論考

Thesis

責任転嫁体質の国家構造をさぐる ~東京裁判における証言から~

最近とみに食品偽装事件が起きているが、経営幹部は終始現場への責任転嫁をくりかえしているように見受けられる。明治以後に完成した官僚制に代表される現場主義のピラミッド組織と、世界に説明を求められた東京裁判での証言から、日本の責任転嫁の構造をさぐっていく。

<はじめに>

 最近食品偽装事件が世間を賑わせている。私が興味を抱いたのは偽装そのものの手口というよりも社長をはじめとした経営幹部の会見内容である。彼らの会見は押しなべて次のパターンに集約される。

  • 我々(幹部側)の与り知らぬところで行なわれていた→実は知っていた
  • これ以上の偽装はない→その後どんどん明るみに出る

 このパターンを見ていて常々思うことがある。「政官財どこも同じ、日本とは何と責任転嫁が当たり前の国なのだろう」という疑問だ。

 たとえば、政治家とカネの問題。本人は「私の与り知らぬところで起きましたが、誠に申し訳ない」もしくは「秘書がやりました」と弁明する。そして「これ以上は絶対にない。今回限りだ」と言っておきながら、他にもカネにまつわる疑惑がどんどん湧き出てくる。

 官僚なら社会保険庁の年金問題がいいケース。未払いに関しては、最初の発表件数から気づけば5000万件と天文学的な数字に膨れ上がり、職員の横領に関しても社会保険庁の幹部は知っていながら黙秘していたという事実が庁内の確認調査で判明した。(社会保険職員による年金保険料等の横領等事案の確認調査等結果。平成19年9月21日)

 無論世界各国で責任転嫁は存在するのだろうが、日本はおそらく「責任転嫁大国」として、世界でも1,2位を争う素質は十分あるものと思われてならない。

<武士道の国で>

 卑劣な行為を義によって忌み、信実としての誠を貫く「武士道」の国である日本で、なぜ先に述べたような見苦しい責任転嫁のシーンが繰り返されるのだろうか。その答えを考えていくと、私は明治維新を経て近代国家として誕生した日本の国家構造(特に官僚制や企業にみるピラミッド組織)が、明治、大正、昭和そして平成と連綿として生き続けているからだという仮説にたどりつく。それはすなわち、「責任の所在が曖昧のまま意思決定を行なう=日本型意思決定文化」と呼ぶものである。

 政治家の小沢一郎氏は、『小沢主義』という著の中で、

―――日本型コンセンサス社会では、何事においても合議による全会一致が好まれ、リーダーの独断専行は嫌われる。リーダーの暴走を防ぐ意味では合議制は確かに有効だ。だが、一方で「誰が最終責任者か」を不明瞭にしてしまう―――

と述べているが、これは非常に私と考えが近い。つまり合議制であるがゆえに責任転嫁を遥か容易に行なわせてしまうという構造である。

 さて日本が責任転嫁の成果を発揮したと私が考えているのは、説明責任を世界から求められた、第2次世界大戦後の東京裁判においてである。そこで今回のレポートでは、その調書および証言からいくつかを取り上げ、東京裁判が明らかにした日本型責任転嫁の構造を確認し、簡単に他国との違い(特にアメリカとの比較)について触れていきたい。

<東京裁判での証言から>

 官僚システム、それも世界でも高度なものを作り上げた旧日本軍の軍隊組織であるが、そこの出身である軍人たちの証言からは、大きくわけて2つのパターンがある。1つは自己弁明ではないのだが、日本型責任転嫁の組織構造ゆえに責任の所在が不明瞭な証言。そしてもうひとつは完全な自己弁明である。

 裁判中、首席検事であったキーナン検察官が、「元首相、閣僚、高位の外交官、宣伝家、陸海軍人等から成る被告の全ての者から我々はひとつの共通した答弁を聴きました。それはすなわち彼らの中のただ一人としてこの戦争を惹起することを欲しなかったというのであります」と閉口したように、東京裁判の被告や多くの証人の答弁は一様に曖昧である。検察官や裁判長の問いに真正面から答えずにこれをそらし、或いは神経質に問いの真意を予測して先回りした返答をする。当時のエピソードとして「それでは答えにならない。妥当なる答えはイエス或いはノーです」の言葉が全公判過程を通じて相当数繰り返されたという。

 同じくナチスドイツで先の戦争を戦った、ポーランド電撃戦の生みの親ゲーリング元帥は「(オーストリア併合について)余は百パーセント責任を取らねばならぬ」とニュルンベルグ裁判で証言したが、それとは全くに対照である。

 ではまず最初のパターンの証言をみてみよう。そこには既成事実への屈服と権限への逃避が見え、責任の所在ははっきりしない。

昭和天皇の重臣だった、木戸幸一・元内大臣の証言

検察官 「次の問題に対しては、しかりか否かで簡単に答えられると思います。あなたはずっとドイツとの軍事同盟に反対でしたか」
木戸 「私個人としては、この同盟には反対でありました。しかし現実の問題としてこれを絶対に拒否することは困難だと思います」

武藤章、元陸軍省軍務局長の証言

検察官 「1918年のシベリア出兵後に出てきた残虐行為を匡生するために、これから陸軍に入ろうとしていた青年の訓育および教育にどのような改革を加えましたか」
武藤 「日本軍がシベリアに派遣された当時は私が単なる一少尉でしたから、たといそのことを知ったとしても何ともすることができませんでした」

南京虐殺の際、中支那方面軍司令官であった松井石根、元陸軍大将の証言

検察官 「軍紀、風紀はあなたの部下の司令官の責任であるといいましたね」
松井 「師団長の責任です。私は方面司令官として部下の各軍の作戦指揮権を与えられておりますけれども、その各軍の内部の軍隊の軍紀、風紀を直接監督する責任はもっておりませんでした」
検察官 「しかし軍あるいは師団において(軍紀、風紀を更正するために)軍法会議を開催することを命令することは、できたのですね」
松井 「全般の指揮官として、部下の軍司令官、師団長にそれを希望するよりほかに、権限はありません」

 部下は部下だからそんな責任はない。上司は上司で現場が判断することで権限はないからという。証言を読んでいて、どこに責任の所在があろうかわかるべくもない。次の証言は特に曖昧さが顕著なものである。

三国同盟の立役者、大島浩・元駐独大使の証言

検察官 「(ドイツとの軍事同盟に)あなたは反対したのですか」
大島 「日本から反対してきております」
検察官 「私の質問に答えてください」
大島 「私は質問は避けませんけれども、かかる複雑なことはしかりとか否ではなかなか答えられない」

 複雑な日本語という言葉の魔術によって主体的な責任意識はいよいよぼかされてしまう。彼らは単に言葉でごまかしてその場を言い逃れていたとばかりは言えない。戦争において主体的責任意識が希薄だということは、弁明とか保身といった個人道徳に帰すべくには足らないあまりに根深い原因を持っている。それが私の考える個人の堕落の問題ではなくて、国家構造そのものの問題である。

 次は第2のパターン、いわゆる完全な自己弁明である。組織ぐるみの自己弁明では軍務局と軍令部のケースがある。収容所での労働や虐待が問題となった俘虜待遇規定では、軍政系統の軍務局と作戦用兵を司る軍令部(参謀本部)がお互いに他に責任をなすりあう場面がしばしば見られた。当時日本政府は、俘虜の待遇に関する国際条約を批准していなかったために、アメリカ政府からの俘虜の処遇問い合わせに対して、東郷外務大臣が「適用はしないが準用する」とスイス公使を通じて回答するにとどまっていたのである。東京裁判でも外務省は「適用するといっていない」とし、捕虜虐待責任を末端の現場に押し付け、軍務、軍令、外務の自己弁明が繰り返された。

 個人の自己弁明になると、構造がこうであるから筆舌に尽くせないほどになる。一般的に保身、弁明に走ったとされた例として、インパールで死の鵯越作戦を指揮した牟田口廉也第15軍司令官の名前を挙げることができる。

 不起訴処分後、彼は東京で余生を送るが、インパール作戦失敗の責任を問われると、「あれは私のせいではなく、部下の無能さのせいで失敗した」と牟田口は頑なに自説を曲げずに自己弁明に終始した。部下の葬儀に際して、インパール作戦で自身に責任がなかった旨を強調する冊子を配布した話が伝わる。さらにラジオやテレビ、雑誌などで、機会さえあれば同様の主張を繰り返したという。

※もちろん戦争の責任は自分にあるとして裁判に堂々と臨み刑に服していった者、(是非は別として)自決した者もいるわけで、すべての人間が保身に汲々としていないことは改めて詳しく述べる必要もないだろう。

<責任転嫁を容易にする日本型組織の構造>

 さきほど責任転嫁について、それはいわば個人の堕落の問題ではなくて、国家構造そのものを象徴しているのではないだろうかと述べた。つまり日本という国の組織の構造は、責任転嫁を生じさせやすいのではないかという理屈である。私はそれを、官僚制に代表されるピラミッド型組織であると位置づけている。

 これに対し、明治よりはじまった立憲君主に直属するこの官僚の責任なき支配構造とそこから生まれる統治を防ぐ可能性は、強力な議会の存在であった。しかし日本の場合、戦前は帝国憲法が欽定憲法と呼ばれたように、あくまでも天皇から臣民に与えられた憲法であるから、臣民を代表する議員の立場が強いはずがなかった。そして戦後にいたっても官僚主導という言葉が示すとおり、弱い議会と強い行政というイメージ(イメージではなくリアルだろう)は払拭されていない。つまり明治藩閥政府が自由民権運動へて明治憲法と帝国議会をプロシアにならって作り上げたときに、責任転嫁を容易にする組織構造が完成したといえるのである。

 日本のようなムラ社会では、最大の価値はメンバー全員のまとまりであるから、責任の所在を明確にするのは最大の難事である。加えてこのピラミッド組織では、トップよりも現場が強い組織が多い。いわゆるボトムアップ・システムである。現場に経験や知識、判断といった経営資源が蓄積されているので、トップが受け持つべき戦略策定や企画判断も実際にはどんどん現場に下りてくる。御前会議のような幹部会議がよい例である。ハンコを押すだけの形式的会議や決裁、そして会議は全会一致が原則で反対はありえない。だからこそリーダーである上司の責任は希薄になり、責任転嫁を生じさせてしまうのである。

<他国と比較して~アメリカの場合>

 では、他国では責任の所在はどうなっているのだろうか。民主主義の盛んなアメリカでは強いリーダーシップを発揮して、勝つ(結果を出す)組織を作り上げるのが得意である。政治でも企業でも軍隊でも、トップに絶大な権限を集中させ、そのことを恐れない。その代わり不作為や監督責任も含めて、結果についてはすべて責任を負う。

 この独裁体制を担保しているのが民主主義である。大統領は国民から選挙で直接選ばれているからこそ独裁的に振舞える。

 アメリカの人事制度の是非を別にして、「外資系はいつクビを切られるかわからない」というように、わかりやすい実力主義である。失敗するとすぐに更迭される。それに対して日本では失敗してもクビにならないケースは多い。東京裁判の関係で太平洋戦争を述べるなら、ミッドウェー海戦で大敗した南雲忠一長官をはじめとしてノモンハン事件の辻正信参謀など主だった幹部は誰一人として更迭されず、再チャンスを与えられている。

 またアメリカでは、大統領が共和党から民主党に代わると、閣僚ばかりか官庁のスタッフもごっそり入れ替わるが、日本は政権交代がおきても官僚システムは普遍な点も記しておきたい。

<むすび>

 現場主義によって情報を積み上げ、幹部に策を上げて決定するというボトムアップ・システム。このピラミッド型組織による意思決定の構造が変わらない限りにおいては、日本は責任転嫁の呪縛から逃れることは不可能だろう。しかしこのボトムアップ・システム、いわゆる「現場主義」は、戦後日本の製造業の躍進を支えた日本型組織の強みでもある。

 現在構造改革が叫ばれ、アメリカと同じシステムに変えようという主張だが、製造業では日本型組織の特徴がそのまま強みとなって現れているケースもある。また英会話学校の破綻に見られるようにトップダウンのワンマン経営にも弊害はある。日本型組織の全否定は、日本の強みまで失わせる危険性があることに留意しつつ、構造改革によって責任転嫁体質が少しでも改善されることを節に願いたい。

以上

参考資料

丸山真男:「現代政治の思想と行動」 未来社
共著:「失敗の本質~日本軍の組織論的研究」 中公文庫
橋爪大三郎:「アメリカの行動原理」 PHP新書
猪瀬直樹:「空気と戦争」 文春新書
江口圭一:「大系日本の歴史14~二つの大戦」 小学館ライブラリー
共著:「帝国海軍VS米国海軍」 文芸春秋2007年11月号
児島 襄:「東京裁判」 中公新書

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井桁幹人の論考

Thesis

Mikito Igeta

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第27期

井桁 幹人

いげた・みきと

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