーを代表して訴訟を起こすなどの活動をしている。
 このように、フィリピンのNGOは、法律の立案(立法)、履行(行政)、チェック(司法)の全ての面で、政府を支え、政府を監視するという大車輪の活躍をしている。しかもこうした活動は農地改革に限ったことではない。都市貧困層、低賃金労働者など様々な分野に無数のNGOが存在し、革命以降その量と質を急速に拡大してきた。政府もそうしたNGOの能力を活かそうと、91年には地方自治法を改正し、正式にNGOが地域行政の政策形成に参加する道を開いた。また、最近ではNGOから行政の要職に抜擢される者も多い。現在の農地改革省のトップはNGO出身である。

政治への挑戦

 さらに、現地NGOの活動は、旧来の政治体制への挑戦にまで拡大している。フィリピンでは、地方の大地主が国会議員に選ばれ、中央政界で派閥抗争を繰り広げるといったことが常である。政党など選挙の前の連合に過ぎない。大統領候補が選挙直前に政党を変えることさえあるほどだ。国民も自分の地域内の親分子分関係にそって流れる金で、自分のボスがつながる者に投票するのが通例である。
 ところが今、NGOを中心にこうした政治を改革していく動きが始まっている。98年から導入された、政党ごとに候補者を選ぶ比例代表選挙がそれだ。この制度を利用して今までNGOで活躍していた若いリーダーが、それぞれの対象分野について訴えるため、都市貧困の「アコー(AKO)」、女性問題の「アバンセフィナイ(ABANSE! PINAY)」など数多くの新政党を生み出した。

 そうした新政党の1つ「アクバヤン(AKBAYAN)」の事務総長、カメル・メリー・アバオさん(32)はこう語る。彼女もまた前述のNGOカイサハンから政党へ身を投じた転進組みの一人だ。「今の、地方有力者同志の派閥争いの政治では、本当に吸い上げるべき、国民の声は反映されません。私たち新政党に与えられた議席枠は各政党1、2人ずつとまだまだ人数的には少ないですが、確実に政治手法を変え、国民と政府の対話を進めている自負があります」。
 彼女の言葉は嘘ではない。こうした新政党はたった1人の議員にも関わらず、NGOと共闘し毎日のようにマスコミをにぎわしている。国会内の数ではなく、世論を通して大きな影響力を行使しているのだ。こうした活動が大きな声になる理由は、彼等が国民の多くを占める貧困層の声を政治の場に伝えているからだ。

 フィリピンの貧富の格差は非常に大きい。昨年、ある民間独立統計調査団体がフィリピン国民に対して行った調査では、自分の生活は貧しいと答えた人が60%を越えた。政府の公式統計でさえも32%が貧困層に属するとしている。こうした社会の中で、NGOや新政党は、国民の半分を占める貧困層と政治を握る一部の有力者との間の対話を行う触媒となっている。

現地NGOを活用した支援を

 以上述べてきたように、政府の統治機能が弱体で、貧富の格差が激しいフィリピンのような社会では、NGOは直接的な社会サービスのみならず、社会改革そのものにも大きな役割を果たしている。そこで諸外国の途上国への援助は、こうした現地NGOが対象となってきている。実際、フィリピンの現地NGOを財政的に支えているのは、海外の援助機関である。フィリピンでNGOが主催する会合に行くと、必ずスポンサーとなっている国際機関や外国の政府、財団が招かれている。こうした場を通じて、支援の欲しいNGOは資金を提供してくれる支援者を、援助する側は、自分たちが援助するにふさわしいNGOを探している。

 こうした海外の援助機関は、資金面だけでなく、組織面でもフィリピンのNGOを設立から今日の状態にまで支えてきた。先ほど述べたカイサハンは「アジア財団」という民主化促進を目的とするアメリカの財団の支援によって作られた。フィリピン最大のNGOネットワーク「CODE-NGO」も、その設立はカナダ政府の貢献が大である。このように海外の援助機関が、法整備、ガバナンスといった民主化支援の分野で、オルタナティブ・ロー・グループに代表されるような、社会改革に取り組む地元NGOを支援している。
 ところが残念なことに、この分野の援助機関のなかに日本はほとんど含まれていない。ここで活躍している多くの機関は欧米のものであり、日本の存在は極めて薄い。現地NGOの日本の支援に対する評価は、日本のODA(政府開発援助)は政府の公共事業用であり、自分たちNGOに向けられたものではないと手厳しい。あまつさえ7、80年代には独裁を支える資金源になっていたという批判さえある。日本は、フィリピンが受け取るODAのうち毎年50%前後(99年度にいたっては81%)を拠出しているにも関らず、こうしたNGOのリーダーたちと友好な関係を築けず、マイナスの評価さえされる。

効果的な海外援助を行うには

 こうした状況に対し、最近日本でも開発戦略におけるNGOの役割が強調されるようになってきた。日本政府は99年8月のODA中期政策で、インフラ整備中心の援助から、技術移転、人材育成といったソフト面重視に切り替え、NGOとの連携強化を謳っている。そこで、今後日本がさらに効率的に現地NGOとの関係作りが行えるよう、フィリピンのケースをもとに具体的提言をしたい。

 一点目に現地事務所の重要性を強調したい。フィリピンで他国の援助機関を見て驚かされるのはその豊富な人的ネットワークである。援助する側とされる側の関係は、スタッフ同士の個人的関係に負うところが大きい。こうした事務所は現地語と文化に精通した本国からの代表と、それ以外の多くのフィリピン人スタッフからなっている。これらのスタッフが日々現地の状況を踏まえ、支援するにふさわしいNGOを探し出す。こうした活動を20年、30年と続け、現地のNGOとの間に信頼関係を培っている。

 二点目は援助機関の層の厚さである。民主化、法整備支援の分野は一国の法作りや政治にも関係してくる可能性が高く、非常に敏感な問題だ。それゆえ政府そのものが支援するというよりも、民間財団が支援することの方が多い。こうした民間財団には「フォード財団」のように完全に独立したものがある一方、政府のODAを主な財源としているもの、中には外国の政党が作ったものまであり、バラエティーに富んでいる。こうした財団が他国の財団や国際機関と連携しながら、支援を行っている。政府の援助というだけでなく、援助機関全体の層の厚さが重要だ。

 最後に援助における理念を明確にすることである。日本が民主化支援、法整備支援の分野でフィリピンのNGOや政治改革の若いリーダーたちとの信頼関係を作る上で弊害となるのは、日本の援助政策の理念、ひいては日本自身の理念があいまいな点だ。USAID(アメリカ合衆国・国際開発庁)はそのホームページ上で「民主主義とアメリカの国益」というページをわざわざ設けている。今回インタビューしたNGOのリーダーの1人は「彼等(アメリカ)は同志よ。もちろんこの国の主役は私たちだから必要以上の口ははさんで欲しくないけど、彼等は同じ民主主義を信じる者として私たちを支援してくれているのだから。民主化に関しては理念を共有する立派な同志だわ」と話していた。

 日本の援助における基準は92年のODA大綱で、環境と開発の両立、軍事的用途や国際紛争助長への使用の回避、相手国の軍事関連の動向、民主化と基本的人権の保証状態に注意することなど4原則が定められている。この基準にそって援助の有無を決定するだけではなく、援助を通して被援助国で積極的にどんな社会の創造に貢献しようとしているかというビジョンを内外に明確にする必要がある。基礎的な民主制の上に築かれた経済的に豊かな社会というのは、日本が既に実現したものである。これは多くの社会と共有できる理念である。未成熟な社会の統治を支える存在として、NGOの役割は非常に大きい。日本は地元の人々による現地NGOを、海外援助においてより積極的に活用すべきではないだろうか。

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森岡洋一郎の論考

Thesis

Yoichiro Morioka

森岡洋一郎

第20期

森岡 洋一郎

もりおか・よういちろう

公益財団法人松下幸之助記念志財団 松下政経塾 研修部長

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