論考

Thesis

三つのしつけ

「家庭料理のお袋の味が袋の味になって、取れた『お』はしつけの上について押し付け(おしつけ)になっている」という話を耳にしますが、本当に「しつけ」が「おしつけ」になっているのでしょうか。しつけの意義を考えつつ、私自身の考える三つのしつけについて述べます。

1.はじめに

 最近、「家庭の料理からお袋の味がなくなって袋の味となった」という話を耳にします。お袋の味というのは、子どもの頃に母親が作ってくれた料理の味を指すわけですが、その母親が作ってくれる料理がかつてのように野菜や肉などの素材を買ってきて家庭で調理したものではなく、お湯を注げば作れてしまうカップラーメンや調理済みのレトルト製品のような袋に入ったインスタント製品になってしまっているということです。確かに社会状況の変化により、女性が家庭から労働現場に出たため、家事に従事する時間が少なくなっており、手間を省くためにインスタント製品が中心になってしまうのは多少、已むを得ないでしょう。

 そして一方でこんな話も耳にします。「お袋の味が袋の味になって、取れた『お』はしつけの上について押し付け(おしつけ)になっている」と。これは、しつけと称して大人の価値観を子どもに押し付けているのではないだろうかという指摘ですが、果たして「しつけ」が本当に「おしつけ」になっているのでしょうか。

2.しつけとは何か

 まずしつけとは何かということを考えてみましょう。民俗学者の柳田国男によれば、しつけとは「礼儀作法や生活技術を身につけさせること」であるということです。またしつけの語源を調べていくと様々な説があるようですが、大きくは二つに分けられます。一つは、裁縫で縫い目を正しく整えるために仮にざっと荒く縫うことを仕付け(しつけ)、そしてその糸を仕付け糸と言いますが、正しく整った人格にするための手助けをすることをしつけと捉えることです。もう一つは、田植えの頃に苗を苗代から田に移して一株立ちにする、その苗え付けをしつけと言いますが、そこから「人間を一人前にするために」と言うのがしつけの原義だと言われてきました。いずれにしても、しつけというものは人間が人間らしく成長するための手助けをするということではないでしょうか。実際、しつけの多くは家庭内で子どもが幼いときから、祖父母、親、兄弟姉妹の挙動や行動様式を見よう見真似に学び取るものであって、手取り足取り教え込まれるものではありません。しつけは決して押し付けるものではなく、あくまでも手助けであるということが重要です。

 また塾主・松下幸之助は著書の中で「しつけとは副木(そえぎ)のようなものである。」と述べています。塾主が言うには、木を育てるときに副木があると木がまっすぐ育つ、人間を育てるときにもしつけがあると真っ直ぐに育つのではないだろうかということです。塾主の人間観によれば、「人間は偉大な力を持っている」ということであります。しつけは、人間が持っている偉大な力を発揮するための補助をするということではないでしょうか。

 さらに加えて話をしますと、しつけは漢字で「躾」と書きます。これは日本人が作った漢字なのですが、中国ではこれに類する漢字がありません。身を美しくすると書いてしつけを表す。我が国ながら日本人の発想にはつくづく感心させられます。すなわち日本人にとってしつけというものは、身を美しくする、ひいては心を正すという意味につながるのではないかと思います。

 以上のことをまとめてみますと、しつけというものは人間が元々持っている身の美しさや心の正しさを発揮するための手助けであるということであり、決して価値観を押し付けるものではありません。元々持っているものを引き出す、教育は英語で“education”と言いますが、“education”の語源も“educe”、つまり引き出すということにあります。しつけも教育の一部なのではないかと思います。しつけというのは人間を人間たらしめるための教育であるということです。

3.我が国のしつけの近代歴史と現状

 江戸時代以降、しつけは伝統的に各家庭内で祖父母や親たちによって孫や子どもたちに対してなされてきました。明治時代に入ると、家庭内のしつけを支えるものとして、学校における修身教育が登場し、しつけは家庭教育と学校教育で補完し合うようになりました。そして、家庭内のしつけは、明治から大正を経て、昭和戦前期になるにしたがって、徐々に衰退し、その役割を学校の修身教育に依存するようになりました。その後、大東亜戦争が終って、学校教育からしつけの二本柱の一つであった修身教育が消滅してしまいました。それでも戦前育ちの親や祖父母が細々ながら家庭でのしつけを続けておりましたが、高度経済成長期になって、大家族主義が消滅して核家族になったり、サラリーマン世帯が増えたりといった社会変化によって、家庭でのしつけすらも完全に消滅してしまいました。そして今、学校で修身教育を受けていない、家庭でもしつけられていないという世代が大人になり、その大人が子育てをする時代になりました。しつけられていない大人が自分の子どもにしつけをするわけがなく、社会的にも家庭教育でのしつけの必要性が声高に叫ばれるようになってまいりました。

4.森信三先生の三つのしつけ

 ではしつけというのは具体的に何を行えばよいのでしょうか。その一つの参考として、戦前の修身教育の父と呼ばれた森信三先生が挙げている三つのしつけを紹介したいと思います。森信三先生はしつけの三か条ということで、次の三つのしつけを挙げています。

一、祖父母や両親に、朝起きたらあいさつの出来るように
二、祖父母や両親から名前を呼ばれたら「ハイ」と返事の出来るように
三、脱いだ履物を自分できっちりそろえて上がり、立ったら椅子を机の下におさめられるように

 こんな簡単なことでいいのかと思いますが、森信三先生によれば、この三つが人間の生き方の基本であり、この三つの基本が身に付いたら、あとのしつけが出来るようになるということです。さらにこの三つのしつけの意義を述べております。

 あいさつは漢字で「挨拶」と書きますが、「挨」も「拶」も迫るという意味です。つまりあいさつというのは、前向きで積極的な心の表れであるということです。またあいさつは、相手の存在を認め、軽んじない、不軽の心の表れであり、さらに進んで敬愛の心の表現ということです。人間が生きていく上で、何よりも大切なのはこのあいさつであるということのようです。

 続いて「ハイ」と返事のできることですが、「ハ」音は口を開放して発し、「イ」音は口を緊張して発します。だから「ハイ」というのは、開放を表し、相手の呼応を確かに受け取ったという確認の表れであります。またハイは拝ということであり、あいさつが能動的なものに対して、ハイは受動的なものであるということです。

 履物を揃える、机の下に椅子を収めるというのは、締まり・後始末をつけるということです。自分で自分を律するという点で、自制力と自律性を意味します。さらには、足元の乱れは心の乱れの証拠であり、心の乱れは財布の口の開け広げにつながるので、履物を揃える、机の下に椅子を収めるは、経済の締まりにもつながるということです。

 私が考えるには、この三つのしつけというのは、結局はけじめをつけるということなのではないかと思います。つまり挨拶をするのは、人間関係の始まりをきちんとすることであり、「ハイ」と返事することは相手の気持ちをきちんと受け止めることであり、履物と椅子は自分の動作の終わりをきちんと整えるということであるように思います。そういう意味では森信三先生の考えでは、けじめをつけられる人というのが、しつけが出来ている人ということになります。

 森信三先生はこの三つのしつけの他にも、腰骨を立てることを提唱されております。心をまっすぐにするには、まず身を立てるということです。「腰」という漢字は、身体を表す肉月に要(かなめ)と書きます。つまり身体の肝心カナメは腰にあり、そこをまっすぐにすることで心もまっすぐになり、集中力・持続力が身に付くということです。

5.私の考える三つのしつけ

 しつけというのは決して子どもだけの話ではありません。大人になっても身を美しくする躾というものはあるに越したことはないでしょう。ここで私が自分自身の人生体験の中で考えた三つのしつけについて述べます。

①挨拶をする

 森信三先生の三つのしつけと同様に、人間にとって一番のしつけは挨拶をするということです。読売新聞が2006年度に行った世論調査の中で、「あなたは、日ごろ、人と接していて、何か気になることはありますか。(複数回答可)」という問いに対して、第一位の回答が「あいさつのできない人が増えている」で全体の53.0%を占めていました。挨拶は人間関係を築く上での入り口です。社会全体で挨拶をするということを今一度見直してみるべきではないでしょうか。

 私は会社員時代にマヨネーズの店頭販売を行ったことがあります。そのときに役に立ったのが挨拶です。マヨネーズを売るのに「マヨネーズいかがですか?」と一方的に営業するのではなく、「こんにちは」もしくは「いらっしゃいませ」という挨拶で顧客の心を開いてからマヨネーズの売り込みをしたら、マヨネーズが飛躍的に売れるようになりました。また中国に研修に行った際にも、イトーヨーカ堂のグループである華堂商場でも、果物の店頭販売をしました。相手は当然中国人であるので、中国語で売り込まないといけないわけですが、試食用の皿を持って、もっぱら「你好」(こんにちはの意)「歓迎光臨」(いらっしゃいませの意)を話すだけで、試食をしてくれ、好みにあえば買っていってくれました。もちろん日本人が店頭販売をしている物珍しさもあったでしょう。いずれにしても挨拶をすることによって、相手との最低限の人間関係が生まれ、活動が上手くいくようになることは今さら申すまでもないでしょう。

 さらに付け加えておくと、挨拶はただ一方的に相手の心に迫るのではなく、相手のことを大事にしているという意思表示をするチャンスでもあります。したがって家族間で挨拶する場合ならともかく、会社などで来客に会ったときは両足を揃えて相手に正対して挨拶をするのがよいでしょう。

②掃除をする

 身を美しくするためには、まず身辺からということです。掃除というものは誰でもできることなのですが、大人になるにつれて公の場を掃除することは少なくなります。そこで敢えて意識をして、掃除に努めることは周囲からの信頼にもつながります。

 政経塾では早朝研修で落ち葉等の掃き掃除をしますが、外部に宿泊に行った際に、現地で掃き掃除をすると、先方に大変喜ばれます。掃き掃除するような庭がない場所でも、拭き掃除であったり、トイレ掃除であったり、きれいにする場所というのはたくさん存在します。

 販売実習で松下電器の販売店で勤務をしたときに、よく製品の納入に行きましたが、作業をした後には掃除機や雑巾を使って、必ず現状よりもきれいにして帰りました。こういう一つひとつの積み重ねが、ただ単に客と商売人の関係だけでなく、人間としての信頼関係につながるのであると思います。

 掃除というのは能力に関係なく、誰にでもできることであります。掃除をすることで相手に尽くすというのは、意識を変えれば誰にでもすぐにできることであると言えるでしょう。

③手紙(ハガキ)を書く

 お世話になったり、何か物をもらったりしたときは必ず手紙またはハガキを書くということです。その場で「ありがとう」と口で言うことは当然のことでありますが、帰った後に改めて、感謝の気持ちを手紙やハガキで表現することが重要です。茶道では「一期一会」といって、その人とその日に会うのは一生に一回であるということで、自分ができる精一杯のおもてなしをします。それと同じで一生に一回の恩に対して、しっかりと感謝の気持ちを示すということが大切なのではないでしょうか。さらにはそうすることで次には、より一層深まった人間関係の下で会うことができます。

 ご多忙の方はハガキでも結構だと思いますが、相手のことを大事に思うならば、便箋に筆で書くことをお奨めします。私も塾の研修で何かと人にお世話になることが多いですが、必ず手紙やハガキでお礼を申し上げることにしています。

 この三つのしつけというのは、人間関係の入り口、中盤、出口で相手に対する誠意を示すということです。「お世話になります」「お世話になってありがとうございます」ということを口では簡単に言えますが、それを態度として、行動として示したのが私の考える三つのしつけです。私はしつけというものは行動に現れるくらいに身に付けないと意味がないと考えています。吉田松陰は、野山獄の中で囚人たちに講義した記録である『講孟余話』の中で「人苛しくも勇なくんば仁・智並に用をなさざるなり」と言っています。いくら人がよくても、知性があっても、行動に移さないと意味がないということではないでしょうか。すなわちしつけも行動に現れるくらいでないと意味がないと思います。どんなしつけであっても、しっかりと行動として表せるまで身に付けることを奨めます。

6.おわりに

 本レポートではしつけについて述べてきました。結局のところ、しつけというのは、社会的に認められた一人前の人間として他の人びとと信頼関係を保って生きていくために必要な物を身に付けることであると思います。何度も申し上げるように、決して押し付けではなく、人間が人間らしく生きていくうえでの手助けであります。昨今、教育問題となっているいじめや引きこもり、自殺などはすべてこのしつけがきちんとなされていないところに原因があるでしょう。

 しつけというのは、ほんの少し意識を変えるだけで実行できるものばかりです。しつけの衰退を家庭だけの問題として捉えるのではなく、社会全体の問題として捉え、一人ひとりが自覚を持って、意識を変えていくことで、よい社会が築かれていくのであると思います。

参考文献

有地亨『日本人のしつけ』法律文化社 2000年
寺田一清『三つのしつけ』登龍館 1999年
『松下幸之助発言集 第三十七巻』PHP研究所 1992年
寺田一清『森信三先生の教えに学ぶ』致知出版社 2007年
近藤啓吾訳注『講孟箚記』講談社学術文庫 1980年
読売新聞 世論調査「教育」2006年5月13-14日実施

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杉本哲也の論考

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