論考

Thesis

環黄海経済共同体を目指して

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松下政経塾

1999/7/29

東北アジアの安定と発展のための新しいパラダイム、黄海経済共同体(経済圏)が模索されている。金泳三・前韓国大統領の行政官を務めた林守澤さんが、昨年10月から8カ月間松下政経塾に研究員として滞在し、このテーマについて言及した。

近代以降、世界経済と文明の中心は、欧州から大西洋を渡り米国、東アジアへと移動してきた。ことに韓国、日本、中国そしてロシアが集まる東北アジアは、世界で最もダイナミックな経済と、21世紀における文明の中心的な役割が期待される。日本は高度の技術力と資本力を持つ経済大国であり、12億の人口を有する中国はこの10年間、年平均9.8%の経済成長を成し遂げ、世界銀行によれば2020年頃にはGDP総額で米国に続く世界第2位の経済大国になるという。ロシアのシベリア地域には世界最大の埋蔵量を誇る天然ガスや豊富な山林資源がある。
 また、韓・日・中には、漢字の共有、仏教や儒教の影響など文化的な同質性がある。これらの要素を基盤にして、地域内の安定を維持・発展させる平和な体制、安定した貿易構造と均衡の取れた産業構造、未来指向の地球環境を作り出せるならば、東北アジアは21世紀文明の中心となることが可能である。
 実際、このような体制づくりのためにいくつかの努力が払われている。APEC(アジア太平洋経済協力会議)を中心に地域内の相互協力が増大し、研究途上とはいえ韓・日・中3国間の自由貿易地帯(FTA)に関する議論も始まった。冷戦の終焉で、域内の国家間における安全保障は大きく改善された。韓日、韓日米、そしてさらに多国間の安全保障体制に関する議論も提起されている。

 しかしその一方、相変わらず不安定要因が存在しているのもまたこの地域である。東アジアは、世界の他のどの地域よりも緊張と紛争の可能性が高い。ここには、北朝鮮の核・ミサイルの開発計画、ロシアの政治的不安定と極東ロシア軍の問題、中国と台湾の緊張関係、南沙群島問題、日本とロシアの領土問題などが山積している。
 韓国、日本、それに中国沿岸は、世界で最も人口の密集している地域の一つである。この傾向は、東北アジアが今後、さらに工業製品の生産拠点として発展して行くことを考えると、ますます強まるだろう。それに付随して世界最大のエネルギー消費地になることもまた確実である。
 試算によれば、中国が経済発展し続け、一人あたりの国民所得が台湾のレベルに達するとエネルギー消費量は世界最大になる。その結果、中国が世界最大の公害排出地域とならないためには、工業化や経済成長の初期段階から環境にやさしいパラダイム(枠組み)を作る必要がある。この新しいパラダイムが成功しないことには、15億の人口を有する東北アジアは、その人口に必要な安定した、そして再生可能な環境・自然生態系を維持できない。中国の現状が続くならば、96.5%にも達している化石燃料(石炭・石油・天然ガスなど)偏重のエネルギー消費が、原子力発電所に切り替えられるといった事態も予想される。そうなれば、黄海が「死海」となったり、チェルノブイリ級の原子力災害が発生したりすることはSFの世界の話ではなくなる。
 冷戦の終焉によってこの地域の安全保障が改善されたことは確かだが、紛争の火種は依然残されている。北朝鮮は国際社会から疑惑の眼で見られながらも、長距離誘導ミサイルをはじめとする最新兵器の開発や獲得に余念が無い。核開発地域として知られる寧辺のほかにも、金倉里や泰川地域などが新しい地下核施設ではないかと疑われている。
 このように東北アジアには相互協力の下に発展する可能性がある反面、経済・安全保障・環境など多くの危険要因も存在する。私には、この地域は「共存共栄」の新しいパラダイムを選択すべき分岐点にさしかかったように思える。この新しいパラダイムは、一方が勝ち一方が敗れるというものではなく、地域全体が発展できる経済的な共同体を通して、相互の信頼構築を確立し、その上に政治・安全保障・環境の分野での協力体制を積み上げたものである。

 世界経済の潮流は、汎世界化(グローバリゼーション)と地域主義という二つの流れに収束されつつある。汎世界化はWTO(世界貿易機構)体制の出現とこれを支える地球規模における貿易や投資の自由化に、また地域主義はEU(欧州同盟)、NAFTA(北米自由貿易協定)その他の地域的な自由貿易協定の存在に現れている。EUで今年から実施された域内単一通貨ユーロは地域主義の色彩が強いが、東北アジア地域においてもそれと対抗できる経済協力の必要性が議論されている。
 東北アジアにおいて、さらなる経済協力が可能となるならば計り知れない相互利益をこの地域にもたらすだろう。そのためには、韓日両国間の協力が欠かせない。韓日両国は東北アジアの経済を主導する立場にある。したがって何か問題が起きた際には、これを両国関係だけでなく、東北アジア経済をリードするという視点からとらえねばならない。相互協力しながら問題に対応することが、長期的には両国の経済発展に役立つ。韓日両国は、東北アジア内の経済の流れ、たとえば資本・技術・経験の流れが順調に行われるように創造・誘導の役割を果たすべきである。これらの流れが順調である時に両国の経済が発展し、また連鎖的に中国やASEAN諸国の経済が成長でき、これらが再度フィードバックされて韓日両国の経済を前に進める原動力となるからである。たとえば、日本が比較優位を占めている先端技術と、韓国が比較優位を占めている中間技術を結合させ、中国の渤海湾地域で共同プロジェクトを遂行することは、資本・技術・経験の流れを積極的に創造・誘導する嚆矢になるだろう。これが環黄海経済圏の構想である。

 環黄海経済圏の経済規模はNAFTA、EU、AFTA(ASEAN自由貿易圏)には及ばないものの、他の地域経済圏と比べればその潜在能力は大きい。たとえば韓国は乗用車や商用車合わせて年間約285万台の生産能力を保有しており、上海には韓国企業とフォルクスワーゲン社との合弁会社がある。九州にはトヨタと日産の2社で年間60万台程度の生産能力がある。これらを合計すると、近い将来年間約500万台の規模までその能力を拡大することができる。全世界の車の生産規模が約5千万台であることを考えれば、その1割近くを環黄海経済圏地域が占めることになる。
 半導体の場合には、韓国と九州地域がその中心である。この地域における半導体生産は世界市場の約25%を占めている。鉄鋼の生産量は、韓国が年間3千万トン、九州が約1千5百万トンで、これに中国の上海以北の主要都市とその周辺地域を加えると、およそ8千万トンに達する。また、市場としても黄海経済圏の人口は約3億人になる(表参照)。 成長が鈍化しつつある韓日両国は、原料・資源上の制約、欧米市場にこれ以上参入することの困難さ、企業の高コスト体質など共通した課題に直面している。これらを考慮に入れれば、黄海という新しい領域での先駆的プロジェクトは、韓日両国の第3国(たとえば中国)における資源開発、交易拡大と産業構造の高度化に大きく貢献できる。さらには、東北アジアの環境問題にも複数国での対応が可能となる。地域経済の活性化・空洞化対策を有機的にリンクさせることによって、世界経済の活性化にも大きく寄与するだろう。

■環黄海の現況

 韓国日本中国合計
面積(千k㎡)54.850.5518.4623.7
人口(百万人)3716211264
GDP
(1992年,億ドル)
2,4903,7031,0077,200
一人当たりGNP
(1992年ドル)
6,73123,1424812,727

(注1) 表中の韓国・日本・中国については以下の地域を指す
 韓国:ソウル・仁川・京畿・大田・忠南・全南北・光州・釜山・慶州・済州
 日本:九州の7県と山口県
 中国:北京・天津・遼寧省・河北省・山東省
(注2)GDP,GNPは実質
(注3)出所:釜山開発研究院

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