論考

Thesis

民主主義実現の道具としての「行革」

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2000/9/28

来年1月から、現行の中央政府1府21省庁が1府12省庁へと変わる。橋本内閣が掲げた行政改革の「集大成」である。しかし、それが役所の数の減少だけとはあまりにさびしい。行革の意義と本質を、社団法人行革国民会議事務局長の並河信乃氏に聞いた。

行政改革とは何か

 行革というと、「補助金の一律カット」だとか「公務員の削減」だとか「中央省庁の再編」だとか、みなさんいろいろなことを言います。しかし、行革の基本は、「日本全体のシステムをどう変えていくかということを考える作業」です。対象はもちろん行政ですが、日本全体のシステムの改革と理解すると、そこには当然、経済構造も政治も含まれます。

 では、改革の目的は何でしょう。これは「民主主義の実現」という一語に尽きます。日本の民主主義をどう評価するかによって表現は一人一人異なるでしょうが、「日本に民主主義を実現するために全体のシステムを変えよう」というのが、行政改革の基本目的だと、私自身は考えています。ですから、「補助金の一律カット」とか「公務員定数の削減」といったことはみんな、枝葉な問題にすぎません。
 例えば、来年の4月から情報公開法が施行されます。各役所は新たに窓口を設けて、これまでの文書を全部管理しなければなりません。そして請求があったらすぐにそれを探してきてコピーして、お金と引き換えに渡します。いろいろな人がいますから、いろいろな請求が来るでしょう。事務はたいへんです。すると、「そんなにお金がかかって、人員も増やさなければならないのは、行革に反するのではないか」、という人がいます。しかしこれは行革に反しません。行革というのは、民主主義を実現することですから、民主主義のためにお金をかけるということは、ある意味で当たり前だからです。ただ1億円かけるか、100億円かけるか、5,000万円でできるか、という問題はあります。しかしこれは効率の問題で、行革の主旨からすれば2番目3番目の課題です。
 実際、いろいろなケースでトレードオフの問題が出て来ると思います。そういうとき、何を軸にしてものを考えるか。私は「民主主義」だと思います。このことを、ぜひみなさんに理解しておいていただきたいと思います。

改革の一歩は三つの分権と三つの信頼

 では、具体的に民主主義を実現するためにどういう改革が必要でしょうか。
 私は、三つの分権、三つの信頼というスローガンを言っています。今の状態を、私たち国民一人一人は、例えば大蔵省の政策がけしからん、厚生省の政策がけしからん、と問題にしますが、あまりにも距離が遠い。みんなでやれば政治は変わるのですが、そうは言ってもやはり中央の政治、中央の行政は遠い。大蔵省はけしからんと言って、大蔵省に怒鳴り込んだところでなかなか変わるものではない。でも政治は、政治家を私たちが選べるだけまだいい。より問題なのは、ただ試験に受かっただけの官僚が今の日本の実権を握っていて、それに対して私たちはほとんど発言権がないということ。日本の進路を決める意志決定というのは、選挙で選ばれた人がすることであって、試験で選ばれた人間がやることではない。それは民主主義とは言えない。この状況をどうやって崩していくか。

 答えは三つの分権。中央省庁が握っている権力を三つに分けなさい、ということです。
 一つは政治。政治というのは、基本的には有権者の意志で政治家が選ばれることになっています。ただ、おかしな政治家がずっと当選しているという事実はあります。しかし、いずれにしても政治家は有権者がどう考えるかということを最終的には考えざるを得ない。ところが役人は、誰からも首を切られることはないから、いい意味でも悪い意味でも自分たちの考えることをある程度押し通すことができる。それを防ぐには、政治の力を強くして、有権者の意向を聞かざるを得ないという状況を作る。

 次は「マーケット」。役人がこれはいいと言ってそれが通る世の中ではなく、マーケットの選択によっていい悪いが決められるようにしましょうということ。マーケットというのは、われわれ一人一人が消費者として投資家としてユーザーとして必ず関わりますから、一人一人の行動はそう意識をしたものでなくても、それが全部合わさって消費者の選択という形になり、企業に影響を及ぼす。そういう意味でマーケットは、経済の分野における民主主義の実現に最強の道具です。

 三番目が地方。中央で何でも決めるのではなくて地方で決める。地方も都道府県、さらには市町村と、われわれに最も近いところに意志決定の場を引き寄せてくる。自分に関係のあることを、遠く離れたところで決められるより、身近な地元で決めることができるようにする。意志決定の場が身近かにあったほうが、一人一人の意志を反映させやすい。 このように、中央省庁の権限を政治・市場・地方の三つに分散していくというのが、行革の基本構図です。

 すると今度は、「三つの分権はわかったけれども、その三つの分野は国民から本当に信頼されているのか」、という疑問がわいてくるでしょう。みんな政治を信頼しているのか、マーケットを信頼しているのか、地方を信頼しているのかと。これはなかなか教科書どおりにはいかない。うっかりすると政治家が物取り政治をやって、こんなことならまだ役人がしっかり考えてくれたほうがいいのでは、なんてことが出てくる。確かにそういうケースは多い。
 マーケット、これも理屈はそうかもしれないけれども、マーケットが暴走したらどうする。企業の情報はちゃんとわれわれに届いているのかと。それよりもお役所がきちんと監視して、悪いことが起こらないようにやってくださいと、そういう消費者の声は現実にいっぱいある。

 地方だってそうです。地方分権結構です。だけどあの地方かいと。あんな奴らに任せたらもうはちゃめちゃになってしまう。それよりも立派な大学を出た中央省庁の役人にお決めいただいてやったほうが安全ではないか、とそういう考え方は依然としてある。
 市民、あるいは国民が信頼しないところにいくら分権しろ、そこを中心にこれからのシステムを考えましょうと言っても、これはなかなか通る話ではない。とすれば三つの分権と言うだけでは駄目で、同時にその三つのセクションの信頼をどうやって高めるかということを考えなければならない。透明にしていくとか、もっと多くの人が参加できるようにする。マーケットならば独禁法のルールをきちっとするとか、いろいろ方法はあるでしょう。そういった信頼を高めるための措置を、合わせてやっていかないと実現しない。
 ですから三つの分権と三つの信頼はパッケージになっています。同時にやらなくてはいけない。情報公開とか行政手続法といったものがどうしても必要になるし、政党の資金の問題なども、政治の信頼を高めるために必要になってくる。いろんな政策がそこで具体的に出て来る。

巨大化した官僚システムの是正

 三つの分権、三つの信頼というのは、結局、ある意味で官僚制に対する非常に強い不信感から出て来ています。ですから、行政改革が目指しているのは、中央省庁の官僚システムをできるだけ通さないで、そこの意志決定の場をできるだけ狭めて、われわれ一般国民が参加できるようにしようということです。だけど、それで中央省庁が全部なくなるかというとそれはやはりなくならない。どうしてもある程度のものは残る。これは必要悪というよりも積極的に残ります。
 例えば、商法とか刑法、あるいは独禁法のような法律のマネージなど。だけど、官僚制は残るけれども、三つの分権をやることによって、今の中央省庁の持っている大きな裁量権はずっと小さくなる。小さくなったものをさらに効率的にして、透明にしていく仕掛け、これを次の段階で考える。これが私のいう行政改革です。


<並河信乃氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1941年生まれ。
東京大学経済学部卒業後、経団連事務局、土光臨調(行革審)会長秘書などを経て、現在、行革国民会議理事兼事務局長。
著書に『霞ヶ関がはばむ日本の改革』(ダイヤモンド社)、『行政改革の仕組み』(東洋経済新報社)などがある。

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