松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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国家観
2008年2月

塾生レポート

国家経営の理念は「報恩」
杉本哲也/卒塾生

塾主・松下幸之助は経営が成功する原則の第一条件に「経営理念がしっかり確立していること」を挙げた。我が国の経営理念はいかにあるべきか。「報恩」という経営理念の下で我が国の国家経営を行った場合の国のビジョンを考える。

 

1.はじめに

 もし私たちが航海に出るとすれば、一番大切なことは何であろうか。丈夫な船、地図、コンパス、食糧、飲料水など様々なものが考えられる。もちろん航海を成功させるためには、それらのものが必要になってくる。しかしながら一番大切なことといえば、目的地があることだと思う。目的地のない航海というのは、前記に挙げたものが揃っていても、時間の浪費に過ぎないであろう。航海に出るならば、目的地を明確にして出発するべきなのだ。

 さて翻って考えてみると、私たちの人生というのはお互い、国家という船に乗って、航海に出ているようなものではあるまいか。そうであるとすれば、一番大切なのは国家という船の目的地があることである。それはすなわち国是があるということだ。

2.国是とは何か。

 国是とは、その国の大部分の政策の方向性を決定付ける方針のことである。いわば国の志と言っても過言ではない。

 明治時代は、明治天皇の勅問という形式で「開国和親」を国是と定めたが、それに加えて、「文明開化」「殖産興業」「富国強兵」というスローガンを打ち出して、大きく躍進を遂げた。明治政府が目指していた国のビジョンは、欧米列強に引けをとらない国であったが、それを具体化したのが「文明開化」「殖産興業」「富国強兵」という方向性であったと解釈できる。すなわちこれらのスローガンもある意味では国是であると考えている。

 また戦後復興においては、「日米協調」「軍事小国」「経済成長重視」といった、いわゆる吉田ドクトリンが国是となって、大きく成長することになった。さらには池田内閣の「所得倍増論」につながり、戦後の我が国は「経済大国」という方向性で突き進んでいったと言えよう。

 そして、戦後、経済大国を目指して突き進んできた我が国の前に立ちはだかったのが、バブルの崩壊である。バブル崩壊後、我が国は環境立国や科学技術立国といった形で、断片的に次に目指すべき方向性を模索しているが、どれも決め手に欠ける感が否めない。国の方向性が定まらないのはなぜか。

3.松下幸之助の三つの原則

 塾主・松下幸之助は、昭和四十四年の『PHP』の中で、会社経営に例えて国是と憲法の役割について述べている。

「確かに憲法には国家国民の進むべき方針が打ち出されているといえよう。ただ憲法に示されている目標なり方針というものは、やや普遍的というか、かなり長期にわたるものであると考えられる。それに対して国是というものは、憲法の精神にもとづきつつも、その時々の内外の情勢に即応した端的な目標を指すものだと思う。つまり、この憲法と国是の関係を会社の場合にたとえてみれば、憲法とはさしずめ、会社活動の根本規則を定めた定款であり、国是は、その定款にもとづいて毎年、あるいは何ヵ年かにわたって掲げられる経営方針、経営目標のようなものではないかと思う。」

 要するに国是というのは、国の経営方針のことであり、経営理念に基づいて決められるのである。さらに松下幸之助は生前、自らの部下に対して、経営に成功する三つの原則を説いている。

1)絶対条件ともいえる経営哲学、経営理念や志が確立されること
2)その上に必要条件として、一人ひとりの豊かな個性を最大限に活かしきること 3)付帯条件として、戦略・戦術を駆使すること

 つまり国家経営にとっても経営哲学、経営理念、志というものが大事なのである。国家の志が国是であるとすれば、国是を決めるための国家経営の理念というものが必要になってくるのである。

4.「報恩」の精神を理念に

 我が国の歴史を振り返ってみると、「欧米に追いつけ追い越せ」という競争型理念が中心であったと思う。しかし我が国が、真に人類の繁栄・幸福と世界の平和に貢献する国になるためには、協調型理念を掲げるのがよいのではないだろうか。一口に協調型と言っても、いろいろな理念が考えられるが、その一つとして、私は「報恩」という精神を理念にするのがよいと思う。というのも、我が国が明治維新、戦後復興と目覚しい躍進を遂げられてきたのは、我が国の先人たちの努力と、諸外国の協力があったと考えているからだ。現在の我が国民が享受しているものはほとんど先祖や諸外国から与えられたものと言えるあろう。例えば、今ある国土というものは、我が国の先祖が「外国に侵略されぬように」と幾多の戦いをくぐり抜けて護りとおしてきたおかげなのである。また小さな島国であり、かつ資源小国である我が国は、現在のところ外国からの輸入なしでは経済を支えることは出来ない。近年ではエネルギーだけでなく、食糧や軍事安全保障も他国頼りである。それらを有難く享受することは否定しないが、その恩に報いることは我が国の一つの使命であると思う。

5.「報恩」の精神に基づいた国づくり

 では我が国は、どのような方向性で国づくりを行っていけばよいのか。私なりのビジョンを3つ述べる。

(1)惻隠の国

 明治維新のときも戦後復興のときも我が国はとても先進国とは言えない状況であった。他国からの助けなしでは、国は発展しなかった。しかしながら、今や我が国は列記とした先進国である。これからはむしろ発展途上国や貧困国を助けられるようになるべきではないか。飢餓に苦しんでいる国には、食糧を分け与え、エネルギーに困っている国にはエネルギーを提供し、テロや内戦など軍事的な面で困っている国には防衛の手助けをしてやることができる国になるべきであろう。

 吉田松陰は『松下村塾聯』の中で「一己の労を軽んずるに非ざるよりは寧んぞ兆民の安きを致すを得ん」と述べている。これは「自分一身に降りかかる労苦を何とも思わないような人でなければ、どうして天下国家の人を幸せにすることができようか」という意味である。これは国家にも同じことが言える。自主自立ができている国でなければ、どうして世界人類の繁栄・幸福と平和に貢献することができようか。まずは自国の安全保障を確立すべきである。その上で余剰の力を利用して、弱い国を救済するのがよいであろう。

 前回のレポートでも触れたが、我が国の安全保障という観点から考えるべき点は四つある。軍事・食糧・エネルギー・水の4点である。前回のレポートの繰り返しになる部分もあるかもしれないが、再度この4点での課題および対策を述べてみる。

1)軍事

 現在、我が国は自衛隊および、日米同盟によるアメリカの軍事力によって、軍事的な安全保障が保たれている。自主自立を目指すのならば、自衛隊だけで自国の防衛を担うことができなければならないだろう。現時点ではある程度、アメリカの軍事力に頼らざるを得ないが、将来的には自国で防衛できることを目指すのが肝要である。

 では自国で防衛できるというのはどの程度の軍事力であろうか。日本以外の世界中の国々から攻撃されても防衛できる軍事力を身に付けるとなると、途方も無い軍事費がかかり、現実的には無理である。ある程度の強国一国から攻撃を受けても、護りぬくだけの軍事力を考えるのが妥当であろう。「敵が集団で攻めてきたら、どうするのか。」「アメリカ一国だけでも、他のどの国が束になってもかなわないくらいの軍事力があるのではないか。」という意見もあるかもしれないが、実際のところ日本を攻めることにメリットが大きい強国から護れればよいと考える。

 『平成18年度版防衛白書』を参考に2004年度の国防費をドルベースで比較すると、米国455,908百万ドル、英国50,120百万ドル、ドイツ37,790百万ドル、フランス52.704百万ドル、ロシア61,500百万ドル、中国84,303百万ドル、日本45,152百万ドルとなっている。その後も中国の国防費は毎年10%以上の伸びを見せているので、現在では100,000百万ドル以上の国防費を捻出している。防衛という観点で考えれば、単純に国防費で他国の軍事力を比較することはできないかもしれないが、防衛する戦力と攻撃する戦力は比例するであろう。我が国も2004年度の2倍程度である90,000百万ドルの国防費を捻出してもよいのではないだろうか。少なくとも現在日本に駐留している米軍と同じくらいの戦力を自前で持つくらいのことはできなければならないであろう。

 また、防衛費で計ることができない軍事力である核を保有するか否かについては、私は持たなくてよいと考える。それよりも世界唯一の被爆国として、大多数の非核国からの支持を得ることが大事であろう。日本への核使用が再び行われるような事態が万に一つでもあるとすれば、すべての非核国が黙っていないというくらいの支持が得られれば、核保有を無力化することができる。むしろそういう方向を目指すべきであろう。

2)食糧

 農林水産省の食料自給率データによれば、我が国の平成18年度食料自給率は供給熱量ベースで39%である。自立するためには食料自給率を100%に近づけなければならないのであるが、問題は何を生産して近づけるかである。戦後から高度経済成長期、バブル崩壊を経て、我が国の食生活は大きく変化してしまった。穀物中心の食生活から、魚類をたんぱく源とする食生活を経て、現在では肉類をたんぱく源とする食生活に変化してしまった。人間の体は、炭水化物・たんぱく質・脂肪を三大栄養素として成り立っている。いくら主食用の米の生産量を上げて食料自給率を上げても、それでは自立したとはいえないのである。我が国の気候や土地柄を考えると、肉類の食料自給率を高めるのはなかなか難しい。たんぱく源の確保としては、土地柄にあった大豆類の生産向上や、海に囲まれた地の利を活かして漁獲量向上を目指すのがよいであろう。とくに漁業においては200海里の領海という制限があるので、養殖業にも力を入れるのがよいと思う。

 中国の古典『礼記』に「三年の貯蓄なければ国にあらず」という言葉がある。輸入が途絶えたとしても少なくとも三年間、国民がしっかりと生活できるための食糧を貯えておくのが国家の最低条件である。その蓄えが出来た上で、飢餓に苦しむ貧困国に援助できるような作物を作ることを考えるべきであろう。

3)エネルギー

 資源エネルギー庁のデータによると、2004年度の原子力を除いた我が国のエネルギー自給率はわずか4%であり、原子力によるエネルギーを加えても、せいぜい18%にしかならず、使用エネルギーの大部分を輸入に頼っている。

 エネルギー自給率を高める大前提として、省エネルギー技術およびエネルギーリサイクル技術の開発を目指すのがよいであろう。我が国は他国と比較しても省エネルギーには長けているし、新しいリサイクル技術が開発されれば、同じエネルギー使用量でもエネルギー自給率がずいぶん変わってくる。その上で日本近海の海底に沈んでいるというメタンハイドレート(以下、MH)の活用や、バイオマス・太陽光・風力エネルギーといった新エネルギーの開発に着手するのがよいであろう。

 経済産業省発表のデータによれば、和歌山県の東南部にある東部南海トラフ海域にあるMHの埋蔵量を算定したところ、約1.1兆立方メートルであり、これは我が国が2005年度の天然ガス消費量の約13年分にあたる。さらには我が国の領海すべてに存在するMHの埋蔵量は2005年度天然ガス消費量の約90年分にも及ぶという計算結果もあり、メタンハイドレートの採掘技術の開発が期待される。また燃料電池自動車やハイブリッドカーの開発により、石油への依存度を減らすことで我が国のエネルギー自給率は高めていくことが可能であろう。大事なことは自国にあるものを使用してエネルギーを得る道を探すということである。国産のバイオエタノールの実用化が期待されるところではあるが、これはまだまだ時間が掛かりそうである。

4)水

 国土交通省のデータによれば、我が国の年間の降水量は約6,500億立方メートル(1971年から2000年までの30年間の平均値)だが、その内約2,300億立方メートルは蒸発散してしまう。 残りの約4,200億立方メートル は理論上人間が最大限利用可能な量であり、実際に使用している水量は、2004年の取水量ベースで年間約835億立方メートルである。つまり安全保障という観点から、比較的我が国は水資源に恵まれた国なのである。この恩恵を活かさないわけにはいかないであろう。

 第3回世界水フォーラムでの国土交通省の発表によれば、全世界で安全な飲料水を確保できない人の数は12億人にものぼると言う。我が国のアドバンテージを利用して、世界の水不足地域を救済するのがよいのではないだろうか。

(2)御持て成しの国

 世界観光機関の報告によれば、2005年度における日本から海外への旅行者数は約2161万人であるのに対し、海外から日本への旅行者数はわずか1/3あまりの約670万人となっている。つまり我が国は他国の観光恩恵をたくさん享受しているにもかかわらず、それに報いることができていないということである。我が国には、他国にはない伝統文化や気候風土がある。それらを活かした観光立国を目指すのがよいのではないだろうか。

 元東京ディズニーリゾートのプロデューサーであった堀貞一郎氏の言葉を借りれば「観光とは、五感を揺さぶり、知性と感性を満足させる異質環境に入ること」である。我が国には歴史的に誇ることが出来る寺社仏閣がたくさんある。奈良・京都だけでなく、全国各地に時代別の歴史建造物がある。それぞれの土地で工夫をして、自らの地域の観光資源を活かすことが大事なのではないだろうか。そして最も重要なことは観光資源が存在するだけでは五感を揺さぶるような感動は与えられない。その地を訪れた旅人を歓迎する雰囲気作りや、道案内のために気軽に声をかけてくれる地元の人のやさしさなどの地域住人の御持て成しの心が最も大切なのである。

 私は御持て成しの国を目指すために各観光地に茶室を作ること、および学校教育に茶道の時間を導入することを提言したい。私たち松下政経塾で外国人のお客様を迎え入れる際には、茶道の体験をしてもらうことが多い。日本文化の根幹を体感することが出来るためだ。何よりも茶道というものは、外国人にとって、日本文化の中で最も非日常的な空間を体験できる場であると考える。各観光地に茶室を作って、外国人観光客が入国する際には茶道体験切符を配布すればよいのではないだろうか。茶道は単に御茶を飲むだけでなく、茶室に掛かっている書や活けられたお花を楽しむわけであるので、書道や華道といった他の日本文化の世界にも通じている。さらには茶道では茶道具として陶器や塗物といった伝統工芸品を使うので、日本の伝統工業を維持するためにも役立つであろう。また陶器の原料となる土は水田の下から取った土を寝かせて使う。茶道が浸透すれば、それだけ陶器の需要が増え、美しい田園風景の復活にもつながるものと考えられる。また茶室を作るには良質の木材や宮大工、庭師の技術が必要となってくる。茶室作りを推奨することは、後継者不足に悩む林業や職人の世界にも一石を投じることにつながるのではないか。学校教育に茶道を導入することは、御点前をする人材の育成のためであるが、それは自国の文化を知るのにいい機会になるであろうし、国民全体が御持て成しの心を学ぶことが、観光立国への大きな鍵になると考えられるからである。

(3)孝行の国

 報恩という観点から、私たち人間にとって一番大切なことは何であろうか。私たちが存在している原因を考えれば、親・先祖がいたからではないか。とくに一番身近な親に対して報恩する、すなわち孝行するということを奨励する国づくりを行うべきであると考える。

 中国の古典『孝経』で「孝は夫れ徳の本なり」と言われているが、一番身近な親に対して愛情や尊敬を抱いてこそ、他人にも道義道徳心に溢れた態度で接することができるのである。道徳の荒廃が問題されている現代において、孝という徳目を身に付けることは非常に重要なことである。高橋徹著の『日本人の価値観・世界ランキング』によれば、日本人の孝行息子(娘)度世界ランキングは主要74カ国中62位である。「報恩」の精神に基づいた国づくりを行うならば、ぜひ1位を実現したいものである。

 これを実現するためには少なくとも、幼児教育から社会人教育に至るまで、「親孝行」を教える教育を実施しなければならないと思う。中江藤樹や少年時代の二宮金次郎などの孝行者の偉人伝を読むこと取り入れたり、学校教育や地域教育の中で、親を想う短歌作りや親に対する感謝の手紙書くことを実施したりするのがよいであろう。また我が国の歴史を振り返ると、江戸時代には孝行者を表彰する制度があったそうだ。現代でも、国や自治体、民間企業が孝行者を表彰する制度を作るのもよいのではなかろうか。

 また、先祖への報恩ということで、各地域で先祖の霊に対する祭りを復活させることも重要であろう。集団墓参りや盆踊りなど、各地域によって形は異なるが、近年では経済的な困難による中止が相次いでいる。時代が流れて実施が難しくなることは仕方が無いが、行事の本来の意味を考え、時代に合ったやり方で行っていけばよいのではないか。我が国には先祖崇拝と共に子孫繁栄の願いが込められた行事がたくさんある。それらがしっかり開催されれば、少子化問題の解決につながると思われる。

6.終わりに

 人間というのは人と人の間で生きている。同様にして、国家というのも世界の中で生きているのである。自国の自助努力だけによって生きているように見えても、どの国も無数の恩恵から成り立っているのだ。その恩恵に感謝し、報いることが世界の平和・繁栄・幸福への一番の近道であろう。私が挙げた分野以外に関しても「報恩」という理念の下で、政策を掲げられることを願って止まない。

参考文献

『松下幸之助発言集第四十巻』 PHP研究所
木野親之 『松下幸之助 叱られ問答』 致知出版社
松村劭 『戦争学のすすめ』 光人社
川口雅昭 『吉田松陰一日一言』 致知出版社
『平成18年度版 日本の防衛 防衛白書』 防衛庁編
志方俊之 『無防備列島』 海竜社
農林水産省HP 『食料自給率の推移』
経済産業省HP 『東部南海トラフのメタンハイドレート資源評価結果について』
国土交通省HP 『日本の水収支』
堀貞一郎『メイド・イン・ジャパンからウェルカム・ツー・ジャパンへ』プレジデント社
世界観光統計資料集 海外主要国目的地別日本
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2006/00395/contents/0013.htm
世界観光機関による特別報告 2005年度国際観光概観
http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2006/00396/contents/0001.htm#002
加地伸行 『孝経』 講談社学術文庫
高橋徹 『日本人の価値観・世界ランキング』 中公新書ラクレ
長澤源夫 『二宮尊徳のすべて』 人物往来社
渡部武 『中江藤樹』 清水書院
菅野則子 『江戸時代の孝行者』 吉川弘文館
吉野裕子 『日本人の死生観』 人文書房
2008年2月 執筆
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