Thesis
我が国の海洋政策は他の先進国ばかりか、東アジア諸国の中国や韓国にも遅れをとっている。中国の沿岸・海洋管理は社会主義国らしい計画性があり、国家海洋局を中心に、沿岸の省や市が適切な沿岸・海洋管理に向けて努力している。総合沿岸管理にむけて日本は中国から学ぶべきところがある。
1992年に、環境と開発に関する国際連合会議においてアジェンダ21が採択され、第17章において沿岸国は海洋の持続可能な開発について取組まなければならないとされている。また1994年に国連海洋法条約が発効され、沿岸国に沿岸200海里または大陸棚350海里の排他的な経済活動を認めるかわりに、環境保全に関する管理義務を負うことになり、国際海洋秩序は新たな時代を迎えようとしている。
しかしながら、我が国の海洋政策は他の先進国ばかりか、東アジア諸国の中国や韓国にも遅れをとっている。特に中国は経済成長にともなう資源・エネルギーの需要、また、観光振興政策の面から海洋経済の発展に近年大きな関心を示しており、それと同時に沿岸・海洋管理のための法律を急速に整備している。
中国の沿岸・海洋管理は社会主義国らしい計画性があり、国家海洋局を中心に、沿岸の省や市が適切な沿岸・海洋管理に向けて努力している。そこで、本論では中国の沿岸・海洋管理の基となっている中華人民共和国海域使用法制度を中心に整理し紹介する。そして、日本の沿岸・海洋管理のための一助となることを期待している。
中国の海域は熱帯、亜熱帯及び温帯に属し、領海と排他的経済水域面積は96.4万k㎡あり、広大な管轄海域を有している。大陸の海岸線延長は18,000km、干潟面積は380万k㎡、0~15mの浅海域面積は12.4万k㎡である。また深水岸は400km、深水港湾は60カ所を数える。
このような規模の中国海域には、豊富な資源が存在している。近海における石油資源量は約240億トン、天然ガス資源量14万億㎥と推定され、天然ガス化合資源も眠っている。海浜砂採取資源量は31億トンに及び、理論上海洋エネルギーの埋蔵量は6.3億kWに達する。このほか、国際海底において中国は7.5万k㎡余りの多金属結核鉱区も保有している。海洋漁業資源も豊富で、2005年の海産物生産額は5100万、世界の総生産量の35%を占めた。2006年の海産物輸出高は約80億ドル(約9200億円)になり、世界第3位となった。また海洋及び海浜観光資源も豊富であり、中国の沿岸地域は観光開発にも力を入れている。
このように、中国の海洋資源の価値は大きく、その開発は中国経済社会の高度成長を維持するために重要である。改革開放後、過去20年に渡り、中国の海洋経済は順調な発展の伸びを示し、中国経済の新たな成長分野となっている。「第9期5ヶ年計画」以来、主要海洋生産額は年平均16%という急激な伸びを示した。また海洋産業の種類も増加を続け、それらの生産規模は急速に拡大し、13種類の新興海洋産業群を形成した。2006年の海洋経済の成長率は12%で、中国経済成長率(10.7%)を1.3ポイント上回り、2兆元産業に成長した。これは中国のGDPの10%強を占めるに至っている。
中国の沿岸域の主な管理には、国家海洋局、交通部、農業部、国家海洋保護総局らが関わっている(図1参照)。その中でも特に海洋管理政策の中心を担っているのは、1964年に発足した国家海洋局である。
発足当時の国家海洋局は、海洋環境モニタリングと測量業務を担当していたが、1988年から統合海洋管理、海洋関連法制度整備、国家海洋開発プログラム策定、海洋利用区策定、海上石油開発と関連した環境保全措置などの業務が加えられ、1993年以降は海洋利用管理と海洋資源保全も担うことになった。さらに、1998年には海洋科学開発と環境関連基準設定、海洋総量汚染物資管理などの業務も加えられた。
各政府機関の役割は法律によって決められており、その根拠となる法律は「中華人民共和国海域使用管理法」、「中華人民共和国海洋環境保護法」、「中華人民共和国漁業法」、「中華人民共和国水上交通安全法」などである(表1参照)。特に法制度面で重要な動きとしては2002年に公布された「中華人民共和国海域使用管理法」である。この法律によって、中国は海洋の持続可能な開発のための管理を試みている。
1980年代後半から、中国の著しい経済発展に従って、海域利用ニーズの増加に伴う海域利用の無秩序化と社会的摩擦の増大が顕著になってきている。海洋資源の合理的・持続的な利用を実現し、国家の海域所有権及び機関や住民の海域使用権を保障するために、2001年10月に「中華人民共和国海域使用管理法」(以下、「海域管理法」という)が制定され、2002年元日に発効した(※別添資料参照)。海域管理法の下、国家海洋局は、海域管理の責任機関となっている。
海域管理法は、総則、海域機能区分(ゾーニング)、海域使用の申請と許可、海域使用権、海域使用料、管理執行、法律責任、附則の8章、54条から構成され、中国の海域の所有権と使用権の管理枠組みを定めている。
この法律において、中国国内の固定海域で排他的開発利用に3カ月間以上従事する組織や個人は、必ず審査の上で許可海域使用権面積と使用年限で決められた海域使用料を国庫に納めなければならない。また、海域使用権者は審査指示機関の批准を得た後、海域使用権を譲渡もしくは、リースすることができるのである。その際には、海域使用権譲渡金あるいは海域貸出料を国に納めることになっている。海域使用料は県クラス以上の海洋行政主管部門により徴収される。
この海域管理法の大きな特徴を以下の3点にまとめる。1点目は、海域の所有権と使用権を分離して管理していることである。海域管理法では、土地の所有権と同じように、海域の所有権が国家にあることが初めて宣言された。しかし、その使用にあたっては、所有者ではなく使用権者を充てた。この発想には、海域が土地資源の延長であり、海域管理も土地利用管理と整合すべきだとの考えがうかがわれる。国家海洋局が国土資源部の外局とされたのも同様の理由だと考えられる。
2点目は、海域の使用権の市場化及び市場メカニズムによる海洋管理の試みである。つまり、海域が天然資源であり、その資源使用権に付加価値が生じるため、国防や公益事業などの特別の事情を除いて、使用権の取得・委譲をできるだけ市場メカニズムで行おうとするものである。海域使用料については、多層の評価プロセスによって決められる。公的機関と海域利用関係者が相互に参加して基準評価額が決められる。
この使用権の取得状況を見てみると、2005年までは、中国全国で授与された海域使用権証書は31,979件、許可された海城面積は95.2万haである。そのうち、国家海洋局では、海域使用権証書284件の授与、海域面積5.08万haの許可を行っている、また、2005年は、中国全国で授与された海域使用権証書6,887件、許可された海域面積2725万h、に対して、徴収された使用料は10.5億元である(国家海洋局、2005b)。その内訳は、面積では漁業、徴収した使用料では埋め立ての割合が最も大きい。
3点目は、海洋管理のゾーニング制度である。ゾーニングを行う際に、考慮すべき原則は以下の5つである。
(1)海域の位置、自然資源、自然環境などの自然属性を考え、海域の機能を科学的に決めること
(2)社会経済的発展のニーズに合わせ、海域の使用を統合的に配分すること
(3)生態系を保護・改善し、海域の持続可能な発展を保障し、海洋経済の発展を促進すること。
(4)海上交通安全を保障すること
(5)国防安全を保障し、軍事のニーズを確保すること
海洋ゾーニング管理は、全国レベル、省レベル、市・県レベルというスケールで階層的に行われる。国家海洋局から発出された「国務院の全国海洋機能区画に関する回答」では、表2のとおり10パターンの機能区画が具体的に設定されている。
紙面の制約上、「観光区」を一例に挙げて海域機能区を説明する。「観光区」は海浜及び海上観光資源を開発利用し、観光産業を発展させるために画定した海域を指し、景勝観光区及び休暇観光区等が含まれる。観光区においては観光資源の保護、適正開発及び恒久利用の原則を堅持し、国内市場に立脚し、国際市場へ目を向け、観光スポット戦略を実施し、海浜休暇観光、海上観光旅行及び海関連観光を発展させなければならない。
「第十期五カ年計画」期間中は、鴨緑江、大連金石灘、大連海浜-旅順口、興城海浜、秦皇島北戴河、青島山、胶東半島海浜、雲台山及び海浜、普陀山、嵊泗列島、福建湄州島及び東山島、海壇島、鼓波嶼-万石山、清原山、太姥山、陽江海陵島、三亜熱帯海浜等の中国重点景勝地区及び観光休暇区のための海域使用需要を保証する。科学的に観光区の旅行者容量を決定し、観光基礎施設建設及び生態環境の許容力を適応させる。自然景観、海浜都市景観及び観光景勝地の保護に努め、海岸線、砂浜の占用及び沿岸部防護林の建設を規制する。観光区において汚水及び生活ゴミを処理する場合は、基準値内排出及び化学処理を実行し、海上への直接排出を禁止する。休暇観光区(海水浴場、海上娯楽区を含む)においては、二類以上の海水品質基準が適用され、海浜景勝観光区においては、三類以上の海水品質基準が適用される。
この施策の効果は、(財)環日本海環境協力センターが実施する海辺の漂着物調査結果において、中国沿岸の海水浴場にある漂着物の量・個数を日本のそれと比較しても、非常に低いものであり、中国の海域管理法に基づいた沿岸管理システムが機能しているものと考えられる。
沿岸・海洋管理政策をはじめとする沿岸・海洋空間の様々な諸問題に取組むにおいて、「沿岸・海洋の統合管理」と「持続可能な開発」が必須のキーワードである。
我々は沿岸・海洋資源の持続可能な利用を確保し、そこに存在する自然をそのまま、あるいは生態学的、社会的、または文化的に重要な沿岸・海洋環境の種及び区域を保全しなければならない。人間活動の結果から生じたリスクから、生態系、人の健康及び社会を保護する必要があるのである。生態学的価値を保護しながら、経済発展と社会福祉に貢献するような沿岸環境、海洋環境における経済活動を発展させなければならない。場合によっては、国内の沿岸・海洋環境管理には国際的な枠組みも必要である。
このようなことを踏まえ、海岸に存在する海洋ごみ問題を先に述べたことを踏まえ考えてみる。海洋ごみ問題とは、言い換えるなら、沿岸・海洋空間の管理の問題である。その管理を適正で戦略的に行うためにはどのような枠組みやシステムが必要かを考える時期にきていると思われる。そのヒントとしては、中国の沿岸・海洋管理政策に学ぶべきところは多分にあるように思われる。
私は環日本海環境協力センターとともに日本財団の支援によって、中国における海洋ごみ管理をベースにした「沿岸・海洋管理」制度等に関する現地調査(※調査期間:2007年9月6日から13日までの8日間)をする機会を得ることができた。調査を実施した大連市や煙台市の沿岸は管理が行き届いていた。日本の海岸のように海洋ごみが散乱している海岸はほとんどみられず、その景観は非常にきれいであった。また、避暑地で訪れる観光客だけでなく、周辺住民が昼夜を問わず楽しく遊んでいる光景がたくさん見られるなど、今後の日本の海岸を含む沿岸域管理において見習うべきところがある。私が本調査で訪れた大連市は観光都市を目指し、海水浴場(「観光区」に属する)に力を入れていており、「大連市海水浴場の管理方法(大連市人民政府法令第25号 2003年3月22日)」を策定し、海洋ごみを含む廃棄物管理、衛生管理、安全対策などの措置がなされている。
日本国内においては、去る7月20日に海洋基本法が制定され、海洋管理の足がかりはできつつあるように思われる。基本法という屋台骨はできあがったのであるから、今度はその中に実際に人が快適に居住できるように、具体的な間取りやインテリア(横断的な沿岸管理の枠組み等)を検討すべきではなかろうか。
―参考―
≪中華人民共和国海域使用管理法の概要≫
(1)海域の使用管理の強化
(2)国の海域所有権と海域使用権者の合法的権益の維持
(3)海域の適正な開発及び持続可能な利用の促進
(1)適用海域について
(2)適用者について
(1)担当機関について(第十条)
(2)機能区画の画定における考慮すべき事項(第十一条)
①海域の位置、自然資源、自然環境などの自然属性を考え、海域の機能を科学的に決めること
②社会経済的発展の需要に合わせ、関係業種を統括・調整し、海域の使用を配分すること
③生態系を保護・改善し、海域の持続可能な発展を保障し、海洋経済の発展を促進すること
④海上の交通安全を保障すること
⑤国の防衛、安全を保障し、軍事面での使用需要を確保すること
(3)他の計画との適合性(第十五条)
(1)海域使用の申請(第十六条)
(2)審査許可(第十六条)
(1)使用権取得について
(2)海域の保護義務について(第二十三条)
(3)使用権の期限ついて
(4)使用権の取り消しについて(第三十条)
(5)海域使用費について
【参考・引用文献】
東京財団研究報告書2006-9:「中国の海洋政策と日本 ~海運政策への対応~」(2006年5月)
国総研資料NO.326:「中国の沿岸海洋管理制度の現状と課題」(2006年7月)
海洋政策研究財団:「各国の海洋政策の調査研究報告書」(2004年3月)
Thesis
Hitoshi Kikawada
第27期
きかわだ・ひとし
衆議院議員/埼玉3区/自民党
Mission
「自立と誇りある日本をつくる」