松下政経塾 The Matsushita Institute of
Government and Management

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1998年10月

塾報

自分の考えを相手の言葉で伝える
甲斐信好/卒塾生

 米国の政治の中心地ワシントンで塾生が研修を行った。「腰の座らない国」「日本のリーダーにもはや期待はしていない」「自分の力について自信がなさすぎる日本人」。米国の対日政策の決定者らとのディスカッションを通じて見えてきた日米関係とは。

 
 橋本首相の退陣が決まり、日本の政治・経済の先行きが混沌としていた7月13日から8月7日までの間、今年4月に入塾した塾生を中心に米国研修を行った。今回の研修の目的は、米国の対日政策の決定者とディスカッションを重ねることにより日米関係に対する理解を深め、英語によるコミュニケーション能力を高めることだった。参加したのは18期の石川武洋森本真治塾生、19期の小野裕之、金子将史神前元子城井崇小林献一、坂口友治、島川崇、高橋斎久塾生の計10名で、ワシントンのジョージタウン大学を拠点に活動した。

 ジョージタウン大学は1789年に創立された全米一古いローマ・カトリック系の大学であり、特に政治・国際関係の研究分野で評価が高い。地理的・人脈的にも米国政治の中心に極めて近く、クリントン大統領の出身校でもある。ここを拠点に、日本でも著名なエズラ・ヴォーゲル・ハーバード大学教授や外交評議会のマイケル・グリーン氏、共和党・民主党の上下院議員を始め、日米間の外交問題、安全保障、公共政策、金融政策の担当者、また二大政党の選挙戦略の担当者らに会い、話を聞いた。さらに国防総省(ペンタゴン)、商務省、民間の政策シンクタンク、選挙キャンペーン広告会社、自治体、ボランティア団体なども訪れた。
 7月12日の参議院選挙で自民党が大敗した直後、『ニューヨーク・タイムズ』が小渕外相(当時)を「冷たいピザ」と評したことは記憶に新しい。一国のリーダーをそのように評することが礼を失していないかどうかは別にして、日米のマスコミ論評を見ている限り米国の日本の政治を見る目は極めて冷ややかだ。米国にとっての日本像を「全面的に信頼しようと思ってもできない国」と表したのは城井塾生。「パートナーとしてやってくれるのかくれないのかはっきりしない国」、「立場の明確でない、腰の座った戦略が無い国」というイメージだが、実際、クリントン大統領のアジア戦略のスタッフだったヴォーゲル教授によれば、「大統領は対日戦略にはほとんど関心がなかった。決定の直前にわれわれの案をブリーフィングしただけ」と言う。

 他方、小野塾生が最も印象に残ったのは、ポスト橋本が誰になるかが取り沙汰されていた時の米マスコミの取り上げ方だと言う。総裁選の候補者が次第に明らかになる過程で『ワシントン・ポスト』に報じられていたのは、「日本の若手自民党議員が党内長老派議員による密室での党議決定に反発し、両者の間に亀裂が生じている」というもので、記事の論調は極めて冷静かつ傍観者的であり、誰が首相になるのかという点についてはいかなる予測も期待も見受けられなかった。日本の政治運営能力に対する米国の期待の薄さを痛切に感じたという。

 一方で、米国の懐の深さ、社会の多様さに感心したのは坂口塾生と神前塾生だ。坂口塾生には子供が2人おり、一歩足を踏み入れただけで幸せを感じることのできる町、子供に住みよい町を残すことが自分の使命であり、夢だという。そんな彼にとって、米国の町並みや人々の表情は「コミュニテイをどうやって作るか」という問題を考えるきっかけになった。同じ「豊かさ」を、神前塾生は多民族性にみた。「様々な人種が入り交じった米国社会は、それが社会のコンセンサスを得るのにマイナスに作用すると言われることがあるが、むしろ多種多様な人々が混淆していることこそが、米国という国の豊かさの原動力になっている」。なにかにつけ異質なものを排除しようとする日本とは異なり、異質なものを受入れ共存していくことに米国人が誇りを持っていることを感じた。ジョージタウン大学の人口学の教授が「米国では多様性が機能している」と言ったというがまさにそのとおりだろう。
 文化的背景や歴史を無視して、米国と日本の政治のやり方を比較するのは馬鹿げている。しかし一方で、日本のシステムが行き詰まりを見せていることは事実である。日本の政治が参考にすべき米国の政治システムとは何だろうか。塾生の今回の報告からは①政策を生み出すチャンネルの多さ、②国民に自分の考えを(時には過剰なまでに)伝えるメディアの利用、③日本自身の交渉力・発信力の弱さ、という3点が浮かび上がってきた。

 「米国は政策を形成するチャネルが多い」ことを強調するのは石川塾生。大統領・上下院議員の他にも、有力なシンクタンク、ホワイトハウスのスタッフ、大学などが常に現実的な政策議論を行っており、人材も行ったり来たりしている。上院議員だけをとってみても議員会館の部屋は10室を越え、20人以上の政策スタッフを抱えている。官僚がこけてしまったら「脳死」状態になった日本とは大きく違う。
 また、民主党・共和党の議員、選挙スタッフと会って感じたのは、国民に対するマスコミを使った選挙キャンペーンの緻密さ、特にその基礎調査の綿密さだ。かつて広告代理店に勤務していた金子塾生は、米国の政策担当者・政党の幹部たちが選挙民を消費者とみなし、いかにして有望なターゲットに効率よく自党のメッセージを伝えるかを考えていることに驚きを禁じ得なかった。選挙戦略はマーケティング戦略そのものであり、政治の中で広報の果たす役割は極めて高い。また、一般に信じられている以上に、人々はイメージだ けの広告に左右されない。政策の一貫性や候補者の姿をごまかそうとすれば、相手陣営から即座に突かれる。「日本の政治は国民とのコミュニケーションにどれだけ注意を払ってきただろうか?」「どのような工夫をしただろうか?」ということに思いが至った。さらに、金子塾生は「対外的な交渉力の欠如が日本の国益を決定的に損なっている」と強く感じた。国防総省と商務省の話を聞いていて、日本の対米交渉者たちが彼らを相手に一体どんな議論を交わしているのか気になるところだ。

 「金融市場においてはリスクはつきものであり、そのような負の面を勘案しても市場による管理は政府による管理に優っている。すなわち効率性は競争によってその最善の結果が達成される」と力強く語る金融政策担当者に米国の強さを感じたのは小林塾生。経済通の高橋塾生は、連邦準備委員会(FRB)の専門家とのディスカッションから、米国の強さを「システムを大切にすること」とみた。確かにこの単純明解なルールは米国の強さの秘訣である。それゆえ、昨年来より続くアジアの経済危機、日本売りと、日本を始め世界中が、米国が自国の利益のために生みだしたこのシステムに従わせられようとしている。
 しかしそれは、米国の一方的なおしつけにばかり原因があるとは言えない。詰るところ日本の発信力の弱さもこれを助けている。この点を島川塾生は、「日本は自分の実力について自信がなさすぎる」と分析する。「米国は力が無くても失敗を恐れずガンガン攻めるのを好む。声の大きい人には言わせておいて、自分はそれに流されずスタンスをしっかりもって信念に沿っていくことが大事だと感じた」。いかに良いことを考えていても、それを伝える能力がなければ意味がない。それは自身の英語能力について、塾生全員が感じたことである。

 政治家が信念を持っていることはいうまでもなく、それを自分の力で伝えることが改革の一歩のかもしれない。「アジアは一つ」と述べた明治時代の芸術家であり思想家である岡倉天心は、伝統主義者で常に和服を愛用していた。その天心に、弟子が外国に出かける際「和服で行ったほうがよいかどうか」と聞くと、天心は「それはどちらでもよいが、英語を自由に話せるのなら和服の方がよかろう」と答えたという。日本の文化・歴史、日本的なシステムを大切にすることは外国とのコミュニケーションを妨げる障壁とはならない。自分の考えをしっかり持つこと。そしてそれを相手の言葉で説明すること。外国語習得に際して「言葉は単なる手段、まずは話すべき考えを自分の中にしっかり持て」とはよく言われることだが、それは言うまでもない。それを踏まえた上で、相手の言葉で自分の考えを述べることがこれからますます必要だ。


1998年10月 執筆
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