論考

Thesis

日本人の国民性とその生かし方

国の政治、経営のあるべき姿を考えるにあたって、その国の歴史・伝統とそこから生まれる国民性というものを無視することは出来ない。本レポートにおいて、日本という国、そして日本人の国民性の理解を試み、それを日本における政治のあり方に関する今後の研究に繋げていきたい。

1.国民性の理解と「あるべき政治の形」の関係

 日本は明治維新以降、欧米先進諸国の技術や文化を積極的に受け入れて、近代国家とし大躍進を遂げた。現代社会において、政治学等の分野で他国と比較して制度等を論じることは重要な研究手法の一つであり、実際の政治の場でも他国の事例や制度を参考にして、時には輸入の形で活用することもあるだろう。また、現在のように情報化が進み、航空機による移動が発達して国境を越えた知識のやり取りが容易になる以前から、他地域との交流、技術や知識のやり取りは人類の発展の歴史において極めて重要な要素となってきた。日本では例えば、律令制や文字(漢字)、稲作技術といった分野で、ユーラシア大陸との交流から多くの影響を受けている。

 しかし、ある国の制度等を別の国にそのまま導入することは、たとえその制度等が導入元の国でうまく機能しているとしても、様々な問題を生み出す可能性があり、時には危険ですらある。極端な例となるが、タリバン政権崩壊後のアフガニスタン、イラク戦争後のイラクの両国で、アメリカの理論・正義に基づいた新政府・制度作りが行われ、その結果としてもたらされたその後の混乱は、現地の情勢、歴史や国民性を十分に理解・尊重することなく政治制度等を構築することの問題点をわかりやすい形で示している。アフガニスタンでは、交通が不便であるなどの理由で国として一体感に乏しいにもかかわらず、近代的な中央集権化を推し進めたことが、地方の政情の安定を損なってしまった。またイラクでは、イラク国外に長く亡命していて国内に基盤がない親米イラク人を政権の中枢に据え、求心力に欠ける政権を樹立したり、現地の情勢を適切に把握せずイラク軍を解体して深刻な治安の悪化を招いたりしてしまった。一連のテロ戦争中、当時のブッシュ大統領は、ドイツや日本を民主化したからイラクでもできるはずだ、という「第二次世界大戦以前の日独における親米勢力、政党政治、協調外交の歴史をいっさい無視した」(*1)趣旨の発言を繰り返したが、イラクの歴史、情勢や国民性の理解に対する努力が不十分であったと言われても仕方のない、あまりに自分勝手な歴史認識である。

 以上はアフガニスタンとイラクでの事例だが、政治において、特にある分野で先進的な国を模範としてその国の制度等を別の国に導入しようとするとき、導入する側の歴史や国民性といったものを理解することは、日本を含めた世界中の国・地域において同様に重要であると言えるだろう。パナソニックグループ、松下政経塾の設立者である松下幸之助も、このことをアジア諸国の援助に関する文脈で以下のように、被援助国の国民性を尊重することの大切さを述べている。

「(前略)アメリカ自身は基本的には善意だったと思うのですが、相手の国の国民性を尊重するという面で、いささか配慮に欠けるものがあったのではないでしょうか。アメリカのような非常に発展した国でうまくいっているからといって、そこで成功した制度なりものの考え方を、風俗習慣もちがい、しかも開発途上にあるアジアの国ぐににそのままもってきても、それは十分消化されず、ある面ではかえって弊害を生ずることにもなってしまうと思うのです。」 *2

2.松下幸之助の考える日本人の国民性

 松下幸之助はまた、日本において政治、経済、教育などの共同生活をどう好ましい姿で行っていくのか、という命題に対して、日本人というものを正しく知ることの重要性を強調している。

「日本というのはどのような国なのか、日本の伝統とはいかなるものか、日本人の国民性、日本精神とはどういうものか、そういったことを日本人自身で知らなくてはならないと思います。そういうものを正しく知ってはじめて、そのような日本独自の国民性に基づいた政治なり、その他の諸活動はいかにあるべきかということが、正しく考えられると思うのです。」*3

  そのうえで松下幸之助は、日本の伝統精神の根幹の考え方に、衆知を重んじるということ、主座を保つということ、和を貴び平和を愛好すること、の三点があると述べている(*4)。簡単にそれぞれを説明すると、まず衆知を重んじるということは、日本人が古来、広く意見を集めて議論を行ってきたこと、優れた先人を神として奉りその知恵や業績に学んできたこと、海外から進んだ技術や諸制度を取り入れてきたことなどに表れているとする。次に、主座を保つという点は、海外の技術、諸制度を取り入れる際に、日本の伝統精神は守り、日本に即した形に制度などを変化させてきたこと、例えば明治時代に言われた「和魂洋才」という言葉に表れているとしている。最後に、和を貴び平和を愛好する点は、聖徳太子が制定したとされる十七条憲法の第一条に「和を以て貴しと為し」とあることなどから、日本の伝統精神の根幹にあることが見て取れる、としている。

 以上が、松下幸之助の考える日本の伝統精神であるが、ではその伝統精神なり国民性を生み出したものは何か。様々な要因を松下幸之助も述べているが、主なものの一つとして、「日本特有の気候風土」(*5)を挙げている。私自身、政経塾入塾後に農家や畜産家の方とお話しをする中で、また世界・日本の歴史を再度学ぶ中で、地理的要因や気候風土が社会の発展様式に与える影響の大きさを感じているところである。以降では、特にこの地理的要因が日本人の国民性に与えた影響を考えてみたいと思う。

3.地理的条件の違いが生み出すもの

 世界には、多種多様な人種・民族、そして文明・社会が存在している。そうした文明の差異は、どのように形成されたのだろうか。『銃・病原菌・鉄』でピュリツァー賞を受賞したジャレド・ダイアモンド博士はこの著書において、人類が地域ごとに異なる発展を遂げた理由に関して以下のように述べている。 

「人類の長い歴史が大陸ごとに異なるのは、それぞれの大陸に居住した人々が生まれつき異なっていたからではなく、それぞれの大陸ごとに環境が異なっていたからである。(中略)更新世後期にオーストラリア先住民とユーラシア大陸の先住民がそれぞれの居住地域を入れ替えていれば、現代のユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、そしてオーストラリア大陸の人口の大半はオーストラリア先住民の子孫で占められているだろう。(後略)」*6

 博士は、傑出した個人の存在や政治の決定が人類の発展の歴史に影響することも認めており、特に中国や日本で行われた鎖国のような政策の影響も大きく取り上げているが、最も大きな要因は上記のような地理学的な点であるとしているのだ。そして、そのような地理的な違いの要素を博士は様々な事例を用いて解説をしているのだが、主要なポイントは次の二点に集約できると思う。一点目が食物生産に対するその土地の適性である。このことが重要な理由として博士は、食料生産の余剰が非生産者階級に専門職を養うゆとりを生み出し、人口の稠密な大規模集団の形成を可能にする点を挙げている。人口の稠密な大規模集団の形成は、政治、技術面、そして何よりも軍事面での有利に繋がる。二点目は、情報の伝播の容易さである。他地域との情報のやり取りが容易で、また他地域と技術や家畜などを共有できる環境(大きく気候が異ならないなど)であれば、ほかの地域で発明された技術や開発された家畜を活用することができるようになる。

4.日本の地理的条件と歴史、国民性への影響

 以上のように博士は、地理的条件の違いがその地域に住む人間の歴史を形作っているとする立場をとっているが、この考え方を参考に、日本の地理的要因がどのように日本の歴史、国民性に影響を与えているのか、見ていきたい。

 まず、日本は国土の大部分が温帯に属し、そのことにより四季に富み、多くの動植物が生息しており、農業に適している。また、特に温帯の中でも温暖湿潤気候に属する地域が多く、降水量が多いことなどから、稲の生育に適している。このように農業に適した土地であったことから農業が盛んになり、それが日本文明の発展を支えたものと容易に想像できる。次にほかの文明との交流という点では、日本海を渡ったさして遠くない場所に多様な先進文明が発達したユーラシア大陸をもち、特にその中でも中世まで世界一の先進地域であった中国が隣に存在したことが、先進技術の流入という利点を日本にもたらした。また付け加えるなら、ユーラシア大陸、中国とは海を挟んだ位置にあったことから、中国の一部ではなく一つの「日本文明」として独立した状態で存在できたと考えられる。

 以上から、農業、特に稲作の影響、そして優れた技術を他文明から吸収することが、日本の歴史、日本の国民性を形作る上で大きな影響を与えていると考えられるだろう。

 では、稲作と他文明との交流はどのように日本の歴史や日本人の国民性に影響を与えたのか、考えてみたい。まず、稲作(水稲)の特徴としては、水田の維持やそれに伴う水源の管理等の面において高度な技術や共同体での協調が重要となる点が挙げられる。また国土に山間部が占める割合が多く広い平野が限られることは、限られた土地を有効利用する技術や意識が強調されることに繋がったことも想像できる。加えて、稲作が過酷な労働であり厳密な時間管理を求められると同時に、(雑草取りなどで)働けば働くほど、時間管理をしっかり行えば行うほど収穫量が増える農業形態であることが、勤勉性という気質を養った。このように農民の技術力が求められ、同じ耕地面積でも労働量によって収穫量が変動し、収穫共同体での協働が求められる農業形態であったことが、農民の技術力や勤勉性、共同体意識を醸成したと考えられる。加えて、異文明から優れた技術が伝播してくる環境にあったことから、そのような技術を受け入れ、また海に囲まれユーラシア大陸の先進文明とは一線を画した独自の文明を保持していたため、日本独自の形にそれらの技術などをアレンジすることも出来たのだと思う。

5.日本人の国民性と近現代の日本の発展

 以上のように、日本の地理学的要因が、日本人に勤勉性、共同体意識、独立した文明を維持しながら新しい技術を導入しアレンジする能力・気質を涵養せしめたのだと考えられる。そして、それは松下幸之助が伝統精神の3つの柱である「衆知を重んじる」「主座を保つ」及び「和を貴ぶ」とも重なる部分が多いのではないだろうか。先進地域からの技術の導入は「衆知を重んじる」精神に合致する部分があり、独立した文明として存在し続けたまま他文明の技術や制度を受け入れたことは日本人として「主座を保つ」姿勢に繋がり、共同体で団結して働く必要があったことから「和を貴ぶ」気質が備わったと考えられる。さらに、前述の稲作の与える影響からくる「勤勉性」というものも(これは稲作を行うアジア人に広く言えることかもしれないが)、日本人の国民性として特筆すべきだろう。

そして、これらの国民性は、明治維新以降、太平洋戦争を挟んで戦後復興、高度経済成長期の日本の発展段階に極めて好ましい形でマッチし、日本を一時は世界第二位の経済大国にまで押し上げた立役者として大きな役割を果たしてきた。例えば、欧米で開発された新たな技術を導入し商品化し、それを低いコストと高い品質を両立させながら大量に製造するような、20世紀の日本の成長モデルに国民性は非常に適していた。しかし、近年の、グローバルな競争、人口減少による国内市場の頭打ちといった環境の変化によって、その国民性をどう生かすのか、検討し直すことが必要になっていると思う。

日本の製造業は現在、他の国、特に新たに工業化に成功したアジアの新興国等に比べてコストが圧倒的に高くつくようになってしまっており、勤勉性や効率的な経営といったものではそれら新興国の製造業に太刀打ちすることは不可能になっている。加えて、市場の頭打ちの中で画一的な成長が難しくなったこと等も重なって、従来型の産業の成長はますます困難になっており、独創性や新たなアイデアによって今までにない新たな価値を生み出すことが日本の更なる発展のためには必要不可欠である。そのような独創性やアイデアが求められている今、日本人の国民性が21世紀の成長モデルにおいて求められる人間性と乖離しており弊害を生み出している、ということはないだろうか。例えば、日本人の「和を貴ぶ」精神が単に周りとの違いを嫌う気質を生み出すことに繋がってイノベーションを阻害していると指摘することも可能であろう。時代が大きな変化の時にある今、日本人どのようにしてその変化に対応して行くのかが、現在問われているのではないだろうか。

6. 21世紀に日本人の国民性を生かすために

 これからの時代、日本人はその国民性をどのように捉え、また変化して行けばよいのであろうか。この命題を考える上で、まず確認したいのが、日本人の国民性は、新たな時代にも日本の強みであり続けるということである。何故なら、企業活動において独創性やアイデアが重要視されることが多くなったとはいえ、企業活動に求められる能力の中心には確実な業務遂行能力(例えば必要なタスクを着実にこなす能力、期日までに仕事を行ったりするための計画性といったもの)が常に存在するからである。この能力において日本人は世界で間違いなく群を抜いていて、これは日本人の「勤勉性」からくるものであろう。また、「和を貴ぶ」精神は日本人の間でのチームワークの醸成において重要な役割を果たしており、今後も日本の企業や組織が円滑に運営されるための素地を作りだす、重要な精神であり続けるだろう。以上は一例に過ぎないが、日本の伝統精神、国民性の根幹の部分である「衆知を重んじる」、「主座を保つ」、「和を貴ぶ」そして「勤勉性」はあらゆる時代で必要となる素晴らしいものであることは疑いの余地はないと考える。

大事なことは、国民性から派生的に生まれてしまう、例えば横並び主義といった弊害を排して、いかにして日本人の国民性を好ましい形で発揮するのか、ということである。私は、その鍵が「衆知を重んじる」という精神にあるのではないかと考えている。特に、この精神を、他者の意見を尊重する、たとえそれが自分とは異質な者(違う世代や外国人)から出てきたもであったり、自分の考えとは異質な意見であっても尊重しそれを生かすことに繋げたりすることが出来れば、日本人の独創性の発揮や、グローバル社会での活躍に繋がっていくのではないだろうか。たとえば、日本人の勤勉性からくる労働上の業務遂行能力の高さを先ほど述べたが、日本人ほど計画性を持って厳格に業務をこなしていく国民は稀であり、世界にはより大ざっぱな形で仕事をする国民の方が多い。私のもう一つの母国であるスペインのようなラテン民族は、一般にこのような(大ざっぱであるという)イメージを持たれがちであると思うが、前職で実際にスペインやラテンアメリカでの業務に携わった経験から、このようなイメージは傾向として間違っていないと考えている。このように自分と違う性質を持った人々と仕事をする際、日本の厳格さを要求しても彼らの業務効率を上げる事にはつながらず、逆にその性質を生かした形で付き合って行くことが、両者にとっても良い結果を生み出すのである。

日本人は、その伝統精神の中の「衆知を重んじる」という性質を再度確認し、新たなアイデアや独創性、そしてグローバル社会で生きていく上での多様性を生かす能力を発揮して行く必要があると、私は考えている。それが、21世紀の社会に適した形での日本人の伝統精神の発揮に繋がり、日本のさらなる繁栄へと繋がるだろう。

注*:

1:北岡伸一『グローバルプレイヤーとしての日本』NTT出版 2010年 P16

2:松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年 P6

3:松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年 P7

4:松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年 P22

5:松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年 P14

6:ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 下』草思社 2000年 P297

参考資料:

松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年

松下幸之助『人間を考える 第二巻』PHP研究所 1982年

北岡伸一『グローバルプレイヤーとしての日本』NTT出版 2010年

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 上・下』

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斎藤勇士アレックスの論考

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Alex Yushi Saito

斎藤勇士アレックス

第34期

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