松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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2014年1月

塾生レポート

「共存共栄」の精神に基づく松下幸之助塾主の経営観
斎藤勇士アレックス/卒塾生

松下政経塾の創設者、松下幸之助塾主はパナソニックの創業者として世界中に知られ、現在でも著書等によってその経営哲学に触れる機会が多くある。「経営の神様」とも呼ばれる松下塾主の経営哲学を、「共存共栄」の精神を中心に掘り下げてみたい。

 

1.経営理念の大切さ

 世界で賞賛される素晴らしい企業、卓越した歴史を持った企業には、形は違えどいずれも経営理念が存在し、そこから生まれる独自の企業文化を保持している。松下政経塾の創設者である松下幸之助塾主はパナソニックグループ(旧松下電器)の創業者・経営者として、一代で電機業界を代表する企業グループを育て上げたことから「経営の神様」と呼ばれているが、松下塾主自信も松下電器の経営においては経営理念を非常に重要視していた。松下塾主が自身の経営哲学をまとめた著書『実践経営哲学』において、まず初めに経営理念に関して下記のように述べていることがそのことを如実に物語っている。

「事業経営においては、 たとえば技術力も大事、販売力も大事、資金力も大事、また人も大事といったように大切なものは個々にはいろいろあるが、いちばん根本になるのは、 正しい経営理念である。それが根底にあってこそ、人も技術も資金もはじめて真に生かされてくるし、また一面それらはそうした正しい経営理念のあるところから生まれてきやすいともいえる。だから経営の健全な発展を生むためには、まずこの経営理念をもつということから始めなくてはならない。そういうことを私は 自分の六十年の体験を通じて、身をもって実感してきているのである。」*1

 本レポートでは、松下塾主が松下電器をどのような経営理念に基づいて経営していたかを考察し、松下塾主の経営観の根幹をなす考え方を読み取ってみたいと思う。

2.熱海会談に見る松下幸之助の経営観

 松下塾主が経営の一線から引く前の松下電器の経営史において、その経営理念を語る上で象徴的な出来事に熱海会談がある。昭和39年(1964年)、家電需要の頭打ちにより、家電業界は販売不振に陥った。その中でも各企業はそれまでの高度成長下の経営体質を転換できず売り上げ増を追求し、流通在庫の増加、値崩れによる利益の減少などが生じ、卸や小売企業の経営状態は極めて悪化した。松下電器でも事態は同様で、売掛債権が年間売上の半額に迫る程に増大し、全国の代理店向けの債権の焦げ付けが多数生じるなど、経営状態に明らかな異常が生じていた。
 このような状況下で、松下塾主は経営状態の共有と事態の段階を図るために、全国の販売会社・代理店を招集して同年7月に「全国販売会社代理店社長懇談会」、いわゆる「熱海会談」を開催したのである。当会談では売掛債権の増大を懸念し代理店・販売会社に経営の立て直しを求める松下電器側と、逆に松下電器から課される熾烈なノルマなどの販売手法と松下電器製品の品質を問題視する代理店・販売会社側の間で議論は平行線をたどった。ある参加者が「自分は親の代から松下と取引しているが、最近、一生懸命やっているのに儲からなくなった。松下がうまく儲かっているのに、われわれが儲からないのは、どういうことか」と苦情を述べる一方、松下塾主は「松下に依存しても販売会社の経営は改善されない」といった気持ちから、経営状態の厳しさを訴える参加者に対して「小便が赤くなるまで考え抜いて努力すればじきにある程度(経営状態は)直る」と語るなど叱咤激励を行ったが、参加した170社のうち実に150社が赤字に陥る程に厳しい経営状態にあった代理店・販売会社側の反発は極めて強く、3日目の日程も終わりを迎える直前まで議論がまとまらない程に会談は紛糾した。そのような平行線を辿った議論の中で、松下塾主は以下のような考えにたどり着いたという。

「販売会社は、自主独立の経営体であり、自主的な努力によってこそ、収益を上げて経営を立て直すことができる。松下電器に依存しても、販売会社の経営は改善されない。 しかし、販売会社と松下電器は経営の主体こそ違うが、共存共栄の理念で固く結ばれた協同体である。共に社会の為に働いているからには、共に正当な利益を得て繁栄しなければならない。販売会社が儲からないのは、松下が儲からないのと同じである。このままにしておくことは許されない。」*2

 上記のような「共存共栄」の精神の元、松下塾主は会談3日目の最後に販売会社・代理店の経営状態の厳しいことが松下電器の落ち度であることを認め謝罪、事態の打開に向けて松下電器が責任を持って行動することを表明したのである。松下塾主は会談終了後、この日の為に直筆で準備した「共存共栄」と書いた色紙を各出席者に贈ったという。
 この熱海会談の翌月の8月から松下塾主は会長である自分自身が営業本部長代理を兼務するという極めて異例の体制を敷き、その体制下で新しい販売制度が生み出され、それによって一年後には経営状況は好転することになる。また、その改革は事業部制の強化など、全社的な改革に繋がり、熱海会談とその後の改革は松下電器にとって大きな転機となる。そして、熱海会談で販売会社・代理店の経営者に渡された色紙に書かれた「共存共栄」の言葉は、同年の10月から松下電器の全事業所に掲げられるようになるなど、「共存共栄」は松下電器の転換期における経営理念の柱だったのである。

3.経営理念に根付く「共存共栄」の精神

 松下電器の経営理念としては「綱領」「信条」「私たちの遵奉すべき精神」という形で明文化されたものが有名であるが、この中にも共存共栄の精神を見ることが出来る。例えば戦前の昭和4年に制定された綱領は「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」となっているが、ここからは自社の発展のみに主眼を置く考えは全くなく、社会の為に企業活動行うべきだとする社会的使命を強調する精神が強く感じられる。
 松下塾主が「企業は社会の公器」という企業の社会的使命・存在意義に関して考えを確かにするきっかけに、昭和7年に関西の某宗教団体を訪問したエピソードがある。同年3月に、松下塾主は取引先の知人に勧められ、その宗教団体を尋ねるが、そこでの信者の奉仕ぶり、敬虔な姿に深く感動している。大阪への帰路の電車の中、またその日の夜自宅で、松下塾主はその宗教団体の素晴らしい活動状態を考えるつれ、それが経営の素晴らしさによりもたらされているという事を考える。

「立派な経営、すぐれた経営、そこに多くの人は喜びに充ちあふれて活躍している。(中略)某教の事業は多数の悩める人々を導き、安心を与え、人生を幸福ならしめることを主眼として全力を尽くしている聖なる事業である。われらの業界はこれまた人間 生活の維持向上の上に必要な物資の生産をなし、必要かくべからざるこれまた聖なる事業である。(中略)われらの経営こそ、われらの事業こそ、某教以上に盛大な繁栄をせねばならぬ聖なる事業である。それにもかかわらず閉鎖縮小とは何事だ。それは経営が悪いからだ。自己にとらわれたる経営、正義にはずれたる経営、聖なる事業たるの信念に目覚めざる経営、単なる商道としての経営、単なる習慣に立脚せる経営、これらがみなその原因をつくっているのだ。自分はこの殻から脱却せねばならぬ。」*3

 これ以降、松下塾主は企業の社会的な使命を自覚し、「水道哲学」と呼ばれる経営方針を発表する。生産者の使命は水道水のように貴重な生活物資を無尽蔵たらしめること、そしてそれによって無代に等しい価格をもって提供し、貧困をなくすことが、松下電器の使命であるとしたのだ。このように、松下塾主は戦前から企業の社会的使命、そして自分の会社だけではなく社会全体の繁栄を通じての自社の発展を求めて経営を行ってきたのであり、これが熱海会談で強調されることになる「共存共栄」の精神へとつながっているのである。

4.最後に、共存共栄の精神と現代の社会

 以上述べてきたように、松下塾主が松下電器で実践して来た経営の理念には、「共存共栄」の精神が中心に存在する。松下塾主自身は著書の中で以下のように「共存共栄」という事に関して述べている。

「企業は社会の公器である。したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない。企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。(中略)やはり、すべての関係先との共存共栄を考えていくことが大切であり、それが企業自体を長きにわたって発展させる唯一の道であるといってもいい。」*4

 松下塾主は政治や行政にも経営の視点が必要であると説いていた。上述した様に、宗教団体の活動を経営という観点で捉えたりもした。さらに、松下塾主の言葉を借りれば、人間が計画を持って行う諸活動はすべてこれ経営という事になる。だとすれば、「共存共栄」という考え方は我々の活動全てに対して大きな示唆を与えてくれるものなのではないだろうか。そして、21世紀の現在の日本・世界において、様々な面で人間の活動が「共存共栄」とはかけ離れた状況になっていたりはしないだろうか。
 お互いの主張を繰り返すだけで歩み寄りが見られない外交の姿があったり、与党と野党がお互いを貶めようとすることに終始する政治の姿が多く見られたり、あるいは「勝ち組」・「負け組」という言葉に象徴されるように人を過度に勝者と敗者に分けてみる風潮が国民に強まったりしてはいないだろうか。世界が益々グローバル化して、競争による経済成長の姿が信奉されるあまり、あるいはバブル経済の崩壊以降の経済的な不調が原因で社会全体に余裕が無くなっていることで、「相手と共に自分も発展しよう」「社会全体の繁栄なくして自分の繁栄はない」という「共存共栄」の精神から大きく離れた所に人々の精神が追いやられている気がするのである。松下塾主が述べられているように、「自分だけが良ければいい」といった形での社会での繁栄など考えられず、たとえ一時的にそういった形での自己の繁栄を追求できたとしても、他者を犠牲にした繁栄の姿は長続きせず、やがて社会の疲弊が自分自身に跳ね返ってくるのである。人間社会の様々な場面での経営において「共存共栄」の理念は極めて重要であると思う。
 私は、日本社会を様々な面でより豊かにすることを目指し、松下政経塾に入塾し日々研鑽を積んでいる。今回のレポートの執筆を通じて「共存共栄」一つをとってみても、松下塾主の経営観が国家・社会の経営にとって多くの有益な示唆を与えてくれることを、感じた。今後も「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助塾主の経営観の学びを深めて、将来の経営活動における私自身の理念の土台として行きたい。

注*
1:松下幸之助『実践経営哲学』PHP文庫 2001年 P12~P13
2:松下電器株式会社 創業五十周年記念行事準備委員会『松下電器五十年の略史』 1968年 P333
3: 松下幸之助『私の行き方考え方』PHP文庫 1986年 P291
4:松下幸之助『実践経営哲学』PHP文庫 2001年 P64~P65

参考資料:
松下幸之助 『実践経営哲学』 PHP文庫 2001年
松下電器株式会社 創業五十周年記念行事準備委員会 『松下電器五十年の略史』 1968年
松下幸之助 『私の行き方考え方』PHP文庫 1986年
PHP研究所編 『松下幸之助の見方・考え方』  PHP研究所 2006年
パナソニック株式会社HP (http://panasonic.co.jp/(2014年1月19日アクセス))

2014年1月 執筆
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