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Report
2001年11月

塾報

「制宙権の確保」―ミサイル防衛の可能性と限界―
山本朋広/卒塾生

 日本を含むアジア地域には、安全保障上多くの不安定要素が存在する。これまで、米国のプレゼンスと日米同盟が、アジア地域の安定に貢献してきた。今、米国は新たな軍事戦略を構想している。その中のひとつがミサイル防衛である。日本はこの事態にどのように対応すればよいのか。米ロ中三大軍事大国の動静を見ながら、日本のとるべき針路を提示する。

 

第一章:不安定なアジア地域

 近年、アジア地域における政治的現象には、大きく二つの特徴が見られる。地域主義と、分断・制限地域である。地域主義とは、ASEANに代表されるように、一定の域内で参加国を募り、紛争の防止や安定の強化、経済成長の促進など、参加国同士が共有の目標を持ち、その実現に向け、活動の場として機構などを創設することである。これは一見すると安定をもたらすように見えるが、必ずしもそうではない。なぜならば、域内に地域主義に強固に反対する国が一国でも存在すれば、地域主義が進展すればするほど対立が生じかねない。また、行き過ぎた地域主義が戦争を引き起こすことも歴史が証明している。もう一つの分断・制限地域とは、同一民族・文化圏の人々が住んでいるにもかかわらず、政治的・歴史的背景によって分断している地域のことである。朝鮮半島や台湾・中国大陸の状況を指す。
 これらの現象が起きる要因としては、(1)各国の利害の不一致、(2)二国間同盟と多国間関係に対する価値観の違い、(3)政治体制における思想・主義の差異、などが主なものとして挙げられる。
 また、この他にもアジア地域には数多くの不安定要素が存在する。核兵器を含む軍事力の集中や未解決の領土紛争、WMDとその運搬手段の拡散などである。

第二章:ミサイル防衛と大国の思惑

 ミサイル防衛とは、1983年、当時のレーガン大統領が提唱した戦略防衛構想(SDI)に端を発する。米国に向けて発射された弾道ミサイルを、あらゆる飛翔経路で捕らえ迎撃するというものである。宇宙から攻撃衛星を使って、レーザービーム迎撃などを構想していたので「スターウォーズ計画」とも呼ばれた。その後、政権の交代に伴い、呼び名や戦略性、技術などは変わったが、ミサイル防衛計画そのものは今日まで引き継がれた。そして、今、その実現の可能性が歴代政権の中で最も高まっている。今年1月に就任したブッシュ大統領は、5月にNDU(National Defense University)で行った演説で、米国の外交・防衛政策の指針について述べ、不拡散、拡散対抗措置、ミサイル防衛、核兵器削減の四つを柱とすると示した。
 そして、この方針が着実に実行に移されていることを示すように、8月21日付けのワシントン・タイムズ紙は、「米国防総省当局者の話として、米国がアラスカ州に建設を予定するミサイル防衛の迎撃基地の整地作業などが、あと1週間程度で始まる」と報じている。 

ロシア
 さて、このミサイル防衛計画に、かつて米国に比肩する軍事大国だったロシアが反対しているのは言うまでもないが、どうかかわってくるのだろうか。
 米国がミサイル防衛を実現するための大きな障壁としてABM条約がある。この条約は弾道弾迎撃ミサイルを制限するもので、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)の配備を首都またはICBM(大陸間弾道ミサイル)基地の一箇所のみとし、配備数の上限を100とするものである。米ソはこの条約を1972年に締結している。これが、ミサイル防衛計画実現の障害となっている。ブッシュ大統領は8月24日の記者会見で、「ミサイル防衛システムの開発のために我々のタイムテーブルにおいてAMB条約から脱退する計画がある。しかし、デッドラインはまだ決めていない」と述べている。実際、すでに米国は、高官をモスクワに派遣し、米露が同時に条約から脱退する可能性を模索している。
 一方、こうした動きとは別に、ロシアをミサイル防衛の協力者にしようという動きがある。近年のUSPACOM(米太平洋軍司令部)とロシア軍の活発な交流を見れば全くありえない話ではないかもしれないが、ロシアの経済や財政状況からすると無理があるように思える。

中国
 中国は、近年、新型戦闘機の開発と調達、巡航ミサイルの充実、移動式弾道ミサイルの配備、新型地対空ミサイルの研究開発、そして台湾海峡に沿っての大量のミサイル配備と、ありとあらゆる軍事拡張政策を施行し、その姿勢が種々の潜在的課題を提供している。
 さて、中国の対応を見る前に、ミサイル防衛がどの国を想定しているのか、それについて検討する必要がある。
 フライシャー米大統領報道官は9月2日、AP通信に対し、「(ミサイル防衛は)中国を対象としていないのだから、中国も支持してくれることを望んでいる。大統領は同盟国や他の国々と相談することが重要だと考えている」と述べた。米国政府は、ミサイル防衛計画についてイラクや北朝鮮の脅威は口にするが、中国については触れていない。政府関係文書にもその名は出てこない。しかし、私がある政府関係者に「日本にとっての(弾道ミサイル)脅威はどこが考えられますか」と尋ねたところ、次のような返事が返って来た。「日本を攻撃する能力としては、ロシアが一番、次いで中国、そして北朝鮮でしょう。しかし意図や潜在性から言えば、それは全く逆になります」。
 確かに、核を保有し、相当数の大陸間弾道ミサイルと中距離ミサイルを所有している中国がミサイル防衛計画の対象から外れているとは考え難い。7月中旬、米国はミサイル迎撃実験を行ったが、それに先駆けて行われた報道陣へのブリーフィングで配られた資料には、北朝鮮からではなく中国大陸から日本に向けてミサイルが発射されていると思われる参考図が描かれていた。表立って言わないだけなのである。
 このことは中国自身も十分認識している。だから反対している。9月4日、中国外務省の朱邦造報道局長は定例記者会見で、「中国は、核軍拡競争やミサイル防衛システムの開発で他国に対して戦略的な優位を確保しようとする動きには賛成できない」と語っている。



▲米国のミサイル防衛構想
 出典:Ballistic Missile Defense Program
(国防総省、2001年7月13日)

 
 
米国
 米国防総省は先月初め、「4年毎の国防戦略見直し」(QDR)を発表した。これは、今後4年間の米国の国防戦略を示すものである。当初の予想では、四軍の再編成を図り、機動性を重視し、近代化を進めると共にそれらの規模を縮小し、ミサイル防衛や軍事衛星に注力するのではないか、とされていたが、9月に起きた同時多発テロで、兵力規模・構成は現状維持とする方針が示された。その一方で、アジア重視の方針は今回のテロで一層の重みを増した。日本からインド洋にかけて米軍基地が少ないからである。ミサイル防衛については新しい言及はなかったので、従来方針のままということだろう。
 また、ブッシュ大統領は、先月、新しい統合参謀本部議長にリチャード・マイヤーズ空軍大将(59)を昇格させた。大将が、1998年から2年間、宇宙軍(司令部・コロラド州ピーターソン空軍基地)司令官を務め、ハイテク兵器に通じていることが評価されたものと考えられる。

第三章:制宙権の確保と日本の活路

 米国は日本にミサイル防衛計画への参加を呼びかけているが、今のところ日本政府は明確な返答をしていない。「理解する」という段階に留めている。これは適切である。CSIS(戦略国際問題研究所)主任研究員の渡部恒雄氏も「賢明な判断だ」と評価している。なぜなら、第一に指示を表明してしまえば、米国から資金協力を含め応分の負担を迫られる、第二に、日米だけがミサイル防衛を配備すれば、長年続いてきた日米露中の均衡関係が崩れ、その微妙なバランスの上に成立しているアジア地域の安定が脅かされる、からである。
 しかし、現代にあって、他国に比して戦略的優位性を獲得・維持するには、「制宙権」の確保が欠かせない。時代は「制海権」から「制空権」を経て、宇宙を制するものが世界を制する「制宙権」に入った。このような認識に立ち、計画への参加を検討すべきである。
 では、日本はどのような考え方にたって判断を下せばよいのだろうか。
 今日の日本の繁栄と安寧が、米国との同盟関係に支えられたものであることを十分に理解するならば、今後の日本がとるべき道もこの延長線上で考えるべきである。つまり、ミサイル防衛計画から日本が手を引くことで同盟の信頼性を損ねることは避けねばならない。日本はすでにミサイル防衛に予算をつけ、日米共同技術研究を行っている。来年度の予算についても、防衛庁は自民党の国防部会・安全保障調査会・基地対策特別委員会合同会議に概算要求の概要を示し、増額が了承されている。この方向性は歓迎していい。当面は研究協力だけに留め、判断は成否を見極めてからで十分である。
 米国の一部には、出来ると分かってから判断するのは姑息だ、とする意見もあるが、気にすることはない。なぜなら、出来るかどうかも分からないことに国民の血税をつぎ込むのは、国家として無責任だからである。また、日本には日本独自の国益があるからである。日米関係が良好なのは、互いの国益が重なる部分が多いからだが、それは国益の質と量が一致するということではない。日本は、日本にとって何が最も国益にかなうか独自に判断しなければならない。ミサイル防衛を配備したがために中国からICBMの標的にされては意味が無い。そしてもう一つ、米国が情報分野で日本に期待していることがある。米国も、日本に性急に決断を迫って決裂という事態を望んでいない。

第四章:アジアの中の日本

 前述のようにアジア地域は不安定要素を抱いており、加えて、そのアジア地域で大きな位置を占めるロ・中は、同計画を歓迎していない。とはいえ、そのことを過大に受け止める必要はない。共同技術研究などは積極的に行い、技術更新を図る一方で、他のアジア諸国との関係にさらなる進展を目指すことである。
 日本は、今年、チーム・チャレンジ(多国間演習)に初めてオブザーバー参加をしたが、これらの多国間演習に積極的に参加することが、次のステップと考える。以前から参加しているリムパックは、実態は米国との二国間演習にすぎない。防衛庁は昨年、救難訓練ではあるがシンガポール海軍が中心となって実施した「西太平洋潜水艦救難訓練」(パシフィック・リーチ2000)に、艦船や人員を派遣した。さらに今年は、日本で初の多国間共同訓練を来年度に実施する方針を固め、米国をはじめ周辺各国に参加を呼び掛け、海上自衛隊を中心に潜水艦救難訓練を行うとしている。これらの多国間演習は、今後のアジア地域全体の安全保障体制にとってミサイル防衛以上の重要な役割を果たす可能性がある。
 日本は、戦後一貫して米国重視の姿勢を貫いてきた。この方針は今後も維持してよい。しかし、その一方で、全面的な米国依存の状態からは脱却すべきである。半世紀以上も米国と強力な同盟関係を維持してきたにもかかわらず、結果としてアジア地域に恒久的な平和を構築するに至っていないからである。他の方法も探るべきである。そして、その可能性の一つが多国間演習にあるように思える。アジア諸国との多国間演習を進めることによって諸国と、他の米国同盟各国との安全保障協力の強化を図れる。
「ミサイルは人を殺しはしない、人が人を殺すのである」。この観点からすると、防衛のためにミサイルを配備するよりも信頼醸成と対話の機会創出を増やすほうが、地域の安定と平和にとってより有効と考える。
 
 
2001年11月 執筆
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