論考

Thesis

落選運動と国民の参加

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2001/1/29

昨春、韓国の総選挙で大旋風を巻き起こした「落選運動」。その後、この運動は日本の総選挙へも大きな影響を及ぼした。その「落選運動」のリーダー・朴 元淳氏が昨秋来日した際に、運動の苦労と成功の秘訣、代表制民主主義の抱える問題点について話を聞いた。

朴元淳氏
▲「落選運動」を展開した事情とその目的を、柔らかな物腰とソフトな語り口で語る朴元淳氏。


―― 総選挙で当選させたくない候補者をリストアップした「落選運動」は、日本でもずいぶん報道され、日本の衆議院選挙でも類似の運動が起きました。しかし、この運動は一歩間違うと人民裁判のようになる危険もあると思います。運動が成功した要因は何だと考えますか。


 質問にお答えする前に、まず理解していただきたいのは、私たちは決して喜んでこの運動を展開したのではないということです。とにかく腐敗した韓国の政治を新しい方向に向かわせたい、変えなければならないという、切迫した状況から出発したということです。
 今、米国を始めとして、世界中で公的な人物、いわゆるパブリック・フィギュアと言われる人物は、その人柄・能力をあらゆる面において検証されなければならない、という流れにあります。韓国でも、マスコミや市民団体などがそういう検証プロセスを担っています。東洋的な考え方からすると、このような行為はあまり誉められたものではありません。例え、それが政治家、公人であろうともです。しかし今、韓国の政治家の約10%は賄賂や収賄などの前科を持っています。こうした状況に、われわれは止むに止まれずこの運動を起こしたのです。
 そして、この運動を国民に受け入れてもらうためには、あらゆる角度から見て、より客観的、公正と思われるようにしなければならないと判断しました。そこで、具体的な判断基準としたのは、収賄で刑罰を受けたことがあるとか、兵役を回避したとか、税金をごまかしたとか、そういった違法行為です。
 ただ、道徳的、あるいは倫理的な基準が強く表に出ているきらいはあります。これが欧米だと、政策そのものに対する評価ということになるでしょう。確かに、そうしたことに基づいて判断されるべきだと思います。しかし、韓国の現状では、もっと客観性を問い易いものに基準をおいて判断せざるをえません。

―― 法律違反と習俗・道徳に反するというのは、同列に考えるのが難しいように思います。その辺りはどうですか。


 もちろんそうです。例えば、法律違反といっても、軍事独裁の下で正しいことを主張して投獄されたような人たちは、法律を犯したには間違いないけれども、実際には賞賛に値するところがある。
 一方、法律は守っているけれども、国政監査の期間に、監査にはあまり励まず、米国に行ってゴルフをやっていた議員とかもいる。また、韓国では、地域感情が非常にセンシティブな問題です。ですから、それを煽りたてるような演説を繰り返し行った人などは、法律にも公序良俗にも反しないけれども問題がある。それで、私たちはできるだけ厳格に選定基準を適用するようにし、その基準を公開しました。
 落選運動の客観性を確保するということは、大変難しいことです。100%の客観性を保証するということはできないでしょう。しかし、それにできるだけ近づけようとすることは重要なことで、それによってかなりな程度まで保証できると考えます。それはプロセスの問題です。

 客観性を保証するために、まず、その対象とする人物の関連資料やデータをできるだけ多く集めます。それを専門家が分析・判断します。そして、その分析結果を本人に送り、釈明の機会を与える。
 その一方で、誰を落選リストに載せるかについては、有権者100人委員会というものを作り、そこに判断を委ねました。この委員会は、できるだけ韓国の一般国民の意見を反映できるようにしたいと考え、韓国の有権者全体に模して構成してあります。例えば、一般有権者の51%が女性ならば委員会の51%も女性に、30%が農民ならば委員会の30%も農民に、という具合です。そして、この委員たちが投票で決める。彼らも、自分なりの使命感に燃え、自分が韓国の政治を変えていくのだという意識を持ってやってくれました。そうやって出来たのが公表されたリストです。

 この一連のデータ収集から投票に至る全過程を公開しました。この、基準の客観性と公平性、それにプロセスの透明性が国民から信頼を得られた要因ではないかと、私は見ています。

―― 落選させたいとする基準は、法的な違反はもちろん、それ以上に一般市民の声を重視したということでしょうか。


 それはちょっと違います。一般国民の意見を聞いたというのは、プロセスとしてそれを重視したということです。必ずしもその意見のすべてに従ったということではありません。当時、落選運動を主導した総選連帯には約900の団体が加盟していました。中には「この人物をリストに載せて欲しい」と要求してくるところもあります。そういう場合、公平性、客観性を保てないような事柄に対しては「客観的なデータがなければ、それは載せられません」とはっきりと断りました。

 例えば、ある候補者は現職の国会議員で、日韓のワールドカップ組織委員会の委員長でもありました。彼の国会への出席率はそれまでの4年間で20%にも達していませんでした。その内、法律を提案したのは2回です。これでは国会議員としてはもう全然務まっていない。そういう状況から、私たちは、それなら国会議員は辞めてもらって、ワールドカップ組織委員会の委員長に専念してもらおうと、そういう判断をしました。それで、これについて、有権者100人委員会で意見を聞きました。委員会の賛否はほぼ半々でした。反対者が80%ぐらいいれば、私たちも考え直すところだったのですが半々でしたので、これはやはり中に入れるべきだということになって、リストに入れました。ただし、これはちょっと例外的なケースです。

 結局、この運動の生命、一番肝心なものは何かというと、リストの客観性と公平性、そしてそのプロセスの透明性だと思います。実は、こうしたリストを発表したのは私たちだけではなく、いろいろな団体が発表しました。その中で、われわれのものがクローズアップされたのは、マスコミにその過程を公開し、いろいろな経路を通して、国民を説得することに成功したことに因ると思います。
 マスコミでもこのリストを発表するかどうかで、ずいぶん悩んだと聞いています。彼らも社会的公的な機関ですから、ある団体が発表したからといってそれを無条件に公表することはできません。そこで、例えば東亜日報ではこのリストを載せるにあたって、これが作られた経過と、それを載せるに至った経緯を詳しく説明しています。

―― 最後の質問になりますが、代表制民主主義、あるいは代議制民主主義にはどういう欠点があると考えますか。そして、それは克服可能でしょうか。


 主に二つの問題点があると思います。ひとつは透明性、もう一つは責任性の問題です。この二つの原理というのは、政治だけでなく、企業の競争力、つまりは経済にも直結する非常に重要なものです。そして、これは、政治家や企業にのみ要求しても解決できない問題です。
 この問題を解決するには、納税者、有権者、消費者としての一般国民の「参加」が欠かせません。一般国民に、納税者、消費者としての自覚をもってもらい、彼らが参加することによってのみ、代表制民主主義の欠点はカバーできると考えます。そういう意味で、代表制民主主義の欠点を乗り越えるためには、いわゆる参加型民主主義、参与民主主義というものが非常に大切です。それには、NGO・NPOの力が役立つと思います。NGOの力は、代表制民主主義社会の発展改革に決定的な役割を果たすでしょう。

 この問題はすでに20世紀初頭に、米国でアレクシス・ド・トクビルという人が、『デモクラシー・イン・アメリカ』(邦題:アメリカの民主主義)という著書で、「アメリカの村村に存在する人々の力、参加によって、そういう代表制民主主義の問題点を補完することができる」と指摘しています。これは、現代に置き換えると、NGOの力によってその問題点を補完し、改善することができるということだと思います。

―― ありがとうございました。


<朴元淳(パク・ウォンスン)氏 略歴> ※いずれも執筆当時
1955年生まれ。
ソウル大学の学生だった1970年代後半、軍事独裁体制に反対するデモに参加し逮捕される。地検検事を経て83年から弁護士。
88年『ハンギヨレ』新聞論説委員。93年ハーバード大学客員研究員。
また大韓弁協公報理事を務める。この間、80年代半ばから民主化を求める市民運動や従軍慰安婦問題に携わり、市民団体「参与連帯」を運営、事務局長。
2000年4月の総選挙で当選させたくない候補者をリストアップする「落選運動」のリーダーとして活躍。

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