論考

Thesis

海洋国家・日本を考える

このまま海洋に関して不作為を続けるのならば、それは先人や子孫に対する罪である。我々は、先人が造り護ってきた日本の領土及び領海を引き続き護らなければならない。また海洋資源を有効に開発・利用しながら、海洋環境の保全に努め、子々孫々に亘るまで健全な海を残す責任と義務を負っているのである。

1. はじめに

私は、前職で国連環境計画(UNEP)の北西太平洋地域行動計画(NOWPAP)の仕事をしていた。NOWPAPは日本、中国、韓国、ロシアが参加し、日本海と黄海の環境保全と改善のために共同作業をおこなう枠組みである。そこで私が感じたことは、日本の戦略の欠如と“消極的縦割り主義”の弊害であった。日本は人材、資金、そして情報を一番多く出している。しかし、行動計画などの方向性を決定する場面になると、韓国や中国に負けていた。私はそのことに非常なもどかしさと憤りを感じ、将来の日本を憂いた。

このまま海洋に関して不作為を続けるのならば、それは先人や子孫に対する罪である。我々は、先人が造り護ってきた日本の領土及び領海を引き続き護らなければならない。また海洋資源を有効に開発・利用しながら、海洋環境の保全に努め、子々孫々に亘るまで健全な海を残す責任と義務を負っているのである。

そこで本論文では、私が松下政経塾の研修を通じて考えた「海洋国家・日本」についてまとめてみたい。これは完全なものではないが、今後の日本の海洋国家像を考えていく上でたたき台になればよいと思っている。

2. 海洋をめぐる世界と日本の状況

海洋国家・日本を考えるために、本章では国連海洋法条約によって海洋をめぐる世界の動きがどのように変化したかを見る。また日本の海洋をめぐる新しい動きとして昨年(2007年)7月20日に制定された海洋基本法の概要を説明する。

2.1. 海洋管理の時代へ

世界の海は今パラダイム転換の時期にある。「海洋自由」から「海洋管理」の時代に入り、各沿岸国が海の囲いこみを始めている。1994年に発行された国連海洋法条約(日本は1996年に批准)により、その動きは近年活発化してきている。本条約は領海や排他的経済水域(EEZ)などを定め、沿岸国にEEZ内の排他的経済利用を認めるかわりに、環境保全や資源管理などを義務づけるものである。

日本は東アジア諸国(中国や韓国)に比べて、この海をめぐる国際社会の転換への対応が遅れている。すでに中国は、1964年に国家海洋局を設置し、現在この機関が全般的な海洋に関する政策を実行し、関係機関の連絡調整をおこなっている。そして、国連海洋法条約批准後の1990年代後半から2000年代前半にかけて、中国は海洋に関する法律を制定し、海洋開発のその秩序維持に努めようとしている。韓国は1996年に組織改革をおこない海洋水産部を誕生させ、海洋立国への意欲をみせていた(しかし、この海洋水産部は政権交代による再編のために、2008年2月に廃止され、国土海洋部と農林水産食品部に吸収された)。

日本は(財)海洋政策研究財団の呼びかけにより、ようやく2007年になって、海洋基本法にこぎつけたところである。今後は、海洋基本法を基に海洋基本計画が策定され、5年ごとに見直しがされる。また、海洋基本法の下で、沿岸管理法などの個別法の制定なども望まれる。

2.2. 海洋基本法制定

海洋基本法の制定によって、海洋に関する国の目的、理念、各機関や国民の責務、基本的施策が示された。また、総合海洋政策本部や海洋政策担当大臣を設置した。目的は3つ。(1)海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進すること、(2)日本の経済社会の健全な発展及び国民生活の安全を図ること、(3)海洋と人類の共生に貢献することである。基本理念は6つ。(1)海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和、(2)海洋の安全確保、(3)海洋に関する科学的知見の充実、(4)海洋産業の健全な発展、(5)海洋の総合的管理、(6)海洋に関する国際的協調である。

法律なので仕方がないが、海洋基本法をよく読んでもどのような海洋立国を目指しているのかわからない。提示してある施策メニューは当然やらなければならないが、政治は国民にどのような海洋立国を描いているのかを示さなければならない。海洋立国・日本にはどのようなメリットがあるのか、またはそうしないとどのような悪影響があるのかを説明しないといけない。また、12の施策についての重要度をもたせて、メリハリのある総合政策(基本計画)を作る必要があるだろう。

3. 戦略的海洋政策のための人間観、国家観、経営理念

松下政経塾出身の政治家として海洋立国を語るのであれば、国家観、人間観、(松下幸之助の)経営理念に根ざしたものでなければならない。そこから国家理念と国家目標を導き出し、海洋をどのように開発・利用そして保全していくかを考え、海洋立国の姿を提示するべきであると考える。

図1.戦略的海洋政策作成のための思考過程

3.1.人間観~古来の日本人の情緒を世界が必要とする

現代人を見ると、人間の傲慢さを感じる。自然に対する怖れや人間も生物の一種であるということを忘れてしまっているように思える。また、お金や目に見えるものが全てという価値観が蔓延している。人間主義、優勝劣敗主義、物質主義、拝金主義、合理主義にあまりにも振れすぎている私たちの人間観の振れを中庸に戻さなければならない。自然との調和、惻隠の情、精神修養、少欲知足、情緒など日本人が本来得意であった価値観を思い出し、世界に発信するべきであろう。

3.2. 国家観・歴史観~主座を保つ

戦前までの日本史を考えると、日本は安定した国際秩序に参加していることが大切である。中国の朝貢貿易システム、パックス・ブリタニカなど、その時々の覇権国のつくっている国際海洋秩序に、ゆるく参加している時がよい時代であったといえる(鎖国期間は例外として)。この“ゆるく”参加というのが大事で、戦前までは日本は覇権国の築いた国際秩序に参加しているものの、完全なる従属をしてこなかった(今の日米関係は従属しすぎているが)。あくまでも対等関係を保とうと努力してきた。そして国際政治の矛盾に対して“否”を唱えてきた(朝貢貿易に対する聖徳太子の態度、日露戦争など)。したがって日本は、覇権国がつくる国際秩序に参加しながらも、日本の個性を生かして、独立自尊の気概をもって歩んでいくのがよいのであろう。

3.3. 経営理念~自主(自力)経営への努力を忘れるな

松下幸之助塾主は「自主経営、自力経営ということがきわめて大切である」と説き、「他力の活用も時には必要であり、そのほうが効率的な場合もあるが、やはり人間はそういう状態が続くと、知らず知らずのうちに安易感が生じ、なすべきことを十分に果たさなくなってくるものである。また、企業の体質としても、他力に頼るところが多ければ、それだけ外部の情勢の変化に影響されやすくなる。」と注意を促している。日本は戦後に安全保障を米国に委ねた。またプラザ合意以降、食料とエネルギーの自主開発を放棄し、強い円を背景に最適生産地で購入すればよいという海外依存体質になってしまっている。この日本の国家経営体質を変えなければならない。

4. 海洋政策の青写真の基となるための国家理念および国家目標

松下幸之助塾主は、「会社は何のために存在するのか?」ということを自らに問い、1929年(昭和4年)5月5日に会社の使命を定めた。その使命とは、「生産・販売活動を通じて社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与すること」であった。そして経営理念として、「産業人たる本分に徹し、社会生活の向上と改善を図り、世界の文化の進展に寄興せんことを期す」(綱領)としている。これによって、会社の事業の目的とその存在の理由を示した。そしてこの理念の下、松下電器産業の活動をおこなってきたのである。

政治も経営である。国家経営や自治体経営など、レベルは様々であるが、政治も経営なのである。それならば、国家を経営するためには、この日本は何のために存在するかを考えなければならない。日本の使命とは何かということを問うて、国家理念を確立しなければならない。この国家理念の下に、国家目標を作り、その目標を達成するために、様々な政策がつくられるのである。海洋政策は国家理念を表現する一つの手段である。

4.1. 国家理念

日本および日本人の使命とは何であろうか。何のために日本はあるのか。それは、日本にしかない良い価値観を世界に広げることであると考える。しかも、その価値観は押し付けるのではなく、日本が自ら実行し模範を示すことで、他の国が真似をしたくなるようにおこなうのが良いと思う。他の国が羨ましいと思う国をつくることにより、日本の和の精神や、惻隠の情といった価値観を伝えるのである。どのような国にすると良いか、私は5つのキーワードを挙げたい。(1)魅力ある文化、(2)誇りある国民、(3)安定した生活、(4)安全な社会、(5)清らかな国土である。それを一つの文章にまとめると、次のようになる。

「唯一無二の日本国及び日本人の特性を生かし、世界の模範となるべき国になるため、魅力ある文化、誇りある国民、安定した生活、安全な社会、清らかな国土を、世界一勤勉である国民全体の協力を集めることによってつくる。そして、そこから生み出される徳をもって、世界の平和と地球環境との調和に貢献する。」

4.2. 国家目標および戦略

目標は具他的な数値で示されるのが良い。期限をしっかり設けて、やるべきことを設定するのである。以下に示す目標は、国家理念を踏まえて私が考えた日本がこの四半世紀で取組むべきことである。いろいろな目標設定が考えられるが、3点に絞った。政治家は数ある中から目標を選択して、そこに努力を集中しなければならないと考えるからである。

(1) 25年後に資源(技術)大国を目指す

真の海洋国家となることは、資源大国への道を可能にする。日本近海の海底にはメタンハイドレード、熱水鉱床などの資源が眠っているといわれている。また、深海底から石油が出る可能性も否定できない。これらの資源を得ることができれば、自立経営の道が開ける可能性がある。資源の種類によって開発期間は異なるが、5年以内に資源分布などの調査を行い、10年以内に基礎実験を行い、20年以内に生産技術を確立し、25年以内に生産を開始する。

(2) 25年後にアジア経済圏の確立を目指す

中国やインドの経済成長は目覚ましい。日本のさらなる発展のためには、これらの市場との結びつきを強化する必要がある。政治統合や通貨統合は無理にしても、EPAやFTAを積極的に結び、アジア経済圏の核となす。海洋国家として南太平洋島嶼と結びつくことができれば、日本の発言権をより強くすることになるであろう。

(3) 25年後に技術・情報集約型産業に転換

日本はものづくりの国であるが、他の国には真似できない技術や製品に特化して、産業の育成をおこなう。また、情報やサービスの分野も伸ばしていく。海洋産業はそのような分野の一つである。

5. 戦略的海洋政策の5つの柱(国家理念と目標を踏まえて)

先に触れたように海洋国家になることは、私の描く国の理念や目標を達成するための一つの重要なツールになる。

(1) 海洋資源大国を目指す

日本は資源に乏しいが、かつては、佐渡金山や石見銀山のように鉱物資源大国であった。資源大国にならしめたのは、当時、日本の採掘技術が優れていたためである。メタンハイドレードや熱水鉱床など海洋資源開発により、エネルギー自給を実現する。そして、資源輸出国になれば、アラブ首長国連邦やサウジアラビアのように無税国家となれるかもしれない。しかし、現在の技術では、まだ採算が合わない。日本は国策として海洋技術研究・開発を進めて、エネルギー輸出国を夢見て進むべきである。

(2) 海洋国家としての安全保障戦略を構築する

安全保障に関する講義や自衛隊の研修から、日本を海洋国家として明確に位置づけることが大切であるということを確信することができた。海洋国家として自己認識をすると、安全保障戦略がおのずと見えてくる。この認識を欠くと、太平洋戦争前の三国同盟締結という愚策を再び招くことになる。海洋国家として立ち位置を決めれば、日米同盟堅持と、中国対峙という構図で安全保障戦略を考えることができる。日米安保体制は強化していくものの、独自で東アジアの安定に寄与できるような体制を進める。憲法(第九条)を改正し、自衛隊が海外でより積極的に活動する。そうすることで、米国のみならず東南アジアや、南太平洋諸島国との同盟関係構築が可能になり、シーレーンの安全確保などに対して積極的な役割を担う国となる。

(3) 島嶼諸国の盟主的地位につく

日本にいるとなかなか実感できないが、日本は大国である。水産庁国際課での研修と国際捕鯨委員会(IWC)に参加し、そのことを実感することができた。公海のマグロ資源管理に関する条約は5つあるが、日本はすべての条約に参加するとともに、まとめ役を果たしている。水産分野での世界的地位は大きい。また、IWCでは南太平洋島嶼国とカリブ海島嶼国を味方につけて、米国のダブルスタンダード(反捕鯨を訴えながら、先住民捕鯨を続けている)に反対をしていた。もちろん、日本からの経済協力を期待することが大きいのであるが、米国とは違ったリーダーシップを国際社会の場で発揮できる可能性を感じることができた。日本は持続的発展のための海洋秩序の構築へ向けて、活動をおこなうべきである。特に太平洋やカリブ島嶼国に対して、積極的な国際貢献をすることで、米国とは違った国際的地位を得ることができると考える。そして、太平洋島嶼国連合の道を模索するのである。

(4) 毅然とした領土権を主張する

国の役割はもちろん、国民の生命と財産を守ることであるが、日本の文化、歴史、伝統など、日本を日本たらしめることを大切に守り、後世へ伝えていかなくてはならない。現在の日本は、現世代の横のつながりしか見えていないように思える。先人たちの血と汗の結果があって、今日の日本があることを忘れてはならない。歴史の縦軸をしっかりと見なければならない。たとえば、現在の国民は領土問題に無関心であるが、先人たちが知恵を絞って確定した国土である。北方領土などを簡単に手放してはならない。それは、先人たちの努力を無にする行為であり、また、国際社会からの尊敬も得られない。特に現在、実効支配している尖閣諸島には、海上自衛隊または海上保安庁の基地をつくり、島の確保を確実にするべきである。

(5) 環境先進国としてリーダーシップを発揮する

日本は、中国や韓国の対馬暖流の下流に位置する。従って、中国や韓国の汚染物の影響を日本は受けることになる。よって、これらの国に対して環境技術の提供を積極的におこなう。また、中国や韓国の乱獲が問題になっているので、資源管理についても指導的な役割を果たすようする。環境問題に関して、中国、韓国、東南アジア諸国は日本の貢献に期待している。

6. 個別施策及政策の提言~総合的沿岸域管理に向けて

海洋基本法は、海洋政策の枠組を定めたものであり、今後の具体的な政策を行うためには、個別法を整備していかなくてはならない。たとえば、海洋基本法の第25条では、沿岸域の総合的管理の必要性を指摘している。日本は、1977年の第三次全国総合開発(三全総)において、沿岸域管理の必要性が認識されたものの、陸域と海域を一体化した管理や、保全と利用のバランスのとれた開発はなされず、今日に至っている。多くの利害関係者が存在し、管轄官庁が管理する沿岸域に関しては、先進国や隣国の中国や韓国でも、すでに総合沿岸管理における法律が定められている。

松下政経塾の研修の一環として、(財)環日本海環境協力センターと共に中国の沿岸域管理についての調査をおこなった。2章で述べたように、中国は日本よりも早く1990年代後半から積極的に海洋管理に関する法整備を進めてきた。日本は、そうした中国の沿岸域管理から大いに学ぶべきである。以下の抜粋は、環日本海協力センターの報告書において、私が作成した日本の沿岸域管理に関する提言である。

-以下 報告書の抜粋-

(1) 沿岸域に関する諸権利の設定を

現時点において、日本には、沿岸域の管理を包括的に取り扱った法律は存在していない。港湾法、海岸法、河川法、都市計画法、公有水面埋立法、工場三法などの公物管理を主体とする法令が混在して水際線を挟む陸域と水域の規制管理を行っているものの、沿岸(水域)の所有権や使用権等は明確に定められてはいない。

規定が存在するのは、沿岸の管理についてであり、港湾では港湾管理者が定められている。地方公共団体(都道府県または政令市)または地方公共団体が設立した港務局が港湾管理者となっている(港湾法第2条)。漁港についても漁港漁場整備法が定める地方公共団体が漁港管理者となる。また、1999年の海岸法改正によって、都道府県知事が定める海岸保全区域では、それぞれの都道府県知事が、原則、海岸管理者となっている(海岸法第5条)。

このように、日本では公共事業として整備等された公物の管理者については明確な規定がなされているが、所有権については明確な規定がなされていない。中国では、海域使用管理法により、海域の所有権が国家にあることを明確に宣言している。このことにより、中国では総合的にかつ戦略的に沿岸域の利用形態を決めることができる。海域使用管理法は、海域ごとに主要な機能をもたせて、国家として沿岸域をどのように利用または保全していくかの意思を示している。また所有者である国は使用を希望する団体または個人に対して、海域を使用する権利を有償で譲渡しているのである。この海域使用権は、公的機関が認めた基準評価額で売買することが可能で、市場メカニズムによる沿岸域管理が試されている。使用者が適正に沿岸域を管理して、その海域の価値を高めれば、次に使用権を高く売却することも可能だからである。そして管理義務は使用の権利の付与によって生じる。管理義務を果たさない場合は、所有者である国が使用権の停止または剥奪などの処置がされる。このような制度は、海岸管理面において適正管理のためのインセンティブが働くと考えられる。そして無秩序な開発や使用をも未然に防止できる。実際に現地調査で見た大連市と煙台市の海岸は、日本よりもきれいであった。常にごみ清掃員が配置されていて、海岸にごみが見当たらなかった。

日本も海域の所有や使用に関する権利と義務を法的に明確にし、沿岸域の適正な管理を促す動機付けを行うべきではないだろうか。また管理するにあたっては、規制のみならず経済的手法を用いた管理など、様々な角度からのアプローチも試されるべきであろう。

(2) 計画的なゾーンニングの設定を

1980年代までは、経済成長のために埋め立てを含めた沿岸開発が進められてきた。その結果、日本の沿岸には1,064もの港湾、約3,000もの漁港が存在している。近年は環境問題が重要なテーマとなり、環境保全区域が設定されたが、それは、既存の港湾、漁港、開発区の間をぬうように存在している。環境保全区域は連続性を欠き、憩いの場としてのオープンスペースをしっかり確保しているとは言い難い。自然生態系や、物質循環を考慮にいれた持続可能な開発を計画的に行うことが求められる。

日本は、土地利用のコントロールに関わる諸制度が未成熟といわれており、計画的なゾーンニングによる沿岸域開発及び保全の事例は少ない。瀬戸内海沿岸域における総合的管理の在り方調査(2005年)において、ゾーンニングの概念を入れた沿岸管理の試みが検討された。環境保全ゾーン、環境修復ゾーン、産業活動推進ゾーンなどの目的別に沿岸域を分けて管理する方法が示された。しかし、本来は瀬戸内海全域を対象として行うべきところ、時間と資金の制約もあって、狭いモデル地域について細かな機能分担を提案するに止まった。中国の沿岸計画に見られるような広範囲に及ぶ沿岸域の区画整理の提案に至らなかった。矮小化された区画整理を行っていく、という構造になってしまっており、様々な用途の沿岸域が入り交ざった、虫食い状態の計画の観が否めない。中国のように、より大きな構造で沿岸域を捉える必要があると思われる。たとえば、首都圏の中で東京湾をどのように全体の中で位置づけるのか、ということを考えなければならない。千葉中央港から、横浜、本牧にかけての京浜工業地帯を将来どのようにするか、ということを背後の都市の特徴や、すでに開発され尽くされた海域の状況を踏まえて判断されなければならない。

中国では渤海、黄海、東海、南海の海域を、それぞれ6から10の区画に整理し、その沿岸の主要な機能を定めている。日本には沿岸域の利用に対する国家ビジョンがない。中国のように、計画的に効率よく沿岸域を利用し、開発し、保全していく、ということを日本も考えていくべきではないだろうか。港湾計画など地方分権が進んでおり、その開発には地方の意思が尊重されている。確かに地方分権の流れがよいが、国としてどのような沿岸域の計画をもっているのかを示した上で、開発が行われるとすれば、無駄な自然破壊や資源の浪費を防ぐことができると考える。

(3) 海洋政策を一元的統括できる体制の整備を

上記で述べたように、我が国の沿岸域には様々な法律が混在している。この行政の縦割りによる規制が、総合的な沿岸管理や政策を立てることの障害となってしまっていることがある。また海洋環境の管理は環境省、海事、港湾管理および海の安全・災害は国土交通省(海上保安庁)が所管し、海底資源政策や産業分野は経済産業省、海洋科学政策は文部科学省、水産資源および水産業は水産庁(農林水産省)、さらに防災に対しては各地方公共団体といったように、それぞれ所管官庁、機関が独立して施策を実施する傾向にあった。このような状況を改善するために、2000年には関係する17省庁がまとまり「沿岸域圏総合管理策定の指針」を策定した。そして2006年には国土交通省が海洋・沿岸域政策大綱を発表した。しかし、本大綱で示されたのは、各省庁の関連施策の寄せ集めであった。その中で、総合的沿岸管理に関する具体的な方針は示されなかった。沿岸域の利用・開発について、経済活動の活性化や低未利用地の利用について挙げたのみで、総合的な利用については何も述べられていなかった。環境保護及び保全に関しては、環境のモニター体制の充実、油抽出・漂着ごみなどの海洋汚染への的確な対応が挙げられ、自然環境や美しい景観を取り戻すために、藻場・干潟の再生と陸域からの流入負荷の低減について述べられた。持続可能な発展のための沿岸域の開発と、保全のあり方について、何も言及されていないものであった。

中国の沿岸域の主な管理には、国家海洋局、交通部、農業部、国家海洋保護総局らが関わっているが、その中でも特に、中国の海洋管理政策の中心を担っているのは、1964年に発足した国家海洋局である。国家海洋局は、発足当時に海洋環境モニタリングと測量業務を担当したが、1988年から統合海洋管理、海洋関連法制度整備、国家海洋開発プログラム策定、海洋利用区策定、海上石油開発と関連した環境保全措置などの業務が加えられ、1993年以降は海洋利用管理と海洋資源保全も担うことになった。さらに、1998年には海洋科学開発と環境関連基準設定、海洋総量汚染物資管理などの業務も加えられた。現在、同局が海洋政策の調整機関として国家計画、海洋環境、海洋開発、海事、防災等の所管部門と調整を行っている。

ようやく2007年に制定された海洋基本法によって、総合海洋政策本部が設置され、関係省庁の調整を行うことになり一歩前進した。今後、この総合海洋政策本部によって、海洋や沿岸域の諸問題を一元的に取扱われ、総合的な海洋政策および沿岸域管理が責任をもって行われることを期待する。

-抜粋 以上-

7. まとめ

本論文では、人間観・国家観・経営理念から思考して、国家理念と国家目標を設定し、海洋国家像(5つの柱)を打出し、個別政策の提言まで一連で繋げるということを試みた。論理の飛躍や繋がりの悪い部分があると反省しているが、このように理念に根ざした長期ビジョンの実現に向けて政策を考えていくということが必要であると思うし、現在の政治家に一番欠けている点であると考える。現在の政治家は、場当たり的であり、目の前の問題に対処することしか考えていないように思われる。未来を見据えた日本のあるべき姿に向けて努力することを忘れてはならないと考える。「海洋国家・日本」というのは政策オプションの一つを表現したに過ぎない。よってそれは国家理念と国家目標を踏まえて作り上げていくものである。

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黄川田仁志の論考

Thesis

Hitoshi Kikawada

黄川田仁志

第27期

黄川田 仁志

きかわだ・ひとし

衆議院議員/埼玉3区/自民党

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「自立と誇りある日本をつくる」

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