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歴史観
2012年9月

塾生レポート

寅さんにみる日本人らしさ ~塾主の日本人観からの考察~
岡﨑広樹/卒塾生

私たちが失いつつある日本人らしさを、BSジャパン「土曜は寅さん!」でお馴染みの国民的映画「男はつらいよ」と塾主の日本人観から考察してみたい。

 

1.日本人らしさを求めて

 私は映画「男はつらいよ」が大好きである。それは、かつての日本への憧れかもしれないが、この映画が日本人らしさを見事に表現していると感じるからだ。寅さんの生き様や口上、さくらの優しさ、おいちゃんやおばちゃんの愛情、そして生き生きとした柴又の下町に、日本人らしさの真髄をみるのである。

 私たちは、日本人らしさとは何か問われた時、即座に答えられるだろうか。私は、海外生活のあらゆる場面において、それを充分に答えることはできなかった。だから、国民的映画「男はつらいよ」を通じて日本人らしさへの理解を深めたいと考えたのである。それは、決して両親などの寅さん世代から影響を受けたものではなかった。尚、「男はつらいよ」は、一人の俳優(故渥美清)が最も長く演じた、最も長いシリーズ(全48作)の映画としてギネスブックにも登録されている。

2.日本の伝統精神

 1年半を掛けて全作品を見終わった後、「男はつらいよ」は、日本人らしさを凝縮した映画であると、増々感じるようになっていた。その一方で、映画をみて感じる日本人らしさの核心を、自分の言葉では表現できないことにも気づいていた。

 この日本人らしさをどうやって言葉で表現すればよいのか悩んでいた時、塾主が、1.衆知を集める、2.主座を保つ、3.和を貴ぶ、という三つを日本の伝統精神に挙げていることを知った。もし、これらが日本人なら誰でも納得できる伝統精神ならば、「男はつらいよ」の中で鮮明に表現されているはずである。
 そして、「男はつらいよ」に感じる日本人らしさを、塾主の伝統精神を用いて表現できるのではないかと考えた。ここからは、塾主の挙げる三つの伝統精神を説明しながら、「男はつらいよ」に描かれている日本人らしさを解き明かしていきたい。

3.衆知を集める

 塾主は、日本の伝統精神の一つ目に、“衆知を集める”こと、を挙げている。日本の伝統精神は、天照大神が八百万の神々に相談していたことや、歴代の天皇が群臣の衆知を集めて決断してきたことに表れており、聖徳太子が定めた十七条の憲法は、その精神を明文化したものと述べられている。
 衆知を集めれば、様々な角度から物事を分析できるようになる。例えば、一人で悩んでいたことが、誰かの意見で簡単に解決してしまったことを、誰しも一度は体験しているのではないか。日本人は、一人の知恵の限界を理解しており、三人寄れば文殊の知恵、百人寄れば神々の知恵、にも近づけることを古来より体感していたのであろう。

 この“衆知を集める”ことは、「男はつらいよ」の中でも度々見受けられる。例えば、第五作「男はつらいよ~望郷編~」では、気ままに暮らしていた寅さんが、心を入れ替えて真面目に働くため、自分に合った職業をとらやの人々に相談するのだ。そしてとらやの人々はいつものように、一生懸命に知恵を絞るのである。
 寅さんは、自らの知恵の限界を自覚しており、周囲へ相談することで優れた知恵を授かれることを体得していたのではないだろうか。この“衆知を集める”ことが、神話の時代から受け継がれてきた日本人の根底にある精神であることを、「男はつらいよ」からも学び取ることができるのである。

4.主座を保つ

 塾主は、“主座を保つ”ことを二つ目に挙げている。主座とは、“かしらとしての地位”のことである。つまり、“主座を保つ”とは、自主性や主体性を保つということであろう。その例として、塾主は明治期の“和魂洋才”を挙げている。当時は、西洋の知識や技術を取り入れるが、日本の伝統精神は堅持するという基本方針があった。
 明治初期は、多くの外国人を好待遇で招いており、彼らには風俗習慣の異なる日本で仕事をするための様々な配慮がなされていた。一方で、彼らは「お雇い外国人」と呼ばれ、あくまでも西洋の知識や技術を習得するために雇われていたに過ぎなかった。当時の日本人は、習得した知識や技術のうち、日本に適さないものを修正したり切り捨てたりして、その主座を保ち続けていたのである。

 この“主座を保つ”姿勢は、「男はつらいよ」の中にも見受けられる。例えば、第一七作「男はつらいよ~寅次郎夕焼け小焼け」では、マドンナのぼたんが貯金を騙し取られて困っていると、寅さんは本作で知り合う日本画の巨匠、池ノ内青観に、ぼたんのために絵を描いてくれないか、とお願いする。しかし、青観は、「金のために絵は描けない」と寅さんのお願いを断るのである。
 しかし、ラストシーンで寅さんがぼたんの家を訪れると、青観からぼたん宛に一枚の絵画が届いていることを知る。青観は、金のために絵は描けない、という主座を保ちつつ、寅さんの意見も受け入れているのである。青観には、自分がぼたんの為に絵を描けば、彼女の励みになると分かっていたからこそ贈ったのであろうが、このように他人の意見を受け入れながらも主座を保つ姿勢を、「男はつらいよ」の中に見ることができるのである。

5.和を貴ぶ

 そして塾主は、“和を貴ぶ”ことを三つ目に挙げている。“和をもって貴しとなす”とは、聖徳太子の十七条の憲法における第一条の誰もが知る有名な部分であり、和の精神が古来より連綿と重視されてきたことを、千三百年前の文章にもみることができる。

 ここで、“和”の精神について考えてみたい。“和”の定義は、「仲良くすること」(大辞泉)となっている。その意味を受けてか、“和をもって貴しとなす”とは、仲良くすることが大事である、という意味で一般的に捉えられていないだろうか。
 一方で、第一条は、位が上の人も下の人も、協調と親睦の気持ちで議論すれば、物事は自然と道理に適って成就する、と続く。つまり、協調と親睦の気持ちこそが、物事を道理に導く鍵となる、ということであろう。古来より、日本人は我を通し過ぎず互いに思いやり譲り合うことで、物事が上手に進み、周囲と自分の幸せに繋がることを理解していたのではないか。そして、「相手のことを第一に考え、お互いに尽くし合う」精神こそが、日本の伝統精神の真髄とはいえないだろうか。

 この“和”の精神は、「男はつらいよ」においても最も重要な要素である。寅さんは、毎回マドンナを追いかける。多くの場合は、マドンナへの恋心は実らない。しかし、寅さんとマドンナの恋が、あと一歩で成就しそうになる回もある。
 例えば、第十五作「男はつらいよ~寅次郎相合い傘」では、寅さんはマドンナのリリーが自分と結婚する意志があると聞いて、そんな冗談を言って、と照れて躱してしまい、リリーは寅さんの前から立ち去ってしまう。すると妹のさくらが、“お兄ちゃんはリリーさんのことが好きなんでしょ”、と問うのであるが、寅さんはこう返すのである。“あいつは頭のいい、気性のしっかりとした女なんだよ。俺みたいな馬鹿とくっついて幸せになれる筈がないだろう”と。
 寅さんは、好きな相手に対しても、自分の気持ちを後回しにして、相手の幸せをまず考えるのだ。この寅さんの姿勢に、日本人が古来より大切にしてきた“和”の精神が見事に表現されているといえる。

6.現代と伝統精神

 塾主の挙げる日本の伝統精神は、上述の通り、「男はつらいよ」の中でも鮮やかに描かれており、「男はつらいよ」に感じる日本人らしさを的確に言語化したもの、と考える。昨今、日本人らしさが失われつつあるといわれるが、仮にそれが「男はつらいよ」に描かれている日本人らしさだとすれば、それは農村社会から都市社会へと移行する過程で、家族や地域社会の繋がりが希薄になったことに、その原因があるのではないだろうか。

 例えば、農村社会では、村で年貢を納めるために、周囲や先人の知恵などの衆知が自然と集まっていたのではないか。また、現代の商店街にしても、デパートなどの大型店舗に対抗するために、共同体の繋がりの濃さがあったのではないか。更に、世の中が都市化する以前は、共同体の共通した価値観があり、それを主座としていた筈である。しかし、都市化によって、その共通の価値観が希薄化してしまい、自分たちの主座を見失っているのが昨今の日本ではないだろうか。

 そして、“和”の精神も同様である。共同体の結びつきが濃いからこそ、周囲の幸せへ尽くす気持ちが自然と育まれたと考える。寅さんが、周囲の幸せを考えられるのは、日本を一つの共同体として無意識に感じることができた時代であったからかもしれない。
 そのように考えれば、塾主の挙げる三つの伝統精神とは、共同体としての繋がりの希薄化によって、もはや現代には息づかない、古びたものであるかもしれない。では、今を生きる私たちは、これら日本の伝統精神を現代にそぐわないものとして忘れ去ってしまってよいものなのだろうか。

7.新しい伝統を求めて

 “伝統とは革新の連続である。”

 上の言葉は和菓子の老舗である虎屋十七第目の黒川氏の言葉である。伝統とは、そのものを金科玉条とせず、新しい時代の息吹を吹き込みながら常に進化させていく必要性を表現したものであろう。日本人は、衆知を集め、主座を保ち、和の精神で相手を思いやることを社会の暗黙の基盤としてきた。この事実を再認識した上で、都市化、価値観の多様化、グローバル化、などの社会構造の変化に合わせた新たな息吹を、この伝統精神へ吹き込む必要性を感じるのである。

 そして、この伝統精神を蔑ろにした暮らしを続けてきたことが、今も日本が混迷の一途を辿り続けている原因ではないか。伝統とは、いわば建物の基礎の部分といえる。その基礎が疎かであれば、素晴らしい家屋を建てても、地震などによって簡単に崩壊してしまう。今の日本は、目に見える家屋に対する解決策を講じようとはするが、本来は、その基礎となる日本人の根本精神に対し解決策を講じるべきなのだ。それは、古くからの伝統精神を尊重しながらも、現代の息吹を加えた新しい伝統精神を構築することに他ならない。

 寅さんは、日本の現状に対して、「そうですか、冬の次は春ですか」とつぶやくに違いない。つまり、今の日本がどれだけ厳しい冬であっても、必ず暖かい春は訪れるのだ。暖かい春の訪れに向けて、真摯に努力しながら、時代に即した日本と日本人の新しい伝統精神を追い求めたい。

参考資料:
松下幸之助『人間を考える 第一巻』PHP研究所 1975年
松下幸之助『人間を考える 第二巻 日本と日本人について』PHP研究所 1982年
竹田恒泰『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』PHP研究所 2011年
新雅史『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道』光文社新書 2012年
山田洋次『男はつらいよ 全48作』1969年~1995年
松竹株式会社『男はつらいよ 松竹公式サイト』 http://www.tora-san.jp/ 11月30日現在

2012年9月 執筆
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