松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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人間観
2013年6月

塾生レポート

人間の理解と社会の発展
斎藤勇士アレックス/卒塾生

日本では20年以上にわたる不況が続き、国際的な競争はさらに激しくなっている。この様な環境下で、どうずれば働く人たちに潜在能力を発揮してもらい、活力ある日本経済、日本社会の姿を実現することができるだろうか。人間に関する考察を進め、その方策について考えるきっかけとしたい。

 

1.入塾の動機

 「不況」。私が物心ついてニュースや新聞の内容を理解する様になって20年以上が経つが、日本の社会には常に不況という言葉が付きまとい、多少の改善が見られた時期はあっても、失われた10年はいつしか20年になり、この不況という2文字を拭い去ることができずにいる。
 私は少年時代を経済的に厳しい家庭環境で育ち、同級生の家庭と比べ生活ぶりは良くなかったが、それはあくまで豊かな現代の日本国内で比較すればの話で、大学まで教育を受け衣食住にも困ることなく、他の家庭の子弟と同様の機会に恵まれてきた。こうした豊かな人生を過ごしてこられたことは、親の努力もさることながら、日本の充実した社会保障制度の存在に依るところが大きい。
 しかし、現在の様な不況が長く続き、日本経済に社会保障を含めた政府の機能を維持する余裕がなくなった時、日本に住む人々は、私が享受してきた様な社会保障制度の庇護を受けられなくなり、教育や職業選択の機会を失い、健康で文化的な生活を送れなくなってしまう。この様な日本経済・社会に対する危機感が、私の入塾動機の根底にある。

2.日本社会を支える経済力の危機

 現代の社会を成り立たせるためには、国や地方自治体が、行政、教育、医療、治安、国防、インフラ整備などの多岐にわたる公共サービスを提供する必要があるが、そもそもそれらの公共サービスは財源などにおいて国内の経済力に依存しており、強固な経済の復活なくして、日本の公共サービスの本質的な維持・充実は不可能である。
 私は大学卒業後、松下政経塾に入塾するまでの5年間、証券会社での勤務を通じて様々な企業と関わりを持たせていただいたが、リーマンショック後の時期と重なったこともあり、日本企業の苦境を意識せざるを得ない5年間だった。雇用の創出や輸出の拡大を通じて日本経済の成長エンジンの役割を果たしてきた日本企業の活力を再び取り戻すことが、日本経済の再生において極めて重要な要素となる。しかし同時に、企業の経営環境は、国内市場の成長頭打ち、グローバル規模での競争の激化・競争相手の巨大化、技術的な優位性の縮小及び研究開発コストの増大などにより刻一刻と厳しさを増している。現在、企業にとって、競争を勝ち抜き成長を達成することは容易ではなく、日本企業とそこで働く人達は日々大きな困難に直面している。

3.事業は人なり

 この様な環境下にあって、企業を成長へと導くカギとなるものは何か。パナソニックグループを一代で築き上げ「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助は、経営の要諦に関して著書『実践経営哲学』の中で次の様に述べている。

“事業は人なり”といわれるが、これはまったくその通りである。(中略)経営の組織とか手法とかももちろん大切であるが、それを生かすのはやはり人である。どんなに完備した組織をつくり、新しい手法を導入してみても、それを生かす人を得なければ、成果もあがらず、したがって企業の使命も果たしていくことができない。企業が社会に貢献しつつ、みずからも隆々と発展していけるかどうかは、一にかかって人にあるともいえる。だから、事業経営においては、まず何よりも、人を求め、人を育てていかなくてはならないのである。 *1

 この様に、松下幸之助は経営における人材の重要性について強調している。企業にとって人材がいかに大事かを改めてこのレポートで述べる必要はないと思う。世界最大の一般消費財メーカーである米プロクター・アンド・ギャンブル社(P&G)の元会長のリチャード・R・デュプリーは、P&Gに関して「お金とビル、ブランドを取り上げられても、社員さえいれば、10年ですべてを元通りに再建できる」と述べ、P&Gは「人材こそが会社の最も重要な資産だ」とする考え方のもと、世界一という地位を築いている。企業経営において人材を最重要視する考え方は松下幸之助に限らず、世界中の経営者・企業にとって普遍的なことであろう。
 しかし、人材を育て活用することの重要性は普遍的であると同時に、極めて難しい課題でもある。どう処遇すれば人間はその能力を最大限発揮できるのか、どう導けば人間は好ましい姿に成長していくのか。これは経営に限らず、人間の活動のあらゆる場面で取り組まれている命題であろう。そして、経営にとって最も大事なものが人材だとするならば、経営にとって最も大事なことは人間を理解することであるとも言えるだろう。

経営は人間が行うものである。経営の衝にあたる経営者自身も人間であるし、従業員も人間、顧客やあらゆる関係先もすべて人間である。(中略)したがって、その経営を適切に行なっていくためには、人間とはいかなるものか、どういう特質をもっているのかということを正しく把握しなくてはならない。いいかえれば、人間観というものをもたなくてはならないということである。(中略)人間の共同生活を好ましい姿で維持、向上させていくためには、人間が人間自身の本質を正しく把握すること、すなわち人間観をもつことがきわめて大切なのである。 *2

 松下幸之助は前述の著書の中で、この様に経営において人間観を持つことの大事さを説いている。人間の本質を理解し確固とした人間観を持つことが、経営を適切に行っていくために必要であると考えていたのだ。

4.松下幸之助の提唱する「新しい人間観」とは

 人間の本質とはいかなるものか。松下幸之助は著書『人間を考える』の中で彼自身の実業家としての人生、PHPでの研究を通じて導き出した「新しい人間観」を提唱した。

人間は、たえず生成発展する宇宙に君臨し、宇宙にひそむ偉大なる力を開発し、万物に与えられたるそれぞれの本質を見出しながら、これを生かし活用することによって、物心一如の真の繁栄を生み出すことができるのである。かかる人間の特性は、自然の理法によって与えられた天命である。この天命が与えられているために、人間は万物の王者となり、その支配者となる。すなわち人間は、この天命に基づいて善悪を判断し、是非を定め、いっさいのものの存在理由を明らかにする。そしてなにものもかかる人間の判定を否定することはできない。まことに人間は崇高にして偉大な存在である。 *3

 松下幸之助は、人間の天命は、万物の本質を見極め、それを活用することにあり、そのことによって真の繁栄を社会にもたらすことができると考えた。万物の本質を見極め活用する、と言われると、化石燃料や鉱物などの資源、動植物、土地などの有効活用をまず連想するが、万物の中には当然人間も含まれており、人間が自分、他人の特質を理解し、それぞれの天分を生かせるよう処遇することが、人間の幸福、繁栄に繋がる。そして、その天分は自然の理法に従って、全ての人間に生まれながらにして付与されており、各人がその天分を見極め生かし活用することが、人間の成功であり、幸福であるとしたのだ。
 また、松下幸之助は人間の使命を「人間は万物の王者となり、その支配者となる」という力強い言葉で表現している。松下幸之助はこの言葉を通じて人々に、人間の無限大の可能性・能力を素直に受け止め、それを信じて歩む勇気と、王者としての自覚を持ち万物に対して責任ある姿勢で振る舞うことの両方を求めているのではないだろうか。

このすぐれた特性を与えられた人間も、個々の現実の姿を見れば、必ずしも公正にして力強い存在とはいえない。人間はつねに繁栄を求めつつも往々にして貧困に陥り、平和を願いつつもいつしか争いに明け暮れ、幸福を得んとしてしばしば不幸におそわれてきている。かかる人間の現実の姿こそ、みずからに与えられた天命を悟らず、個々の利害得失や知恵才覚にとらわれて歩まんとする結果にほかならない。*4

 そして、人間が王者としての自覚を持たず、責任ある振る舞いをせず、自己の利益ばかりを追求したり他者への配慮をせずに行動するところに、人間の不幸が生まれる原因があるとし、そのことから人間がこの「新しい人間観」を持つことが極めて大切であると説いたのだ。
 では、人間が自分の天分を把握し、利己的になることなく歩むためにはどうすればいいのか。松下幸之助の答えの一つは「衆知を集める」というものである。

すなわち、人間の偉大さは、個々の知恵、個々の力ではこれを十分に発揮することはできない。古今東西の先哲諸聖をはじめ幾多の人びとの知恵が、自由に、何のさまたげも受けずして高められつつ融合されていくとき、その時々の総和の知恵は衆知となって天命を生かすのである。まさに衆知こそ、自然の理法をひろく共同生活の上に具現せしめ、人間の天命を発揮させる最大の力である。 *5

 万物の王者たる人間も個々人はか弱い存在で、その知恵や能力には限界があり、その限りある知恵では物事の実相を把握することは難しく、誤った判断を下すことに繋がりかねない。人間は得てして一つの思想にとらわれたり、自分の利害得失に固執したりするものだが、その様な好ましくない姿の発露を防ぐために、個々の知恵や能力の限界を超えた衆知を得ることで、好ましい方向に進むことが可能になるとしたのだ。
 以上、松下幸之助が提唱した「新しい人間観」を簡単に要約すると、それは、万物をあるがままに受け入れ、各人を適切に処遇し天分を生かすことであり、そして、そのために衆知を活用せよ、とすることができるだろう。

5.「新しい人間観」の考察

 これまで、松下幸之助がその人生を通じて行なった人間に関する探究の集大成として提唱した「新しい人間観」について述べてきたが、この人間観はどの様にして実際の日々の生活に生かすことができるのか。
 まず天分を生かすことの重要性は、私自身も勤務経験から思い出されるところである。私は証券会社で、企業のM&A(合併・買収)をサポートする業務を担当していたことから、多様な業界の企業と一緒に仕事をさせていただいた。その中で、また自身の所属する会社・部署の社員の働き方を見る中で、人間にとって自分の適性に合った仕事をすること、そしてその仕事が自分の天職だと信じ邁進することの重要性を肌で感じてきたと思っている。人間が適材適所で生かされ、その人間が自分の道を力強く信じる時、そうでない人間に比べて極めて前向きな力が発揮され、その生産性や創造性が飛躍的に向上する様をこれまで何度も見てきた。人間の天分を把握し、適材適所で生かすことは、生産性の向上などにとどまらず、それにより人間にとって働きがい、人生の充実感を感じることに繋がり、イキイキとした社会を作る上で極めて重要な要因であるとする松下幸之助の考え方に、私は自身の企業での勤務経験も踏まえ、心から賛同したい。
 また、衆知を集めることに関して、個人の知恵に限りがあり、広く意見を集め活用することが有意義だとする論には、説明を加える必要はないと思うが、松下幸之助が述べる衆知を集めるということの内容は、何も意見を集めることだけにとどまらない。管理職や経営者が、社員から意見を集めることには、現場の実態を把握したり、最新の経営状況を知ったりする等の目的がある一方で、意見を求められ、さらにその意見が経営に反映されることがあれば、意見を述べる側の社員の働く意欲の向上にも繋がる。あるいは、松下幸之助はパナソニックで事業部制を敷き、各事業部の経営を事業部長に任せたが、極力経営を社員に任せ各人のやる気を引き出すというこの事業部制も、一種の衆知を集める経営の手法だろう。つまり、衆知を集める、ということも、どの様にすれば人間がイキイキと働き、その天分を生かすことができるか、という命題を解決するための一つの仕組みになると私は考える。
 人間がこの様な新しい人間観に基づき、自身の天分に生かし、また会社や社会が個人の天分を尊重し生かすことができる様になれば、企業において生産性の向上や新しい産業の創造等に加えて、人間がイキイキと働き生きる社会が実現され、人間社会の繁栄、発展が進むと強く確信するものである。

6.おわりに

 日本人はバブル崩壊以降の終わらない不況の中で、経済面での自信を失い、明日への希望を持ちづらくなっていると言われている。そんな閉塞感が充満する社会で生きてきたからこそ、松下幸之助の「新しい人間観」に出会った時、日本の戦後復興の立役者から受けた激励の様に感じられ、胸が熱くなった。

“まことに人間は崇高にして偉大な存在である。” *6

 人間社会はこの数百年間で目覚ましい発展を遂げ、科学技術は飛躍的に向上し、技術的には他の惑星に人類を送り込むことも可能と言われている。人間の可能性は無限大であると私は信じたい。
 人間がそれぞれの天分を生かせ、イキイキと働ける社会を実現し、そして日本の経済に活力を取り戻し日本社会に一層の繁栄をもたらすためにも、松下幸之助の人間観とともに人間に対する理解を深化させていきたい。

注*
1:松下幸之助『実践経営哲学』PHP文庫 2001年 P114-P115
2:松下幸之助『実践経営哲学』PHP文庫 2001年 P30-P31
3:松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年 P13-P14
4:松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年 P14-P15
5:松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年 P15-P16
6:松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年 P16

参考資料:
松下幸之助『実践経営哲学』PHP文庫 2001年
松下幸之助『人間を考える』PHP文庫 1995年

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