論考

Thesis

日本の繁栄に向けた起業の促進策の研究

日本企業は、国内市場の停滞などに伴って、特に中小企業において、かつての輝きを失って久しい。日本企業が今後より発展し、日本社会に繁栄をもたらすために、実効性のある起業促進策を打ち出すことが急務である。

1.日本社会の達成した豊かさと、その危機

 日本は、これまでの発展によって、世界に誇れる平等で豊かな社会を築いてきた。私は生まれがスペインだったこともあり、幼い頃からよくスペインを初めとする海外を旅したが、海外の先進国と比較することでも、日本の恵まれた就職の機会、万人が受けられる高度な医療のシステムや、多様な教育機会の存在を実感してきた。

 私自身が、この日本社会の豊かさに護られて生活してきたという経験から、特に「機会の平等」(誰にでも教育や就職において平等なチャンスが与えられること、例えば低所得の家庭の子供には奨学金を支給したり学費を減免したりすること。努力や能力に関係なく誰にでも同様の進学を保障したり、就職を保障したりするような社会主義的な「結果の平等」とは異なる)は、人間の幸福のためには非常に重要なものであると感じている。私は母子家庭で育ち、母の仕事もパートタイムであったため、経済的に苦しい家庭環境で育った。そのような環境下でも、今日まで健康に成長し、大学まで教育を受け現在の安定した生活を送れるようになったのは、我が国が持つ、強力な経済力を土台とした平等で手厚い教育制度や社会保障制度に依るところが大きい。

 この国に今住む人々と、これから生まれてくる将来の世代が、末永く豊かな生活を送れるよう、私が享受してきたような機会の平等が、これからの日本社会でも大事にされ、そして守れるような経済力を、日本が持ち続けることが重要だと強く感じている。

 しかし、経済力に裏打ちされたこの日本の豊かさは、長引く不況や、政治が必要な改革を避け続けたこと等を原因として、それを支える社会保障制度や国家財政が危機的状況にある。

 まず、社会保障制度の問題は、少子高齢化の進行や、国家財政の逼迫に伴い財源の確保が困難になって行く中で、制度の維持そのものが危険視される危機的な状況に陥っている。現在の制度に抜本的な改革を加え、将来にわたって維持可能で、そして真の意味で国民の支えとなる「社会保障制度」本来の姿にシステムを立て直すことが、国家・国民の繁栄のために急務である。

 そして何よりも、社会保障の土台でもある国家財政が危機的な状況にある。日本の国と地方を合わせた長期債務残高はついに1,000兆円を超え、GDP比で200%を超える。先進国中で最悪なのは言うまでもなく、これは2010年の欧州ソブリン危機の引き金となったギリシャよりも悪い数字である(IMFによれば、ギリシャの国と地方を合わせた債務残高のGDP比は、2014年10月時点で174%と推計されている)。単年度予算を見ても、今年度予算の歳入のうち、税収は50兆円であるのに対して、公債金収入は41兆円(内、赤字国債は35兆円)にもなるなど、明らかな異常事態となっており、日本の将来に暗い影を落としている。

 以上のような国会財政・社会保障制度の問題には、我が国の経済の弱体化が根本の原因として存在しており、経済を成長路線に回帰させずには、いずれの問題も解決できない。少子高齢化の進行を念頭に置けば、国民全体の収入を増やして行く取り組みを、日本人の知恵を総動員して実行して行くことが必要だ。

2.民間企業の活力を如何に高めるか

 戦後、日本経済を引き上げた力の源泉は民間企業である。世界には、開発独裁の政体を取り、政府が国内の投資等を全て取り仕切り、国家経済を発展させる例がある。例えば、シンガポールの様な国がその成功例としてあげられるが、日本の辿った経済発展の姿はこのような開発独裁の例とは異なる、民間企業の成長によってけん引されたものだった。それは、松下幸之助塾主(パナソニック創業者、松下政経塾の創設者)をはじめ、本田宗一郎氏(ホンダ)、井深大氏(ソニー)といった企業家が、日本の戦後復興と経済発展の立役者・象徴として広く認知されていることからも伺える。時代に応じて様々な民間企業が発展し、新しい経済的な付加価値を生み出し、そして雇用を生み出すことで、日本経済はこれまで成長してきた。これからも経済成長・雇用の創出を目指すのであれば、如何に民間の企業活動に活力を生み出すか、という点が最も重要になる。

 日本は、戦前や戦後の産業が乏しく国民が貧しかった時期には、上述したような松下幸之助塾主、本田宗一郎氏や、井深大氏を初めとする世界的な起業家を輩出し、それらの起業家が設立した企業の成長と共に経済、社会の発展を成し遂げてきた。しかし、経済が成熟するにつれ既存企業の労働市場での役割が増大し、人々が安定的な雇用を求めるため起業活動は相対的に低調になり、近年では日本人の起業に対するモチベーションは世界的にも低いものになっている。国家の国際競争力の調査として有名な、国際経営開発研究所(IMD; International Institute for Management Development)が発表している「世界競争力年鑑」(WCY; World Competitiveness Yearbook)の2013年版において、日本は60か国中24位にランキングされているが、起業家精神の項目では56位という非常に低い評価となっている。また世界銀行が行なった起業環境に関する国際比較によれば、開業に要する手続き、時間、コストを総合的に評価した場合、日本の起業環境は総合順位で124 位であった。こうした調査結果が、日本において起業活動が低調になっている現状を表している。しかし、起業を促進し増やしていくことは、日本の様な成熟した経済においても非常に重要である。岡田悟(2013)は、以下の大きく3つの視点から、成熟経済における起業の経済効果を説明している。

 第一に、新たに起業した企業の雇用創出効果が大きい。『中小企業白書2011年版』によれば、「2006年から2009年までの期間の新規開業事業所は全事業所の8.5%に過ぎないが、この新規事業所によって生み出された雇用は、全雇用創出の37.6%に達している」とされており、その雇用創出効果の高さがうかがえる。

 第二に、ベンチャー企業がイノベーションの源泉になり、経済・社会に新たな価値をもたらす役割を担っている。ハーバード・ビジネススクールのクリステンセン教授は「「破壊的イノベーション」は、イノベーションによって失うものが大きい巨大企業からは生まれにくく、失うものがほとんどない新規参入企業や新興企業から多くが生まれている」とその著書『イノベーションのジレンマ』の中で明らかにしている。

 第三に、生産性の高い新興企業が参入することによって、経済全体の生産性が向上するという、新陳代謝の効果。これは、通常新規に参入する企業は、既存企業が持っていない・行っていないようなビジネスモデルや商品を持って参入することから期待される効果である。

 このように、新しい職業や雇用を創出するのみならず、我が国産業のイノベーションを促進し、日本経済全体の成長と活性化を図る上では、新しい技術やアイデアをもってビジネスに挑戦するベンチャー企業の創出・成長が非常に重要である。

3.日本の起業環境の現状

 過去十数年間、起業家教育の拡大、インキュベータの整備、ベンチャー企業向け人材市場の成長、最低資本金規制の撤廃、ベンチャーキャピタルの成長、新興株式市場の開設等、我が国においてもベンチャー企業を取り巻く制度的・社会的支援の枠組みが急速に整備され(表1参照)、我が国のベンチャー企業の創出・成長環境は、この間、飛躍的に向上してきた。

表1 1999年以降に導入された主な起業支援策

 以上のように、日本は近年、ベンチャー支援の制度を国が率先して作り、様々な法整備などが進んでおり、制度面で諸外国に大きく後れをとっているという状態ではないと考えられる。

 しかしながら、米国等、ベンチャー企業が国家の経済成長やイノベーションに大きな役割を果たしている国と比較すると、ベンチャーの活性化はまだまだ道半ばである。前述のIMDと世界銀行の調査結果からもわかるとおり、我が国のベンチャー企業支援策や環境醸成策は一層の拡大が求められている。また、統計の取り方が異なる為単純比較は難しいが、他の先進国に比べ、日本の開業率は低いのが現状である(図1参照)。

図1 開業率の国際比較

4.起業促進策の視点

 具体的な起業促進策について考える前に、ベンチャーの類型について分析する必要がある。なぜなら、ベンチャーといっても、その業種などは様々であり、当然それぞれが必要とする支援も異なるからだ。さらに言えば、そもそも支援が必要のないベンチャーもあるだろう。例えば、飲食(ワタミ、すき家、ゼンショーなど)や小売(ユニクロなど)、あるいは一部業態のIT(ディー・エヌ・エー、ドワンゴ、ミクシィなど)のベンチャーは、現在の日本でも既に活発である。このようなサービス業の追加の支援策の必要性は低い。しかし、サービス業でも、新規参入の増加やイノベーションが求められている業種もある。それは、医療・介護・育児の分野である。例えば、介護産業の需要は近年大きく伸びており、この分野に対する公的部門からの支出は年々増大しているのにも関わらず、介護士の給料が低かったり、介護施設の経営が厳しかったりするなど、経営の革新が求められている。サービス業に関しては、このような新規参入やイノベーションが求められている分野を念頭に、支援策を考える必要がある。

 一方、現在の日本で特にベンチャー振興策が必要なのが、製造業である。前述の通り、日本の戦後復興、経済成長にはパナソニック、ソニーやホンダのような製造業が大きな役割を果たしてきたが、ソニーやホンダが誕生した昭和20年代以降、この分野で成功するベンチャーの出現は少ない。先進国化した日本の経済では、雇用とGDPの70%をサービス業(第三次産業)が占めており、製造業(第二次産業)の割合は年々減少しているため、製造業に着目したベンチャー振興の必要性に対して疑問視する考えもあるだろう。しかし、サービス産業が経済の大部分を占める中でも、海外に高付加価値な商品を売り、外貨を稼げる企業(主に製造業)が存在することは、国内経済を豊かにする点で重要なことには変化ないだろう。特に、すでに述べたとおり日本の国家財政は危機的状況にあり、財政不安を助長する国際収支の悪化は避けたいところである。こういった観点で、グローバル競争で勝てる起業を輩出し、日本に富をもたらすためにも、ベンチャー振興を通じた製造業の活性化は欠かせない。

 このような理解から、私はサービス業においては、さらなるイノベーションと新規参入が望まれる医療・介護・育児などの分野をターゲットにした取り組みを行い、一方で、日本の国際競争力を担保し富をもたらす為に重要な製造業にも焦点を当て、それぞれに必要なベンチャー振興策を検討して行くことが重要だと考える。

5.有効な起業活性化策の検討に向けた取組課題

 では、具体的に、どのような起業促進策が必要だろうか。ここでも、上述の理解に基づいて、医療、介護、育児を中心とするサービス業と、製造業に分けてそれぞれ最も重要だと考えられる点を挙げたい。

 まず、介護・育児に関しては、さらなる規制緩和を行い、新規参入のハードルを下げることが重要である。たとえば、少子化対策、出産後の女性の職場復帰を促進する上で大きな障害となっている問題に、待機児童の問題がある。保育事業所の増加を実現する上で、また保育料の低減を図るためにも、保育事業への株式会社及びNPO法人の参入障壁を撤廃する必要がある(2012年4月現在、それぞれ保育園の1.6%、0.3%を占めるに過ぎない)。鈴木(2014)によれば、保育事業に関して、参入する株式会社が株式市場で資金調達することや配当することが禁じられている、あるいは株式会社やNPO法人が事業の質などを担保していても、保育団体からの反対で自治体が認可を出さない、といった参入障壁が存在するとされる。このような参入障壁は、医療、介護、の分野にも存在していると思われる。もちろん、医療、介護や育児に関しては、サービスの質を担保するために必要な「良い規制」は設ける必要があるが、規制によってそのサービスを行う事業者が不足し、十分なサービスを国民が受けられないのならば、そのような規制は「良い規制」とは言えない。このように、さらなる新規参入や生産性の向上が求められるサービス業に関しては、より一層の規制緩和がまずもって重要である。

 次に、製造業のベンチャー振興に関しては、資金調達環境の整備と、大学や公的研究機関の研究成果の活用が重要と考える。まず、資金調達は、新規起業に際して避けては通れない関門であるが、ベンチャー企業の資金調達の重要な引き受け手であるベンチャーキャピタル(以下、VC)が、日本ではまだまだ低調であるとされている。さらに、既存のVCも銀行系や商社系のものが多く、投資判断をする人物もそのような親会社の出向者や、あるいは経営経験のないコンサルタントや投資銀行出身者で占められているからか、投資感覚がベンチャー投資にそぐわない(リスク回避志向が強すぎる、など)という問題点も指摘されている。

 このようなリスク感覚でも、収益予想が立てやすいインフラ(例、電気通信業)や、投資額が比較的小規模な飲食業や小売業であれば投資を行える。しかし、技術開発に大きな資金を必要とし、またリスクも高い製造業系のベンチャーに対しては、このような姿勢のVCでは投資できず、助けにならない。製造業系のベンチャーを振興するためには、既存のVCよりもリスク許容度が高いVC・投資家を増やして、資金調達の余地を拡大することが重要である。

 また、製造業系のベンチャーの成否は、その研究開発の成否にかかっているといっても過言ではない(商品化、量産化の研究開発も含めて)。研究開発は、資金力に乏しいベンチャー単独で行うことは難しく、公的な研究機関や大学とのコラボレーションの促進や、あるいは大学発のベンチャーの促進、そしてそれらの研究機関への公的資金の投下という、産学官連携がますます求められる。この点も、製造業系のベンチャーを振興する上で欠かせない視点である。

6.起業促進に向けた根本的な課題

 以上の様に、具体的に取り組んで行くべき支援策の視点はいくつか見出すことができるが、もう一つの、そしてもしかしたら最も重要な視点として、日本人の「起業家精神」の低迷という点も見逃すことが出来ない。前述の通り、日本は近年、ベンチャー支援の制度を国が率先して作り、様々な税制優遇措置も取られており、制度面で諸外国に大きく後れをとっているという状態ではないと考えられる。しかし、税制優遇措置などの環境面の整備は重要ではあるが、潜在的な起業家が「税制が優遇されているから」あるいは「様々な支援制度があるから」起業しよう、という考え方になるかと言えば、必ずしもそうではないという事も想像に難くない。

 現在の日本では、自らリスクを取って起業するという起業家精神が、世界の先進国と比較しても低いというのは、前に挙げたIMDの調査結果のとおりである。このような起業家精神の低さが起業の活性化における根本的な阻害要因の一つであり、起業家精神を養う事が必要である。つまり、「自分で事業を興したい」あるいは、「ベンチャー企業に入社して挑戦したい」と考える人が増えるためには、日本人のマインドを変化させるという、途方もない取り組みが必要になる。

 これは国民性の問題であり、変化させるのは難しいかもしれないし、たとえ可能でも極めて長い期間を要するだろう。しかし、起業家精神の低迷が日本のベンチャー振興の主要な阻害要因の一つである以上、時間がかかっても取り組んでいくべき課題である。これからの世代には、自分の将来の活躍の場として、大企業のサラリーマンや公務員だけでなく、様々な進路の可能性があり、その中に起業家というキャリアもあることを教えることにより、起業志向の高まりが実現できる可能性もある。

7.私の研究課題

 以上、本稿では、我が国の起業環境を向上させて、起業を促進することで、企業の生産性を向上させ、新規雇用を創出し、日本経済の成長と日本の繁栄につなげることを論じてきた。ベンチャー振興においては、税制面や法整備といったこれまで日本政府が行ってきた政策だけでは十分に効果が上がっていないのが現状である。

今後の私の政経塾での研究においては、これまでの振興策を踏まえつつ、日本の起業環境や産業の現状、あるいは日本人の国民性をより細かに分析して、効果的な起業促進策を研究して行くことが肝要だと考えている。具体的な取り組みとしては、本稿で述べてきたとおり、サービス業においては規制緩和を、そして製造業では資金調達環境の向上と産学官連携の推進を中心に、研究と実践を進めて行きたい。

 起業を促進することは、雇用の創出やイノベーションにとどまらず、日本の就職に対する考え方が新卒一括採用、大手企業志向、安定志向へと一層凝り固まり若者を苦しめている現状を打破する力も持っていると考えている。日本経済を立て直し、誰にでも平等な機会が与えられる社会を維持するという私の志を達成するために、今後さらに起業振興というテーマに注力していく所存である。

【参考文献】

岡田悟「我が国における起業活動の現状と政策対応―国際比較の観点から―」、『国立国会図書館調査及び立法考査局レファレンス』平成25年1月号、29~51ページ

クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』 翔泳社、2001年

鈴木亘『社会保障亡国論』講談社、2014年

田中秀明『日本の財政』中央公論新社、2013年

中小企業庁、『中小企業白書 2011年版』、 、2015年3月23日アクセス

富山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』PHP研究所、2014年

星岳雄、アニル・カシャップ『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』日本経済新聞出版社、2013年

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斎藤勇士アレックスの論考

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Alex Yushi Saito

斎藤勇士アレックス

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