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歴史観
2008年8月

塾生レポート

日本の伝統精神とは、「誠の道」「日に新た」「素直な心」の3つにあり
杉本哲也/卒塾生

日本全国にはたくさん神社がある。「神社に行くと何をする?」そこから考えた日本人の伝統精神。

 

1.はじめに

 多くの人と「日本の伝統精神とは何か」という議論をすると、様々な答えが返ってくる。私が、直に聴いた答えのうち最も多かったものは「武士道精神」である。新渡戸稲造の『武士道』の「武士道の源はどこにあるか」によれば、「仏教は武士道に運命を穏やかに受け入れ、運命に静かに従う心をあたえる。具体的にいうならそれは危機や惨禍に際して、常に心を平静に保つことであり、生に執着せじ、死と親しむことであった。」ということである。また「仏教が武士道にあたえられなかったものは、日本古来の神道がそれを十分に補った。他のいかなる宗教から教わらないような、主君に対する忠誠、祖先に対する尊敬、親に対する孝心などの考え方は、神道の教義によって武士道へ伝えられた。」、「武士道は、道徳的な教義に関しては、孔子の教えがもっとも豊かな源泉となった。(中略)冷静で穏和な、しかも世故に長けた孔子の政治道徳の教えは、支配階級のサムライにとってはとりわけふさわしいものであった。孔子の貴族的で保守的な教訓は、武士階級の要求に著しく適合したのだった。」とあるように、武士道はいわば、仏教、儒教、神道の影響を受けて形成されているものである。

 しかしながら、武士が現れたのは平安時代末期であり、武士道精神は封建制の中で涵養されていったということなので、我が国の悠久の歴史を振り返ってみると、武士道は比較的新しい精神なのではないだろうか。

 薪を背負って読書をし、数々の村を復興させたことで有名な二宮尊徳の道歌を思い出した。

古道に積もる木の葉を掻き分けて天照す神のあし跡を見む

 古道は、我が国古来の神道のことを指しており、積もる木の葉は、仏教や儒学(儒教)のことを指している。つまり儒学や仏教の教えもいいが、そうした木の葉を掻き分けて、その底に見えなくなっている我が国古来の真の神道を見出すことが大事だということである。ひょっとすると、我が国の伝統精神とは、神道にあるではないか。

2.神道とは何か。

 最近、「日本人は無宗教だ」という人が多い。宗教をどう定義するかは人によって様々であるが、私は死生観と道徳心、畏怖心を教えるものであると考えている。日本人は不思議なもので、お正月には神社には初詣に行き、お盆には先祖の霊を供養し、クリスマスにはお祝いをする。学校の出席番号は男子から始まるし、人々の会話の間には生まれた年の干支が出てくる。初詣は神道であるし、先祖供養は仏教、クリスマスはもちろんキリスト教、出席番号が男子から始まるのは儒教、干支は中国の道教からの影響である。日本人は決して無宗教なのではなく、特定の宗教を信仰していないだけで、むしろ多数の宗教を部分的に信仰しているのである。なぜ日本人は多数の宗教を部分的に信仰しているのか。それは日本に一番古くからある宗教が神道であり、神道の考え方が影響しているのではないかと考える。

 「神道とは何か」を端的に言えば、「日本古来の神様を、日本人のやり方で祀っていく宗教」である。神道は「八百万の神様を崇め奉る」と言われるように、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教のように一神教ではなく、多神教である。神とは、キリスト教ではゴッドであり、イスラム教ではアッラー、ユダヤ教ではヤハウェーであり、それぞれの宗教において唯一無二である。では神道における神とはいかなるものか。江戸時代後期の有名な国学者、本居宣長は「何にまれ世の尋常ならずすぐれたる特のありてかしこきもの」と言っている。つまり「必ずしも人間でなくてもよく、普通では見られない極めてすぐれた特質を持っているもの」ということである。例を挙げれば、山の神様、川の神様、雨の神様、子宝の神様など様々な神様がいる。山の神様として、山そのものを祭っている神社もあるように神様は決して人間でなくても良くて、逆に菅原道真という人間を神として祭る天満宮のような場合もある。つまり「様々な宗教を部分的に信仰している日本人の気質は、ゴッド、アッラー、ヤハウェーなどの神も八百万の神のうちの一つと捉えている」と考えると辻褄が合うのかもしれない。

 私たち日本人は、神社への参詣を通して、その神に祈りを捧げることもあるし、神棚としてそれぞれの家に神を祭っていることもある。いずれにしても、神社や神棚に祭ってあるご神体に祈りを捧げ、感謝の気持ちを表すのが神道であると解釈されている。

3.誠の道

 大阪天満宮に行くと、こんな歌が掲げてある。

心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神やまもらむ

 菅原道真公の歌である。「心が誠実と違っていなければ、祈らなくても神が守ってくれる」という意であるが、神道そのものを否定したような意にもとれる。しかしながら、この歌は参拝という行為の本質を表していると考えられる。

 その理由を次に述べる。神道がいかにたくさんの神を祭ろうと、前章の最後で述べた通り、祈りを捧げるという行為を通して、神を崇めるわけである。では、祈りを捧げる先にあるものは何か。多くの場合は鏡が置いてある。卑弥呼の時代の青銅でできた鏡ならともかく、現存の神社で使用されている銀の鏡は、己の姿を映し出すことができる。つまり、神を崇めるための参拝という行為は結局のところ、己の姿を省みているに過ぎないのである。しかしながら、その鏡に映し出された姿は、参拝している人の心のあり方をも映し出すのである。誠実さは人間関係の基本であり、参拝者の心が誠実であれば、神に守られているかのごとく人間生活が上手くいくからである。

 日本の伝統精神として一つ挙げることができるのは、この「誠の道」である。日本古来の神道が参拝という行為を行ったのは、人々が誠実さを保つためであったと考えることもできるからである。誠実であれば祈らなくても神が守ってくれるが、実際には誠実であり続けることが難しいので、「誠実さを欠いたときには神社に参拝しに来なさい」もしくは、「日々生きていると誠実さが失われていくので、毎日神棚に祈りなさい」というのが、神道の本質であるように思える。つまり「祈るという行為は誠の道を貫くための一つの手段であり、誠の道に違っていなければ、祈る必要はないのですよ」というのが、冒頭の歌の私の解釈である。

4.日に新た

 政経塾の一年生のときに、伊勢の五十鈴川で禊をする研修があった。いい大人が褌一丁で、冷たい川に入っていくのだ。水の冷たさに気合負けしないように「流汗鍛錬」という言葉を連呼しながら、水に浸かり、そのまま「五十鈴川清き流れの末汲みて心を洗へ島津秋人」と歌い上げる。当時は五月で比較的温かい時期であったにもかかわらず、水に浸かった瞬間は「流汗鍛錬」の言葉がつまってしまったことを今もよく覚えている。

 「禊」は「身削ぎ」から来ており、水によって身を削ぎ落としているのである。確かに水に浸かれば、垢は流れ落ちるであろうが、禊は心の垢までも流れ落とす。この考えが習慣化したものがお風呂である。湯船にゆっくり浸かるのは日本人だけだというが、元々は禊によって身も心もきれいするというところから、お風呂に入る習慣が生まれたのであろう。毎日毎日お風呂に入ることで、身も心もきれいになり、日に新たな心と体で毎日を過ごそうというのが、日本人の習慣である。神社にお参りをする前に、手水を使って体を清め、そして神社にお参りをすることによって心を清めるというのも、この禊を変形したものであると考えられる。どちらが先に始まったのかはわからないが、いずれにしても日本人の精神には、「日に新た」という精神が刻まれていることには間違いない。

5.素直な心

 神社といえば、いつも掃き清められていることが印象的である。また、ご神体には鏡が置かれてあり、つねに明るく照らされている。神社は穢れのない聖域であるわけだが、何のために清く明るく保たれているのであろうか。それは、訪れる人を素直な心にさせるためではないかと考える。徹底的に掃き清められた地面や、磨かれた曇りのない鏡は素直な心を連想させる。

 日本の伝統精神として最後に挙げたいのは「素直な心」である。人間は生まれながらにして、素直な心を持っている。生まれてすぐの赤ん坊を見ていると、素直そのものである。しかし現実社会に溶け込むにつれて、素直さが失われていってしまう。松下政経塾では、早朝研修として掃除をする。「掃除を通して素直な心を養え」というのが、塾主・松下幸之助の狙いだろう。つい曇りがちな心を曇らせないように日々の努力が大切なのである。

6.おわりに

 繰り返しになるが、松下政経塾の早朝研修では掃除をする。しかしながら、塾主は決して神道の教えを通してそのことを学んだわけでなく、自らが経営者として生きてきた体験の中で、培った感覚なのであろう。修身教育の父・森信三も「真理はただ現実の中にあり」と言っているが、まさに人としての道も、現実社会の中で生きてこそ踏みしめていけるものなのであろう。私は来年の3月で塾を卒業するが、その後は現実という大海の中で、自らを修め、日本の伝統精神をしっかりと身に付けていきたい。

(参考文献)

新渡戸稲造著 岬龍一郎訳『武士道』 PHP文庫
寺田一清 『二宮尊徳一日一言』 致知出版社
井沢元彦 『仏教・神道・儒教 集中講座』 徳間書店
中西輝政 『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』 PHP新書
伊與田覚 『人の長たる人間学』 致知出版社

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