Thesis
宅配便の代名詞ともいえる「クロネコヤマトの宅急便」。事業開始当初は、業界人にはまったく相手にされなかったという。ところが今では、多くの運送業者が宅配業に参入している。「宅配」の産みの親、元ヤマト運輸会長の小倉昌男氏に、「経営者の条件」について聞いた。
論理的思考力
私は、リーダーに一番必要な能力とは、論理的に考える力だと思います。ある与件、条件をしっかり掴めば、自ずからその解決策というのを導き出せる思考力です。それには、大きく分けて二つのタイプがあります。戦略的なものと、戦術的なもの。「戦術」というのは、日常の戦い中で、どうしたら目前の敵に勝つことができるか、ということです。それに対して、「戦略」というのは非常に長期的なレンジでものを見て、最終的に勝利を収めるためにはどうしたらいいかと考えることです。これは、必ずしも敵と競い合って勝つということを意味するものではありません。力と力でぶつかって負けてしまってはどうしようもないわけで、それならやらない方がいい。それが戦略的な考え方です。つまり、時には敵と手を結ぶというような選択もできるということです。
昔、あるセミナーで聞いて感心したのですが、その人の会社では「どんな立派な城も、どんな強固な城も、落城することあるべし」ということを会社の方針にしているということでした。どんなに立派な城を築いても、必ず落城する。これは古今の歴史が物語っている。調子のいい時というのはいつまでも続かない。だから、そうなったらどうするかということを常に考えておく、ということです。つまり、どんなに景気の良い時でも、景気というものは必ず悪くなるという前提の下に経営を考える、ということです。どんな業種でも同じですが、経営者というのは目先のことばかりに気を取られて、「戦術」に長けているだけではダメです。
企業の存在意義とは何か
では、どうすれば「戦略」を身につけることができるか。それには、まず、企業というのは何のためにあるのか、企業の存続目的は何かということを考える必要があります。すると、「企業とは有用な財、もしくはサービスを消費者に提供するための存在である」という答えが一つ出てきます。確かにこれは大事なことです。しかし、それだけで企業が世の中に必要かというと、私はそうは思いません。企業が社会に受け容れられる第一の理由は、いい製品を作っているから、いいサービスをしているからではなくて、そこに雇用を創出しているからです。オートメーション化してIT化して従業員を一人も雇わない工場があったとして、それは地域社会に受け容れられるでしょうか。地域社会に認められ、必要な企業だと支持されるためには、雇用が必要です。雇用を生み出して、地域社会とよい関係を結び、地域社会の安定に貢献する。しかもそれは永続的なものでなければならない。したがって、目先の勝ち負けというのは、企業にとってあまり重要ではない。
私は、よい経営とは「雇用が多い」ことだと思います。でも、この頃ではそれが通用しなくなってきています。理由は「効率至上主義」。「効率さえよければよい経営」、「スリムな企業がよい企業」という「戦術的な思考」が幅をきかせている。これは、「戦略的」に考えると、必ずしも正しいとは思えません。
戦略的論理の核は何か
次に問題なのは、その戦略的論理の元になる原則は何かということです。
企業の目的は「永続的な雇用」の創出ですから、それには「利潤」が必要です。企業は、利潤を出すためにあるのであって、そうでなければ経営する値打ちはありません。
さて、企業の経営にはいろいろな要素があります。いろいろな要素があるから、それにどう対応するかということが大切です。しかし、それよりも重要なのは、その場合にどう考えるかということです。物事には、ちょうど光があると影があるように、どんな物にもメリットとデメリットがあります。よく多くの人は「メリットがあったらやろう」とか、「デメリットがあったらやめよう」と考えますが、そういう単純な考え方では良い結論は出せません。メリットをどう伸ばすか、デメリットをどう抑えるか。それを考えて、両者を天秤にかけて判断する。ですから、経営というのは考えることに尽きます。考えて考えて考えて、試行錯誤して、さらに考えるのが経営です。
そういう意味で、その思考の基本になるのは市場原理です。だから経済規制はとことんなくしたほうがいい。ところが、日本の民間企業のほとんどは、競争なんかしたくない。競争するより談合したほうがいい。だから、規制があったほうが都合がいい。その言い訳によく言われるのが、「自由競争にすると安全面に手抜きが起こる。事故が増える。それを防ぐために、経済規制は必要だ」というものです。これは嘘です。経済規制は安全規制にはなりません。
ただ、それでも市場原理の中で、企業は一つの筋を通さねばなりません。それは、企業として「やってはいけないことはやらない」という企業倫理です。それは、「フェア」と言い換えてもよいと思います。いかに社会の中で、企業の中でフェアな関係を築いていくか。たとえば、経営者と従業員という関係でいえば、雇う方が偉いのではなくて、雇う側と雇われる側が互いに支え合って企業を支えるのがフェアな関係で、それが大事。それはお客様との関係においても同じことで、いいサービスを提供することによって、お客様に喜んでいただく。それを張り合いとして社員が働く。それがお客様とのフェアな関係。そういう関係を築くには、経営者に、メリット・デメリットという市場原理を超えた倫理観が必要です。
それから、環境汚染だとか、産業廃棄物の不法投棄だとかが、なぜ起きるかというと、コスト削減第一主義で経営がなされているから。だから、「こっそり捨ててこい」ということになる。その時に、「コストが上がってもいけないことはいけない」という倫理観を、経営者が持っているかどうか。環境汚染は犯罪、不法投棄は犯罪だということを理解し、これまでは効率優先でやってきたけれども、これからは人間の命が大事だということをしっかりと認識する。そうすると、「ディーゼルトラックは街中を走ってはいけない」という規制もやむを得なくなる。経済的損失が大きくなって、物価が上がるけれども、それよりは排ガスがなくなったほうがいいと。
ですから、経営者に一番大事なのは、倫理観に裏打ちされた論理的思考です。その上で、経営者は、自分たちの企業が何を本当に大事に経営しているのかということを、参加している人たちみんなにはっきりと明確に伝える必要があります。
<小倉昌男氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1924年東京生まれ。
東京大学経済学部卒業。
48年、父、康臣氏の経営する大和運輸(現ヤマト運輸)に入社。「宅急便」を開発し、個人宅配業という産業分野を開拓する。95年に同社会長を退き、現在、ヤマト福祉財団理事長。
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