論考

Thesis

日本ブルーネットワーク構想~私の考える海洋国家・日本~

日本BN構想はそれ自体は一つの大きな計画ではありません。それぞれは関連してはいますが、小さな計画の集まりです。そして精神の活気によって、その一つ一つの計画を着実に実行するのです。それができた時に、初めて海洋国家日本の道が開けると思います。

1.はじめに

 7月20日は何の日かご存知でしょうか。2003年の「ハッピーマンデー制度」導入以前、この日は「海の日」でありました。1876年7月20日に明治天皇が北海道・東北地方巡幸の帰りに汽船「明治丸」に乗って横浜港に帰着したことに由来しています。そして、それにかけまして、この日は海洋基本法が制定された日でもあります。アメリカに遅れること30年、中国や韓国に遅れること10年で、ようやく2007年7月20日に日本にも海を包括的に扱う法律がつくられました。このような法律ができたことは日本の海洋政策にとって一歩も二歩も前進したことになります。この点は評価しなければなりません。しかし、海洋国家日本の道にとって、ほんの始発点に過ぎません。海洋基本法のみでは道は開けません。今後、政治家が力強い意志をもって海洋国家のビジョンを示して、国をその方向へ引っ張っていけるかどうかにかかってきます。

 松下幸之助塾主は1976年に『新国土創成論』という、理想国の日本のビジョンを示されました。その中で海面の利用についての構想がありました。私は、時代の状況が変化や技術の進歩などを考慮しながら、『新国土創成論』をさらに発展させた上での新しい海洋国家のビジョンなるものを示すことができるのではないかと考えました。そこで、本レポートでは、『新国土操船論』を踏まえた上で、新しい海洋国家の概略を示したいと思います。

2.新国土創成論に見る海洋利用

2.1.塾主の問題意識

 松下幸之助塾主の『新国土創成論』の問題意識の一つは、日本の国土面積の狭さと人口の増加による「過密日本」でありました。「過密日本が諸悪の根源」であると言いきっています。松下幸之助塾主は、オランダの堤防による国土の維持と拡張の様子を見て、日本も土木技術を使って国土を広げるべきあるとの考えに至ったようです。オランダの国土面積は約4万2千平方キロメートルで九州ほどの面積に1600万人が住んでいます。一方、日本の国土面積は約38万平方キロメートルで、人口は1億3000万人であり、人口と面積の比率は日本とオランダではあまり変わらないよう思えます。しかし、オランダは国土のほとんどが平地であるのに対して、日本の国土の7割は山林です。よって、一人当たりの日本人の有効可住面積は、オランダ人の2.5分の1程度しかありません。アメリカと比べると30分の1だそうです。この狭き土地に日本人が頑張って(無理して)世界第2位の経済大国、そして先進工業国をつくったのであるのだから、問題が生じないわけがないということです。これが松下幸之助塾主の問題意識の原点でありました。

2.2.海と山の有効利用

 この国土過密状態を解消するために、松下幸之助塾主は日本の山の3分の2を削って平らにして高原都市を造成し、その削って出た土を使って海面の埋立てをおこなうことによって、有効に利用できる国土を倍増するという仰天構想を考えました。塾主に見習わなければならないことは、この自由な発想であると思います。これはできないと思う前に、こうなればよいといろいろなアイデアを出すところであります。オランダのように大堤防を築くことによって土木技術の水準が高度になったように、日本も国土創成の大事業をすることによる技術水準の向上を信じてやってみようということでした。そして、この事業は「仕事のダム」として、不景気の時には土地造成の仕事を増やす雇用の受け皿として、高景気の時には仕事を減らして人材の供給の場としての役割を果たすようするということでした。この機能を「自由経済の調整弁」とも呼びました。ここにも塾主の「ダム式経営」の考え方が反映されています。

 この構想には、ただ土地を埋立てて造成するのではなく、「国土創成奉仕隊の創設」、「人工美の創造」、「公共教育の推進」という面白いアイデアが入っています。

 「国土創成奉仕隊」というのは、志願制で若者を募って国土創成のための肉体労働を2~3年に限っておこなうというものです。国民精神の高揚と労働の尊さの体得という効果もあります。そして「国土創成奉仕隊」の出身者は高待遇で企業に迎えられるようにするということです。しかし「国土創成奉仕隊」は近年問題になっているフリーターやニートの対策ではありません。これは自衛隊のように入隊には試験が課せられていますし、入隊後にも訓練があります。勤労意欲がない若者を吸収するというより、将来に国家を担う若者を育成するというポジティブな提案です。この優秀な若者を使って、国土創成の事業をおこなうならば、土地が得られるばかりでなく、人材も得ることができるという一石二鳥の発想です。

 「人工美の創造」というのは、従来の埋立て方法によって海岸線が醜くなってしまったという反省に立った考えでした。塾主は埋立てを提案する一方で、経済一辺倒を厳しく諌めていました。日本は「お庭」など人工的に自然美をつくりだす文化があるのだから、そのような視点で埋立てをするときも積極的に「(人工)美の創造」を意識しなければならないということなのです。また、塾主は海岸線埋立てよりも、島の造成をおこなうべきと提案していました。海岸線を潰すより、美しい島を造成するほうが大変だけど良いということでした。よって埋立ては工業地帯を造成するというよりも、自然の美に人工の美を加えていくという発想でいくべきであると述べています。

 「公共教育の推進」はとても重要なことだと思います。松下幸之助塾主は特に「土地は公のもの」という考え方が必要であると説いています。製造や居住に必要な土地は私して使ってよいけれど、土地転がしのように使わない土地を所有して儲けることを戒めていました。塾主の言葉を引用しますと、「小学校の一年から土地は自分のものであっても、自分のものでない、公共のもんですということを教えておかなければならんのですよ」といっています。土地は天与のもので、社会ために使えるという人のみが必要に応じて求めることが許されるという良識を育てなければならないということです。このような良識を育てなければ土地はいくらあっても足りないし、有効に使うことができないようになってしまうということです。

2.3.時代の変化に合わせた国土創成の模索

 松下幸之助の『新国土創成論』が発表されて30年以上が経過しましたが、現代にも通じるアイデアが多く含まれています。しかし、一方で社会状況の変化や科学技術の発展で改良が加えられるべきアイデアもあります。たとえば、「人口減少」です。30年前に松下幸之助は日本の将来の人口増加を予想し、過密日本のさらなる悪化を憂いました。しかし、その後の日本は急速に少子化が進み、2005年には人口減少時代に突入しました。また、人口減少に加え、超高層マンションや高速鉄道網などの技術の発達により、土地の高度利用化が進みました。これによって、超過密化はいくぶん緩和されたように思います(東京はいまだに超過密状態ですが)。人口増加が止まったのであれば、人口過密問題は東京や大阪、名古屋などの大都市の集中にあると考えます。よってこの緩和には、東京一極集中の是正や、地方分権化などの人口分散政策を政治がおこなえばよいのです。土地造成によって、人口過密問題を解決しなくてもよい社会状況に変わったのだと思います。それに加えて、環境への意識も以前より増して高くなりました。単なる海面埋立てによる土地造成では、理解が得られないでしょう。東京湾や大阪湾は、1970年代以降も大規模な埋立てをおこなってきました。そして近年は、高浄化機能があったり「海のゆりかご」といわれている浅海域が埋立てられることによる環境破壊が懸念されてきました。今も東京湾三番瀬問題や沖縄泡瀬干潟埋立反対運動に見られるよう、環境保護の観点から、慎重に埋立てを検討しなければならなりません。「開発には環境に配慮すること」が社会の要請となってきています。

 このように、30年前と比べると日本の社会の状況は大きく変化しました。私は松下幸之助塾主の大胆な発想と社会貢献の意識について、大いに賛同いたします。また海洋の有効利用も、是非進めなければなりません。しかし、その手法は時代に合わせて改良していかなければならないと思います。今は大規模な埋立てによる土地造成は、早急な課題ではないと考えます。しかしながら、海洋の有効利用は必要です。1996年に日本は国連海洋法条約を批准したことにより、世界第6位の海洋面積と第4位の海洋空間を優先的に経済目的で使用することができるようになりました(排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)の設定)。ところが日本はその後10年もの間、ほとんど何もしてきませんでした。隣の中国と韓国は同時期に条約を批准して以来、海洋の開発と利用による国益増大のために動いてきました。日本は10年遅れていると本レポートの冒頭で述べましたが、日本には明治以降のアドバンテージがあったので、まだその出遅れが問題化していないのです。しかし、これから、今までの惰性による海洋政策では、これから世界が迎えるだろう激動の時代を生き抜いていくことはできないと思います。そこで私は「日本ブルーネットワーク構想」なるものを提唱いたします。画餅という批判を覚悟しています。しかし、私は松下幸之助の弟子です。ならば勇気をもって、このような話をやりたいと思います。

3.日本ブルーネットワーク構想

3.1.ブルーネットワークとは

 1994年の国連海洋法条約の発効により、沿岸国の海の囲い込みの時代に入りました。特にその動きが活発なのはお隣の中国です。中国は大陸国家らしい発想で、その影響を海洋にまで拡大を図ろうとしています。中国は九州を起点に、沖縄、台湾(中華民国)、フィリピン、ボルネオ島にいたる「第一列島線」を引き、その内側を「近海」と定めて、2010年を目標として制海権と権益を確保しようとしています。その計画に加えて、「第2諸島線」と称して、伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインを引いて2020年を目途に制海権を確保しようという計画を立てました。それに併せて、中国は今年の2009年に空母2隻の着工に入ることになりました。また、中国は、太平洋の東半分を中国、西半分を米国が支配しようと米国にもちかけたとも伝えられています(もちろん米国はそれを拒否しましたが)(2007年8月17日付米紙ワシントン・タイムズ)。このように、中国は自ら海洋戦略の構想を描き、実行しようとしています。中国は彼らの構想を今後も着実に進めてくると考えられます。

 日本は米国軍を含めた極東の軍事バランスに、以前にも増して注意を払わなければならない状況になると予想されます。しかしながら、日本は中国のような大陸国家的領土拡大の発想で制海権や海洋権益を確保しようとしてはいけないと思います。中国のような動きは国際的な理解は得られません。無用な摩擦をつくるだけです。私は海洋を陸のように面的に権限を拡大するのではなく、海洋の拠点と拠点を線で結ぶようなかたちで管理することが望ましいのではないかと考えています。海洋拠点とは、離島、港、漁場、資源鉱区などを指します。また日本と協力関係にある沿岸国や島諸国なども日本の拠点としなければなりません。そして、その協力国と共に、海洋(ブルー)のネットワークを築いていく必要があるでしょう。これを日本ブルーネットワーク構想と仮称したいと思います。

 日本ブルーネットワーク構想(以下、日本BN構想)は、国際ブルーネットワーク(国際BN)、資源ブルーネットワーク(資源BN)、国土保全ブルーネットワーク(国保BN)の3つから構成されます。国際BNは主に海外の沿岸国との関係についての構想です。資源BNは文字通り、海洋資源を開発しようというものです。国保BNは国土保全のためにおこなうべき海洋施策です。紙面の制限上のために詳細は語ることができませんが、以下に概略を述べたいと思います。

3.2.国際BN

 国際BNのメニューは今のところ4つ考えています。(1)環日本海経済圏構想、(2)新時代日米同盟の構築、(3)諸島国家連合の創設、(4)新海洋秩序への積極参加です。

 環日本海経済圏構想の中心は中国内陸部進出企業の支援です。これまで頼ってきた米国の消費は頭打ちとなるでしょう。よって、これからの日本経済の浮沈は中国経済の発展にかかっていると思います。もちろんもちろん福祉、医療、介護などの国内需要を満たす努力をする必要がありますが、同時に中国の発展を支え、今まで日本経済を支えてきた外需をしぼませないようにしなければなりません。そこで、日本がやらなければならないことは、積極的に中国で商売をしようとする商社や企業を後方支援することです。著名な国際政治学者の故高坂正堯先生は『海洋国家日本の構想』の中で、日本が英国のように偉大になれなかった一つの理由として、冒険心に富んだ人々を異端視して国として援助しなかったことにあるといっています。七つの海を支配したエリザベス女王はフランシス・ドレークを取り入れました。フランシス・ドレークという人は半海賊行為を繰り返していましたが、多額の寄付を英国にしたことにより英国海軍の中将になり、アルマダ海戦などで活躍しました。私は海賊行為を認めているわけではありませんが、未開の地を切り開いていく大志をもった人材を日本は応援しないといけません。高坂先生は戦前に冒険心の富んだ外国にいる関東軍の信情を理解できなかった視野の狭さが悲劇をもたらしたといっています。日本は外国の市場を開拓している商社や外に出て活躍している企業の苦労に報いなければなりません。そして、国策としてその開発のベクトルは中国の内陸部に向けるべきであると思います。なぜなら中国の安定は日本の安定となるからです。中国の沿岸都市と内陸の格差を小さくし、市場を広げる助けをするべきでしょう。中国が内陸部の発展によって繁栄することがわかれば、中国海軍をもってして太平洋へ進出することに利がないことを理解するでしょう。これは経済のみならず、安全保障上からもおこなうべき政策です。

 次に新時代日米同盟の構築についてですが、これは戦後にずっと議論されていたことです。日本は米国依存の脱却と自己防衛の道を探るべきであると思います。このままでは精神的にも構造的にも米国依存体質が強まり、日本は自主自立の国家経営が永遠にできなくなってしまいます。日本の経済立国政策は米国の第七艦隊の盾に守られてきましたが、その結果、日本は外交と安保に対する思考能力を米国に完全に渡してしまいました。冷戦の時代は日本と米国の利害が一致していたので問題は表れなかったが、今日に見られるように米国一極支配から世界の多極化の時代に入ったことで、米国との利害が一致しない場面が生じてきます。北朝鮮との六カ国協議で見られるように、米国と日本の意図は明らかに異なります。よって、対米依存から脱却するために憲法や法律を見直して、日本独自の日米安全保障戦略をつくらなければなりません。また、独自戦略を考えるために、情報収集能力のアップ(情報機関の設立)や武器使用制限の緩和措置などを図らなければなりません。

 島嶼国連合とは、日本と南太平洋島嶼国と強力な関係を指します。南太平洋の島々の国へより積極的な資金援助、人材育成及び技術支援をおこないます。またそれらの島々から移民労働者も受け入れます。その結果日本のファンを増やして国際政治の場で味方になってもらうようにします。小さな国でも国際会議では貴重な一票です。たとえば、国際捕鯨員会で米国を相手にして対等にやり合えるのは、これら南太平洋諸国とカリブ海諸国の支えがあるからです。国際会議では比較的に日本の主張は中立で道理がかなっていると思います(これが国際舞台で日本の弱さにもなるのですが)。米英の国益や白人中心主義に偏った議論に、日本は他の有色人種国家に代って一石を投じる力をもっています。今後は太平洋の島々と手をたずさえていくべきであると思います。

 新海洋秩序への参加というのは、これまでマグロ漁に関係する国際会議に参加することはもちろんなのですが、北極協議会やソマリア海賊対策などの新しい海洋秩序に貢献することです。日本は欧米がつくったルールへ参加することに慣れてしまっていますが、これからは自らの視点でルールをつくる側に立たないと損をしてしまいます。海洋国家を目指すならば、海洋ルールづくりへの積極的参加を政府に促したいと思います。たとえば、北極海航路に開拓に関する新しい会議にも積極的に参加して、航路研究やルールづくりに参加しなければなりません。北極海航路というのは実際の可能性としては難しいと聞きました。しかし、北極海航路開拓は難しいことを認識しながらも、その秩序づくりに日本は参加すべきであると私は考えます。1996年にロシア、米国、カナダ、北欧諸国で北極協議会を設立しました。その後、英仏独と中国がオブザーバー参加しています。しかし、日本は参加していないそうです。海洋国家を目指すならば、このような海洋に関わる会議へ積極的に係わっていくべきです。もし北極海航路が開かれることがあればどうするのでしょうか。欧米の言いなりになればよいのでようか。会議に参加することは、たとえ北極海航路が開かれなくても、海洋に関する情報交換や海洋国日本の意思を内外に示すことつながることになると思います。

3.3.資源BN

 資源BNは資源に関する海洋拠点をつくり、そこをつなぐようにして海洋管理をおこなおうとするものです。排他的経済水域は文字通り海域や海底を経済的な目的で使うからこそそこの排他的活動が許されるのです。ここまでは主に(1)深海底開発、(2)水産資源確保、そして(3)観光資源開発をおこないたいと考えています。

 深海底資源にはいろいろな鉱物やエネルギー資源がありますが、私がここで述べたいのはメタンハイドレートの開発です。日本近海には日本の天然ガスの現在使用量で換算すると100年分のメタンハイドレートが存在するといわれています。まだ海底からの抽出は基礎実験の段階で、技術的な課題がまだ多くありますが、資源大国の夢を賭けて、挑戦する価値は十分にあると思います。画餅でしかないと思うかもしれませんが、50年以上前に資源大国への道に夢を見て、現在それを実現した国があります。ブラジルです。かつてブラジルは米国からのエネルギーに依存しておりました。米国がくしゃみをしたらブラジルは風邪をひくとまでいわれていましたが、ブラジルはこの状況を打開するためにエネルギーの自己開発に踏み切ったのでした。1953年にペテロブラス社(資本金1兆2500億円)という国営企業をつくりました。そして大深海油田の開発を試みました。そして今は、水深1500mの海洋油田の開発を手掛けており、今後深海3000m下の海底の油田開発に挑戦すると発表しております。この石油開発のおかげでブラジルは2008年に石油の自給体制の確立が確実視されました。50年前にこの状況を誰が予測したでしょうか。海洋開発は投資も巨額になり、リスクが大きいのでとても一私企業に任せることはきません。海洋開発は国の仕事です。国の意思と投資が必要です。参考までですが、今でも中東の陸上の油田は1バレル当たり1~2ドルで石油が安価に採れます。これに比べて海底油田は1バレル当たり40ドルものコストがかかるといわれております。より高度な技術と優秀な人材が必要になるからです。採算を考えればこのブラジルの試みは大きな冒険でした。しかしブラジルは大きなリスクをとることを恐れずに選びました。資源の米国依存の脱却を掲げて、それを実行したのでした。日本もメタンハイドレートに挑戦してみてはどうでしょうか。副次的効果として、雇用創出にもなりますし(ペトロブラス社は雇用は5万人)、このような投資は不況対策としてもよいのではないかと思います。また深海開発の技術力とコーディネートの実績が残ります。それによって、他国の油田開発に参入することができるようになると期待できます。(実際に日本は地球観測船「ちきゅう(水深4000m、海底下7000mの掘削能力があります)」に見られるように、日本は世界最高の掘削技術をもっていますが、深海油田の開発実績がなく、外国の海洋油田開発の入札からはじかれているそうです。)

 水産資源の確保も将来重要なテーマとなるでしょう。食料資源の獲得は近い将来にエネルギー資源の獲得以上に重要な国際テーマになると思います。日本は人口減少時代を迎えていますが、世界人口は現在の約67億人から40年後の2050年には約91億人(国連統計による)になり、食糧危機になると予想されます。そして水産資源の受給が逼迫した状況になるかもしれません。その状況に対応するためには、水産資源の適切な管理と養殖の推進が必要となるでしょう。できるだけ多くの漁獲を目標にしながら、かつ持続可能であるように資源管理をおこなわなければなりません。日本は長い魚食と漁業の歴史があります。よって漁業管理についても先進的な取り組みをおこなえる潜在能力があると思います。また世界のタンパク源を確保できるように研究と開発をおこなうべきであると思います。特に養殖の研究と開発に力を入れるべきでしょう。自然に獲れる水産資源には限りがあります。それならば、人間の手を加えて効率的にかつ安全に魚を育てる方法を見出す必要があります。日本はマグロの養殖に成功するなどこの分野では世界のトップレベルにあります。

 海洋を観光資源としてもとらえていかなければなりません。松下幸之助塾主は、日本を「観光立国」にするという目標をもっていました。そして『新国土創成論』の中でも埋立てによって環境美を創造しなければならないといっています。そのような意識で海洋開発や埋立てをおこなうならば、創造された美は観光資源になるでしょう。参考になるのはドバイの埋立てです。リゾート島をつくってお金持ちを住まわせて経済を潤すという計画でした。世界同時不況の影響もあり、現在のドバイのプロジェクトの行方は不透明になってしまいましたが、ドバイのような実験的かつ戦略的な投資を日本もおこなってもよいのではないかと思います。ただし経済が暴走しないように制御をしながら注意深くおこなう必要がありますが。また東京湾に「海の森」といった東京湾の埋立て地に植林をして森をつくるプロジェクトが進んでいます。環境のために埋立て地に植林するなど、昔なら信じられない計画です。このように環境の創造を東京湾に限らずにおこなうようになればよいと思います。

3.4.国保BN

 国土保全のために国保BNでは、港湾、漁港、海洋公園(自然景勝地)、離島などそれぞれの拠点機能に見合った保全策をおこないます。また、それぞれ拠点を機能的につなぐようにして広い海洋の管理を点と線でカバーします。少し話はずれますが、「海守」など海上保安庁が一般の人のボランティアを募って不審船や遭難者などの監視をしようとしていますが、もっと海洋関係の拠点にもそのような機能を強化して監視をおこなってもらうともっとよく監視ができると思います。国土BNも国土保全の観点から海洋拠点に監視や保全機能を同時に付帯してはどうかと提案するものです。そのために、(1)総合沿岸管理、(2)離島再整備、(3)環境創造をおこなうべきと考えています。

 総合沿岸管理は、アメリカは40年も前に行っています。また中国や韓国も10年ほど前に、総合沿岸管理に関する法律をつくっています。ここでも日本は出遅れた格好であります。アメリカの総合沿岸管理はパブリックアクセスの問題から端を発してできた制度です。アメリカでは海岸の私有が認められていまして、プライベートビーチの存在によって一般市民が海に親しむことを阻んでいました。この海へのアクセスの問題を解消することに付随して、環境問題や開発問題を同じテーブルで評価及び管理をしようという試みが生まれました。日本も開発と環境を両立と、国民に親しまれる海を取り戻すためにも総合沿岸管理をおこなわなければなりません。アメリカはプライベートビーチが一般住民の海へアクセスを阻害しましたが、日本では工業地帯が一般市民の海へのアクセスを阻んでいます。このことが海に対する日本人の関心の低下をもたらしている原因のひとつになっていると思います。塾主も『新国土創成論』で海の埋立ては経済一辺倒ではならないといっています。この『新国土創成論』の埋立て事業は工業地帯の造成ではなく、環境や観光など経済主義でない町づくりや美の創造をしなくてはならいと説いています。経済第一に陥らないように総合的な沿岸の管理をしていかなければならいと思います。そして国土保全に必要な国民の海への関心を呼び戻したいと考えます。

 離島の再整備は、海洋国家の必須の事業です。離島が一つあるだけで、その島を中心に半径200海里(=370km)が排他的経済水域になるのです。航路の充実は、地方の道路整備と同じことと考えていただきたいと思います。高速船就航は高速道路開通と同じです。便数を増やすことは、車線を多くすることと同等か、それ以上の意義があります。島へのインフラ整備を怠ってはなりません。怠ると人々は島を出ていってしまいます。私が研修に行った北海道の焼尻島は冬になると一日一便のみしか北海道本土との交通がありません。とても不便です。卑近な例ですが、焼尻島には歯科が一軒もなく、歯の治療のためには本土に一泊しなければなりません。そのような厳しい環境なので、自立して生活できない人は島には残ることができません。島は他の地方以上に急速な少子高齢化が進んでいて、人口が減少しています。国土保全や安全保障の観点から考えると離島には人が生活している方が望ましいです。しかし、国土保全の理由で島民に島での生活を強要することはできません。よって、国が海洋国家として離島を大切に考えるのならば、離島の交通の便や経済支援などをして、島民生活の安心と快適をある程度は保証しなければならないと考えます。そして、次に説明します環境創造事業を島でおこなうなど、単に補助金を島にばら撒くのではなく、海洋管理の拠点と成りえるような機能を設置するために投資するなどの工夫をするべきです。

 最後に提案することは、環境創造や海洋研究のために海上拠点を戦略的に置くことです。たとえば、洋上潮流発電施設の建設です。東京大学の湯原教授によると潮流発電はかなり実用化に近い技術であるといいます。イギリスでは、国の援助の下で潮流発電の開発を進めています。韓国でも国が支援して、2009年3月にイギリス・ルナエナジー社の潮流発電テストプラント1MWを設置する予定であり、2015年までに現代重工が300基製作し、世界初の大型潮流発電所を稼動させる計画があるそうです。台湾では、台湾エネルギー局が世界初の黒潮発電所建設の計画に入っているようです。潮流発電に限らず、離島や洋上でできそうなプロジェクトを戦略的に立ち上げて、海洋管理に必要な点と線を築いていってはどうでしょうか。沖の鳥島問題も、今までのように手を拱いていてはなりません。岩か島かという議論をいつまでも続けていないで、現在の島の保存体制は維持しつつも、島周囲の(水没している)陸地を海洋拠点として確保する施策を打ち出すべきです。実行支配は我が国にあるのですから、積極的に開発を進めるべきです。このままで他国に遠慮していると竹島のように、いつの間にか日本の島ではなくなってしまいます。

4.おわりに~海洋国家として独立自尊の決意を

 『新国土創成論』の発表前の1965年に京都大学の国際政治学者であった故高坂正堯先生は『海洋国家日本の構想』を著しました。その著書の中で高坂先生は吉田茂がとった経済立国の思想について一定の評価をしながらも、日本の経済立国構想は防衛と外交のアメリカ依存に立脚しているとの評しました。この依存による日本の防衛と外交の無関心が日本人を極端に内向きにしてしまったと指摘しています。そして日本に世界的視野がとても狭くなってしまったため、日本は海洋国家というよりも島国国家になってしまっていると憂いていました。私は真の海洋国家とは「海洋を戦略的意思をもって利用し国民を富ます国」であると定義していますが、その定義からいっても日本はとても海洋国家と呼べるものではありません。高坂先生と同様に私の認識も日本は島国国家であると思っています。

 では、海洋国家になるために日本に足りないものは何でしょうか。それは決心であると思います。英国の対外政策の基礎をしめしたボーリングブロックは「わが国は大陸に隣合っているが、決してその一部ではないということを、われわれはつねに忘れてはならない」といっています。その決心がヨーロッパ辺境の二流の島国から英国を海洋国家に、そして大英帝国建設へ引き上げていったのです。今こそ日本にはこのような決心が必要です。「どの国にも従属せずに、力を養って自立し偉大な国になる」という独立自尊の決意です。

 この決意がなければ日本BN構想をやることはできないし、やらなくてもよいのです。国際BNは第2開国ということを含んでいます。他国との関係が強く深まります。人や物資の移動も多くなります。しかし、独立自尊の決意がなければ強大な中国や米国に飲まれてしまいます。この決意の下で積極的な外交を展開していかなければ生き残れません。また、資源BNも独立自尊の決意が必要です。資源BNをおこなうには国は大きなリスクと多額の投資をおこなわなければなりません。決意の強さによって投資の大きさも変わってくるでしょう。国保BNをおこなうには海洋教育が必要です。なぜなら既得権者の理解や国民の関心を培わないと、沿岸総合管理の利害調整や離島や環境創造への援助への理解が得られないからです。教育には長い時間がかかります。根気が必要です。根気が続くかどうかは決意の強さ如何です。一般的にも海洋開発は国にしかできない長期政策です。日本BN構想が実現できるかどうかは、偉大な海洋国家として自立する決意をもてるかどうかにかかっています。

 本レポートの最後に高坂先生の言葉を紹介したいと思います。「われわれの強さはひとつの大きな計画よりも、小さな計画の集まりが可能にする無限の適応力と、冒険が生み出す精神の活気にある」とおっしゃいました。日本BN構想はそれ自体は一つの大きな計画ではありません。それぞれは関連してはいますが、小さな(?)計画の集まりです。そして精神の活気によって、その一つ一つの計画を着実に実行するのです。それができた時に、初めて海洋国家日本の道が開けると思います。

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黄川田仁志の論考

Thesis

Hitoshi Kikawada

黄川田仁志

第27期

黄川田 仁志

きかわだ・ひとし

衆議院議員/埼玉3区/自民党

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「自立と誇りある日本をつくる」

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