論考

Thesis

「オンリーワン」という言葉の持つ重み

10年目にして初めて言えた言葉

 「ずっと単なるナンバーワンだったのが、やっとオンリーワンになれた。」これは、先日の世界柔道において前人未到の5連覇を達成した田村亮子選手の言葉である。この言葉を聞いたとき、「オンリーワン」という言葉のもつ重さにはっとさせられた。さまざまな世界の舞台で絶えずナンバーワンでいつづけている田村選手、そのプレッシャーは凡人の私などには計り知れない。しかし同年代の私は、小さな身体いっぱいに闘志をみなぎらせて戦う彼女の姿に何度となく感動し、偉業を達成するたびに見せる彼女の嬉し涙に何度となくもらい泣きしてきた。今回の世界柔道も5連覇がかかった大切な試合――。しかし、直前の練習で彼女は足をいため、出場さえも危ぶまれた。それでも準決勝までは痛み止めを打たないで勝ち進んでいった。「痛み止めを打ったらフェアじゃない気がして・・・。」私は言葉を失った。どうにもならない痛みのために、結局は痛み止めを打ったという。それでも言うことを聞かない足をもって、ついには偉業を成し遂げた。10年かかって達成した偉業、10年目にして初めて言えた言葉が「オンリーワン」である。

あまりに多用される「オンリーワン」

 その「オンリーワン」という言葉、昨今の日本の教育現場では濫用されている。行き過ぎた平等主義の反省から、やたらと個性が尊重されるようになった。また受験競争の過熱の反省から、競争が敬遠されるようになり、運動会のかけっこでも、みんなで手をつないで仲良く同時にゴールするなどという光景も見られた。そして出てきた言葉が「オンリーワンの教育」である。人には誰にでも、その人にしかない才能を持っている。その才能を開花させることで、オンリーワンになろう、というのである。これまた行過ぎた個性の尊重のではなかろうか。「個性を尊重すること=人と違うことをよしとすること」のように思われているようだが、果たして本当にそうなのか。人と同じではなぜいけないのか。人と同じところもあるし、違うところもある。そのすべてで人間は個性的な存在なのである。行過ぎた個性の尊重は子どもたちを戸惑わせるだけであり、とてつもないプレッシャーを与えているということに気付くべきである。

伝統文化に見るオンリーワン

 日本の芸道における技芸の習得のプロセスとして「守・破・離」というものがある。まずは師匠の技芸を徹底的に真似をすることによって、技芸を体得する。繰り返し行って体得できたら、今度は師匠の教えを破って、自分なりの技芸を披露しようと試みる。しかしなかなか思うようにできるものではないため、破っては守り、破っては守りを繰り返す。そしていつしか自分だけの技芸を築き上げ、師匠の技芸を離れて境地に達する。これが「守・破・離」である。ここでも「離」という境地に達して初めて「オンリーワン」になれるのである。

教育の中でのオンリーワン

 それでは真の「オンリーワンの教育」は何を目指すべきなのだろうか。
 これまで見てきたように、「オンリーワン」という言葉には2つの意味がある。まず、「人間は生まれながらにして、他の誰とも違う、唯一の存在である」という意味での「オンリーワン」である。そして2つ目は、「離」の域に達した際に実現される「オンリーワン」である。この意味での「オンリーワン」になるためには、並々ならぬ努力が必要であり、努力したところで必ずなれるものでもない。それでは真の「オンリーワンの教育」は何を目指すべきなのだろうか。
 まずは1つめの意味での「オンリーワン」を徹底的に教えるべきであろう。生まれながらにしてオンリーワンな存在であることは否定できない事実である。この意味でのオンリーワンであることを自覚するとともに、自分以外の人たちも同様にオンリーワンなのだとお互いに尊重しあえる関係を築くことの大切さを教えるべきだ。昨今の、人を人と思わずに行われている凶悪な少年犯罪の解決のかぎはここにあるだろう。
 そして2つ目の意味での「オンリーワン」になるための努力と忍耐を、たとえば田村選手の例などを取り上げて教えるとともに、大変なことだからこそ素晴らしく価値あるものであることも同時に伝えるべきである。たった一度の人生なのだ。命の限りを燃やし尽くして生きていこうと、大人から子どもたちに誘いかけてみよう。それによって互いに切磋琢磨され、非常に密度の高い人生を送ることができるであろう。
 「オンリーワン」という言葉が薄っぺらいものにならないように、真剣に「オンリーワンの教育」に取り組んでいかなければならない。

 

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山本満理子の論考

Thesis

Mariko Yamamoto

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第21期

山本 満理子

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