論考

Thesis

「違うこと」と「同じこと」

 先日、映画監督の龍村仁氏にお会いした。12月に京都で行う「大風流」というイベントの一環で自主上映する「地球交響曲第4番」の監督である。この「地球交響曲(ガイヤ・シンフォニー)」というという映画は、例えば素潜りで、人間には到底不可能といわれていたグランブルー、100mの深さに到達したジャック・マイヨールや、飲み込まれたら確実に死んでしまうであろう20フィートの波に乗る、ウェーブ・サーファーのジェリー・ロペスなど、現代の常識を超えたことを成し遂げた人、あるいは体験した人たちのドキュメンタリー映画で、今回第4番が完成したばかりである。この映画の中には、それぞれの分野を極めた人たちからの、奥深い人生に対する示唆があちこちにちりばめられているので、少しでも多くの人に見ていただきたいと思う。特に今回の第4番は「21世紀に生まれ、育つ子どもたちのために」というサブ・タイトルのもと、21世紀を人間はどう生きるか、4人の素晴らしい出演者からの心に響く言葉を私たちに届けてくれている。さて第4番を取り終えた監督にお話を伺う機会を得たのであるが、監督の言葉の中で一番心に残っているのが「Make Harmony」という言葉である。これは「同じであることを信頼しあって調和を図る」という意味だそうだ。そしてこれは意図されたことではなく、――たとえば、第4番の出演者であるウェーブ・サーファーのジェリー・ロペスも、「サーフィンをやって一番学んだことは?」という問いに「自然とのHarmony」と答えている――多くの出演者が「Harmony」の大切さを訴えている。

 今までの時代、あまりにも「違うこと」が強調されてきたように思う。競争社会においては人と違うことがよしとされ、「違うこと=個性」として認められ、その違いが商品として高い価値を見出された。そのため人々は「自分は他の人と比べて何が違うのか」ということを絶えず意識しながら、さまざまな社会活動を行ってきた。しかしこれは「個性の尊重」というような、美しいものではなかったように私は思う。結局は違うことが大事にされすぎてしまい、違いを認め合い、尊重しあうというところまでは至らなかったように思うのである。そしてこれは日本社会の中だけの現象ではないだろう。

 今回のアメリカで起こった同時多発テロに端を発する国際紛争は、イスラム諸国対西欧諸国の、まさに文明の衝突の構図である。これも違いばかりが強調された結果の産物とも言えるのではなかろうか。民族や宗教の違いの前に、同じ人間としての信頼があれば、このような悲劇は決して生まれなかったように私は思う。

 コミュニケーションという言葉、今ではずいぶんとあちこちで聞かれるようになった。お互いの違いを認めて理解しあうという意味である。日常生活においての人間対人間のコミュニケーションの大切さはいうまでもなく、またこのようなグローバリゼーションの世の中においては異文化理解は決して飛び越えられない課題である。しかし、今必要なのは、違いを認め合う「Communication」よりも、同じ人間として信頼しあう「Make Harmony」ではなかろうか。

 人間と人間、自然と人間――、植物が光合成をして生成した空気を人間が吸い、そして排出された二酸化炭素をまた植物が光合成で酸素にする。その酸素をまた別の人間が吸う。自然も人間もこのようにつながっているのである。民族や宗教が違っても人間は人間であり、そして人間も大いなる自然の一部である。そのことをもっと重要視すべきであろう。

 しかし、もうこんな議論も必要ないかもしれない。先日テレビで中・高校生が、同時多発テロをうけて、自分たちに何ができるか考え、行動している姿に感銘を受けたというメールを知り合いがくれた。私は残念ながらその番組を見ることはできなかったのだが、子どもたちは私たちよりも国境の意識が薄く、事件を身近なものとして受け止めているのである。私自身、友人や近しい知人がNYにいたからこそ自分の問題として受け止めたが、そうでなければ「まるでアルマゲドンだよなぁ」とバスの中で大声で、しかもなぜだか得意げに話していた中年の男性と大差ない受け止め方をしていただろうと思う。

 ますますグローバル化が進んでいく。未来を担う子どもたちには、人間として同じであることを大切にして、その上で違いを尊重しあえる、そんな人間になってほしい。そして世界中のすべての人々が幸せに暮らせるにはどうしたらいいのかに、真剣に取り組む人材になってほしい。そのためにはまず、私たちから意識を変えていかなければならない。龍村仁監督は「子どもにとって学校でどんなに素晴らしい教育プログラムを受けたかはたいした問題ではない。それよりも日常生活を大人がどんな価値観ですごしているかが大きな影響を与える」とおっしゃっていた。教育改革が叫ばれるようになって久しい。さまざまな制度改革も検討されている。しかし、自分の生き方が子どもたちにどれほど大きな影響を与えているかということを、一人一人の大人が意識することが何よりの教育改革ではなかろうか。

 「違うこと」と「同じこと」――、これはコロンブスの卵ではない。同じであるからこそ「違うこと」が意味を持ってくるのである。あたりまえのことではあるが、もう一度そのことを意識しながら日々の生活を送ってみると、見えてくるものが少し違ってくるのではなかろか。

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山本満理子の論考

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Mariko Yamamoto

松下政経塾 本館

第21期

山本 満理子

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