松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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国家観
2008年6月

塾生レポート

政治理念の要諦「国家は世界の公器やし、同時に国民のもんやで」
杉本哲也/卒塾生

「企業の存在意義とは何か」「企業は誰のものか」これらの問いに対する答えを国家に当てはめれば、どんな国を目指せばいいかが浮かんでくる。

 

1.はじめに

 「会社は社会の公器である」

塾主・松下幸之助のこの一言が、私の人生を大きく変えることになった。

 私が松下政経塾の門を叩いた問題意識の原点は、昨今、明るみに出てくる企業の不祥事であった。最近でも、さまざまな企業の不祥事がニュースで取り上げられているが、当時会社員であった私はそれを見て、「企業の存在意義」についてよく考えるようになった。

 「企業の存在意義って何ですか」その当時、周囲にいた人に聴いたり、経営者の著書を何冊か読んだりしたところ、見つかった答えは「利益を上げるため」であった。そういう理屈で言えば、「(法律に反しない範囲で)どんな手を使ってでも利益を上げないと存在意義がなくなる」ということである。その時、私は「それは違うだろう」と思った。そして、偶然出会った塾主の著書の中で、冒頭の言葉を発見した。それを読んで、私は「松下幸之助という人はなんと素晴らしいことを言う人なんだ」と思い、松下政経塾の入塾選考を受けた。

 運よく政経塾とのご縁を頂き、入塾後、塾主の思想をたくさん学んだ。塾主は「政治とは国家の経営である」という。そうであるとすれば、「国家は世界の公器」ということになるではないだろうか。塾主の思想に基づいて、政治理念の要諦を考えてみたい。

2.日本は世界の公器

 塾主がどうして「会社は社会の公器」と考えるようになったのか。塾主の著書『物の見方考え方』の一部を紹介したい。

「日常の仕事の上でも、自分はこの仕事さえしたら、それでいいんだ、という考えでは決して職責を果たすことはできない。職責を果たすということに喜びと意義を感じなくてはならぬと思う。そうすれば、言葉や行動に熱がはいり、人にも信用され、頼りにされるようになる。指導者の指導者たるゆえんは、ここにあるのである。責任を自覚し、遂行する意思を持つか持たないか、ここに仕事の成果が上るか上らないかがきまるのである。(中略)少なくとも、自分のしている仕事に対しては、責任をはっきり自覚しなければならぬと思う。このことは会社という組織体についてもいえることである。社会に対して責任を持たない会社、自分のところだけ儲けたらそれでいいという会社は社会に害を流す。またそんな会社は発展するはずがない。会社は社会と繁栄をともにする。運命をともにするという気持ちがなくてはならぬと思う。したがって会社は社会の公器である。」

 また塾主は、「企業は天下の人、天下の土地、天下のお金、そして天下の資源を使って経営を進めています。それゆえに企業経営は私事ではありません。私企業といえども公器です。」とも述べている。

 これを国家に置き換えてみるとどうであるか。国家の定義を辞書で調べてみると、「一定の領土とそこに居住する人々からなり、統治組織をもつ政治的共同体。または、その組織・制度。主権・領土・人民がその三要素とされる。」と記されている。そういう意味では、国民は日本という国家の人と言えるかもしれない。しかしながら、日本の人であると同時に、日本だけの人ではない。世界中から必要とされている人はたくさんおり、そういう観点で見ると、日本人であると共に、世界の人でもある。領土にしても然りである。確かに、我々の先祖が大昔からこの日本列島に住んでいて、この日本という国を作り上げたのは事実である。しかしながら現代の世界において、日本人が日本国の領土を統治する権利を所有しているのは、他の国々がそれを容認しているからではないだろうか。そう考えると、天下の土地を、我々が統治させてもらっているという考え方もできる。お金と資源が最も顕著である。日本の主要産業は工業であり、その原料の大半は輸入頼りである。さらには製品を輸出することによって、お金を得る。また現在の日本は食料もエネルギーも輸入に頼っており、自給自足で生きているとは到底言えまい。それはすなわち日本が、世界という広い社会の食料やエネルギーを頂いていると考えることはできないか。そう考えると、そういう状況の中で、他の国を差し置いて日本一国だけが繁栄するということは有り得ず、日本は世界と繁栄を共にすると言える。つまり、「日本は世界の公器である」ということになる。

 そのような考えの下で、さらに考えを進めていくと、国家の政治は、一国が繁栄するためだけでなく、その運営活動によって自国と共に世界が栄えていくべきではなかろうか。

3.世界の繁栄のために日本が為すべきこと

 塾主は著書『実践経営哲学』に、自らの体験に基づいた経営哲学をまとめている。もちろんその中に、「企業は社会の公器である」という考えも入っている。塾主の経営哲学を基にして、日本が国家として為すべきことを考えてみる。さらには塾主の経営哲学を国家に置き換えて考えるだけではなく、その考えを現在の日本に適用させた場合に、どのような国家を目指せばよいのかという私なりの考えも併せて述べる。

(1)使命を正しく認識する

 企業に、事業を通じて人々の生活をより豊かにしていく使命があるように、日本という国家にも、使命というものが必ず存在するはずである。日本が世界の中で担っていくべき使命とは何か。日本の特性を活かすところにヒントがあると思う。

 一つは工業立国として、世界の人々の生活をより豊かにしていくことである。日本人は大昔から様々な知恵と技術を駆使して、世界に誇るあらゆる製品を生み出してきた。元々日本で発明されたものでなかったとしても、できるだけ多くの人々により、手軽に利用してもらえるよう改良に改良を重ねる粘り強さは、日本人の特有の気質である。自動車、電化製品、建築技術、加工材料など、日本人によって製品化され、世界の人々の暮らしをより豊かにしているものは数え切れないくらいある。

 二つ目は観光立国として、日本にある有形無形の観光資源を世界中の人々に利用してもらうことである。日本は有史以来ずっと一貫した国家が続いている。全国各地には、その長い歴史が生み出した観光資源がたくさんある。しかし残念ながら、それらがしっかりと活用されているとは言えない状況である。それは、交通手段や観光地の整備の問題だけでなく、日本の歴史が十分に認識されていないせいでもあると思う。私は最近、偉人の研究をしているのであるが、偉人の研究をするとともに、その時代の歴史を学べば、偉人にゆかりのある場所・建物、その時代の中心となっていた地に親近感を覚える。これと同じように、世界の人々に日本の歴史を知ってもらって、観光地としての日本をアピールしていくことが効果的であろう。また、日本は気候的にも非常に恵まれていて、自然を生かした観光資源もたくさん有している。自然と共生するという日本の特性を世界に知らしめる意味でも、観光立国として世界中の人々を迎え入れることは、日本の大きな使命の一つである。

 三つ目は、欧米とアジアの架け橋となる外交を展開することである。地政学の観点から、日本は太平洋を挟んで、欧米と東洋の中間に位置するという特異な国である。また、国際政治学者のサミュエル・ハンチントンが「孤立した日本文明」と表現するように、西洋文明でも東洋文明でもない、独自の文明を持っている。歴史的な流れを見ても、大航海時代にオランダやスペインにあった世界の中心が、産業革命によってイギリスに移り、十九世紀末ごろから大西洋を越えてアメリカに移っていったが、今やその中心が、太平洋を越えてアジアに来ようとしていると考えられるのではないか。世界の繁栄のためにも、日本は欧米とアジアをつなぐ接点としての使命を担っている。

 四つ目は健康大国として、世界の人々の健康に貢献していくことである。健康で長生きすることは、日本人のみならず世界中の人々が望むことであろう。日本は世界一の長寿国であるが、その秘訣は日本の食文化や環境、医療システムのよさなど、様々な要因が考えられる。人間が健康で長生きできるような環境作り、制度作りに関して、自国のノウハウや文化を広めていくことが、日本の尊い使命であることを付け加えておこう。

(2)共存共栄に徹する

 真に自国と共に世界が発展するためには、共存共栄という考え方が重要である。国家の共存共栄とは、他国の立場、他国の利益を考えながら政治を展開することである。もちろん技術力や生産力の競争によって、お互いに知恵を働かせて努力し合い、人類全体が進歩することは好ましい結果である。しかしながら様々な場面で、自国の利益だけを主張するのではなく、共存できる道を模索することが肝要である。

 たとえば、食料の輸入に関して述べる。日本が経済的に豊かであるからと言って、世界中の食料をどんどんと輸入すれば、貧しい国の人々に食料が行き届かなくなる。もちろん食料を輸出する国の立場を考えると、なるべく高く輸出したいわけであるので、経済的に貧しい国よりも豊かな国に買ってもらうことを望んでいるだろう。しかしながら、日本の現状は、約2000万トンもの食料を廃棄しているという状況にあり、これは贅沢であると言えまいか。余剰に抱えるのであれば、貧しい国への食料援助をして共存するのが、経済的に豊かな国の品格だろう。

 また平和に関しても、共存共栄という道を探り続けることを忘れてはならない。私は時代に適した形で、現行の憲法九条を変えるべきであると思うが、しかしながらいかなる場合にも戦争を回避して、共存共栄の道に徹するというのは、日本が目指すべき姿であると思う。そしてそれを世界の国々に範を示すべきであろう。

(3)人をつくること

 かつて塾主は、「『松下電器は何を作る会社ですか』と訊ねられたら『人を作る会社です』と答えなさい」と言ったそうであるが、「日本がどんな国ですか」と問われたら「人を作る国です」と言える国にしたい。つまり教育立国である。よく「日本は物的資源のない国だから人的資源である人を育てないといけない」という意見を耳にするが、物的資源のあるなしに関わらず、人を育てるのが国家としてのあるべき姿であろう。ましてや民主主義であれば、国民の人間性がそのまま国家の品性となる。教育によって国民の人間性を涵養するというのは至極当然のことである。

 物心共に世界の繁栄に貢献していくためには、心の教育と知性の教育と同時に行っていかなければならない。さらには、工業立国としての理数教育、観光立国としての歴史や文化の教育、異文化の架け橋となるための宗教教育、健康大国としての身体の教育も忘れてはならない。「人づくりは国づくりの根幹である」という表現があるが、教育なくして国家としての世界の繁栄の一助を担うことは有り得ないのである。教育を最優先して国づくりを図るべきであろう。

4.国家は国民のもの

 これまで「国家が世界の公器である」という理念について述べてきたが、これは、国家が世界の一部であるという考えに基づいている。これはこれで大変重要なことであるが、私なりにもう一つ大事なことを挙げたい。それは「国家は国民のものである」ということである。憲法の三本柱にも「主権在民」とうたわれていて、当然のことのように思えるが、ここで改めて強調したい。つまり、政治は国民のために行わなければならない。政治理念の要諦として「国民を幸せにする」ことが挙げられる。

 私は今月、墨田区の中小企業を2社訪問させて頂いた。両企業とも、中小企業に対する景気があまり良くないと言われている今日においては珍しいとも言える、成長著しい優良企業であった。それぞれの企業の経営者に、会社の存在意義について伺ってみたところ、「従業員を、家族を含めて幸せにすること」「従業員が生き甲斐を持って暮らせるようになること」という回答が得られた。高度経済成長期の日本企業を考えてみても、終身雇用制度と年功序列という二つの制度を上手く活用し、家族経営とたとえられる、社員が会社に対して帰属意識を持った経営方式をとっていた。

 「企業は誰のものか」という問いに対し、現在の我が国では「株主のもの」という声が上がる。しかしながら、それは正しいだろうか。塾主の「会社が社会の公器である」という考えに従えば、会社は従業員のものでもあり、株主のものでもあり、大きな意味では社会のものである。私自身は「企業は従業員のものである」と考える。当然、従業員だけのものではなく、社会のものでもあり、社会貢献をして報酬として利益を得る任務を背負っている。こういう考え方の下で、国家が誰のものかと言えば、国民のものであり、国家の政治というのは、国民を幸せにするために存在するのである。

 では、国民を幸せにするためにどのような国を目指せばいいのか。最もよい方法は国民の声を集める、塾主の言葉で言えば、衆知を集めることである。政経塾の五期生であり、安倍内閣・内閣府特命担当大臣(イノベーション)を務めておられた高市早苗先輩が、大臣時代に国民および有識者にどういう国を実現したいかという意見を募集したところ、次の5つの社会像が挙げられたと言う。

  1. 生涯健康な社会
  2. 安全・安心な社会
  3. 多様な人生を送れる社会
  4. 世界的課題解決に貢献する社会
  5. 世界に開かれた社会

5.終わりに

 さて、世界全体の繁栄に対する政治理念の要諦と、国民に対する政治理念の要諦について述べた。国民の声を聞かずに世界への貢献ばかりを考える政治は、政府による独裁政治に陥ってしまうし、国益ばかりを主張して、国民の意見にばかり同調していたら、衆愚政治になってしまう。これらは一見対立しているように見えるが、調和させることが可能であるし、そうすることで、世界中の人々が幸福になれるのである。

 今回、私が述べた国家のあり方に関しては、塾主の経営理念を参考にさせて頂いた。もし塾主が生きておられて、私が「国家とはどうあるべきですか」と問えば、おそらく愛嬌のある笑顔で「国家は世界の公器やし、国民のもんやで」と答えられるに違いない。私が挙げた国家像を実現し、日本が真に人類の繁栄・幸福と世界の平和に貢献できる国家になることを願ってやまない。

参考文献

松下幸之助 『物の見方考え方』実業之日本社
松下幸之助 『実践経営哲学』PHP文庫
サミュエル・ハンチントン 『文明の衝突と21世紀の日本』集英社新書
内閣府『イノベーション25』
http://www.cao.go.jp/innovation/index.html
2008年6月 執筆
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