松下政経塾 The Matsushita Institute of
Goverment and Management

日本語英語


塾生レポート 一覧へ戻る
2002年8月

塾生レポート

ドッグセラピー
山本満理子/卒塾生

 
  アニマルセラピーという言葉をご存知であろうか。言葉どおり、動物の力を借りて病を治すというもので、アメリカではすでにかなりの市民権を得ているらしく、日本でも今その輪が広がりつつある。

 先日岡山市内にある特別老人ホームを見学させてもらった。市街地から少し離れ、緑に囲まれた場所にある、きれいな施設であった。ここの特色は日本で初めてのアニマルセラピーが行われていることである。活躍しているのはジャスティンとスィートという2匹の犬――、アメリカでドッグセラピー用に教育された柴犬とラブラドールレトリバーである。とても目の綺麗な、ひとなつっこい犬であった。

 2匹は私の訪れた老人ホームだけでなく、院長先生が経営なさっている別のホームにも出張する。院長先生は最初、犬嫌いの患者さんが嫌がるのではないかと心配なさったそうだが、ホームに入所なさっている方やデイケアでホームを利用なさっている方の中にはジャスティンとスイートのくる日を心待ちになさっている方が少なくない。ある患者さんは、慢性関節リウマチのため歩くことができない。車椅子での移動であるが、手や腕を動かすのも困難な方である。しかし昔から犬好きで、2匹がやってくるのを楽しみにしていたという。最初は痛みのため、犬を撫でるのも手のひらでなく手の甲で撫でていらっしゃったのが、だんだん手のひらで撫でられるようになったそうだ。「犬が来るようになってからよ。犬はかわいいもん。撫でてやりたいと思ったら手を広げて触れるようになったのよ。」1ヶ月くらい経った頃には動かなかった右手も動かせるようになり、両手いっぱい伸ばして撫でたり、手を広げて顔をつかんだり、首輪を引っ張ったりできるようになった。2ヶ月経った頃には痛かった手で2匹のために腹巻を編んでくださったそうだ。他にも痴呆の方で、他のことは全く覚えてられないのに、2匹の犬、それも白い犬と茶色い犬ということだけはしっかりと覚えていらっしゃったり、アルツハイマーで自発語が全くなかった方に、スィートが体調不良でお休みしていたとき「もう1匹はいないのか」という自発語が出たりと、患者さんたちに素晴らしい大きな変化が起こっているという。

 日本ではまだドッグセラピーという取り組みがなされていないため、そのために教育された犬ももちろんいない。院長先生は先進国であるアメリカからジャスティンとスイートを輸入なさったのだが、日米間の二国間協定などが大きな障壁となり、実際に2匹がホームに着くまでにはかなりのご苦労があったそうである。慣れるまでの数ヶ月間はアメリカで2匹を育てたトレーナーが一緒に来て面倒を見、彼女が帰ってからは専用のトレーナー2人が世話をなさっている。アメリカ人のトレーナーの女性がはじめに言ったのが「この子たちはペットではない」という言葉であったそうである。院長先生はしばらくその真意がわからなかったという。それが、ある日のことである。いつも院長先生やスタッフの方が散歩に連れていらっしゃると引っ張りまわして大変なジャスティンとスイートを、ある歩行が多少困難な患者さんがどうしても散歩に連れて行きたいと申し出られた。最初は危ないからという理由で断られていたそうであるが、患者さんの熱意に根負けして、スタッフの方が付き添いながらなら、ということで散歩が実現することとなった。先生方はいつものようにまた患者さんを引っ張りまわすのではと、ひやひやしながら見ていらっしゃったという。すると、いつもはやんちゃな犬たちが、患者さんの顔を見ながら、患者さんの歩調に合わせながら、少し進んだら歩みを止め、患者さんが追いついたらまた歩き始める、という行為を繰り返したのだった。このとき院長先生ははじめて「この子たちはペットではない」という言葉の意味を理解なさったそうである。犬の集中できる時間は15分、この15分で犬たちはとてつもないストレスがかかるため、残りの時間はトレーナーの方たちが一緒になって思いっきりあそばせているという。15分の犬と人間の真剣な、そして濃密なふれあい、そのふれあいがお年寄りに生きがいをもたらし、奇跡を起こしつつあるのだ。今、こうした取り組みが認められ、日本でもドッグセラピーを普及させようという動きが始まっている。

 生きがいとは本当に些細なことなのかもしれない。1メートルの距離を歩くのが困難な私の祖父も、私たち家族においしい野菜を食べさせようと朝から暑い中、畑で野菜の世話をしている。今の祖父にとってはおいしい野菜を作ることが生きがいなのである。今回のホームの入所者の方たちにとっては、小さな犬たちが自分を必要としている、ということが生きがいとなっている。高齢者福祉は決して死を迎える準備をするものではない。最後まで生きがいを持って生きていける環境を作ることである。弱った体に鞭を打ちながらも、愛するもののためにとがんばっていらっしゃる高齢者の方たちの輝く姿を見ながら、自分たちのすべきことを深く考えさせられたこの夏であった。

2002年8月 執筆
  1. HOME >
  2. 卒塾生一覧 >
  3. 山本満理子 >
  4. ドッグセラピー
ページの先頭へ