論考

Thesis

米国から見た日本の投票行動(1) ―投票行動の特徴―

投票行動というものは、民主主義の政治体系において政府構造が構築される基礎を成すもので、政治的に非常に重要である。このため学問的にも強い関心が持たれ、業績の蓄積と研究方法の発達とともに、一つの専門的研究領域にまで成長している。
 一方で、私個人としては、最近まで投票行動に対して強い関心が無かったので米国に来て「パネル調査」というものを知り、新鮮な言葉として受け止めた。もちろん、PaulF. Lazarsfeld という人物についても知らなかった。そこでLazarsfeldの『THEPEOPLE’S CHOICE』を読んでみたところ、非常に興味深い内容であった。米大統領選でのパネル調査法による分析を通して投票行動の意図を解明し、それを明瞭に記述しており、容易に理解することが出来た。顕在化効果や改変効果そして補強効果などを真新しいものとして受け入れていたのであるが、他の論文や書籍を読んでみたところ、これが投票行動における研究としては、古典的研究であると判明したときは愕然とした。なぜなら、前述したようにそれらを新鮮なものとして受け入れていたからである。
 しかし、LazarsfeldやBerelsonら(コロンビア学派)がパネル調査を採用し、マス・メディアとオピニオン・リーダーの社会的影響力などを注視し、選挙運動団体の活動や投票者の属する集団の社会的ネットワークを配慮し、更に洗練された科学方法論の適用などによって、画期的な業績をあげたことは事実である。であるから、彼等の議論に依拠して日本の投票事情を論述してみたいと思う。
 誰が選挙に対して関心を抱くのか、考え付く最初の可能性は、社会経済的地位と関心の関係である。貧しいということは、関心が大きくなったことがほとんど無いということであり、また大きくなった関心も、繰り返し期待がはずれると薄らぐかもしれないということである。そのために、社会経済的地位レベルの低い人々には、選挙への関心が低いことが期待されるであろう。教育機関が、その関心を生み出す直接のきっかけとなる、と言っても語弊は無い。また、社会経済的地位と教育水準とは、相互に密接な関連が存在する。そして、世間一般に信じられている女性のほうが男性よりも政治に関心が少ない、ということを考慮して要約すると、選挙に対して最も関心を寄せている人々というのは、教育レベルが高くて良好な社会経済状態にある男性で、いずれも都市の居住者に多く観察される、ということになる。
 社会経済的地位と投票の関係を見ていく中で、1960年代の日本の投票行動の特徴は次のように指摘されている。第一に、所得階層と政党選択との間に明確な関係を見出すことが困難である。第二に、ホワイトカラー層の左翼政党投票が顕著である。第三に、学歴が高いほど左翼投票の傾向が強い。第四に、若者階層は左翼を選択し、高齢者はより保守的な傾向を示す。こうした特徴は、第四の点を除き、社会経済的地位が高いほど保守政党に投票する傾向があるという通常、欧米諸国で見られる関係とは異なっている。こうしたことから、日本においては、社会学的特性では投票行動をうまく説明できないという認識が、多くの研究者に共有されているようである。従って、日本では他の先進国(欧米)で観察されるような社会的亀裂を前提とした単純な社会学的アプローチでの説明が困難であり、日本における社会関係の特性を考慮したうえで社会学的アプローチを取るべきだという議論がある。つまり、日本では所得、階級、学歴などのカテゴリーよりも社会における集団所属の方が重要な意味を持ち、一般的な社会学的変数よりも、社会集団のネットワークを反映した変数である職場規模、労働組合への加入、居住年数などが投票行動の説明において有効である、ということである。

表1-1 職業と労働組合加入から見た自民党投票率 (%)
職業回答者が労働組合員家族が労働組合員労働組合と関係無し
ブルーカラー153555
ホワイトーカラー223059
管理職63
(出典)阿部斎、新藤宗幸、川人貞史『概説 現代の日本』以下表1-2、3も同じ

表1-2 持ち家と職業から見た自民党投票率(%)
 ブルーカラーホワイトカラー管理職農業
賃貸383956
持ち家50536376

表1-3 組合加入と居住年数から見た自宅所有者の自民党投票率(%)
居住年数1~10年11~20年20年以上
回答者が労働組合員171928
家族が労働組合員245053
労働組合と関係無し626174


 表1-1は職業と労働組合加入から見た自民党投票者の比率である。回答者が組合員である場合、ブルーカラーで15%、ホワイトカラーで22%しか自民党に投票していない、他方、回答者が組合と関係の無い場合においては、それぞれ55%、59%が自民党に投票している。また、表1-2は持ち家と職業から見た自民党投票者の比率であり、表1-3は自宅所有者の自民党投票率を組合加入と居住年数毎に見たものである。どの職業においても自宅所有者のほうが非所有者に比して自民党投票率が高く、職業よりも自宅所有の有無が投票と関係が大きいと考えられる。自宅という財産を所有出来得る社会経済的地位が高い者が、保守政党に投票する傾向が見て取れる。
 しかし、表1-3においては自宅所有者の中でも、組合と関係がある場合に自民党投票率は低くなる傾向を示している。つまり、社会のネットワークが投票行動を規定する傾向が強いということを示唆しているのである。このことが、日本の投票行動の特徴であろう。
 これにより、日本では所得、階級、学歴などのカテゴリーよりも社会における集団所属の方が重要であると言うことが説明可能になった。しかしながら、93年総選挙における新党の登場により状況は一変したと思われる。この選挙では自民党政権の継続を選択あるいは支持するか、それとも他の選択肢を選ぶか、という政治的潮流に対する重要な分岐点を有権者に提示したものであった。
 この選挙の結果、自民党は223議席と過半数を割り、38年に及ぶ自民党一党優位体制が崩壊した。そして、社会党は過去最低の70議席と惨敗した。いわゆる55年体制の瓦解である。この様に既成政党が退潮する一方、新党は躍進した。新生党、日本新党、新党さきがけの三党が合わせて103議席を獲得したのである。
 これらの三新党の支持層を見てみると次のようになる。新進党の支持者は「農村居住者が多く、大都市居住者が少ない点で自民党的ではあるが、年齢が若く、学歴がやや高い、そしてホワイトカラーの比率が高い」。日本新党の支持者は「都会的で、学歴が最も高く、自営商工業者の比率が低いなど、自民党との差は大きい」。そして、新党さきがけの支持者は「年齢が最も若く、農業や自営業者が多いが、他の点では、新生党と日本新党の中間的存在」であった。これらを見て、三新党の支持者は、比較的学歴が高い層であることが理解できる。
 今まで、自民党一党優位体制の状況下では、ある程度の学歴を持ち、保守・中道的なミドル・クラスの人々は、自民党に投票するか、自民党への不満票として社会党に投票するかの選択しかなかったのである。故に、一見すると所得、階級、学歴などのカテゴリーによって投票行動が説明出来なかったのである。しかしそれは単にそれらの層が支持し得る、また、代表するような対象が無かっただけなのである。だから、それらの層が支持し得る対象(三新党)が登場した93年の総選挙で三新党は躍進出来たのではないだろうか。つまり、日本では所得や階級そして学歴のような社会的亀裂を前提とした社会学的アプローチが不可能であったのではなく、それらのカテゴリーに対応する選択肢が無かっただけなのである。三新党の登場が、このことを明瞭に示唆したのではないだろうか。
 来月は、顕在化効果について論じたいと思う。
 

参考文献
Paul F. Lazarsfeld 『THE PEOPLE’S CHOICE』
山川雄巳『政治学概論[第二版]』
蒲島郁夫「新党の登場と自民党一党優位体制の崩壊」『レヴァイアサン』第15号
阿部斎、新藤宗幸、川人貞史『概説 現代日本の政治』

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山本朋広の論考

Thesis

Tomohiro Yamamoto

山本朋広

第21期

山本 朋広

やまもと・ともひろ

(前)衆議院議員/南関東ブロック比例(神奈川4区)/自民党

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外交、安保政策

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