Thesis
4月よりいよいよ“ことばの教育プログラム”が始まる。なぜ今、わたしが言葉に着目しているのか、ここで改めてお話したい。
日本人にとって母国語である日本語は日本文化の根幹である。日本語の持つ情感や価値観がなければ日本文化は成り立たない。やはり日本人にとって日本語はアイデンティティなのである。歴史を見てみる。軍事的に征服されても、民族は滅亡しない。だが、征服によって言葉を乱され、アイデンティティを失った民族は、例外なく征服者に呑みこまれて、植民地化の一途をたどった。言葉の乱れが一番恐ろしいのである。これは、旧約聖書の「創世記」に記されている、かの有名な「バベルの塔」の物語を見てもよくわかる。人々が天まで届くような塔を建て始めたのを見た神が、その思い上がりに激怒して人間を厳しく罰したという話である。いろいろの教訓が示唆されていると思うが、このとき神が人間に下した罰とは――。人間の言葉を混乱させ、互いの言葉が聞きわけられぬようにしてしまう、ということであった。この物語は、人間の築く文明、文化の原点が、何より言葉にある、ということを暗示しているといえよう。日本語には「言霊」という言葉がある。この言葉どおり、言葉には魂が宿っているのである。テレビやメールなど、情報化の波の中でまるで言葉は単なる記号や道具のように扱われているが、もう一度、言葉がいかに人間の精神と深く結びついているのかを再認識し、言葉を育てながら心を育てる必要がある。
これは“脳科学と教育”という文部科学省のプロジェクトにおいて、東北大学の川島教授が調査なさったものであるが、声を出して文章を読んでいるときに一番活性化されるのは、前頭前野、いわゆる前頭葉であるという。では前頭葉は何をつかさどる器官かというと、思いやりとか人間らしいものだそうだ。言葉を育てるところから、人間関係も育っていくのである。
近年、大学生の学力低下が問題となっているが、以下に示すのは、文部科学省メディア教育開発センターが行った大学生の日本語力を調査した結果である。これは本来、帰国子女の日本語力を調べるためのテストであるそうだが、これを31校、4326人の大学生に対して行ったものである。
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Thesis
Mariko Yamamoto
第21期
やまもと・まりこ
Mission
「教育に夢、希望、未来を取り戻す」