論考

Thesis

経済・財政レポート ~歳出削減と成長戦略の二正面作戦を~

我が国の国家財政は危機的状況にある。財政の更なる悪化に歯止めをかけ、財政均衡化に向け着実な歩みを始めなければ、我が国の財政は市場の信用を失い、経済は破たんしてしまう。最早、成長戦略、財政再建のどちらを先行させるかを議論する猶予は無い。どんなに困難でも、両者を同時に追求していく挑戦が、求められている。

1.改革無くしては避けられない日本の国家財政破たん

 日本の国と地方を合わせた長期債務残高は今年度末見込みでついに1,000兆円を超え、GDP比で200%を超える。先進国中で最悪なのは言うまでもなく、これは2010年の欧州ソブリン危機の引き金となったギリシャよりも悪い数字である(IMFによれば、ギリシャの国と地方を合わせた債務残高のGDP比は、2014年10月時点で174%と推計されている)。単年度予算を見ても、歳入に占める公債金収入の割合が50%を超えるような最悪の事態からは一歩改善したものの、今年度予算の歳入のうち、税収は50兆円であるのに対して、公債金収入は41兆円(内、赤字国債は35兆円)にもおよぶ。
 このまま日本の借金が増えて行った先に、どのような事態が生じるだろうか。借金が増え続け日本の償還能力に不安が生じると、まず債券価格が下落し、国債の金利が上昇する。そうすれば、日本の予算に占める国債利払いの金額が上昇し、益々財政赤字が拡大して、日本の財政に対する市場の信認がさらに低下するという悪循環が生じる。そして、日本の財政悪化が極度に進んだ結果生じるのがハイパーインフレである。日本の財政が市場からの信用を完全に失うなどして国債消化が出来なくなってしまったのに、それでも国債を発行して日銀引き受けを際限なく行わせること等をきっかけに、ハイパーインフレは生じる。ハイパーインフレは第一次世界大戦後のドイツで起こったものが有名だが、当時のドイツでは通貨の価値が日ごとに下落するので、通貨を介した経済活動はもはや正常には機能しなくなり、また月給や資産の利子収入で生活しているような中産階級や富裕層は急激な物価上昇に対応出来ずに、まともに生活を営むことが困難になった。日本で同様の事が起きれば、無価値となった日本円では海外から物品を買う事も出来なくなり、資源などを海外からの輸入に頼っている日本の経済は、まさに崩壊することになる。
 このような事態は、国際金融市場が「日本の財政はいよいよ危ない」と感じ、日本円を売り浴びせたり、あるいは日本国債を大量に保有する日本の銀行との取引を制限したりする事が引き金となって生じると考えられるが、そのような引き金がいつ引かれるかはわからない。しかし、ひとたび引かれてしまえば、日本の経済・財政は崩壊する。そして今の日本の財政運営は、そのような危機的な状況に何の躊躇もなく突っ込もうとしていると言わざるを得ない状態なのである。
 日本の財政がこのような危機的な状況にあるにもかかわらず、政府から財政再建に向けた現実的なロードマップは示されていない。財政の危機的状況に対処し将来世代の負担を軽減するために実施されたはずの消費税増税だが、それを当て込んでか2014年度の一般会計予算の概算要求ではシーリング(上限)無しの予算要求がされ、結果2014年度の政府予算案は過去最大となってしまった。また、8%への消費税増税時に、経済対策と称しての更なるバラマキが行われる等、現在の政治からは財政再建に向けた意思が感じられない。極めて憂慮すべき状態である。

2.財政再建の本丸は社会保障制度改革

 財政赤字の主要な要因は、社会保障費の増大である(国の一般会計に占める社会保障費は2014年度予算で30%以上になっている)。日本の社会保障は社会保険方式であり、年金であれ医療保険であれ、社会保障の支出は社会保険料の収入で賄われることになっているはずだが、現在の日本の社会保障制度は、社会保険料収入を社会保障給付が大幅に上回ることが常態化しており、その収入不足は上記の一般会計の30%以上を占める社会保障費のように、国や地方の予算に支出計上され、借金で賄うことで将来世代へのツケとなっている(図1参照)。

図1 社会保険料収入と社会保障給付の収支差

 すこしキツイ言い方をすれば、現在社会保障を受給する側となっている高齢者世代は、そのつもりはなくても将来の世代に借金を負わせて、良質な医療保険や年金による生活の保障を受ける仕組みになってしまっている。その収支差の赤字額が単年度で1兆円ずつ増加していること、また先に述べたように赤字を補てんする国の借金が既に限界に近づいていることからも、現在の社会保障制度は維持不可能なものであり、すぐに改革が必要である。
 社会保障の赤字を埋める方法として、消費税の増税があり、日本は他の先進諸国よりも消費税率が低く抑えられていることから、財政再建に向けた余力があるとも考えられてきた。しかし、現状の給付水準を将来も維持しようとすれば、消費税率は30%でも足りないと言われている。今年4月の5%から8%への増税だけでも経済に大きな動揺を与えていることを鑑みれば、この先30%以上まで増税することの国民への心理的・経済的負担の悪影響は計り知れない。また、たとえ消費税を増税して社会保障の赤字を埋めたとしても、世代間の不公平というもう一つの重要な問題は解決されない。学習院大学経済学部教授の鈴木亘氏の試算(表1参照)によれば、1940年代生まれの人は(厚生年金と健保組合に加入し、専業主婦の配偶者がいるモデルを想定)年金、医療、介護を合わせて約5千万円の受給超過(得)となっている一方で、2010年代に生まれた世代では3千5百万円強の支払い超過(損)となる。

表1 社会保障全体の世代間損得勘定(生年別の生涯純受給額)注1

 さらに、既に述べてきたとおり、社会保障の赤字を埋めるために借金をして将来世代に負担を先送りすることも行っているので、今後増税される税や借金を勘案すれば、「祖父母の世代はプラス5千万円、孫の世代はマイナス5千万円で、両者の間には約一億円の格差が生じている」2というのである。社会保障改革を実行することは、財政赤字を削減し国家財政を立て直すためだけでなく、社会保障を支払うよりもだいぶ多く受け取っている現在の世代と、今まさに社会保障を払い始めた若い世代やこれから社会人になる将来世代との間での世代間の不公平を正す、社会正義の問題でもあるのだ。

3.社会保障改革の痛みを和らげるためにも、一層の経済成長戦略が必要

 そもそも、社会保障制度は、貧富の差に関わらず一定水準の医療や生活水準の保障を行い、また子供世代で言えば、だれもが望む教育を受けられるようにするといった点で、機会の平等を確保する極めて重要な国家の機能である。この社会保障制度を維持して行くため、そして世代間の不公平を縮小していくためには、現在の財政と社会保障の収支の現状を鑑みた場合、どうしても社会保障給付の削減と、社会保険料の引き上げ(あるいは増税)を行って行く外にない。生産年齢人口が増加に転じて現役世代が増えて社会保険料を支払う人口が増えていけばもちろん素晴らしいが、急に生産年齢人口を増やすことは不可能である(今すぐに少子化対策が功を成して人口が増加に転じたとしても、今生まれる子供たちが生産年齢に達するには20年程度を要する)。政治には、国民に国家財政と社会保障システムの厳しい現実を正直に説明し、真摯な改革を行って行くことが求められている。
 一方で、社会保障の削減、増税は国民に大きな心理的・経済的な負担を与えるので、経済政策を通じて少しでもその負担を軽くすることは欠かせない。経済の新陳代謝を高める新規開業を促進するような環境づくり、国内市場を開放し諸外国から投資や参入を増やして生産性を向上させるなど、人口減少時代においても経済成長を達成する経済づくりが必要だ。その点で、アベノミクスは第一、第二の矢に留まらず、第三の矢である規制緩和・女性の社会進出の促進などをどこまで実現できるかの正念場にあると言えるだろう。
 また、経済政策で特に注目されるべきなのが、雇用環境の改善、賃金のアップである。消費増税による景気悪化の影響がここまで拡大したのも、アベノミクスによる効果が大企業に留まり、大多数の労働者に行きわたっていない中で、そのような大多数の労働者が増税による物価上昇を懸念して消費抑制に動いているからだと考えられる。現在、安倍政権は賃金の引き上げを企業に要請しており、それに呼応してか賃金アップを表明する大企業が出ているが、大企業、特に国際的に競争力を持ちグローバルに活動する日本の大規模な製造業の賃金は既に高い。今注目すべきは、既に業績が改善しているそのような製造業ではなく、雇用の殆どを占める第三次産業や、非正規雇用、あるいは小規模の企業に勤める労働者の労働環境や賃金の改善である。現在、日本の就業者数に占める第三次産業の割合は他の先進国の経済と同様、雇用の大部分を占めており、平成24年で70.7%となっている(表2参照)。さらに、15歳~29歳の若者ではその比率はさらに高まり、80%近くに上っている(図2参照)。

表2 産業3部門別就業者数

図2 産業別就業者数(15~29歳)(平成25年)

 グローバル環境で競争する大規模な製造業のような企業を支援することももちろん重要だが、現在の日本の雇用の大部分を占める国内のサービス産業で働く人たちに恩恵が行きわたらないようであれば、経済回復は夢物語で終わってしまう。このような業界で自発的な賃金アップが望めないのであれば、最低賃金を引き上げることも必要であるし、労働基準監督庁はこのようなサービス産業等に対する監督を強めて、ブラック企業と呼ばれるような違法な雇用環境で働くいことを強いられる人たちを救済する事が求められる(一般的に、大企業や製造業に比べてサービス産業の労働組合は弱く、また中小企業であれば労働組合がそもそも存在しないこともあり、労働者は弱い立場に立たされている)。
 日本を代表するようなグローバル企業に対して、国がどうこうして育てたり助けたりしようとすることは余計であるとも言える。このような大企業は厳しい国際環境での競争を通じて生産性が上がっているし、これからも上げ続けなければ生きていけないことは、経営陣も承知のことである。また、そのような国際競争にさらされている製造業を、コストの高い国内に留めおくことも、一面では不可能であり、国内経済の主体となっているサービス産業により目を向けることが必要である。日本のサービス産業は、国内で国内企業同士の過当なコスト競争にさらされ疲弊し、賃金も安い。経営者にとっても就業者にとっても、そして経済全体のとっても不幸な状態になっている。新規参入の増加や効率アップを目指した一層の規制緩和による生産性向上の一方で、過当な競争から就業者の賃金を守る政策をバランスよく取り入れ、サービス産業における生産性向上と賃金アップを達成することが、日本経済全体の成長に向けて取り組まれるべき政策である。

4.さいごに

 本レポートでは、日本の財政再建と社会保障システムの維持に向けて、社会保障制度改革と、その改革の痛みを和らげるための経済成長戦略の必要性と方向性に関して論じた。これらの改革、政策の実現に求められるのが、政治のリーダーシップの発揮と、説明責任の全う、そして与野党の垣根を超えた超党派の連携である。短期的には損失を被ってしまう国民に真摯に説明を行い、如何にして長期的な視点から必要とされる改革に納得してもらうか(いかに長期的視点で物事を捉えてもらうか)。一部の利益団体からの反発が必至の経済面での規制緩和や最低賃金のアップを、如何に対立を避けつつ実行していくか。そして、政権交代による政策の変化から如何に財政再建路線を守るか。先の戦争末期以上に悪化した史上最悪の財政危機から日本を救う為に、政治には本来の役割である変革を起こす力が求められている。私自身、経済成長の実現による国家財政の立て直しと社会保障制度の維持を志に松下政経塾に入塾した。この現代日本の統治機構上の最大の危機を乗り越えるために、一層の研究を進め、自身も政治に変革を起こす一助となれるよう研鑽を積んで行く所存である。

【注】
1: 鈴木亘『社会保障亡国論』講談社、2014年、P63
2: 鈴木亘『社会保障亡国論』講談社、2014年、P62
 
【参考文献】
鈴木亘『社会保障亡国論』講談社、2014年
田中秀明『日本の財政』中央公論新社、2013年
富山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』PHP研究所、2014年
星岳雄、アニル・カシャップ『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』日本経済新聞出版社、2013年

2014年10月 執筆

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斎藤勇士アレックスの論考

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Alex Yushi Saito

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